ポケモン現代入り 作:ささみ
引越ししてたので投稿遅くなりました。
試験製造室では、赤と白に塗り分けられた球体が作業台の上へ並べられていた。
外見だけなら、映像や写真で知られているモンスターボールとほとんど変わらない。中央には開閉用のスイッチがあり、本体を携帯しやすい大きさまで縮める機能も備えている。
ただし、それらが完成するまでの工程は、一般的な工業製品とは大きく異なっていた。
切削や研磨、部品寸法の測定といった精密作業には、最新の加工装置が使われている。設計資料で指定された数値に合わせ、機械が人間には難しい精度で素材を削り出す。
機械に任せられるのは、そこまでだった。
加工を終えた部品は技術者が1つずつ確認し、組み合わせを選び、反応を測定しながら調整する。規格上は同じ寸法であっても、組み合わせによって捕獲機構の反応が変わるため、部品を揃えて組み立てれば完成するわけではない。
「3番の外殻、内側の反応が弱いです」
「制御部を交換して再測定してください。それでも基準へ届かなければ、今回は保留に回します」
「4番は小型化まで正常に動作しました」
「復帰試験をあと20回。開閉部のずれも確認してください」
技術者たちは作業台と測定装置の間を行き来しながら、少しずつ組み上げていく。
設計資料を受け取った直後に比べれば、製造技術は大きく進歩していた。現在では、同じ手順を用いて継続的にモンスターボールを作ることができる。
それでも、1度に完成する数は多くない。
加工自体は機械によって効率化されているが、素材の選別や部品同士の調整、組み立て、最終確認までは自動化できていない。数個から十数個を並行して製作し、その中から基準を満たした物を完成品として扱う。
大量に作って全国へ配れる段階ではなかった。
「本日の完成見込みは?」
「現在のところ5個です。残り3個は、捕獲機構の反応が基準へ届いていません」
「昨日よりは多いですね」
「ただ、完成した5個の間にも僅かな差があります」
担当者が測定結果を大型画面へ表示する。
捕獲機構が起動するまでの時間。本体が小型化する際の反応。元の大きさへ戻るまでの時間。開閉を繰り返した後の安定性。
どれも使用できないほどの差ではない。基準を通過した物なら、モンスターボールとして正常に機能する。
しかし、同じ設計資料に従って作られた完成品であっても、反応は完全には揃わなかった。
「寸法上の差は?」
「測定限界内です。素材の成分も、確認できる範囲では一致しています」
「加工温度は」
「記録上は同一です」
「それでも反応が違う」
「はい」
完成品を作ることはできる。同じ手順でもう1度作ることもできる。
だが、同じ性能の物を何個でも作れるわけではなかった。
現在行われているのは量産ではなく、あくまで試験的な少量生産だった。
◆
完成したボールは、隣接する解析室へ運ばれた。
室内には、国内でも最高水準の分析設備が集められている。内部構造を破壊せず撮影するマイクロX線CT。素材の結晶構造を調べるX線回折装置。加工面を観察する電子顕微鏡。微細な熱変化を測定する赤外線計測器。電場や磁場の変化を捉える高感度センサー。
各装置から得られた情報は専用の演算設備へ送られ、完成品と未完成品の差を探すために使われていた。
「今回の比較対象は?」
「完成品が3個。捕獲機構の反応が基準に届かなかった物が2個です」
「外殻と制御部の組み合わせは記録されていますね」
「製造中の温度、湿度、加工時間を含めて保存しています」
解析台へ置かれたモンスターボールへ、試験用の信号が送られる。
中央部分が淡く発光し、複数の画面へ波形が表示された。
「捕獲機構、起動」
「内部素材の反応を確認しました」
「前回より変化が小さいですね」
「ですが、こちらの方が動作は安定しています」
「反応が強ければ性能も高い、というわけではないのか」
研究員が測定結果を見比べる。
