ポケモン現代入り 作:ささみ
翌朝、朝食を終えた俺はリングマのボールを持って家の裏へ出た。
未利用地の向こうには、敷地に沿うように小さな林が続いている。山ほど広くはないが、道路や畑からは少し離れており、木々が外からの視線も遮ってくれる。リングマを普段から外へ出しておくなら、ここ以外に適した場所はなかった。
玄関を出たところで、母さんが手元のボールへ目を向けた。
「今日、あの熊を出すの?」
「リングマな。林の方で様子を見る」
「名前が違っても熊は熊でしょう。出すのはいいけど、家の近くまで連れてこないでよ。窓を開けたら目の前にいた、なんて嫌だからね」
「家と畑には入らせないよ。危なそうならすぐ戻す」
「ならいいわ。私はニドランと中にいるから、何かあったら自分で何とかしなさいよ」
母さんはリングマを見物しようともせず、さっさと家へ戻っていった。危険性は理解しているが、だからこそ安全が確認できるまで近づかない。母さんらしい判断だった。
父さんも家に残り、ポッポは外へ出さないよう頼んである。父さんに懐いているとはいえ、リングマから見れば見慣れない小型のポケモンだ。最初から余計な刺激を増やす必要はない。
林の手前まで移動してから、主力をボールから出した。バタフリーとスピアーは木の枝へ止まり、リザードとコンパンは俺の近くに残る。ゲンガーは姿を見せず、足元の影へ潜った。ポリゴンだけが普段どおり俺の横に浮かんでいる。
リングマを囲んで脅すつもりはない。それでも、捕獲されたことを受け入れていなかった場合に備えて、すぐ動ける状態にはしておく。
「出すぞ」
『ポリ』
ボールを投げる。開いた内部から白い光が飛び出し、林の手前で大きく広がった。
「グマァ……」
現れたリングマは低く唸りながら、ゆっくり周囲を見回した。
最初に俺を見て、次にリザードとコンパンへ視線を移す。木の上にいるバタフリーとスピアーも確認し、最後には俺の影へ目を向けた。姿を隠しているゲンガーにも気づいているらしい。
警戒はしているが、襲いかかってはこない。
「身体はどうだ?」
リングマの左肩には以前からの古傷が残っている。バンギラス戦と再戦で負った傷も、完全に痕が消えたわけではないが、動きに支障はなさそうだった。
ポリゴンが周囲を飛びながら状態を確認する。リングマは鬱陶しそうに目で追っていたが、払い落とそうとはしなかった。
『ポリ』
「問題なし?」
『ポリ』
「なら大丈夫そうだな」
俺たちに負けたことも、ボールへ収められたことも理解しているのだろう。納得しているかまでは分からないが、すぐに再戦を始める気はないらしい。
リングマは俺から視線を外すと、林の方へ鼻を向けた。湿った土や木々の匂いを嗅ぎ、そのまま歩き始める。
「そっちは好きにしていい。ただし、家と畑は駄目だからな」
「グマァ」
返事なのか、単に面倒そうに唸っただけなのかは分からない。
リングマの後ろを追いながら、まず林と未利用地の境目を歩かせる。林の中へ進む分には止めず、畑の方へ身体を向けた時だけ前へ回った。
「そっちは駄目」
リングマが俺を見る。
指差した先には畑がある。リングマは鼻を動かした後、そちらへ進もうとした。
「駄目だって」
もう1度前へ立つと、リングマは不満そうに鼻を鳴らした。俺の横を抜けようとはせず、しばらく畑を眺めてから林へ身体を向け直す。
「そう。それでいい」
『ポリ』
「言葉より、こっちの方が早そうだな」
道路側でも同じことを繰り返した。どこまで理由を理解したかは分からない。それでも、俺が進ませたくない方向があることは伝わったようだった。
林へ入ったリングマは、木の幹や地面へ鼻を近づけながらゆっくり歩いた。太い木を見つけると後ろ脚で立ち上がり、前脚を幹へ掛ける。匂いを嗅いだ後、そのまま爪を立てた。
樹皮へ深い跡が残る。
「木ならいいけど、家や納屋ではやるなよ」
