ポケモン現代入り   作:ささみ

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第25話

 

 

 

 

 リングマとの戦いから、四日が経った。

 

 倒した場所の周辺はその後も何度か確認したが、リングマが林道や人の生活圏へ下りてきた形跡はない。気絶から回復したあとは山の奥へ戻ったらしく、新しく折られた木も、道路へ続く足跡も見つからなかった。

 

 少なくとも、今すぐ追いかけてもう一度戦う必要はなさそうだった。

 

 だからといって、あの戦いが無駄になったわけではない。

 

「じゃあ、少しずつな。合わなかったらすぐ吐き出せよ」

 

 リングマが落としたけいけんアメは、一度に使い切らず、細かく分けて手持ちへ食べさせた。

 

 最初はどんな反応が出るか不安だったが、食べたポケモンの身体には目に見えるほどの変化が現れた。急に大きくなったり、筋肉が膨れ上がったりするわけではない。それでも動きが少し鋭くなり、技を使った時の出力も上がっている。

 

 俺がゲームで見ていた頃は、使えば経験値が増えるだけの道具だった。

 

 現実では、経験値というもの自体がもっと曖昧らしい。

 

 身体の成長だけでなく、技を使う感覚や、これまで戦った記憶まで一緒に整理されていく。食べただけで何もしていないポケモンが、いきなり熟練者になるわけではないが、それまで積み重ねてきたものを一段上へ押し上げる効果は確かにあった。

 

 リングマ戦まで出番の少なかった個体を優先し、残りは全体へ分けた。その後もボックスの中と手持ちを入れ替えながら野生ポケモンとの戦闘を続けた結果、図鑑アプリに表示されるレベルは、おおよそ二十五前後まで揃っている。

 

「ゲームなら数字が増えただけで終わるんだけどな」

 

 実際に目の前で動かれると、成長の差は嫌でも分かる。

 

 リザードは以前より火力の加減が上手くなった。バタフリーのねんりきは離れた相手を押さえ込める時間が伸び、スピアーのミサイルばりも命中する本数が増えている。ゴーストやコンパンも、技を出すまでの間が短くなった。

 

 強くなったのは嬉しい。

 

 ただ、リングマのような相手を一体倒しただけで、この辺りまで一気に伸びたことを考えると、オヤブンを探して狩り続けようとは思えなかった。勝てる相手なら効率はいいが、一度の判断ミスで誰かが死ぬ。

 

 今回はたまたま全員生き残っただけだ。

 

 正式なモンスターボールも追加で届いていた。

 

 受け取り場所は前回と同じ仕組みを使い、工場から送られた荷物を中継先経由で回収した。動作確認を済ませた分は問題なく使えたので、ようやく空の正式ボールを何個か持ち歩けるようになっている。

 

 代わりに、採取したぼんぐりを工場へ送った。

 

 保存用だけでなく、採取してから時間の経っていないものも分け、採取時刻と見つけた場所を書いて箱へ入れた。色の違うものも何種類か確保できたため、苗木にできそうな枝や種は十勝へ回し、加工用の実だけ工場へ送っている。

 

 きのみも増えた。

 

 モモンのみとクラボのみのほかに、戦闘で傷ついた時に使えそうな種類や、単純に食用として味を確かめたいものも見つけた。持ち帰れる量には限界があるため、今のところは種と少量の実を優先している。

 

 この四日間だけでも、遠征前に立てた目的はかなり達成できていた。

 

 だから今日は、さらに人里から離れた場所へ向かっている。

 

 車は林道の終点近くへ置いた。そこから先は地図上にも道がなく、沢と古い獣道を頼りに進むしかない。日帰りで戻るのは難しい距離になるため、背負った荷物には一泊分の食料と寝具も入っている。

 

 現在の手持ちは、ポリゴン、バタフリー、スピアー、リザード、ゴースト、コンパン。自作ボールに入ったオタチも連れているが、今日は基本的に戦闘へ出さず、危険が少ない場所で少しずつ経験を積ませるつもりだった。

 

 ポリゴンはいつも通りスマートフォン側で周辺情報を処理している。通信はほとんど入らないが、事前に取得した地形図と現在位置の照合はできる。

 

「完全に圏外か」

 

『ポリ』

 

「まあ、そうだよな。何かあっても助けは呼べないから、無茶はなしでいくぞ」

 

 返事の代わりに、画面上へ帰路と推定所要時間が表示された。

 

 その数字を確認してから、沢沿いを上流へ進んだ。

 