単純な電気機器であれば、入力と出力の関係から性能を判断できる。モンスターボールでは、それが通用しない。
強い反応が出た物ほど捕獲機構が安定するとは限らず、ほとんど差が測定されない物同士でも、完成後の動作には違いが現れる。
それでも、研究開始当初に比べれば判明したことは増えていた。
ボールがポケモンへ接触すると、内部の捕獲機構が対象を認識する。ボールが開き、内部から放たれる赤い光が対象を包む。その働きによって、ポケモンが本来持っている縮小能力が誘発される。
縮小したポケモンは、赤い光に包まれたままボール内部へ収容される。その後、対象の抵抗とボール側の保持機能が競合し、保持できれば捕獲が成立する。最後に所有者と個体の情報が記録される。
目視上は、ポケモンの身体が赤い光へ変わったように見える。
しかし、観測結果ではポケモンそのものが電気信号や光だけの存在へ変換されているわけではない。赤い光は捕獲機構が作動した際に発生する現象であり、その内部ではポケモン自身の縮小能力が利用されていると考えられていた。
「資料の記載と、観測結果は一致しています」
「ですが、なぜ縮小を誘発できるのかは分からない」
研究責任者が画面へ目を向けたまま答える。
「ポケモンだけを対象として認識する仕組みも、内部で縮小状態を維持する方法も不明です。捕獲へ抵抗する力を、何によって判定しているのかも説明できていません」
「対象の意思が関係している可能性は?」
「高いでしょう。しかし、意思を測定装置で数値化する方法がありません。同じ種類のポケモンでも結果が異なり、身体の大きさや負傷の程度だけでは説明できません」
完成した3個の波形を重ねても、僅かなずれが残っている。
「品質差の原因についても同じです。現在の測定技術では、性能差へ繋がる違いを特定できていません」
「工程を改善することはできているのにですか」
「結果の良かった条件を残しているだけです。なぜ良くなったのか、すべてを理論的に説明できているわけではありません」
寸法を僅かに変え、反応を見る。加工温度を調整し、完成品を比較する。部品の組み合わせを入れ替え、安定する物を探す。
製造技術は、そうした積み重ねによって進歩していた。
作る方法は分かり始めている。
仕組みを理解したとは、まだ言えなかった。
「スーパーボールとハイパーボールの研究申請が、また届いています」
担当者が2種類の設計資料を表示する。
政府が受け取った資料には、通常のモンスターボールだけでなく、より捕獲性能の高いボールも含まれていた。
だが、どちらも試作には入っていない。
「保留を継続してください」
「現場からは、より高性能な物を求める要望が出ています」
「通常型の性能差すら説明できていない状態です。上位型を設計どおりに作っても、どの構造が性能向上へ繋がったのか判断できません」
「資料どおりに製造すれば、完成する可能性はあります」
「完成品を増やすだけなら、そうかもしれません。ですが、通常型の改善へ使える知識は得られない」
研究責任者は、作業台に並ぶ完成品を見た。
「まずはモンスターボールです。少量生産の安定化と、捕獲機構の理解を優先します」
上位2種類の資料は、再び保管状態へ戻された。
◆
完成したモンスターボールは、すぐに一般へ配られるわけではない。
現在作れる数は限られている。警察、消防、自衛隊、ポケモンの保護施設などへ、試験目的で少数ずつ渡す計画が立てられていた。
想定されている用途は、負傷したポケモンの搬送、人間に懐いた個体の管理、市街地へ入り込んだ個体の一時的な収容。
危険な野生個体を積極的に捕獲し、人間側の戦力として集めることを目的にはしていない。
その試験提供を始める前に、実際のポケモンを用いた最終確認が必要だった。
試験区画へ入ってきた警官の隣には、オレンジ色の体毛を持つガーディがいた。
ガーディは周囲へ並ぶ機材と白衣姿の研究員を見回した後、警官の脚へ身体を寄せた。
