ポケモン現代入り   作:ささみ

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第26話

 

 

 

 

 スイクンとセレビィに出会った日の夜は、沢から十分に離れた場所で野営した。

 

 ユキナリの名前が刻まれた旧式ボールは、緩衝材で包んで硬質ケースへ収めてある。かなり古びているので、少なくとも今の装備で無理に動かす気にはなれなかった。それでも気になって、眠る前に何度もケースを確かめてしまった。

 

「スイクンとセレビィだけでも十分なのに、なんでオーキド博士の盗品まで増えるんだろうな」

 

『ポリ』

 

「返せる機会あるのかな、これ」

 

 こちらの世界にオーキド博士はいない。セレビィが再び現れてくれなければ、持ち主へ返す方法もないだろう。

 

「まあ、今考えても仕方ないか」

 

 その日は興奮がなかなか収まらなかったものの、翌朝には再び探索へ戻った。

 

 人里からはかなり離れている。携帯電話の通信は完全に途切れ、ポリゴンが表示する地図にも、まともな道はほとんど残っていなかった。沢と尾根の位置を基準に、帰路を失わないよう何度も現在地を確認しながら進んでいく。

 

 午前中は何度か野生ポケモンを見かけた。遠くの岩場にイワークらしき身体が見え、木々の間ではヒメグマが二匹、こちらへ気づくなり逃げていった。それ以外は、昨日までと比べても妙に静かだった。

 

「ポケモン少なくない?」

 

『ポリ』

 

「人がいないから増えるとは限らないけど、それにしても気配がないな」

 

 バタフリーとスピアーを交代で飛ばし、周囲を確認させる。それでも、少し離れた場所にいるポケモンまで同じ方向へ逃げていることしか分からなかった。

 

 昼前になると、遠くから低い音が聞こえ始めた。

 

 地鳴りに似ていたが、一定の間隔ではない。一度大きく響いたあと、しばらく静かになる。少し経つと、今度は岩が砕けるような音が連続して聞こえてきた。

 

「……何かいるな」

 

 ポリゴンが地形図へ音の方向を表示する。目的地からは少し外れるが、無視できる規模ではない。

 

「様子だけ見よう。危なそうなら、近づかずに戻るからね」

 

 手持ちへ声をかけ、音のする方へ進んだ。

 

 近づくにつれて、地面に散らばる岩が増えていく。自然に崩れたものとは思えないほど細かく砕け、ところどころには角の取れた大きな塊も落ちていた。

 

 斜面へ出ると、山肌の一部が大きく抉られている。

 

「……何だこれ」

 

 崩落にしては、下へ落ちている土砂が少なすぎた。岩壁の表面には、何かを打ちつけたような亀裂と、深く削られた跡が残っている。根元から倒れた木もあったが、幹そのものは大して傷ついていない。

 

 そこに生えていたから、邪魔なものとして押し退けられただけに見えた。

 

 地面へ落ちていた岩を一つ拾う。片側に、並んだ窪みがついていた。

 

「歯形か?」

 

 岩を食べるポケモン自体は珍しくない。だが、ここまで山肌を丸ごと削るとなれば、候補はかなり限られる。

 

 さらに奥から、硬いものが噛み砕かれる音がした。

 

「……まさかな」

 

 声を落とし、木々の陰を使って先へ進む。

 

 斜面の向こうには、岩壁に囲まれた広い窪地があった。その中央に、緑色の巨体が立っている。

 

 両腕で岩壁の一部を割り、大きな岩塊を剥がす。それを口元へ運ぶと、硬いはずの岩が鈍い音を立てて砕けた。細かくなった石をそのまま飲み込み、また次の岩へ手を伸ばす。

 

「…………バンギラス」

 

 野生のバンギラスが、山を食べていた。

 

 図鑑や映像で知っている姿より、実物は遥かに分厚い。腹部の青い部分を挟むように硬そうな緑色の外殻が並び、背中からは大小の棘が伸びている。

 