 昼を少し過ぎた頃、先頭を歩いていたコンパンが急に足を止めた。

 

 触角が小刻みに動き、少し先の茂みへ顔を向ける。

 

「何かいるか?」

 

 コンパンは道ではなく、その少し上を見ていた。

 

 木々の間へ目を凝らすと、薄い糸が何本も張られている。陽の光が当たらなければ、気づかずそのまま引っかかっていただろう。

 

「また蜘蛛か。今度は先に見つけられたな」

 

 俺が後ろへ下がるのとほぼ同時に、木の幹を伝ってイトマルが二体降りてきた。その奥では、さらに大きなアリアドスが枝の裏から姿を現す。

 

 四日前なら、最初の一体に気を取られて別方向から糸を浴びていたかもしれない。

 

「コンパン、左のイトマルをねんりきで落とせ。バタフリーは正面の糸をかぜおこしで散らす。リザード、右のアリアドスへえんまく。近づいてきたらりゅうのいぶきだ」

 

 バタフリーが羽ばたくと、通路を塞いでいた糸が枝ごと押し返された。コンパンのねんりきに捕まったイトマルが幹から引き剥がされ、そのまま落ち葉の上へ転がる。

 

 アリアドスは煙の中から飛び出してきたが、待っていたリザードが正面からりゅうのいぶきを浴びせた。青白い衝撃を受けて巨体が横へ流れ、木の根へぶつかる。

 

「スピアー、上の一体へミサイルばり! ゴーストはアリアドスの後ろへ回って、さいみんじゅつ!」

 

 枝の裏へ逃げようとしたイトマルへ針が続けて突き刺さり、その動きが止まる。起き上がろうとしていたアリアドスの正面には、いつの間にかゴーストが浮かんでいた。

 

 目を合わせたアリアドスの脚から力が抜け、地面へ伏せる。

 

「深追いするな。道が空いたら下がるぞ」

 

 倒れた個体へ攻撃を重ねず、その場から離れた。

 

 戦闘が始まってから一分も経っていない。

 

「……だいぶマシになったな」

 

 誰に言うでもなく呟くと、リザードが得意そうに胸を張った。

 

「お前たちが強くなったのもあるけどな。俺も最初よりは周りを見られるようになったらしい」

 

 それでも、完全に安全になったとは思わない。

 

 一度上手くいった程度で調子に乗れば、またリングマの時と同じことになる。眠ったアリアドスが起きる前に距離を取り、別の経路から上流へ向かった。

 

 そこから二時間ほど進んだところで、周囲の様子が変わり始めた。

 

 最初に気づいたのは水だった。

 

「……綺麗だな」

 

 沢底の小石が、一つずつ数えられそうなほどはっきり見える。

 

 上流へ来たのだから下流より澄んでいるのは当然だが、それにしても濁りがなさすぎた。水中には落ち葉も砂もあるのに、水そのものだけが妙なほど透き通っている。

 

 試しに手で掬ってみても匂いはほとんどしない。

 

「人が入ってないからだけじゃないよな、これ」

 

 さらに進むと、沢の淀みに浮いていたはずの汚れまで少なくなっていった。

 

 周辺の野生ポケモンも妙に静かだった。

 

 怯えて隠れているわけではない。遠くの枝にはホーホーが止まり、対岸ではオタチがこちらを見ている。どの個体も逃げず、騒がず、沢の上流へ意識を向けていた。

 

 バタフリーが飛ぶ速度を落とした。

 

 リザードも足を止め、鼻先を上げる。ゴーストまで悪戯をやめ、俺のすぐ横へ戻ってきた。

 

「……何かいるな」

 

 リングマの時に感じた、肌を刺すような殺気はない。

 

 それでも、この先にいるものへ不用意に近づいてはいけないと、全員が理解している。

 

「ここから静かに行く。先に攻撃するなよ」

 

 沢が緩く曲がり、その向こうに少し開けた場所が見えた。

 

 岩の間から落ちた水が、浅い淵を作っている。木々の隙間から差し込んだ光が水面で揺れ、その中央に青い姿が立っていた。

 

 最初に見えたのは、風に流れる紫色の鬣だった。

 

 青い身体には白い模様が並び、額には大きな水晶のようなものがある。背から伸びた二本の白い飾りが、風もないのにゆっくりと揺れていた。

 

「…………は?」

 

 声が勝手に漏れた。

 

 見間違えるわけがない。

 

「スイクン……?」

 

 あまりにも現実感がなかった。

 

