ポケモン現代入り   作:ささみ

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閑話 ポケモンのいる日常

 

 

 

 

 東海地方の、とある住宅街。

 

 日が落ちると決まって一本の電柱へホーホーがやって来るようになって、今日で四日目だった。

 

「また来てる」

 

「ホー、ホー」

 

「鳴くなとは言わんけど、夜中は静かにしてくれよ」

 

 窓越しにそう言っても、当然ホーホーが聞き入れるはずもない。最初の二日ほどは近所でもうるさいと不評だったが、三日目の夜、その評価が少し変わった。

 

 午前三時過ぎ。

 

「ホォォ! ホォォ!」

 

「なんだ、うるさ――」

 

 普段とは明らかに違う鳴き方に目を覚ました住民が外を見ると、隣家の塀を越えようとしている男がいた。

 

 通報され、男はほどなく警察に確保された。

 

 翌朝。

 

「……まあ、いてもいいか」

 

 電柱の下へ餌を置こうとした老人を、

 

「勝手に餌付けしちゃ駄目ですって!」

 

 向かいの主婦が止めていた。

 

 

 

 

 

「また入ってるぞ!」

 

「今度は何だ!」

 

「光るやつ!」

 

「チョンチーだ! 素手で触るなよ!」

 

 漁船の上で怒鳴り声が飛ぶ。

 

 網の中ではアジやサバに混じって、青い身体のチョンチーが二匹跳ねていた。

 

 ポケモンが現れてからというもの、こういうことは珍しくなくなっている。

 

「そっち持て。海戻すぞ」

 

「分かってる。こいつ昨日も入ってなかったか?」

 

「知らんわ。顔まで覚えてられるか」

 

 慎重に網を緩め、チョンチーを海へ戻す。

 

 少し前なら名前すら知らなかった。それが今では、ハリーセンには厚手の手袋を使え、テッポウオの顔を人へ向けるな、チョンチーには濡れた手で不用意に触るなと、漁師同士で経験則が共有され始めていた。

 

「それより、ここんとこサバ少なくねぇか?」

 

「俺も思ってた」

 

「こいつらに食われてんのか?」

 

「さあな。沖にテッポウオ増えてから群れの位置が変わったって話もあるぞ」

 

 まだ誰にも分からない。

 

 ポケモンが魚を食べているのか、餌を奪い合っているのか、それとも魚の側がポケモンを避けているだけなのか。

 

 ただ、海が以前と同じではなくなったことだけは、毎日そこへ出ている人間ほど早く気付いていた。

 

 

 

「あいつ今日もいるぞ」

 

「どれ?」

 

「船の左」

 

 夜明け前の海面に、小さな光が浮かんでいる。

 

 先ほど網から逃がした個体とは別のチョンチーだった。この船には三日前から、同じ一匹が何度もついて来る。

 

「野生だろ?」

 

「野生だよ」

 

「なんで毎日来るんだ」

 

「知らん。船好きなんじゃねぇの」

 

 その日、港へ戻る途中でチョンチーが急に進路を変え、船の前を何度も横切った。

 

「何だこいつ」

 

「おい、待て。前になんか浮いてないか?」

 

 速度を落として確認すると、大きなロープと漁具の残骸が海面近くを漂っていた。そのまま進んでいればスクリューへ巻き込んでいた可能性がある。

 

 翌朝。

 

「今日、光るの来てないのか?」

 

「知らんって。飼ってるわけじゃねぇんだから」

 

「……いるとちょっと安心するんだけどな」

 

 そう言いながら、漁師は暗い海面を少し長めに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 別の海域では、笑って済ませられないことも起きている。

 

「上げろ、上げろ!」

 

 網を巻き上げた途端、その中から大量の海水が噴き出した。

 

「うわっ!」

 

 一人が甲板を滑り、別の一人が慌てて手摺を掴む。網の中では大きなオクタンが暴れ、その口を船員へ向けていた。

 

「水吐くぞ! 顔向けんな!」

 

「分かってる! 網切れ!」

 

 漁獲を諦めてでも海へ落とす。

 

 別の日には、操業中の船の真下を巨大な影が通った。

 

 船体がゆっくりと持ち上がるように揺れ、魚群探知機には見慣れない反応が映る。

 

「……何だ、今の」

 

「クジラじゃねぇぞ」

 

 誰も確認しようとは言わなかった。

 

 その日の漁は予定より数時間早く切り上げられ、翌朝には近隣の海域でギャラドスらしき目撃情報が上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「またカラスとやってるよ」

 

 駅前の屋根の上で、数羽のカラスと二匹のポッポが睨み合っていた。

 

 最初に仕掛けたのはカラスだった。

 

 一羽が背後からポッポへ迫る。

 

 ところが、ポッポが大きく羽ばたいた瞬間に強い風が巻き起こり、近づいていたカラスがまとめて姿勢を崩した。

 

「カァッ!」

 

「ポォ!」

 

 だからといって、カラスが諦めるわけでもない。

 

 翌日からは直接追い回す個体が減り、ポッポが餌へ近づいた瞬間だけ複数羽で横取りするようになった。

 

「……学習してない?」

 

「どっちもしてるな」

 

 新しく来た生き物だけが、既存の生態系を一方的に押し退けているわけではない。

 

 元からいた生き物たちもまた、ポケモンという新しい隣人への対処を覚え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ネズミ、最近見なくなったな」

 

「そうですね」

 

 食品倉庫の裏で、作業員が罠を確認する。

 

