ポケモン現代入り 作:ささみ
スーパーボールの試作を始めて、五日目になった。
「……駄目」
「どこ?」
「ここ。前よりマシだけど、まだ違う」
「分解するぞ」
つい十分前まで青と白の球体だったものが、再び机の上で部品へ戻されていく。
これで何個目かは、もう誰も正確には数えていなかった。試作番号自体は記録されているので調べれば分かるが、組んでは分解し、部品を交換してまた組み、途中で番号を引き継いだまま別物みたいになった個体まである。
少なくとも、完成した形のスーパーボールを目にした回数だけなら二桁では足りない。
問題は、形になったところで完成ではないことだった。
「開閉は?」
「通る」
「縮小側」
「動く」
「復帰」
「問題なし」
「じゃあ次」
制御担当がテストを進め、最後の項目で顔をしかめた。
「……駄目」
その言葉を聞いた新人が、机へ突っ伏した。
「なんっっっでだよ……」
誰も慰めない。
「昨日ここ直したじゃん……直ったじゃん……」
「直した結果、別のところが駄目になったんだろ」
「ファック!!」
新人が勢いよく立ち上がった。
「同じちゃぼんぐりだろうが!!」
「うるせぇ!」
「モンスターボールもこれ! スーパーボールもこれ! ハイパーボールもこれ! 全部同じちゃぼんぐりじゃねぇか! なのになんでこいつだけ急にこんな面倒くせぇんだよ!?」
「俺らに聞くな!」
「シット! クソが! 何がスーパーだよ! 名前だけならちょっと捕まえやすくなりましたみたいな顔しやがって!!」
新人が外したばかりの部品を掴む。
「ファ――」
床へ叩きつけようと腕を振り上げた瞬間、後頭部を思い切り叩かれた。
「いったぁ!?」
「部品に当たるんじゃねぇ馬鹿野郎!!」
「だってこいつが!」
「こいつじゃねぇ! お前が削った部品だろうが!」
「だから余計腹立つんですよ!」
「もう一回投げようとしたらお前を投げるぞ!」
「横暴だろ!」
「部品投げる奴に言われたくねぇよ!」
取り上げられた部品は傷がないことを確認され、そのまま測定へ回された。新人はまだ何かぶつぶつ言っていたが、三分後には別の加工品を真顔で測っている。
ここ数日、全員だいたいこんな調子だった。
「先輩、これどう思います?」
新人が測定結果を持って中堅のところへ行く。中堅は図面と加工品を交互に眺め、指先で縁を何度もなぞった。
「…………」
「先輩?」
「ここが……こう……」
「はい」
「こっちがこれだから、これを……ここで……」
「はい」
「でもここをやると、こっちが……あれで……だから……」
指だけが忙しく動いている。
「…………あ゛」
「大丈夫です?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! くぁwせdrftgyふじこlp!!」
「うわぁ!?」
突然の絶叫に、工場内の何人かが振り返った。ところが当人は数秒叫んだところですっと口を閉じ、加工品を見て、図面を見る。
「…………0.006追うわ」
「うわぁ!?急に大人しくなるな!」
「分かった」
「何がです?」
「分かったんだよ」
「今の発狂のどこに理解へ至る工程があったんですか?」
中堅は答えず、そのまま加工機へ向かった。
「なんであれで通じてんだよ……」
新人が呟いている横を、何か硬いものを噛み砕く音が通り過ぎた。バキッ、という音だった。
「…………」
最年長の職人が歩いている。片手には、初期に作ったモンスターボールの失敗品が握られていた。その一部を口に咥えている。噛む。また硬い音が鳴る。
「…………」
新人と目が合った。職人は何も言わない。口だけがゆっくり動いている。
「……先輩」
「見るな」
「いや、でも」
「目ぇ合わせんな」
「あの人、俺も食う気じゃないです?」
「知らん」
職人は視線を外すことなくもう一度噛み、モンスターボールの外殻を咀嚼しながら加工機の前まで歩いていった。加工途中のスーパーボール部品を手に取り、触り、光へ翳す。失敗したモンスターボールを一口齧り、もう一度部品を見て、工具を交換する。
「……何やってるか分かります?」
「分からん」
「止めなくていいんです?」
「昨日止めた」
「どうなりました?」
「無言で俺を見ながら食い続けた」
「怖すぎるでしょ」
機械が動き始める。職人は口を動かしながら切削の様子を眺めていた。加工が終わると部品を取り外し、測定器へ持っていく。数字が出る。
「…………」
「どうでした?」
返事はない。測定結果だけ机に置かれた。中堅が拾い上げる。
「……今までで一番いい」
「なんで!?」
新人の叫びにも熟練は反応せず、残っていたモンスターボールをまた口へ運んだ。完全に食事の途中で仕事を思い出した恐竜みたいになっている。
それからしばらくして、いつもの取引先から依頼された部品の加工が入った。
「これ今日中だって」
「はい」
加工担当が図面を受け取り、いつもの機械へ向かう。工場長が別の仕事をして戻ってきたのは、一時間ほど後だった。
「さっきのやつ、段取りどうなった?」
「終わりました」
「何が?」
「全部」
「……今日中って言ったよな?」
「はい」
「まだ午前中だぞ」
加工担当もそこで初めて時計を見た。
「……あれ?」
「精度は?」
「検査終わってますよ」
測定表を見る。全部規格内どころか、ばらつきまで妙に小さい。
「これ、狙った?」
「普通にやっただけですけど」
「普通……」