 ゲームの画面でも、アニメでも、何度も見た。知識として姿も能力も分かっている。それでも実物を前にすると、大型の四足獣という言葉では片づけられない。

 

 立っているだけで周囲の景色が完成しているように見える。

 

 俺が息を止めていると、スイクンの近くで小さな緑色の影が動いた。

 

 丸い頭。

 

 透き通った羽。

 

 大きな青い目。

 

 水面のすぐ上を飛びながら、スイクンの鬣へ潜り込み、反対側から顔を出す。

 

「セレビィまでいるのかよ……」

 

 さすがに理解が追いつかなかった。

 

 スイクンだけでも十分すぎるのに、その隣にセレビィまでいる。

 

 リザードが俺の前へ出ようとしたため、肩へ手を置いて止めた。

 

「動くな。全員、攻撃するなよ」

 

 スピアーも針を構えかけていたが、命令を聞いて下がる。バタフリーとコンパンは俺の左右へ寄り、ゴーストは姿を薄くした。

 

 スイクンがこちらを見た。

 

 赤い瞳が、俺とポケモンたちを順番に捉える。

 

 敵意はない。

 

 だからこそ、こちらも余計なことをしてはいけない。

 

 腰には空の正式ボールがある。

 

 ほんの一瞬、指がそちらへ動きかけた。

 

「……いや、無理だろ」

 

 すぐに手を下ろした。

 

 捕まえたいかと聞かれれば、当然捕まえたい。スイクンもセレビィも、目の前にいるのが信じられないほど貴重なポケモンだ。

 

 しかし、リングマ一体を相手に全員で死にかけたばかりである。

 

 伝説と幻を同時に相手にして捕獲を狙うなど、挑戦ではなく自殺だった。

 

「見るだけで十分だ。十分すぎる」

 

 自分へ言い聞かせていると、セレビィがスイクンの鬣から飛び出した。

 

 警戒している様子はない。

 

 俺たちの周囲を一周し、まずバタフリーの羽を覗き込む。次にスピアーの針を見て、少し距離を置く。リザードの頭上を通り過ぎたあとは、俺の手元にあるスマートフォンへ近づいた。

 

 画面の中でポリゴンが動く。

 

『ポリ?』

 

 セレビィも不思議そうに首を傾げた。

 

「そりゃ気になるよな。ポケモンがスマホの中にいるんだから」

 

 セレビィが画面を指先で軽く叩くと、ポリゴンも内側から同じ場所へ顔を寄せた。

 

 少しの間そうしていたセレビィは、今度は俺の腰へ視線を落とす。

 

 縮小したモンスターボールへ手を伸ばした。

 

「それが気になるのか?」

 

 一本外し、手のひらへ載せる。

 

 ボタンを押すと、ボールが通常の大きさまで戻った。セレビィは少し驚いたあと、表面を何度も触り、中央のボタンを覗き込む。

 

「そっちの世界なら、別に珍しくないだろ」

 

 セレビィはボールと俺の顔を交互に見た。

 

 やがて何かを思いついたように目を細め、口元を押さえて笑う。

 

「……何だよ」

 

 答えず、セレビィは森の奥へ飛んでいった。

 

「どこ行くんだ?」

 

 追おうとは思わなかった。

 

 スイクンもその場から動かず、セレビィが消えた方向を一度見ただけだった。止める気がないというより、何をしに行ったのか分かっているように見える。

 

「戻ってくるのか?」

 

 スイクンへ聞いても、当然返事はない。

 

 待っている間、スイクンが淵の奥へ歩き出した。

 

 倒木の裏側には、水が動かず僅かに淀んでいる場所がある。表面に薄い膜が浮かび、沈んだ葉が黒く崩れていた。

 

 スイクンが水へ前脚を入れる。

 

 足元から波紋が広がった。

 

 浮いていた汚れが端へ押し流されたわけではない。水に混じっていた濁りそのものが薄れ、底に沈んだ石の輪郭が少しずつ見えるようになっていく。

 

「……本当に浄化してる」

 

 知っていた。

 

 スイクンには、汚れた水を一瞬で清める力がある。

 

 ただ、知識と目の前で見る光景はまるで違った。

 

 機械や薬品を使った様子もないのに、淀んでいた水が短時間で澄んでいく。沢全体が不自然なほど綺麗だった理由も、これで分かった。

 

「お前が通ったあとだったんだな」

 

 スイクンが一度こちらを見る。

 

 その時、上流から明るい鳴き声が聞こえた。

 

 セレビィが戻ってきた。

 

