ポケモン現代入り   作:ささみ

52 / 53
第32話

 

 

 休日の翌朝。

 

 朝食を済ませた俺は自分の部屋へ戻り、パソコンの電源を入れた。机の横ではポリゴンが浮かび、起動していく画面を覗き込んでいる。足元の影にはゲンガーが潜んでいるが、今日は顔を出すつもりもないらしい。

 

 昨日は何もしないと決めて、本当にほとんど何もしなかった。その分、今日は少しくらい溜まっている作業を進めようと思っていた。

 

「まずは、今まで送った資料の整理からかな」

 

『ポリ』

 

 ポリゴンがパソコンへ入り、保存してあったファイルを画面へ並べていく。

 

 カントー地方とジョウト地方のポケモンに関する資料。モンスターボール、スーパーボール、ハイパーボールの設計情報。きずぐすりやばりばりだま、きのみ、ぼんぐり、捕獲や進化に関する情報。

 

 必要になった時、その都度まとめてきたため、同じ説明が複数の資料へ入っていたり、以前は分からなかった部分を後から別のファイルへ追記していたりと、随分と散らかっていた。

 

「よくこれで向こうも整理できてるな」

 

『ポリ』

 

「いや、ポリゴンが悪いって意味じゃないよ。渡してって言ったのは俺だから」

 

 最初は、目の前に現れたカントーのポケモンだけで精いっぱいだった。

 

 自分のポケモンを捕まえ、モンスターボールを作り、掲示板へ情報を出し、政府にも最低限の資料を送る。カントーの次がジョウトだと分かってからは、その分を追加した。

 

 そのやり方自体が間違っていたわけではない。ただ、これからも同じことを続ける必要はなかった。

 

「地方が増えるたびに、毎回資料を作り直すの面倒じゃない?」

 

『ポリ』

 

「全国図鑑の方には、もう全部入ってるんだよな」

 

 スマートフォンで全国図鑑アプリを開く。

 

 カントー、ジョウト。その先にも、まだこちらへ現れていない地方の一覧が続いている。ポケモンの名前も姿も、進化先も、生態も分かる。俺の中にある知識も同じだった。

 

「……これ、最初から今後の分もまとめて送ればいいんじゃないか?」

 

『ポリ』

 

「今気づいたのかって顔やめて」

 

 ポリゴンは何も言っていない。それでも画面の中から向けられる視線が、少しだけ呆れているように見えた。

 

「仕方ないだろ。今まで他にもやること多かったんだから」

 

『ポリポリ』

 

「分かってるって。今からやるよ」

 

 全国図鑑の内容を、そのまま政府へ送るわけにはいかない。アプリにはレベルや能力の細かな数値、技を覚える条件など、俺が使うための情報も含まれている。

 

 政府側にはレベルを測る手段がない。確認できない数字だけを渡しても混乱の原因になるため、社会の側で使える形へ直す必要があった。

 

「ポリゴン。全国図鑑の情報を、今までの政府向け資料と同じ形式に変換できる?」

 

『ポリ!』

 

「レベルと細かい数値は抜いて。強さは、起こり得る被害や必要な対応を基準に書き換えよう」

 

 画面の中で複数のファイルが開く。

 

 名称、分類、タイプ、進化前後、生息しやすい環境、食性、性質、人間に対する危険性。捕獲時の注意や、毒、胞子、電気、炎など周囲へ被害を与えやすい能力。農業、医療、運搬、警察活動といった社会利用の可能性も項目として追加する。

 

 進化後に大きさや危険性が急激に変わる種類には、目立つ位置へ警告を付ける。

 

 バンギラスのようなポケモンについては、単に強力と書くだけでは足りない。山や地形そのものへ影響を及ぼす可能性があり、発見した場合は戦闘ではなく、一般人の避難と周辺の封鎖を優先するよう明記した。

 

「キャタピーとバンギラスを、同じ形式だけで並べても危険性が伝わらないからな」

 

『ポリ』

 

