ポケモン現代入り 作:ささみ
「……通った」
電子制御担当が、測定器の画面を見たまま呟いた。
工場の奥。いつの間にかスーパーボール専用の試験場と化していた一角には、普段なら各々の持ち場に散っている職人たちまで集まっていた。
中央の長机には、青い上半分に赤いラインが入った球体が固定されている。
周囲を囲むのは開閉機構の試験治具、各種計測器、配線、記録用のノートパソコン。それだけでは収まりきらず、隣の作業台にも検査器具や途中まで分解された試作品が並んでいる。
さらにその外側。
壁際には失敗作が箱単位で積み上がっていた。
加工中に性質が変わったもの。
寸法を外したもの。
組み立てまでは成功したのに作動しなかったもの。
外見だけなら完成品と見分けがつかないのに、検査すると基準値を外れていたもの。
工場の人間が総出に近い状態で散々弄り回し、潰し、作り直してきた残骸だった。
「もう1回」
社長の言葉に、電子制御担当がゆっくり顔を上げた。
「今ので3回目ですけど」
「分かってる。もう1回だ」
「……はいはい」
近くにいた職人からも「まだやるのかよ」と小さな声が漏れる。
だが帰る者はいない。
電子制御担当が操作すると、試験台の表示が切り替わった。
開閉。
縮小。
復帰。
収納機構。
内部状態。
電気的な制御。
項目が順番に進んでいく。
電子制御担当だけではない。横では中堅が別の計測器を監視し、少し離れた位置では検査を担当していた職人が記録用紙と数値を照合している。
最後の項目。
緑。
「制御、正常。電源系も問題なし。待機状態も基準内」
「内部側」
社長が言う。
中堅が画面を確認する。
「問題なし。加工前のちゃぼんぐりが持ってた性質も許容範囲内です」
「耐久」
「そっちは終わってる」
加工機の側にいた熟練が短く答えた。
検査担当も頷く。
「前の2回と同じ。異常なし」
「…………」
工場が静かになった。
稼働を止めた機械の低い音だけが残る。
誰もが机の中央を見ていた。
スーパーボール。
たった1個。
だが、その1個を作るために工場中が何日も振り回された。
加工担当は刃物と条件を変え続け、材料を見ていた職人はちゃぼんぐりごとの微妙な差に頭を抱え、電子制御担当は正常に動かない回路と格闘した。組立側も、加工精度が少し変わるたびに一から組み直している。
そして何より、その全部を繰り返した。
「……できたな」
社長がようやく言った。
「……できましたね」
中堅が答える。
「マジで?」
後ろから別の職人が顔を出した。
「今度こそ?」
「全部通った」
「全部?」
「全部」
「…………マジか」
そこでようやく、小さなどよめきが広がった。
「できたのか」
「長かった……」
「もうあの青い材料見たくねえ」
「いや次も使うだろ」
「言うなよ」
歓声を上げるほどの元気はない。
ただ、工場全体に張り付いていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。
「スーパーボールが?」
その空気をぶち壊すように、床から声がした。
何人かが視線を下げる。
新人が作業台の脇で仰向けになっていた。
さっきまで検査用の部品を運び、頼まれた工具を持って走り回っていたはずなのだが、いつの間にか床へ沈んでいる。
片腕を横へ投げ出し、目を閉じた姿はほとんど死体だった。
「スーパーボールだ」
「……じゃあ終わりっすね」
「終わりじゃねえ」
「ファック……」
新人の顔から生気が消えた。
そのすぐ横では、中堅がもう完成品から目を離している。
床に積まれた箱を1つ引っ張り出し、中身を作業台へ広げ始めた。
「お前何やってんの?」
組立担当の職人が聞く。
「失敗品の整理」
「今?」
「今」
「完成したぞ?」
「だからやるんだよ」
中堅は表面が僅かに変色した部品を拾い、製造番号を確認して記録を呼び出した。
「これは加熱しすぎ。こっちは加工順。これは多分含水率」
別のトレーへ分ける。