 何かを両腕で抱えている。

 

「……何持ってきた?」

 

 よくよくみるとボールの形状をしていた。だがモンスターボールとは、明らかに形が違う。

 

 鈍い灰色の金属で作られた丸い容器だった。中央には太い継ぎ目があり、片側には赤い金属製のねじのような操作部が突き出している。表面には丸い板と小さな三角形の印があり、全体的に無骨な機械という印象が強い。

 

 セレビィはそれを抱えたまま俺の前まで飛び、両手へ押しつけてきた。

 

「重っ」

 

 見た目どおり、しっかりとした金属の重さがある。

 

 表面はくすみ、細かな傷が無数についていた。赤い操作部も色が褪せ、溝には黒い汚れが入り込んでいる。中央の継ぎ目には僅かに腐食が見え、少なくとも最近作られた物ではない。

 

 それでも、この形には見覚えがあった。

 

「待てよ……」

 

 赤いねじ式の操作部。

 

 現代型とは似ても似つかない金属製の外殻。

 

 手で機構を動かして開く、古いモンスターボール。

 

「これ、ユキナリが使ってたボールじゃないか?」

 

 映画の中で、ユキナリがリザードを出す時に使っていた旧式ボール。

 

 アニメでしか見たことがない道具が、今は俺の手の中にある。

 

 セレビィを見ると、口元を押さえながら楽しそうに笑っていた。

 

「いや、同じ型って可能性もあるけど……」

 

 表面の汚れを指で軽く拭う。

 

 無理に操作部へ触るのは危険なので、まず外側だけを確認した。底面に近い場所へ、何かが刻まれている。

 

 長年の傷に紛れていたが、文字だった。

 

 子供が硬いもので削ったような、少し不揃いな線が並んでいる。

 

『ユキナリ』

 

「…………」

 

 もう一度読んだ。

 

 見間違いではない。

 

「ユキナリって書いてあるじゃねぇか」

 

 顔を上げると、セレビィは我慢できなくなったように声を上げて笑った。

 

「お前、これどこから持ってきた?」

 

 セレビィは答えず、空中でくるりと回る。

 

「オーキド博士のところから盗ったのか?」

 

 口元を両手で隠し、さらに笑う。

 

「盗んだんだな!?」

 

 否定しない。

 

 むしろ、よく分かったとでも言いたげに嬉しそうだった。

 

 スイクンを見る。

 

 静かに顔を逸らされた。

 

「そっちも知ってたのかよ」

 

 スイクンは何も答えない。

 

 しかしセレビィを止める様子がまったくないあたり、これが初めてではないのかもしれない。

 

 手の中の旧式ボールを改めて見る。

 

 ユキナリ。

 

 後のオーキド博士が、少年だった頃に使っていた名前。

 

 その本人が使った金属製のボールを持ってきたセレビィ。そして、そのセレビィと一緒にいるスイクン。

 

「じゃあ、お前……サトシと共に居たセレビィなのか?」

 

 セレビィが笑いながら俺の周囲を飛ぶ。

 

「そっちのスイクンも、あの時の?」

 

 スイクンは俺を見ただけだった。

 

 はっきり肯定されたわけではない。

 

 それでも、ここまで揃っていれば十分だった。

 

 映画の中でユキナリと出会い、サトシたちと共に森を守ったセレビィ。そのセレビィを助けたスイクン。

 

 二体が今、同じ森にいる。

 

「……マジかよ」

 

 ポケモンや道具がこちらへ来ること自体は、もう不思議ではない。

 

 進化用の石も、きのみも、ぼんぐりもある。俺が使っている道具の多くも、元を辿ればポケモン世界の技術だ。

 

 ただ、この旧式ボールはゲームで見た道具ではない。

 

 アニメ映画の中でしか登場しなかった物だ。

 

 俺の持っている知識が、ゲームだけを基準にできないことは以前から分かっていた。それでも、アニメ独自の出来事や、そこでしか存在しなかった道具まで実物として現れる可能性があるとは思っていなかった。

 

「これが来るなら、ほかにもあるのか……?」

 

 アニメや映画には、ゲーム本編には存在しない道具や技術がいくつも登場している。

 

 役に立つものだけではない。

 

 この映画だけでも、普通なら考えたくない性能を持つボールが一つあった。

 

「ダークボールまで来てないだろうな……」

 

 セレビィはそんな俺の心配など気にせず、古いボールを指差して笑っている。

 

「笑い事じゃないんだけどな」

 

 旧式ボールを差し出す。

 