 通常の生物に近い対応が可能な種類、大型動物と同程度の警戒が必要な種類、警察や自衛隊でも正面から刺激すべきではない種類、個体次第では災害として扱うべき種類。

 

 単純な強さではなく、想定される被害と必要な対処で分類する。ただし、同じ種類でも個体によって能力や性格が異なるため、区分が絶対ではないことも最初に書き加えた。

 

「よし。これでポケモンの方は……」

 

 画面の端に表示された項目数を見る。

 

「全然終わってないな」

 

『ポリ』

 

「分かってるよ。全国図鑑だけでも多いんだから」

 

 地方ごとに順番に整理し始めたが、途中で手が止まった。

 

 ポケモンだけをまとめても足りない。進化に使う道具や、食べ物、植物、ボールなど、こちらの世界には存在していなかった物も今後は各地で見つかる。それらを知らなければ、ポケモンの名前と生態だけ分かっていても対応できない。

 

「ポケモン以外も、一緒にまとめた方がいいよな」

 

『ポリ』

 

 新しいフォルダを作り、まずはきのみから整理する。

 

 名前、味、生育しやすい環境、実がなるまでのおおよその期間。傷や疲労に作用する物、毒や麻痺、火傷などへ効果を持つ物、ポケモンの好みや能力へ影響する物、加工することで薬や食品へ使える物。

 

 ただし、ポケモンへ効果があるからといって、人間が同じように口へ入れていいとは限らない。

 

「人間への使用は、安全性が確認されるまで禁止……と」

 

『ポリ』

 

「食べられる種類もあるけど、適量が分からないからね。効果だけ書いたら、絶対そのまま食べる人が出るし」

 

 特に、病気や怪我に効果があると知られれば、研究結果を待たず試す人間は必ず現れる。薬効があることと、安全に使用できることは別だ。

 

 きのみについては、政府や研究機関が成分と使用量を検証するまで、人間用の医薬品として扱わないよう警告を付けた。

 

 続いて、ぼんぐり。

 

 赤、青、黄、緑、桃、白、黒。それぞれの特徴や生育条件、どのようなボールへ加工できるかをまとめる。

 

 完成するボールの効果も、ゲームの数字ではなく、現実で理解しやすい説明へ置き換えた。素早く動く個体へ適している、水中で生活する個体を捕獲しやすい、重量のある個体を安定して収容できるなど、使用に向く状況を中心に記載する。

 

「加工方法は、町工場に渡した情報と同じくらいでいいかな」

 

『ポリ』

 

「材料の特徴までは出す。ただ、こちらの機械でどこまで再現できるかは、実物を調べてもらわないと分からないからな」

 

 俺が知っているのは、本来の世界における加工方法と完成した道具の用途だ。こちらの素材や設備で、同じ品質の物を作れるかは別の問題になる。分からない部分を、分かったふりで埋めるつもりはなかった。

 

 進化に関わる物も種類が多い。

 

 ほのおのいし、みずのいし、かみなりのいし、リーフのいし、つきのいし、たいようのいし。その先の地方で見つかる進化石や、メタルコート、おうじゃのしるし、りゅうのウロコ、アップグレードなど、特定のポケモンだけに作用する道具も含める。

 

 道具だけで進化するとは限らない。持たせた状態での交換、時間帯、場所、性別、覚えている技、特定のポケモンとの同伴など、条件はポケモンごとに異なる。

 

「一覧だけでもすごい量だな」

 

『ポリ』

 

「間違って使った時のことも考えないと駄目か」

 

 進化石を持っているだけで勝手に進化するとは限らない。それでも、進化させる気のないポケモンの近くへ無造作に置く理由はなかった。

 

 進化後に大型化する種類や、性質と能力が大きく変化する種類については、所有者の都合だけで使用しないよう注意を加える。

 

 交換進化も同じだ。何も知らずに交換したポケモンが突然姿を変えれば、所有者同士の揉め事や事故につながる。

 

「進化する可能性がある場合は、交換前に両方の所有者へ警告を表示……これは装置側の資料だな」

 