 腕を振るだけで岩盤へ亀裂が走り、剥がれ落ちた岩が斜面を転がる。そのうちいくつかは木へぶつかり、太い幹を簡単に折っていた。

 

 暴れているわけではない。

 

 ただ食事をしているだけだった。

 

「バンギラスになってる時点で、最低でも五十五か」

 

 今の手持ちは、平均して二十五前後。最低として考えても三十ほど差がある。リングマ戦の時より、さらに開いていた。

 

 腰には空の正式なモンスターボールがある。

 

「……欲しいなぁ」

 

『ポリ』

 

「分かってるよ。今すぐ飛び出して捕まえようなんて言ってない」

 

 むしろ、無策で近づく気は完全に失せていた。

 

 バンギラスは俺たちに気づいていない。可能なら距離を保ったまま行動を記録し、どの辺りを移動しているのか把握したい。

 

「今日が無理でも、準備してから――」

 

 言い終わる前に、離れた森から大きな咆哮が聞こえた。

 

「え?」

 

 木々が連続して揺れる。一体のポケモンが斜面を駆け下り、茂みを突き破って窪地へ飛び込んだ。

 

 茶色い巨体。

 

 額に浮かぶ赤い光。

 

 左肩には、四日前の戦いで負ったものらしい傷が残っている。

 

「リングマ!?」

 

 間違いない。俺たちを追い回した、あのオヤブンリングマだった。

 

 リングマは俺たちには気づかず、食事中のバンギラスへ一直線に突っ込んでいく。

 

「おい、待て! 相手を見ろ!」

 

 当然、聞くはずもない。

 

 リングマの全身が淡い光に包まれる。怒りに任せた突進ではない。

 

「じゃれつくか!」

 

 バンギラスが振り返るより先に、光を纏ったリングマの巨体が脇腹へ突き刺さった。

 

 バンギラスの身体が大きく横へずれ、足元の岩が砕ける。

 

「効いてる……!」

 

 あくタイプを持つバンギラスには、フェアリータイプの技が有効だ。不意打ちとはいえ、明確に痛手を与えている。

 

 リングマは止まらない。

 

 雄叫びを上げながら右腕を引く。爪の先へ鋭い光が集まり、横薙ぎに振り抜かれた。

 

 きりさく。

 

 鋭い爪がバンギラスの胸を擦り、硬い外殻の表面に白い傷を残す。リングマは続けて左腕を振り上げたが、バンギラスの方が速かった。

 

 緑色の腕がリングマの手首を掴む。

 

 もう一方の腕も押さえられ、正面から二体の巨体が組み合った。

 

 リングマの筋肉が膨れ、足元の岩が沈む。前に戦った時、木を何本も薙ぎ倒した力が、今は一体のポケモンへ向けられていた。

 

 それでも、押しているのはバンギラスだった。

 

「嘘だろ……」

 

 リングマの両腕が徐々に押し戻される。

 

 バンギラスが腰を落とした。片腕を掴んだまま、もう一方の腕をリングマの胴へ回す。そのまま持ち上げられ、オヤブンリングマの両脚が地面から離れた。

 

「まさか、あの巨体をぶん投げる気かよ……!」

 

 バンギラスは身体を捻り、リングマを斜面へ投げ飛ばした。

 

 茶色い巨体が宙を横切る。背中から木へ激突し、太い幹を途中からへし折った。それでも勢いは止まらず、さらに二本の若木を巻き込みながら地面へ転がる。

 

「リングマ!」

 

 あいつは少し前まで、俺を本気で殺そうとしていた野生ポケモンだ。それでも、あの巨体が簡単に投げ飛ばされた光景には、思わず声が出た。

 

 折れた木の下でリングマが動く。ゆっくり上体を起こし、口元から血を流しながら立ち上がった。

 

「まだやるのかよ」

 

 リングマはバンギラスを睨み、再び咆哮する。バンギラスも食事を中断し、低い唸り声を上げながら正面から歩き出した。

 

 リングマの赤く光る目が、さらに強くバンギラスを射抜く。

 