「緊張していますか?」
「知らない場所だから警戒してるだけだと思います。人を怖がる奴じゃないので」
このガーディは、警察犬の訓練施設へ自分から居着いた個体だった。
施設で暮らす犬たちに混ざり、訓練にも勝手についてくる。以前には逃走犯を追う警官へ同行し、途中から指示に従って確保へ協力していた。
その時に行動を共にした警官へ特に懐き、現在も勤務中は近くにいることが多い。
捕獲を強制する必要がなく、人間との意思疎通もある程度成立している。最初の試験対象として選ばれた理由だった。
「改めて注意事項を説明します」
担当者が警官へ向き直る。
「モンスターボールへ入っても、ガーディの性格や意思が変わるわけではありません。捕獲は服従を強制する機能でもありません」
「はい」
「嫌がった場合は中止します。捕獲に失敗した場合も、続けて使用しません。異常が確認されれば、可能な限り早く外へ出します」
「分かりました」
「捕獲が成立した場合、所有者として登録されるのはあなたです」
警官は渡されたモンスターボールを手の中で転がした。
この日の試験製造で完成した5個のうち、各種検査で最も安定した反応を示した物だった。
特別な改造や追加調整は行われていない。今後、同じ手順で少量生産される予定のモンスターボールと同じ構造をしている。
小型化した状態では、直径数センチほどしかない。
中央のスイッチを押すと、投げられる大きさまで広がった。
「これを投げればいいんですね」
「ガーディが受け入れたと判断できた場合だけ、お願いします」
警官がしゃがみ、ガーディへボールを見せる。
「これに入ってみてほしいらしい」
「ガウ?」
「お前を捕まえる道具だってさ。中へ入っても、すぐ外へ出られる。嫌ならやらなくていいぞ」
ガーディは差し出されたボールへ鼻を近づけた。
外殻の匂いを嗅ぎ、中央のスイッチを前脚で軽く触る。次に警官の顔を見上げ、周囲の研究員たちへ視線を向けた。
「説明は通じていますかね」
「少なくとも、何かを試されることは理解しているように見えます」
「無理にやらなくていいぞ」
警官がそう告げると、ガーディはその場から数歩離れた。
そのまま試験区画の中央まで進み、警官へ向き直る。前脚を揃えて座り、じっとボールを見つめた。
「投げろってことですかね」
「本人が受け入れたと判断します。試験を開始してください」
警官が立ち上がる。
「痛かったら、すぐ出てこいよ」
「ガウ!」
軽く腕を振り、モンスターボールを投げる。
回転しながら飛んだ球体がガーディへ触れた瞬間、中央のスイッチが作動してボールが開いた。
内部から赤いビームが伸び、ガーディの全身を包み込む。
「捕獲機構、起動」
「対象の縮小反応を確認」
赤い光の中で、ガーディの輪郭が急速に小さくなっていく。その身体は赤い光に包まれたまま持ち上がり、開いたボールの内部へ吸い込まれた。
ガーディを収容したボールが閉じ、空中へ跳ね返ってから床へ落ちる。
中央の表示が赤く点滅し、球体が1度揺れた。
「内部への収容を確認」
「保持機構、正常に作動しています」
「所有者情報の登録を開始」
警官が床へ落ちたボールを見つめる。
ボールがもう1度だけ揺れ、中央の表示が切り替わった。
「捕獲成立」
室内の緊張が僅かに緩む。
「内部の状態は?」
「資料上の正常範囲です。外殻温度にも異常はありません」
「保持反応も安定しています」
「外部測定を10秒継続します。異常が出た場合は即座に開放してください」
警官は黙ってボールを見ていた。
僅か10秒だったが、それ以上に長く感じられた。
「測定終了。開放してください」
許可が出ると同時に、警官がボールを拾い上げた。
中央のスイッチを押し、少し離れた床へ向ける。ボールが開くと内部から白い光が飛び出し、床の上へ広がった。
光がガーディの輪郭を形作り、元の大きさへ戻っていく。
「ガーディ!」
「ガウ!」