『ポリ』

 

「そっちにも追加しておこう」

 

 整理するほど項目が増えていった。

 

 回復用の道具、状態異常を治す薬、ポケモンへ持たせて使用する道具。タマゴと繁殖、食性、野生下で個体数が増えた場合の生態系への影響。化石と復元技術、地方によって異なる姿や進化先。

 

 さらに、ポケモンが引き起こす天候や特殊な地場、メガシンカ、Zワザ、ダイマックス、テラスタルといった地方固有の現象まで加わる。

 

「全国図鑑をまとめるだけのつもりだったんだけどな」

 

『ポリ』

 

 生物情報だけでは終わらない。植物、鉱物、薬品、工業技術、農業、医療、災害対策。ポケモンが社会へ入れば、どれも無関係ではいられなかった。

 

 すべてを一度に完成させるのは無理なので、優先順位を付けることにした。

 

 今すぐ事故につながる物。出現してから調べ始めても遅い物。発見後の研究でも間に合う物。そして、外へは出さない物。

 

 最後の分類を作ったところで、ポリゴンがこちらを見た。

 

「何でも送ればいいってわけじゃないからね」

 

 今までの俺は、知っている情報はできるだけ早く出した方がいいと考えていた。

 

 ポケモンを知らないまま近づいて怪我をする人間がいる。粗悪なモンスターボールを作り、捕獲に失敗する人間がいる。生態を理解せず、災害へつながる種類を刺激する者もいる。

 

 知らないことによって起きる事故は多い。だから政府には、掲示板へは書けない情報まで送ってきた。

 

 しかし、知ることによって起きる問題もある。

 

 昼食を挟み、作業へ戻る前にネットを開いた。

 

 最近は国内のニュースだけでなく、海外でポケモンがどう扱われ始めているかも確認している。

 

 現在、ポケモンが出現しているのは日本国内だけだった。捕獲された個体も、新しく確認された植物や素材も、ほとんどが日本にある。他国が直接確認できる情報は、日本政府が公開した図鑑や、日本人がネットへ投稿した写真と映像に限られている。

 

 最初は、未知の生物に対する驚きや好奇心が反応の大半を占めていた。しかし今では、各国の関心はポケモンそのものだけでなく、その能力や技術的価値へ移り始めている。

 

 電気を生み出すポケモン。炎や冷気を操るポケモン。傷や状態異常へ作用するきのみ。生物を小さな球体へ収容するモンスターボール。人間の言葉を理解し、命令へ従う知能。

 

 飛行、運搬、捜索、警備、農業、医療、発電。ポケモンが持つ能力は、新しい動物が発見されたという範囲を大きく越えている。

 

 日本だけが情報と資料を独占しているという批判も増えていた。

 

 研究資料を国際的に共有するべきだ。国外の研究者にも実物へ接触する機会を与えるべきだ。捕獲個体やきのみ、ぼんぐりなどの試料を提供するべきだ。日本だけが関連技術を開発すれば、国家間の技術格差が広がる。

 

 未知の生物による世界的な危機へ備えるため、国際的な管理機関が必要だという意見もある。

 

「言ってること自体は分からなくもないけどな」

 

『ポリ』

 

「どこまで本気で安全のことを考えてるのかは、怪しいよな」

 

 表向きは研究や安全保障のための情報共有だ。

 

 その裏では、ポケモンを自国へ持ち込む方法を探る企業や研究機関も動き始めているらしい。農業利用を狙う企業、新薬を開発したい製薬会社、発電能力を研究したいエネルギー企業。モンスターボールの構造に目を付ける軍需企業や、捕獲したポケモンの輸出事業を想定する会社まである。

 

 まだ日本国内でも管理体制が整っていないのに、利益を得る方法だけは次々と考えられていた。

 

 軍事利用への警戒も強い。

 

 炎、電気、毒、催眠、瞬間移動。大型の個体になれば、銃器や車両だけで対処するのは難しい。ポケモンを運用できる国と、できない国との間に軍事的な差が生まれる可能性がある。