次。
次。
また次。
「……これは何で駄目だったんだ」
記録を見る。
同条件で作った別の部品を探す。
近くにいた材料担当まで呼びつけ、加工前の記録と比較する。
「こっちの材料、保存条件同じだよな?」
「同じ。ロットも一緒」
「加工機は?」
「その日は2号機」
「刃物交換した?」
「その次の日」
「……じゃあ何だよ」
しばらく考えたあと、新しく用意した『原因不明』の箱へ入れる。
「増やすなよその箱……」
横から声が飛ぶ。
「俺が増やしてんじゃねえよ! 分かんねえのが増えてんだよ!」
床の新人が片目だけ開いた。
「完成したのに、なんで失敗した方まで調べるんすか……」
「同じ物をもう1個作ろうとして作れませんでしたじゃ意味ねえだろ」
「再現性?」
「そう」
「聞かなきゃよかった……」
新人は再び目を閉じた。
他の職人たちも、それぞれ片付けへ戻り始める。
試験治具を外す者。
使った測定器を元の場所へ戻す者。
山ほど出た切削屑を掃き始める者。
ところが、1人だけ片付けとは正反対のことを始めていた。
熟練だった。
別の作業台に移動し、以前途中まで眺めて閉じていた設計図を開く。
ハイパーボール。
図面を確認。
材料を見る。
加工機へ固定。
切削音が響き始めた。
周囲にいた職人が揃ってそちらを見る。
「……おい」
社長が声を掛ける。
熟練は削る。
「おい」
削る。
「何してんだ」
「見れば分かるだろ」
「分かるから聞いてんだよ。なんでもうハイパーボール作ってんだ」
「スーパーボールが出来てから考えるって話だった」
「そうだよ」
「出来た」
「だからって完成から5分も経たずに始める奴があるか!」
後ろから笑いが漏れた。
「絶対やると思った」
「誰か止めろよ」
「社長が無理なら俺らじゃ無理だろ」
当の熟練は聞いていない。
切削を止めて部品を外し、寸法を測る。
数値を見る。
僅かに眉を寄せる。
ふと足元へ視線を落とした。
新人がまだ寝ている。
近くの箱から、小さな失敗部品を拾う。
投げる。
コツン。
新人の肩に当たった。
「…………」
動かない。
もう1個。
コツン。
「…………」
熟練が3個目へ手を伸ばした。
「それまだ分析してねえ!」
中堅が横から奪い取る。
「起きない」
「だからって失敗品投げんな! こいつら全部資料なんだよ!」
「他にも山ほどある」
「全部資料だって言ってんだろ!」
「じゃあ別の」
「投げる前提で探すな!」
周囲から笑い声が上がる。
工場の空気が少しだけ普段へ戻り始めていた。
しかし。
社長だけは笑っていなかった。
事務机の前に座り、パソコンへ数字を入力している。
材料費。
大量に消費したちゃぼんぐり。
加工用の部材。
交換した刃物。
試作用に作った専用治具。
追加購入した測定器具。
外部へ回した分析費。
電子部品。
何度も作り直した制御基板。
加工に失敗して使えなくなった素材。
普段の仕事なら、1つずつ処理して終わる項目だ。
今回は全部が積み重なっている。
最後に人件費その他を加える。
「…………」
合計。
社長が黙る。
「どうしたんすか」
近くを通った職人が覗こうとする。
「見るな」
「なんで」
「怖いから」
「何が」
「請求額」
それを聞いた中堅も寄ってきた。
「払うって言ってましたよね」
「言ってたよ」
「材料も試作も必要な分は請求してくれって」
「言ってた」
「じゃあ問題ないじゃないですか」
「お前これ見ろ」
画面を見せる。
「…………」
「な?」
「……まあ」
「まあじゃねえ」
今度は横から別の職人も覗く。
「うわ」
「ほらな!」
「結構いったな」
「だから怖いんだよ!」
必要だった。
無駄遣いをしたわけではない。
試作に必要なものを買い、必要な分析をし、必要なだけ材料を使った。
依頼主も最初から必要経費は負担すると言っている。
それでも。
「相手、匿名だからな」
社長は画面を睨む。
「これ送った瞬間に消えたらどうすんだ」
「完成品渡さなきゃいいじゃないですか」