外へ出たガーディは真っすぐ警官の元へ走り、その脚へ前脚を掛けた。尻尾を激しく振りながら、普段と変わらない様子で顔を寄せる。
「大丈夫か? 変な感じはしなかったか?」
警官が頭や身体へ触れ、異常がないか確認する。
獣医師も近づき、体温、呼吸、瞳孔、歩行状態を順番に調べていった。ガーディは少し面倒そうにしながらも、警官の隣から離れようとはしない。
「身体的な異常は確認できません」
「行動にも変化なし」
「所有者認証を確認します」
研究員が警官からボールを受け取り、中央のスイッチを押す。
ボールは反応しない。
「登録者以外の操作を拒否しました」
警官へ返し、同じ操作をさせる。今度は正常に開閉した。
「所有者認証、正常です」
「再収納も確認しますか?」
警官がガーディへ尋ねる。
「もう1回だけ入るらしいけど、どうする?」
「ガウ」
ガーディは警官が持つボールを鼻先で押した。
その様子を見て警官がボールを向けて中央のスイッチを押す。ボールが開き、内部から伸びた赤いビームがガーディを包んだ。
赤い光の中で身体が小さくなり、そのままボールの中へ吸い込まれる。ボールが閉じると、今度は揺れることなく静止した。
「再収納、正常」
数秒後、再び開放する。白い光とともに姿を現したガーディは、当然のように警官の隣へ戻った。
「開放も正常です」
「本体の小型化も確認してください」
もう1度ガーディを赤いビームで収容し、中央のスイッチを操作する。ボールは手のひらへ収まる大きさまで縮んだ。
「思ったより軽いですね」
「収容前後で、重量に大きな変化は確認されていません」
「この中に入ってるんですよね」
「入っています。ただし、内部でどのような状態になっているのかは、まだ分かっていません」
「そこは分からないままなんですか」
「はい。だからこそ、製造と並行して解析を続けています」
警官は小型化したボールを見つめた後、元の大きさへ戻してガーディを外へ出した。
「しばらく外にいるか?」
「ガウ!」
ガーディは迷うことなく、その隣へ座った。
◆
試験終了後、研究責任者は測定結果を確認した。
「捕獲、開放、再収納、所有者認証、本体の小型化。すべて正常に作動しました」
「警察や保護施設への試験提供は進められますか?」
「今回だけで判断はできません。完成した物を数個ずつ提供し、使用回数と反応を記録してください。問題がなければ、少しずつ対象を増やします」
「一般への供給は?」
「まだ無理です。現在の製造数では、必要な機関へ行き渡らせることもできません」
機械を使って精密な加工はできる。同じ手順で、継続的に作ることもできる。
だが、1個ずつ行う調整と確認を省くことはできず、完成品の性能にも僅かな差が残る。
「製造方法の改善と、捕獲機構の解析を継続します」
「実際に使えることは確認できました」
「使えることと、十分に作れることは別です。理解しているかどうかは、さらに別の問題です」
「スーパーボールとハイパーボールは?」
「引き続き保留です。まずは通常型の安定生産を目指してください」
研究責任者は試験製造室の映像へ目を向けた。
作業台では、技術者が新しいモンスターボールの部品を1つずつ確認している。機械によって精密に加工された部品を選び、組み合わせ、測定し、僅かなずれを調整する。
その日のうちに完成するのは数個だけだった。
一方、試験区画を出た警官の腰には、小さくなったモンスターボールが装着されている。
ガーディはボールへ入らず、警官の横を歩いていた。
捕獲されたから従っているわけではない。所有者として登録されたから、隣にいるわけでもない。
以前からそうしていたように、懐いた警官の隣を自分で選んで歩いている。
政府は、モンスターボールを少数ながら作れるようになった。
しかし、安定した大量生産にも、その技術の完全な理解にも、まだ至っていなかった。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