 

 日本が警察や自衛隊へポケモンを配備するのではないか。他国に先んじて強力な個体を確保しているのではないか。そうした憶測も増えている。

 

 先日のバンギラスに関する映像は、海外でも大きく扱われていた。

 

 山中で何が起きたのか。日本政府はバンギラスの所在を把握しているのか。映像に写ったポケモンを倒し、捕獲した人物は政府関係者なのか。日本は既に強力なポケモンを扱う技術を確立しているのではないか。

 

 憶測の大半は外れている。

 

 政府はバンギラスを捕獲していないし、俺も政府関係者ではない。それでも、外から見れば日本国内で起きた出来事でしかない。何かを隠していると思われても不思議ではなかった。

 

「俺が政府へ情報を送り続けてるせいもあるのかな」

 

『ポリ?』

 

「日本政府だけ、出現してないポケモンまで知ってるように見えるだろ」

 

 政府が公開した図鑑には、まだ実際に確認されていないポケモンも含まれている。危険な情報や伝説に関する詳細は伏せられているが、名前や姿、分類程度なら国外からも確認できる。

 

 なぜ日本政府だけが、存在すら確認されていない生物の図鑑を持っているのか。情報源は誰なのか。日本は今後何が現れるのかを知っており、他国より先に準備を進めているのではないか。

 

 国外から疑われるのは当然だった。

 

 その中には、ホウオウに関する話題もある。

 

 まだ現実には姿を現していない、伝説に分類されたポケモン。公開されている情報は少ないが、図鑑に載せられた姿は中国の伝承にある鳳凰とよく似ている。

 

 中国の国営系メディアでは、その共通点を取り上げ、ホウオウに関する情報を日本だけが保有するべきではないという論調が強まっていた。中国の文化や伝承と関係する存在であり、実際に出現した場合は中国側の研究者も調査へ参加するべきだという。

 

 まだ姿を現してもいない存在について、既に未公開情報の共有や調査への参加が求められている。

 

「今からこれなら、本当に出てきた時はどうなるんだろうな」

 

『ポリ……』

 

 ホウオウだけではない。各国の神話や伝承に似たポケモンは、ほかにも存在する。海、大地、嵐、太陽、月。土地や文化との関係を主張できそうな存在はいくらでもいた。

 

 今は図鑑の姿を見て議論しているだけだが、実際に強大なポケモンが現れれば、どの国が調査し、保護し、管理するかという話になるだろう。

 

 保護という言葉を使いながら、確保を考える国も出てくる。研究という名目で、力を利用しようとする組織も現れる。

 

「共同管理や情報共有が、全部悪いとは思わないけど」

 

 開いていた記事を閉じる。

 

「その情報が何に使われるか、俺には管理できないんだよな」

 

 日本政府へ送った情報が、国内だけで保管される保証はない。外交上の圧力で国外へ共有される可能性もあれば、国内の企業や研究機関を通じて漏れる可能性もある。

 

 今まで情報を受け取ってきた担当者を、疑っているわけではない。俺の正体を無理に探し出そうとしている様子もなく、送った情報は社会の混乱や事故を抑えるために使われている。

 

 それでも、政府は1人の人間ではない。

 

 資料へ触れる人間が増えれば、その中に考えの違う者も混ざる。外国から圧力を受ける者、金や地位のために情報を流す者、国益を理由に危険な利用を考える者。一度渡した情報がどこまで広がるかを、俺は管理できない。

 

「信用してないわけじゃないんだけどな。全部預けていいとは思えなくなってきた」

 

 ポリゴンは何も言わず、作成中の資料を再び表示した。

 

 整理を再開して間もなく、特殊な道具の一覧が画面へ出た。

 

 進化石やメタルコートと同じ道具の分類へ、伝説や幻のポケモンに関わる物まで混ざっている。

 

 特定のポケモンを呼び寄せる物。眠りや封印から目覚めさせる物。姿や力を変化させる物。複数の存在を合体させる物。通常では入れない場所へ至るための鍵。

 