 こわいかお。

 

 並のポケモンならば怯み、動きを鈍らせるほどの威圧が窪地を満たした。俺も離れた場所にいるのに、思わず肩へ力が入った。

 

 バンギラスの足が一瞬だけ止まる。

 

 リングマはその隙を逃さなかった。斜面を蹴り、再びじゃれつくで突っ込む。今度は正面から肩をぶつけ、そのままバンギラスを岩壁へ押し込もうとした。

 

 バンギラスの口が開く。

 

 牙の周囲へ黒い力が集まった。

 

「かみくだくか!」

 

 バンギラスがリングマの左肩へ噛みつく。

 

 リングマの咆哮が苦痛に変わった。厚い毛皮の上から牙が食い込み、身体が持ち上げられる。リングマは空いた腕できりさくを放ち、バンギラスの顔を狙った。

 

 バンギラスが顔を背けたことで牙が外れる。そのままリングマはバンギラスの背後へ回り、背中へしがみついた。

 

「やっぱ強いな、あいつ」

 

 まともに力比べをしても勝てないと理解したのか、背中から爪を立てて引き倒そうとしている。

 

 だが、差は埋まらない。

 

 バンギラスが後ろへ下がり、背中から岩壁へ激突した。挟まれたリングマの身体が跳ねる。力が緩んだ瞬間、バンギラスの尻尾が横薙ぎに振るわれた。

 

 リングマがまた吹き飛び、地面へ叩きつけられる。

 

 今度はバンギラスが追った。立ち上がりかけたリングマの首元を掴み、力任せに持ち上げる。

 

「……放っといたら死ぬな」

 

『ポリ』

 

 リングマを助ける義理はない。

 

 あの夜、俺もポケモンたちも本気で殺されかけた。それでも、ここでリングマが倒れれば、バンギラスを正面から止められる存在はいなくなる。

 

 そして何より、今はバンギラスの注意を引き受けてくれる相手がいる。

 

 次に同じ機会が来る保証はなかった。

 

「正気じゃないのは分かってる」

 

 腰のボールへ手を伸ばす。

 

「でも、バンギラスだぞ」

 

 手持ち全員を出す。

 

「最初から捕まえるつもりでいく。ただし、一発でも無理だと思ったら逃げるからね」

 

 リザードが前へ出る。スピアーとバタフリーが飛び上がり、コンパンとゴーストも左右へ分かれた。

 

「リングマには絶対に当てるな。狙うのはバンギラスだけ!」

 

 バンギラスがリングマを地面へ叩きつけようとした。

 

「バタフリー、顔へかぜおこし!」

 

 横から強い風が吹きつけ、バンギラスの顔が僅かに逸れる。

 

「リザード、右腕へりゅうのいぶき!」

 

 青白い息が、リングマを掴んでいる腕へ直撃した。

 

 バンギラスの指が緩む。その隙にリングマが腕を振り払い、バンギラスの胸を蹴って距離を取った。

 

 俺たちへ気づいたリングマが、すぐに顔を向ける。

 

「グルアアアアッ!」

 

 ただ吠えたわけではない。

 

 赤い目から放たれた威圧に、リザードとコンパンの動きが僅かに固まる。

 

 こわいかおを、今度は俺たちへ向けてきた。

 

「そりゃ怒るよな!」

 

 目の前には縄張りを荒らすバンギラス。その横には、四日前に自分を倒した俺たち。

 

 リングマからすれば、どちらも敵でしかない。

 

 こちらへ一歩踏み出したところで、背後の地面が盛り上がった。

 

「リングマ、後ろ!」

 

 岩盤を突き破り、尖った岩が何本も突き出す。

 

 ストーンエッジ。

 

 リングマは咄嗟に横へ飛んだものの、一本が脇腹を掠めた。巨体が空中で回り、地面へ転がる。

 

「今は俺たちにキレてる場合じゃないだろ!」

 

 理解するかどうかは分からない。

 

「スピアー、バンギラスの顔へミサイルばり! 撃ったらすぐ右へ抜けろ!」

 