「向こうは元の設計図持ってるんだぞ」
「あ」
「忘れてただろ」
「ちょっと」
「だから不安なんだよ」
周囲から「今まで払ってるなら大丈夫だろ」「でもこの額はちょっと怖いな」と好き勝手な声が飛んでくる。
「うるせえ! 送るぞ!」
社長は完成したスーパーボールの写真、試験結果、加工記録の要約をまとめた。
最後に請求書。
『スーパーボールの試作品が完成しました。各試験について問題ないことを確認しています』
続けて、
『併せて、今回の試作に必要となった費用を請求いたします』
添付。
送信。
「……送った」
「お疲れー」
「払われるといいな社長」
「他人事みたいに言うな。お前らの給料にも関係あんだぞ」
床からも声がする。
「俺はもう床と一つになったので……」
「お前はそろそろ起きろ」
「無理っす……」
その時。
パソコンから通知音が鳴った。
社長が画面を見る。
「……返信?」
「もう?」
「早くね?」
近くにいた数人が再び集まってくる。
「寄るな寄るな」
「気になるだろ」
「金払われるかどうかだぞ」
「見せろ社長」
「お前ら距離近えよ!」
メールを開いた。
『完成ありがとうございます。請求内容を確認しました。全額お支払いします。今後も必要となった試作費、材料費等についてはその都度請求してください』
社長が止まる。
「…………」
「どうだった?」
「払うって?」
「ちょっと待て」
口座を確認。
数字が増えている。
「……入ってる」
「おお」
「全部?」
「全部」
「早っ」
「マジか」
一気に安堵が広がった。
社長自身も、ようやく肩から力が抜ける。
そこで。
「……ん?」
「どうした」
「多い」
「何が」
「振込額」
請求額より多い。
慌ててメールの続きを見る。
『長期間の試作ありがとうございました。完成祝いとして別途送っています。皆さんで打ち上げにでも使ってください』
「打ち上げ」
床から声がした。
全員が見る。
新人が起きていた。
「打ち上げ?」
「お前そこだけ聞こえるのかよ」
「焼肉?」
「知らん」
新人は完全に上半身を起こし、スマホを取り出す。
「工場全員ですよね?」
「そりゃそうだろ。ここまで付き合わせたんだから」
「今日いる人全員?」
「全員だ」
新人が工場内を見回した。
「じゃあ人数数えます」
「その元気どこから出た」
「焼肉なら大人数でもいけるところ探さないと」
「まだ焼肉って決まってねえよ」
「寿司でこの人数は店選びますよ?」
「お前もう行く前提だな」
「打ち上げ代まで出てるのに行かない選択肢あります?」
さっきまで床で死んでいた新人が、作業場を歩き回って人数を確認していく。
「1、2、3……」
「名前で数えろ!」
「加工組何人います?」
「俺ら全員行くぞ」
「組立も?」
「行く」
「検査は?」
「行かない理由ある?」
「よし」
完全に別人だった。
「焼肉、座敷あるところかな……二次会まで考えたら駅前の方が……」
「仕事の時より頭回ってねえか?」
「気のせいっす」
社長が呆れていると、中堅が低い声を出した。
「……社長」
「今度は何だ」
「添付」
「は?」
「メールにもう1個付いてます」
社長の表情が止まる。
メールの最下部。
『今後必要になると思うので、残りの資料もまとめて送ります』
その下。
『ボール製造関連資料一式』
という名前の圧縮ファイル。
「開くな」
「もう開いてます」
「なんでだよ!」
「気になるじゃないですか!」
近くにいた職人たちまで再び集まった。
「何来た?」
「新しい図面?」
「また?」
「俺もう見たくないんだけど」
「ちょっと詰めろ」
「お前ら寄るな!」
展開されたフォルダの中に、大量の設計資料が並んだ。
まずハイパーボール。
「それはもう見た」
加工機の横から熟練が言う。
「見ただけじゃなくて作ってるだろお前は」
その次。
プレミアボール。
そして、色ごとのぼんぐりを使うボール。
レベルボール。
ムーンボール。