「これ、返してこい。オーキド博士のだろ」

 

 セレビィはすぐにスイクンの後ろへ隠れた。

 

「隠れるな」

 

 右から差し出すと、反対側へ逃げる。

 

 左へ回ると、今度はスイクンの鬣へ潜り込んだ。

 

「いや、俺に押しつけるなよ。普通に盗品だからな、これ」

 

 セレビィが鬣の間から顔を出し、また笑う。

 

 どうやら受け取る気はないらしい。

 

 スイクンも追い出そうとせず、成り行きを見守っている。

 

「……お前、意外とイタズラ好きなんだな」

 

 映画では傷ついたり操られたりしている場面が多かったので、こんな性格だとは思わなかった。

 

 考えてみれば、人間とは時間の感覚からして違うポケモンである。四十年前の友人が大事に保管していた物を持ち出すことも、本人にとっては少し手の込んだ悪戯程度なのかもしれない。

 

「オーキド博士、今頃探してるんじゃないか?」

 

 セレビィが首を傾げた。

 

「その顔は絶対何も考えてないだろ」

 

 返却を諦め、旧式ボールを布で包んだ。

 

 かなり劣化している。赤い操作部を回せば動く可能性はあるが、固着した機構を無理に動かせば、そのまま壊れるかもしれない。

 

 空いていた硬質ケースへ入れ、周囲を緩衝材で固定する。

 

「とりあえず預かるけど、いつか自分で返せよ」

 

 セレビィは満足そうに頷いた。

 

「本当に分かってるか?」

 

 その直後、スイクンが顔を上流へ向けた。

 

 周囲の空気が変わる。

 

 風が沢の上を走り、紫色の鬣が大きく揺れた。セレビィはスイクンの背へ飛び乗り、こちらへ小さく手を振る。

 

「もう行くのか?」

 

 スイクンが一度だけ俺たちを見る。

 

 次の瞬間、青い身体が沢を駆け出した。

 

 岩から岩へ軽々と飛び移り、水面へ脚を着いてもほとんど沈まない。木々の間を抜ける頃には、俺の目でも追うのが難しい速度まで加速していた。

 

 背中のセレビィが振り返る。

 

 楽しそうに笑いながらもう一度手を振り、そのまま二体は森の奥へ消えた。

 

「……追えるわけないよな、あれ」

 

 しばらく誰も動かなかった。

 

 スイクンが去ったあとの淵には、澄み切った水だけが残っている。

 

 手持ちのポケモンたちも緊張が解けたらしく、リザードが大きく息を吐いた。スピアーは構えていた針を下ろし、ゴーストも普段どおりの濃さへ戻る。

 

「全員、よく動かなかったな。助かった」

 

 スイクンを前に誰かが攻撃していたら、どうなっていたか分からない。

 

 腰からスマートフォンを取り出す。

 

「ポリゴン、撮れてるか?」

 

『ポリ』

 

 画面に記録映像が表示された。

 

 水辺に立つスイクン。

 

 その鬣から顔を出すセレビィ。

 

 俺のボールを触り、森の奥へ消え、古びた金属製の旧式ボールを持って戻ってくる姿まで残っている。

 

 幻でも見間違いでもない。

 

「スイクンとセレビィに会っただけでも、とんでもない話なんだけどな」

 

 ケースの中には、ユキナリの名前が刻まれた旧式ボールがある。

 

「そのうえ、オーキド博士から盗んだボールを押しつけられるとは思わないだろ……幸い、中には誰もいないようだけどさ」

 

 興奮している。

 

 捕まえられなかったことが惜しくないわけではない。

 

 それでも、本物のスイクンとセレビィを間近で見た。しかも、ただ同じ種類の個体ではなく、俺が映画で見た二体だった可能性が高い。

 

 それだけでも、今回の遠征へ来た価値は十分にあった。

 

 同時に、新しく考えることも増えている。

 

 ゲームにしか登場しない道具。

 

 アニメ独自の道具。

 

 映画の中で一度しか使われなかった技術。

 

 こちらへ来るものにとって、俺たちが勝手に分けていた作品や媒体の違いなど、何の意味もないらしい。

 

「……アニメでしか見たことがない物まで来るのか」

 

 嬉しいような、怖いような話だった。

 

 俺はもう一度、スイクンたちが消えた森の奥を見る。

 

「ジョウトまで来てよかったな」

 

 返事をするように、沢の上を涼しい風が通り抜けた。

ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?

  • 本編進めやがれ
  • これでいい
  • どうでもいいからはよ
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