 光る針が連続して飛び、バンギラスの頬と首へ突き刺さる。

 

 効果はある。

 

 だが、倒すには遠い。

 

 バンギラスがスピアーへ顔を向けたところへ、起き上がったリングマが横から突っ込んだ。

 

 再び淡い光を纏ったじゃれつくが、バンギラスの脇腹へ直撃する。今度はバンギラスの身体が岩壁まで押し込まれた。

 

「バタフリー、左からねむりごな!」

 

 羽から淡い粉が広がる。

 

 しかしバンギラスが大きく吠えた瞬間、周囲へ砂と風が巻き上がった。

 

「下がれ!」

 

 粉が吹き散らされ、細かな砂が顔へ叩きつけられる。

 

 視界が茶色く染まった。

 

「すなあらしか!」

 

 ただ風が強くなったのではない。

 

 周囲の土と砕けた岩が巻き上げられ、窪地全体を覆っている。小石が肌へ当たり、腕を上げていなければ目も開けていられない。

 

 リングマは正面から砂を浴びながらも、バンギラスから離れない。爪を立て、体重をかけて押し込んでいる。

 

「バタフリー、リングマの周りだけ風を通して! 真上へ吹き上げろ!」

 

 バタフリーが低い位置まで下り、羽を強く打つ。砂が一時的に上へ押し流され、リングマの周囲だけ視界が開いた。

 

「リザード、足元へえんまく! リングマには当てるな!」

 

 黒い煙がバンギラスの膝から下を覆う。

 

「コンパン、ちょうおんぱ!」

 

 耳へ届きにくい高い音が放たれた。

 

 バンギラスの顔が僅かに歪む。

 

「ポリゴン、あやしいひかり!」

 

 ポリゴンの周囲に、不規則な光が浮かぶ。バンギラスがリングマを振り払おうと腕を上げた瞬間、その動きが一度止まった。

 

「今だ、リングマ!」

 

 命令するつもりはなかったのに、思わず叫んでいた。

 

 リングマは俺の声ではなく、目の前の隙へ反応したのだろう。爪へ鋭い光を纏わせ、バンギラスの胸元へきりさくを叩き込む。

 

 先ほど傷つけた場所へ、二本目の白い線が走った。

 

「スピアー、同じ場所へミサイルばり!」

 

 針が傷へ集中する。

 

「リザード、りゅうのいぶき!」

 

 青白い息が重なり、バンギラスの身体が岩壁へ押しつけられた。

 

 リングマがさらに体重をかける。

 

 岩壁が軋む。

 

 そのまま倒せるかと思った瞬間、バンギラスが足を踏み鳴らした。

 

 地面が大きく持ち上がる。

 

「離れろ!」

 

 次の瞬間、窪地全体が揺れた。

 

 じしん。

 

 ただの地響きとは比べものにならない。

 

 地面が波打ち、岩壁から大小の岩が崩れ落ちる。立っていることすらできず、俺は地面へ手をついた。

 

 リザードとコンパンが転倒し、バタフリーとスピアーも巻き上がる砂と落石を避けて高度を上げる。

 

 最も近くにいたリングマはまともに揺れを受け、足を取られた。

 

 バンギラスがその胴を抱える。

 

「また投げる気か!」

 

 今度は真下だった。

 

 バンギラスがリングマを持ち上げ、全力で岩盤へ叩きつける。

 

 低い衝撃音と同時に、地面全体が跳ねた。先ほどのじしんで弱っていた岩盤へ亀裂が走る。

 

 リングマが叩きつけられた場所から伸びた黒い線は、一直線に俺たちの足元へ迫ってきた。

 

「全員、亀裂から離れろ!」

 

 リザードとコンパンを呼び戻しながら後ろへ飛ぶ。

 

 次の瞬間、亀裂が大きく開いた。岩と土が内部へ崩れ落ち、戦場の中央に深い裂け目ができる。近くの木が根元から傾き、折れた枝が次々と落ちてきた。

 