フレンドボール。
ルアーボール。
ラブラブボール。
ヘビーボール。
スピードボール。
「……また増えた」
「待て。この辺はまだいい」
中堅が言った。
1つずつ図面を開く。
「使ってるぼんぐりが違う。加工方法も違うけど、考え方は今までの延長だ」
材料担当が後ろから覗く。
「色違いごとに特性違うってことか?」
「そうらしい。だから、その性質を潰さず加工する」
「面倒だな」
「面倒だけど分かる」
「分かるならいいか」
「よくはないけどな」
その横で新人は一切画面を見ていない。
「焼肉なら飲み放題込みで……」
「お前も見ろよ」
「嫌です」
「即答すんな」
「俺は今日これ以上、新しい仕事の情報を脳に入れないことにしました」
「意図的に遮断してんじゃねえよ」
「カルビとハラミどっち多めがいいですか?」
「知らん!」
「両方っと」
中堅が次のフォルダを開く。
『汎用捕獲特性変調コア』
「……何これ」
「コア?」
周囲の職人がまた身を寄せる。
図面を開いた中堅の顔つきが変わった。
今まで自分たちが扱ってきたボールは、基本的にちゃぼんぐり自身が持っている捕獲と収納の性質を利用するものだった。
熱を入れすぎれば変わる。
圧力を掛けすぎても変わる。
削り方を間違えても駄目。
だから何度も失敗しながら、その性質を壊さず製品へ仕上げる方法を探してきた。
しかし。
今開いている図面には、その性質へ後から干渉するための部品が描かれていた。
「……待て」
中堅が画面を拡大する。
「これ、捕獲性質を後から変えてる」
「どういう意味?」
「ちゃぼんぐり本体で捕獲するところまでは一緒。そこにこのコア噛ませて……特定の条件で性質を偏らせる」
「つまり?」
「俺らが今まで必死に変えないようにしてたものを」
中堅が図面を指した。
「こいつ、意図的に変えてる」
「…………」
何人かが黙った。
その下に、コアを利用するボール群の設計図が並んでいた。
ネットボール。
ネストボール。
リピートボール。
ダイブボール。
ダークボール。
タイマーボール。
クイックボール。
ヒールボール。
ゴージャスボール。
さらに特殊用途の設計資料まで続いている。
中堅がネットボールを開く。
「……はい」
次。
「はいはい」
次。
「…………」
次。
「は?」
さらに次。
「っあ!」
周囲の職人が少し離れた。
「来るぞ」
「何が」
「多分壊れる」
「また! かよ!」
中堅が立ち上がった。
「なんでだよ! なんで終わったと思ったら毎回別方式が出てくんだよ!」
失敗品の箱を指差す。
「俺これ! 今から! 全部! 失敗原因調べんだぞ!」
画面を指す。
「なのにこっちは条件で捕獲特性変える!」
別の設計図。
「こっちは時間!」
次。
「こっちは初動!」
次。
「こっちは内部環境!」
次。
「回復まで付けんな!」
頭を抱える。
「っあ!! また! かよ! う゛あ゛あ゛あ゛!!」
工場中に声が響いた。
「あーあ」
「壊れた」
「誰か水持ってこい」
「新人」
「今予約してるんで無理っす」
「お前!」
「俺、現実見ないって決めたんで」
中堅の発狂を横目に、熟練は無言だった。
ハイパーボールの部品を加工しながら、時折モニターを見る。
ぼんぐり系列。
図面を見る。
手元の材料を見る。
削る。
コア系列。
加工機を一度止める。
固定部の寸法を確認。
治具棚を見る。
別の機械へ視線を送る。
頭の中では既に、工程が組まれ始めていた。
どこまで今ある機械で作れるか。
新しい治具は必要か。
この形状なら削り出しでいけるか。
コア本体は別工程か。
組立精度はどこまで必要か。
プレミアボールを最初の試作にするなら、どこから手を付けるべきか。
顔にはほとんど出ない。
だが、長く一緒に働いている人間には分かる。
中堅が振り向いた。
「あんた」
「…………」
「今もう作り方考えてるだろ」
「…………」
「やめろ!」
熟練は何も答えない。
加工機を再始動する。