 ポリゴンが機械的に振り分けた一覧を見て、手が止まった。

 

「……これは駄目だな」

 

『ポリ?』

 

「政府には送れないかな」

 

 にじいろのはね、ぎんいろのはね。特殊な鈴や笛、べにいろのたま、あいいろのたま、うつしかがみ、いでんしのくさび。

 

 名前だけでは用途が分からない物も多い。単に伝説のポケモンと関係があるだけの物もあれば、使い方次第で直接力を引き出したり、封印を解いたりできる物もある。

 

 所在や入手方法まで知られれば、探し始める国や組織は必ず出る。今はこちらの世界に存在しているかどうかすら分からないのだから、教える理由もなかった。

 

「日本政府が使わなくても、情報が漏れない保証はない。向こうに保管させる必要もないよ」

 

『ポリ』

 

 伝説のポケモンそのものについて、すべて隠すつもりはなかった。

 

 一般的なポケモンとは比較できない力を持つ可能性があること。発見しても接近せず、攻撃や捕獲を試みないこと。異常現象が発生した場合は、討伐より避難と封鎖を優先すること。

 

 それくらいは事前に知らなければ、何も分からないまま刺激する人間が出る。

 

 しかし、どこに現れるのか、何をすれば接触できるのか、どの道具で眠りを覚まし、封印を解き、姿や能力を変化させられるのか。そこまで教えるつもりはない。

 

 公開された僅かな情報だけで、海外では既に伝説のポケモンをどの国が扱うべきかという議論が始まっている。

 

 ホウオウが失われた命に関わる力を持つことまで具体的に知られれば、保護や研究という言葉だけでは済まない。病人や死者を救いたい者、その力を独占したい者、宗教的な奇跡として求める者、国家の威信や軍事力へ利用しようとする者が現れる。

 

 善意で近づく人間が、安全とは限らなかった。

 

「知らない方がいいこともあるよな」

 

『ポリ』

 

「少なくとも、今はね」

 

 資料は、政府へ送る物と送らない物へ分けることにした。

 

 一般的なポケモンの生態と危険性、きのみやぼんぐり、通常の進化に使われる道具、回復や飼育、捕獲、農業、医療に必要な基礎知識は送る。

 

 タマゴと繁殖、精神や空間、天候へ強く干渉する種類、メガシンカやダイマックスなどの大規模な事故へつながり得る現象も、危険性を知らせるために政府へ渡す。ただし、一般公開を前提とせず、閲覧範囲を制限するよう警告を付ける。

 

 一方で、伝説や幻のポケモンへ接触する方法、関連する道具、封印や覚醒の条件、特殊な姿への変化、異空間や通常では到達できない場所へ入る手段は、俺とポリゴンだけで保管する。

 

「これは外す。こっちは存在だけなら書いていいけど、使い方は消して。場所の情報も駄目だな」

 

『ポリ』

 

 一見すると普通の道具にしか見えない名称もあるため、単純な単語検索だけでは足りない。ポリゴンに伝説や幻のポケモンと関連する項目をすべて抽出してもらい、1つずつ確認していく。

 

 ポケモンの情報をまとめるだけなら、ポリゴンが大半を処理してくれる。何を教え、何を伏せるかだけは、俺が決めなければならなかった。

 

 気づけば、窓の外が暗くなり始めていた。

 

 昼から何度か母さんに呼ばれ、食事や休憩は挟んでいる。それでも、ほとんど1日中パソコンの前に座っていた。肩を回すと、固まっていた背中から小さく音が鳴る。

 

「昨日休んだ意味なくなってない?」

 

『ポリ』

 

「まあ、今日やらなかったら、また後回しにしてただろうし」

 

 画面には、送信用の資料が並んでいる。

 

 今後の地方を含めた全国図鑑の基礎資料。きのみやぼんぐりを中心とした植物情報。進化と関連道具、捕獲、飼育、回復、タマゴと繁殖、地方固有の現象と災害対策。

 