「じしんのあとに叩きつけたから、地面が……!」

 

 リングマの巨体を投げつけただけでも異常なのに、その直前に使われたじしんが岩盤全体を緩めていた。

 

 亀裂の向こうには、バンギラスとリングマがいる。

 

 こちら側に残ったリザードとコンパンは、すぐには近づけない。飛べるバタフリーとスピアー、浮遊できるゴーストとポリゴンだけが、そのまま支援を続けられる。

 

「バタフリーとスピアーは向こうへ! ゴーストとポリゴンも続け! ただしバンギラスの正面には出るな!」

 

 リングマは地面へ倒れていた。

 

 バンギラスがその頭上へ立ち、片脚を持ち上げる。

 

「バタフリー、顔へかぜおこし!」

 

 強風が顔へ叩きつけられ、踏みつけようとしていたバンギラスの身体が僅かに傾く。

 

「スピアー、目の前へミサイルばり!」

 

 バンギラスが顔を庇う。

 

「ゴースト、さいみんじゅつ!」

 

 ゴーストが視界の端へ入り、目を合わせようとする。

 

 バンギラスはすぐに気づき、顔を背けた。

 

「無理に追うな! 注意を引ければいい!」

 

 その間にリングマが起き上がった。頭から血を流し、足元も僅かに揺れている。

 

 それでも退かず、爪へ光を集める。

 

 背後から放たれたきりさくが、バンギラスの肩へ食い込んだ。

 

 バンギラスが振り返る。

 

「リングマが引きつけた! バタフリー、もう一度ねむりごな!」

 

 砂はまだ舞っている。

 

「かぜおこしで道を作ってから流し込め!」

 

 バタフリーが自分の前だけ砂を押し退け、その風へねむりごなを乗せた。粉が細くまとまり、バンギラスの横顔へ流れる。

 

 少し吸い込んだらしく、バンギラスの動きが僅かに鈍った。

 

 だが眠らない。

 

「一回じゃ足りないか!」

 

 バンギラスが腕を振り、リングマを押し返す。

 

 今度は投げ飛ばされる前に、スピアーのミサイルばりが腕へ刺さった。狙いが逸れ、リングマは掴まれずに済む。

 

 リングマが一瞬、空中のスピアーを見る。

 

 唸り声は上げなかった。

 

 すぐにバンギラスへ視線を戻し、再びじゃれつくで正面から飛び込んだ。

 

「……分かったか?」

 

『ポリ』

 

「少なくとも、今は俺たちを殴るつもりはなさそうだな」

 

 即席の協力関係だった。

 

 仲間になったわけではない。

 

 リングマは自分の縄張りからバンギラスを追い出したい。俺はバンギラスを捕まえたい。

 

 目的が一致している間だけ、互いを攻撃しない。

 

「リングマが正面を取ってる間に削るぞ! スピアー、胸の傷へミサイルばり!」

 

「リザード、亀裂の端からりゅうのいぶき!」

 

 針と青白い息が、リングマのじゃれつくに重なる。

 

 バンギラスが大きくよろめいた。

 

 初めて追い込めている。

 

 そう思った直後、バンギラスがリングマの頭を掴んだ。

 

 力任せに横へ振り払い、岩壁へ叩きつける。

 

 さらに顔を上げた。

 

 その視線が、空中のバタフリーとスピアーを捉える。

 

「まずい、二匹とも離れろ!」

 

 バンギラスの口内へ、眩い光が集まり始めた。光は見る間に膨れ上がり、周囲の砂まで外へ押し退けていく。

 

 知識の中にある技と、目の前の光景が繋がった。

 

「はかいこうせんだ! 全員伏せろ!」

 

 直後、白熱する光線が放たれた。

 

 バタフリーとスピアーが左右へ分かれる。

 

 二匹の間を通り抜けたはかいこうせんは、そのまま背後の森へ突き刺さった。

 

 木々が吹き飛ぶ。

 

 一本ずつ倒れたのではない。

 