 以前なら数日に一度は普通のネズミがかかっていた。それが一週間ほど前から急に減っている。

 

「駆除効いたんじゃないですか?」

 

「だったら良かったんだけどな」

 

 棚の下から紫色の頭が覗いた。

 

「チュウ」

 

「……お前かよ」

 

 普通のネズミが消えた代わりに、コラッタが住み着いていた。

 

 食べる量が極端に増えたわけではない。

 

 問題は別にある。

 

「昨日、罠一個噛み壊されてましたよ」

 

「ネズミより面倒になってんじゃねぇか」

 

 似たような生き物が同じ場所へ入った結果、元からいた方が追い出される。

 

 そんな事例も少しずつ増え始めていた。

 

 

 

 

 

 

「立ってる!」

 

「先生、オタチ立ってる!」

 

「分かったから近づかない!」

 

 校庭の端で、五匹のオタチが一斉に尻尾を使って立ち上がっていた。

 

 そして、それを見た児童たちまで揃って背伸びを始める。

 

「見える?」

 

「俺も立った!」

 

「増えるな!」

 

 教師の怒鳴り声に、笑い声が広がった。

 

 危険な生物である可能性を考えれば、好き勝手に触らせるわけにはいかない。それでも、小さなオタチたちは人間を襲う様子もなく、しばらく周囲を観察したあと一列になって校庭を出ていった。

 

「かわいかったー!」

 

「飼いたい!」

 

「まず親に相談してください。あと勝手に捕まえない!」

 

 少なくとも子供たちにとって、ポケモンはもう「ニュースに出てくる未知生物」だけではなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「羊だろ」

 

「メリープだって」

 

「だから羊だろ?」

 

「いや、羊ではあるけど……」

 

 四国の農家で、祖父と孫が納屋の横を眺めている。

 

 そこでは三匹のメリープが、我が物顔で休んでいた。

 

 数日前から畑の近くへ現れるようになり、最初は作物を荒らされると警戒していた。しかし実際には畑へ入り込むことも少なく、今では農作業をしている老人の後ろをついて歩いている。

 

「懐かれてるじゃん」

 

「勝手についてくるだけだ」

 

 老人が手を伸ばす。

 

「じいちゃん、それ静電気――」

 

「いっ!?」

 

 指先で青白い火花が弾けた。

 

「だから言ったのに」

 

「こいつ羊のくせに電気出すのか!」

 

「三日前から説明してる!」

 

 それでも翌日、メリープたちはまた同じ場所で寝ていた。

 

 老人も追い払わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 山中に設置されたセンサーカメラの映像を、生態調査員が何度も巻き戻していた。

 

「昨日までここ、シカの通り道だったよな」

 

「はい」

 

「じゃあ何で四日間、一頭も映ってない?」

 

「その代わり、この個体が何度も」

 

 画面に映るのはオドシシだった。

 

 一頭だけではない。

 

 時間を変えて何度も現れている。

 

「追い出されたか」

 

「可能性はあります。ただ、直接争った映像はないですね」

 

「餌場が被っただけかもしれないし、シカ側が避けただけかもしれない」

 

 まだ結論は出せない。

 

 別の場所ではイノシシの目撃が減り、別の場所では逆にポケモンと既存動物が同じ水場を使っている。

 

 生態系は単純な勝ち負けでは動かない。

 

 ただ、新しい生物が大量に入った以上、何も変わらないはずもなかった。

 

「……調査地点、増やすしかないな」

 

「人足ります?」

 

「足りるわけないだろ……」

 

 二人揃って溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の山道を走っていた軽自動車が、急停止した。

 

「うわっ!」

 

 ヘッドライトの先に、大きな影が立っている。

 

「熊!?」

 

「違う、腹見ろ!」

 

 黄色い輪がある。

 

「リングマか……?」

 

 運転手は車から降りなかった。

 

 それが正解だった。

 

 リングマはライトを嫌うように顔を背けたあと、突然車体へ腕を叩きつけた。

 

「ひっ……!」

 

 助手席側のドアが大きく凹み、車体全体が揺れる。

 

「バック! バックしろ!」

 

「分かってる!」

 

 二撃目が来る前に車を後退させ、そのまま距離を取る。

 

 幸い追跡はされなかった。

 

 翌日、公開された車の写真には、ドアへ大きな爪痕が残っていた。

 

『リングマに遭遇したら絶対に車から降りるな』

 

 そんな注意が、一晩で広く拡散された。

 

 

 

 

 

 さらに山奥。

 

「……止めろ」

 

 林業作業員が同僚の肩を掴んだ。

 

「何です?」

 

「あれ」

 

 谷を挟んだ向こう側を、大きなポケモンが歩いている。

 

「リングマ……ですよね?」

 

「多分な」

 

「……デカくないですか?」

 

「デカいな」

 

 距離があっても分かる。

 

 これまで写真や映像で見た同種とは、明らかに大きさが違っていた。

 

 二人はそれ以上近づかず、その日は作業場所を変更した。

 

 翌日、念のため現場周辺を確認すると、林の中で太い木が何本も折れていた。

 

「これ、熊がやったんですかね」

 

「熊ならまだ安心できたかもな」

 

 何か特別な名称が付いているわけではない。

 

 ただ、

 

 同じ種類のポケモンでも、明らかに普通ではない個体がいる。

 

 そんな話が、各地の山間部から少しずつ上がり始めていた。

 

 

ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?

  • 本編進めやがれ
  • これでいい
  • どうでもいいからはよ
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