スーパーボールを相手に数日間、数ミクロン単位の差で一喜一憂し、治具を作り直し、加工条件を変え、組んでは分解する生活を続けていた。どうやらそのせいで、普通の仕事に戻った時の感覚までおかしくなっているらしい。
「最近、通常品の不良減ってない?」
「減ってますね」
「納期も前倒しになってるよな」
「なってますね」
「……まあ、いいことか」
工場長は深く考えないことにした。
午後、匿名配送の荷物が一つ届いた。
「有識者からだな」
「追加のデータです?」
「いや、物だ」
箱を開ける。中には簡単なメモと、採取されたばかりのちゃぼんぐりが入っていた。
『現地で採取したものです。比較用にどうぞ。今後も何種類か送ります』
「おお」
工場長が一つ手に取る。
「これ採ったばっかりか」
「今までのと状態違います?」
「そりゃ多少は――」
横から手が伸びた。
「え?」
ちゃぼんぐりが消えた。消えた先を見る、熟練がいる。手にはちゃぼんぐり、目が合う。
「待っ――」
もう歩き出していた。
「おい! 数まだ記録してねぇぞ!」
止まらない、加工機へ一直線に向かう。
「もはや強盗じゃねぇか!!」
ちゃぼんぐりを置き、工具を取る。切断して中を見ると、そのまま処理工程へ入った。一言も発することはない。
「待て待て、こっちも一個」
「俺も」
「お前らまで勝手に持ってくな! 先に数えさせろ!」
熟練が飛びついたせいで、他の連中まで箱へ群がり始めた。
「山賊かお前ら!」
「採取直後ですよ! 今までの在庫と比較したいじゃないですか!」
「分かったから一旦置け!」
「一個だけ!」
「その一個を全員が持ってったらなくなるんだよ!」
どうにか残りを確保し、重量と個数を記録する。その頃には最初の一個を奪った熟練が加工した試料を手に持っていた。中堅が受け取る。
「…………」
「どうです?」
指で触る。少し曲げる。加工面を見る。
「あ゛……」
「また始まる?」
中堅の顔が歪んだ。
「あ゛あ゛……うぅ……」
「来るぞ」
「…………これ、条件変える」
急に静かになった。
「今回は発狂しなかった」
「違う。これ今までと削れ方違う」
測定担当も寄ってくる。
「含水の差?」
「それだけか分からん。熟度かもしれんし、採取からの時間かもしれん」
「じゃあ条件振ります?」
「振る」
そこから工場内がまた忙しくなった。採取直後、保存済み、処理条件を変えたもの、加熱時間を変えたもの。同じちゃぼんぐりを並べ、条件を一つずつ変えていく。
新人がその光景を眺めていた。
「……改めて考えると、頭おかしくないです?」
「何が」
「モンスターボールもこれですよね」
「そうだな」
「スーパーボールも?」
「同じだ」
「ハイパーボールも?」
「図面上は同じちゃぼんぐりだな」
新人が両手で頭を抱える。
「ファック……」
「今日は静かだな」
「いや、だっておかしいでしょ。高級な材料使って性能上げました、なら分かりますよ。なんで同じ実を加工の仕方と構造だけで三段階も性能上げてんだよ。何なんだよこの技術体系……クソほど腹立つのにクソほど面白ぇ……」
「だからみんな帰らねぇんだろ」
「それが一番ファックなんですよ」
夕方には、採取直後のちゃぼんぐりを使った新しい試作部品が揃った。加工、測定、組み立て。閉じる。開く。縮小。復帰。制御確認。一つずつ項目を潰していく。
誰も喋らなくなった。これまで何十回と繰り返した手順なのに、今回は反応が少し違う。
「……次」
「通った」
「次」
「こっちもいい」
「捕獲側」
そこで全員が画面を見る。処理が進む。待つ。
「…………」
「どうだ?」
「前よりいい」
「完成?」
「いや、全然」
新人が天井を仰いだ。
「シット……」
「でも今までで一番近い」
その言葉で、全員の顔が変わった。
「分解するぞ」
「はい」
完成には届いていない。なら、また開ければいい。ネジを外し、外殻を分け、内部部品を取り出して測る。五日前から何度も繰り返してきた作業が、また始まった。
途中、工場長が何となくハイパーボールの図面を画面へ表示した。
「…………」
新人が見る。
「……ファック」
中堅も見る。
「あ゛……」
数秒後、すっと表情が戻った。
「閉じよ」
「うわぁ、判断早ぇ」
熟練も加工機の向こうから画面を見る。口にはまだ、モンスターボールの失敗作が残っている。目が合った。そのまま強く噛み込んだ。バキッ、と音が鳴る。
「……閉じろ」
「はい」
工場長はすぐ図面を消した。
「スーパーボール出来てから考えよう」
「賛成」
「異議なし」
再び目の前の試作品へ戻る。数日かけて何度組んでも、まだ完成には届かない。新鮮なちゃぼんぐりが本当に突破口なのか、それとも偶然今回の条件が良かっただけなのかも、これから確かめなければならない。それでも少なくとも、次に試すべきことは増えた。
「明日、この条件でもう一回組むぞ」
「……やりますけど」
「何だよ」
新人は机の上に散らばった部品を見たあと、工場の奥へ視線を向ける。熟練がモンスターボールを食いながら、もう次のちゃぼんぐりを加工していた。
「これ完成する頃、俺ら人間に戻れます?」
「もう遅いんじゃない?」
「ファック……」
熟練が顔を上げた。口を動かしたまま、新人をじっと見る。
「…………」
「ほら! やっぱ俺のことも食う気だってあの目!」
「いいから手ぇ動かせ」
「助けろよ!」
そう言いながら、新人も次の試作用部品を手に取った。明日まで待つ気がある人間など、この工場にはもうほとんど残っていなかった。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