 光線が通過した場所にあった幹も枝も、一斉に砕け散った。轟音と共に直線状の空間が抉り取られ、さらに奥の岩壁へ命中する。岩肌が爆発したように弾け、大量の破片が斜面へ降り注いだ。

 

 光線が消えたあとには、森の中を貫く一本の道ができていた。

 

「冗談だろ……」

 

 外れた。

 

 それなのに、これだけの被害が出ている。

 

 あれが一匹に直撃すれば、耐えられるはずがない。

 

 バタフリーとスピアーは無事だったが、爆風に押し流され、すぐには体勢を戻せない。

 

 バンギラスも反動で動きを止めていた。口元から煙を上げ、肩を大きく上下させている。

 

「リングマ!」

 

 こちらが何かを言うまでもない。

 

 岩壁から身体を引き剥がしたリングマが、動けないバンギラスへ走り出していた。

 

 全身へ淡い光が集まる。

 

 ここまでで最も強いじゃれつくが、バンギラスの胸へ直撃した。

 

 巨体が地面から浮く。

 

 リングマはそのまま押し切り、バンギラスを岩壁へ叩きつけた。

 

「今だ! バタフリー、ねむりごな!」

 

 立て直したバタフリーが高度を下げ、頭上から粉を浴びせる。

 

「ゴースト、さいみんじゅつを重ねろ!」

 

 動きの止まったバンギラスと、ゴーストの目が合う。

 

 はかいこうせんの反動とねむりごな、そこへさいみんじゅつまで重なり、バンギラスのまぶたが大きく下がった。

 

 だが、まだ倒れない。

 

 バンギラスが咆哮し、無理やりリングマを押し返す。

 

 もう一度口を開く。

 

「はかいこうせんは連発できない!」

 

 代わりに牙へ黒い力が集まる。

 

 バンギラスは正面のリングマへ噛みつき、かみくだくで肩を捉えた。

 

 リングマが苦痛に吠える。

 

「スピアー、顔へミサイルばり!」

 

 針がバンギラスの頬へ突き刺さる。

 

 牙が緩んだところで、リングマが腕を引き抜く。

 

「コンパン、向こうへ渡れる場所を探して! リザードも一緒に!」

 

 亀裂の幅が狭くなっている場所へ、コンパンとリザードが走る。落ちかけた岩を足場にして、どうにか反対側へ渡った。

 

「コンパン、ちょうおんぱ!」

 

 高い音がバンギラスへ浴びせられる。

 

「リザード、りゅうのいぶき!」

 

 青白い息が胸元へ直撃した。

 

 バンギラスが大きく吠え、無理やり身体を起こす。

 

「まだ立つのかよ!」

 

 リングマが正面へ飛び込み、両腕で首元へ組みついた。

 

 バンギラスが振り払おうとする。

 

 その動きは、最初より明らかに遅い。

 

「全員、もう一回!」

 

 バタフリーがねむりごなを浴びせる。

 

 ゴーストがさいみんじゅつを重ねる。

 

 コンパンのちょうおんぱが動きを乱し、ポリゴンのあやしいひかりが視界を奪う。

 

 スピアーのミサイルばりが胸の傷へ突き刺さり、リザードのりゅうのいぶきがその上から直撃する。

 

 リングマは正面からバンギラスを押さえ込んでいた。

 

 バンギラスの腕から、徐々に力が抜けていく。

 

 片膝が地面へ落ちた。

 

「リングマ、離れろ!」

 

 通じるか分からないまま叫ぶ。

 

 リングマはすぐには動かなかった。だが、俺が空のモンスターボールを構えたのを見て、僅かに身体を引いた。

 

「いけ!」

 

 ボールを投げる。

 

 バンギラスの身体へ当たり、赤い光へ変えて内部へ収めた。

 

 ボールが地面へ落ちる。

 

 一度揺れる。

 

 二度目。

 

 三度目へ入る前に、中央が開いた。

 

「駄目か!」

 

 赤い光と共にバンギラスが飛び出す。

 