リングマは聞いているのかいないのか、別の木へ移って同じように匂いを確認した。
今まで住んでいた山とは、土も木も周囲の匂いも違う。リングマにとっては、見知らぬ場所へ突然連れてこられたようなものだろう。
それでも林を嫌がってはいない。むしろ奥へ進むほど動きから警戒が抜けていった。
しばらくして、木々の間に少しだけ開けた場所を見つける。リングマは大きな木の根元へ近づき、周囲を確認した後、その場へ腰を下ろした。
「もう決めたのか?」
「グマァ……」
大きな欠伸をして、木へ背中を預ける。
小屋や寝床を用意することも考えていたが、必要はなさそうだった。元々野生で暮らしていた個体に、人間がわざわざ寝る場所を決める意味もない。
食事も、毎回すべてこちらで用意するつもりはなかった。基本的には林の中で自由にさせ、必要な分だけ補助する。怪我や体調を確認し、外部の人間が入る時にはボールへ戻す。それくらいの管理で十分だろう。
持ってきた容器を木の根元から少し離れた場所へ置く。中には肉と果物を入れてある。
「今日は出したばかりだから用意したけど、毎回これだけ出ると思うなよ」
匂いに気づいたリングマが、眠そうにしていた身体をすぐ起こした。
「そこは反応早いな」
俺が離れるのを待ってから、リングマは容器へ顔を近づける。
横からリザードも寄ろうとしたので、肩を掴んで止めた。
「お前のじゃない」
「リザァ」
「家に戻ればあるだろ」
リングマが食事から顔を上げ、リザードを見る。リザードも黙って睨み返した。
以前に自分たちを追い詰めた相手が、今は同じ場所にいる。リザードとしては、もう1度戦って力を確かめたいのだろう。
リングマも同じらしく、食事よりリザードへ意識を向け始めた。
「今日はやらないぞ」
リザードが不満そうに炎を揺らす。リングマも低く鼻を鳴らしたが、どちらも飛びかかりはしなかった。
「身体の確認が先。戦うなら、もう少し落ち着いてからだ」
リングマはしばらく俺を見た後、食事へ戻った。
完全に従順になったわけではない。ただ、再戦で勝った俺たちの判断を無視してまで争おうとはしない。
今はそれで十分だった。
◆
昼を過ぎてから、父さんを林の手前まで連れてきた。ポッポは母さんと一緒に家へ残している。
リングマは朝に見つけた木の根元へ腹をつけ、腕を枕にして横になっていた。こちらには気づいているが、片目を開けただけで起き上がろうとはしない。
父さんはリングマをしばらく眺めた後、林と畑の位置を見比べた。
「ニュースで見た時より小さいな」
「倒れた時に元の大きさへ戻ったんだよ。それでも普通の熊よりは大きいけど」
「暴れなきゃ、大きさはどうでもいい」
父さんはリングマより、林から畑までの距離を確認している。危険な生き物が増えたことより、それをどこまで管理できるかの方が気になるらしい。
「あそこから畑へ出さないんだな?」
「そのつもり。道路側も駄目だって教えた。人や車が入る時はボールへ戻すよ」
「なら、しばらく様子を見ればいい。鹿は寄りつきにくくなるだろうし、熊もわざわざ同じ場所へ入ってこないだろ」
「俺もそれを期待してる」
「追わせる必要はないぞ。畑の近くで暴れられる方が困る」
「匂いと存在感だけで十分でしょ。鳥はポッポがいるし」
「空と地上で分担か。随分と大げさな見張りになったな」
「被害が減るならいいじゃん」
「役に立つならな」
父さんはリングマへ近づかず、その場で腕を組んだ。
「餌はどうする?」
「基本は自分で探させる。足りなそうなら補助するよ。今日は最初だから用意したけど」
「畑の作物を覚えさせるなよ。1度食えば、次も来る」
「そこは絶対に入れない」
「ならいい」
話が決まると、父さんはそれ以上リングマについて細かく聞かなかった。触ろうとも、名前を呼ぼうともしない。