 既に政府へ送っている情報も、新しい資料から参照できるよう整理し直した。モンスターボールの設計図そのものを再送する必要はないが、ぼんぐりから作られる各種ボールとの関係や、交換装置と進化の関係は追加してある。

 

 これで、今後どの地方のポケモンが現れても、政府は最低限の生態と対処法を事前に確認できる。

 

「最後に、もう1回だけ確認しよう」

 

『ポリ』

 

 伝説、幻、封印、覚醒、召喚、遺跡、祭壇。鈴、笛、羽、宝珠。

 

 単語だけでなく、関連するポケモンや場所からも検索をかける。送信用資料に、接触方法や関連道具の使い方、具体的な所在地が残っていないことを確かめた。

 

 伝説のポケモンについて政府へ渡すのは、危険性と接触を避けるための情報だけだった。

 

「これならいい……かな?」

 

『ポリ?』

 

「全部教えたわけじゃない。でも、必要な情報は入ってる」

 

 知らなければ対応できない。知りすぎれば、その情報を利用しようとする者が現れる。どこまで渡すのが正しいのか、確信はなかった。

 

 それでも、何も考えずにすべてを投げ渡すよりはいい。

 

「政府を敵だと思ってるわけじゃないんだよ。向こうだって被害を減らそうとしてるし、今までの情報も必要なことに使ってる。それは分かってる」

 

『ポリ』

 

「でも、信用できる相手と、全部預けていい相手は同じじゃないからな」

 

 ポリゴンが送信前の最終画面を表示する。

 

 送信先は、これまでと同じ匿名経路だった。資料の量が多いため複数のデータへ分割し、一般公開を前提としないことと、危険性の高い内容については閲覧範囲を制限するよう最初の文面へ書き加える。

 

 どこまで守られるかは分からない。それでも、何も伝えないよりはましだった。

 

「送って」

 

『ポリ!』

 

 画面の中でファイルが順番に送信されていく。全国図鑑、きのみ、ぼんぐり、進化アイテム、回復道具、繁殖、特殊現象。これから必要になる情報が、政府へ渡っていく。

 

 最後のファイルが消え、送信完了の表示へ変わった。

 

「終わった……向こうは大変だろうな」

 

『ポリ』

 

 カントーとジョウトの資料だけでも、確認する量は多かったはずだ。そこへ今後の地方を含む全国図鑑と、ポケモン以外の資料までまとめて届く。

 

 担当者が画面を見た時の顔を想像すると、少しだけ申し訳なくなる。

 

「まあ、必要なことだし」

 

 椅子へ背中を預ける。

 

 送信用のフォルダは空になった。その隣には、政府へ渡さなかった伝説や幻のポケモン、関連道具、接触条件、封印と覚醒に関する資料が残っている。

 

「こっちは、俺たちだけで持っておこう。誰かに教える必要が出たら、その時にまた考える」

 

『ポリ』

 

 ポリゴンが非公開フォルダへ新しい鍵を掛け、外部との接続を切る。俺とポリゴン以外からは開けない状態になったことを確認すると、フォルダは画面から消えた。

 

 窓の外では、日が沈みかけていた。

 

 林の方から枝の折れる音が聞こえる。リングマが動いたのかもしれない。水槽ではコイキングが跳ね、庭からはリザードとニョロボンの声が響いている。

 

 昨日までと変わらない家の音だった。

 

 世界のどこかでは、まだ姿を現していないポケモンまで含めて、情報や技術をどう分けるかという話が進んでいる。

 

 今の俺にできるのは、起こり得る事故を減らすために必要な情報を渡し、かえって危険を増やす情報だけは手元へ残すことだった。それが正しいかは、まだ分からない。

 

「……腹減ったな」

 

『ポリ』

 

「夕飯にしよう」

 

 パソコンの電源を落とし、椅子から立ち上がる。

 

 知っていることを、すべて話す必要はない。

 

 少なくとも今は、そう考えることにした。

ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?

  • 本編進めやがれ
  • これでいい
  • どうでもいいからはよ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。