 完全には眠っていなかった。

 

 起き上がる勢いで腕を振り、近くにいたリングマをまた吹き飛ばす。

 

「全員下がれ!」

 

 バンギラスの視線が、今度は真っ直ぐ俺へ向いた。

 

 ボールを投げた相手が誰なのか、理解している。

 

「怒るよな、そりゃ!」

 

 バンギラスが地面を踏み鳴らす。

 

 また地面が揺れ始めた。

 

「じしんが来る! 飛べる奴は上へ! リザードとコンパンは岩へ登れ!」

 

 亀裂の周囲が再び崩れる。

 

 俺も近くの倒木へしがみつき、揺れに耐えた。その間にも、バンギラスは俺へ近づいてくる。

 

「リザード、えんまく!」

 

 黒い煙が正面へ広がる。

 

「コンパン、ちょうおんぱ!」

 

 煙の中から腕が振られ、風圧だけで黒煙が裂けた。

 

「バタフリー、上からねむりごな! スピアーは右脚へミサイルばり!」

 

 粉と針が同時に飛ぶ。

 

 バンギラスは構わず進んでくる。

 

「ポリゴン、あやしいひかり!」

 

 怪しい光が視界を横切り、足が一度止まった。

 

 その横から、リングマが飛び込んできた。

 

 淡い光を纏ったじゃれつくが脇腹へ直撃し、バンギラスの進行方向を大きく変える。

 

 二体の巨体が俺の横を通り過ぎ、地面を転がった。

 

「助けた……わけじゃないよな」

 

 俺を守ったのではない。

 

 バンギラスへ勝手に向かっていっただけだ。

 

 それでも助かったことに変わりはない。

 

「もう一回いくぞ!」

 

 リングマがバンギラスへ覆いかぶさる。

 

「バタフリー、ねむりごな! ゴースト、さいみんじゅつ!」

 

 粉が顔を覆い、ゴーストの目がバンギラスを捉える。

 

 今度こそバンギラスの身体から力が抜けた。

 

 リングマが立ち上がり、ゆっくり離れる。

 

 俺は二個目のモンスターボールを投げた。

 

 赤い光が巨体を包む。

 

 地面へ落ちたボールが激しく揺れた。

 

 一度。

 

 二度。

 

 三度。

 

 中央のランプが消える直前、内側から強い衝撃が伝わったようにボール全体が跳ねた。

 

「頼む……!」

 

 さらに一度だけ震える。

 

 それから、音が止まった。

 

「…………」

 

 誰も動かない。

 

 少し遅れて、スマートフォンが振動した。

 

 画面には、新しく捕獲されたポケモンの情報が表示されている。

 

『バンギラス レベル58』

 

「……五十八」

 

 サナギラスからバンギラスへ進化する五十五より、さらに三つ上。

 

 画面が切り替わり、手持ちが既に六体いるため、バンギラスが自動的にボックスへ転送されたことが表示された。

 

「捕まえた……?」

 

『ポリ』

 

「本当に?」

 

『ポリ!』

 

 身体から一気に力が抜けた。

 

「やった……!」

 

 叫びかけたところで、すぐ近くから低い唸り声が聞こえた。

 

 リングマがこちらを見ている。

 

 全身傷だらけで、呼吸も荒い。それでも赤く光る目には、まだ戦意が残っていた。

 

 共通の敵はいなくなった。

 

 即席の協力関係も、ここで終わりということだろう。

 

「……今日はもうやめよう」

 

 手持ちを俺の周囲へ戻す。

 

 誰も攻撃はさせない。

 

「縄張り荒らしてた奴は、もういない。俺たちもすぐ出ていくから」

 

 リングマが一歩進む。

 

 その目が強く光り、再びこわいかおの威圧が向けられる。

 

 リザードが前へ出ようとしたので、腕で止めた。

 

「動かなくていい」

 

 しばらく睨み合う。

 

 リングマは俺を覚えている。

 

 俺も、あの夜の恐怖を忘れていない。

 