「あれは、ポッポみたいに扱うもんじゃなさそうだな」
「父さんたちを敵だと思わなければ十分だよ。懐かせるつもりもないし」
「お前には懐いてるのか?」
「全然。ただ、負けた相手の言うことなら一応聞くって感じ」
「お前も妙なのばかり連れてくるな」
「強いから仕方ない」
「そこは聞かなくても分かる」
父さんは小さく笑い、家の方へ歩き出した。
「柵か納屋を壊したら、自分で直せよ」
「林から出さないって」
「出さないのと、出ないのは別だべ」
言い返せず、その背中を見送る。
確かに、教えたから絶対に守るとは限らない。しばらくは俺も様子を見に来る必要があるだろう。
◆
夕方、林の外からリングマを呼んでみた。
「リングマ!」
返事はない。
もう1度名前を呼んでも、木々の奥は静かなままだった。
『ポリ』
「聞こえてる?」
『ポリ』
「無視か」
林へ入って探しに行くこともできるが、毎回それでは意味がない。
「飯持ってきたぞ!」
数秒後、奥で枝が折れる音がした。
木々の間からリングマが姿を現し、眠そうな顔のままこちらへ歩いてくる。
「飯なら来るのかよ」
「グマ」
「今後は名前だけでも来いよ。呼ぶたびに食べ物を用意することになるだろ」
リングマは俺の話より、手に持っている容器を見ていた。
「分かったって。今日はあるよ」
容器を地面へ置くと、すぐに食べ始める。
少し離れた場所では、リザードとニョロボンがリングマを見ていた。ニョロボンは進化して太くなった腕を曲げ、明らかに戦う機会を待っている。
リングマも2匹の視線に気づき、食事を止めて身体を起こした。
「今日は駄目だ」
リングマがこちらを見る。
「戦うなら、俺が場所を決めてから。ここで始めるなよ」
リザードとニョロボンは不満そうに声を上げたが、リングマはしばらく俺を見た後、鼻を鳴らして2匹へ背を向けた。
そのまま林へ戻っていく。
「リングマが1番聞き分けいいんじゃないか?」
「リザッ!」
「ニョロ!」
「別にお前たちが悪いって言ってないだろ」
言っているようなものだったので、2匹は納得しなかった。
◆
夜、居間の窓から林を見ると、木々の間にリングマの背中が見えた。
朝に選んだ木の根元で横になり、もう周囲を警戒している様子もない。
父さんの肩にはポッポが戻っており、母さんの足元ではニドラン♀が丸くなっている。ゲンガーは俺の影へ潜り、ポリゴンはテレビの画面を行き来していた。
母さんが窓の外を一瞥する。
「あれ、夜もあそこにいるの?」
「基本はね。人が来る時だけ戻すよ」
「家まで来ないなら好きにすればいいわ。でも、朝起きて庭にいたら、その日のうちに林へ戻しなさいよ」
「庭には入れないって」
「入らないのを確認してから言いなさい」
父さんと似たようなことを言われたが、気にしている部分は違う。父さんは畑や設備を心配し、母さんは生活圏へ入られること自体が嫌なのだろう。
「しばらくは毎日確認するから」
「そうして。あんたは慣れてるんでしょうけど、こっちはニュースで山を壊してた熊と同じ家に住んでるようなものなんだから」
「同じ家ではないけどね」
「窓から見えるなら似たようなものでしょう」
母さんはそう言いながらも、朝ほど警戒してはいなかった。林の中で静かに寝ている分には、ひとまず認めてくれたらしい。
全員を家の中へ馴染ませる必要はない。
人間の近くを好むポケモンもいれば、リングマのように林の中で自由に過ごす方が合っている個体もいる。
「あいつは、あれでいいか」
『ポリ』
「家と畑に来なければ、好きにさせよう」
窓の向こうでリングマが大きく欠伸をし、腕へ頭を載せ直した。
完全に懐いたわけでも、俺へ服従したわけでもない。
ただ、あの林を自分の居場所として選んだ。
今はそれで十分だった。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