 それでも今回は、同じ相手へ向かって戦った。

 

 仲良くなったとは思わない。ただ、今ここでもう一度殺し合う必要もないはずだ。

 

 リングマはやがて鼻を鳴らし、太い腕で地面を一度叩いた。

 

 こちらへ来るなとでも言っているのだろう。

 

「分かった。すぐ出るよ」

 

 俺が後ろへ下がると、リングマは追ってこなかった。

 

 崩れた岩場の向こうへ歩いていき、何度か振り返りながら森の中へ消えていく。

 

「……助けられたな」

 

『ポリ』

 

「本人はそんなつもりないだろうけど」

 

 周囲を見る。

 

 山肌は大きく抉れ、木々は倒れ、岩盤には深い亀裂が残っていた。はかいこうせんが通った先には、森を一直線に貫く破壊の跡がある。

 

 戦う前とは、地形そのものが変わっていた。

 

 リングマ一体でも、あれほど危険だった。

 

 バンギラスは、そのリングマを何度も投げ飛ばし、じしんで岩盤を砕き、はかいこうせんで森を抉り飛ばした。

 

 そんなポケモンが、今は俺のボックスに入っている。

 

「……これ、今は絶対に出せないな」

 

『ポリ』

 

「捕まったことを受け入れてるのかも、俺の言うことを聞くのかも分からない。外に出して、やっぱり暴れましたじゃ済まないぞ」

 

 ボックス内なら、負傷した状態を悪化させずに休ませられる。

 

 だが、普通のキズぐすりを数本用意した程度で、レベル五十八のバンギラスを安全に治療できるとも思えない。

 

 何より、今の手持ちではもう一度戦いになった時に抑えられない。

 

「十勝へ戻って、まずみんなをもっと育てる。バンギラスを出しても周りに被害が出ないような山も必要だな」

 

『ポリ』

 

「最低でも、暴れた時にボールへ戻す時間を作れるくらいにはならないと」

 

 今の平均レベルは二十五前後。

 

 バンギラスとは三十以上離れている。

 

 相性のいいポケモンも足りない。

 

「正式ボールはまだ残ってるし、帰る前に水タイプを探そう。川ならニョロゾやコイキングがいるかもしれない」

 

 特にニョロゾが進化してニョロボンになれば、みず・かくとうタイプとしてバンギラスへかなり有利に戦える。

 

 それでも、捕まえただけですぐバンギラスを抑えられるわけではない。十勝へ戻ってから、時間をかけて最低でも四十前後まで育てる必要があるだろう。

 

 その前に、確認しておきたい相手もいる。

 

 リングマが消えた森を見る。

 

「あいつとも、もう一度ちゃんと戦いたいな」

 

 今回はバンギラスという共通の敵がいたから、一時的に協力しただけだ。

 

 最初に戦った時から、手持ちのレベルは十近く上がっている。進化したポケモンも多い。今なら以前より安定して戦えるはずだった。

 

 捕まえることができれば、バンギラスを外へ出す時の戦力にもなる。

 

「その前に全員の回復だけどね」

 

 ポケモンたちを見る。

 

 全員疲れ切っていた。バタフリーの羽には砂がつき、スピアーの針もいくつか傷ついている。リザードとコンパンは細かな擦り傷が多く、ゴーストとポリゴンも連続して技を使ったことで動きが鈍い。

 

「本当にありがとう。みんながいなかったら絶対無理だった」

 

 リザードが得意そうに胸を張り、バタフリーも嬉しそうに俺の周囲を飛んだ。

 

「リングマにも助けられたけどね」

 

 森の奥から、遠く咆哮が響く。

 

「……あいつには言わない方がよさそうだな」

 

 崩れた地面を避けながら、来た道へ戻り始める。

 

 スイクンとセレビィに出会った翌日、今度はリングマと共闘してバンギラスを捕まえた。

 

「ジョウト遠征、めっちゃ疲れることばっかだ」

ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?

  • 本編進めやがれ
  • これでいい
  • どうでもいいからはよ
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