「なんでだよ! なんで見たらすぐ作る側に行くんだよ!」
周囲から笑いが起きる。
「もう病気だろ」
「職人病」
「治療不能」
「う゛あ゛あ゛!」
「お前ももう叫ぶな!」
社長が怒鳴った。
その直後。
工場の反対側で、別の異変が始まった。
「……ふざけんな」
電子制御担当だった。
彼の周囲には、もともと電子系を手伝っていた職人が2人ほど集まっていた。
3人で新しい設計図の電装部分だけを抜き出して確認している。
「ネットは対象判定」
「センサー追加か」
「ダークは周囲環境」
「光量だけじゃないな。条件複数ある」
「タイマーは経過管理」
「クイックは初動条件判定」
そこまでは嫌そうな顔をしながらも話が成立していた。
ヒールボールを開く。
「……状態監視?」
「捕獲後に回復処理」
「これ医療側も必要じゃね?」
「だよな」
ゴージャスボール。
「内部環境制御?」
「温度だけじゃないぞこれ」
「個体情報取って補正?」
「なんでボールの中でそこまで面倒見んだよ」
電子制御担当の顔がどんどん険しくなる。
「クイックの初動ってどこから取るんだよ」
「仕様にある」
「あるから腹立つんだよ」
「タイマーは?」
「戦闘状態の変化から起点判定」
「そんなもんボールにやらせるなよ」
「俺らに言うな」
「ヒールなんて状態取って処理分けるんだぞ。これもう捕獲器じゃなくて治療機器だろ!」
そして。
さらに下にある設計図を開いた。
「……ウルトラボール?」
電子制御担当の手が止まった。
隣にいた2人も画面を見る。
全体構成。
制御ブロック。
対象情報取得。
通常捕獲対象との差異検出。
適合補正。
リアルタイム制御。
「…………」
「何これ」
「分からん」
「お前が分からんって言うなよ」
「だから分からん!」
電子制御担当が画面へ顔を近づける。
戻る。
拡大。
別ページ。
「この入力値何だよ」
「書いてある?」
「書いてあるけど測定方法が普通じゃねえ」
「センサーは?」
「これ!」
図面を指差す。
「こんなセンサー見たことねえよ!」
「新規製作?」
「誰が!?」
「俺ら?」
「嫌だよ!」
さらに読み進める。
「対象情報をリアルタイム取得して適合処理……捕獲側の特性を合わせる……」
電子制御担当の頬が引きつった。
「こんなもん誰が実装すんだよ!!」
立ち上がる。
両手でモニターの左右を掴む。
「お前がやれ!!」
ガタガタガタガタ!
「おい!」
「何でこいつこんな図面出してんだよ!」
社長が慌てて後ろから押さえる。
「モニターに罪はねえ!」
「こいつが表示してんだろ!」
「表示してるだけだ!」
「じゃあ誰が悪い!」
「送ってきた奴だよ!」
「そいつ出せ!」
「匿名だっつってんだろ!」
「ふざけんなぁぁぁ!」
「揺らすな! 壊れる!」
「次の請求書に入れろ!」
「故意に壊したモニターまで請求できるか!」
周囲では電子系を見ていた2人が笑いながら距離を取っている。
「止めなくていいの?」
「社長が止めてる」
「じゃあいいか」
「よくねえ!」
今や工場全体が完全に騒ぎになっていた。
中堅は失敗品と新しい設計図を交互に見ながら、時折言葉にならない声を漏らしている。
電子制御担当は社長に押さえられながらモニターへ手を伸ばす。
熟練はその横で黙々とハイパーボールを削り続ける。
他の職人たちは図面を覗いて頭を抱える者、面白がって笑う者、自分の担当部分を見つけて急に黙る者と様々だった。
そして新人だけは、完全に別世界にいた。
「社長」
「なんだ!」
「店、空いてます」
「今それか!」
「この人数だと6時半からなら全員入れます」
「何人で取った!」
「今日いる人全員。明日休みの人にも連絡しました」
「仕事が早えな!」
「焼肉にしました」
「もう決めたのかよ!」
「飲み放題付きです」
「…………」
社長が工場内を見回した。
このまま放っておけばどうなるか。
考えるまでもなかった。
中堅は今夜中に新設計図を全部読もうとする。
電子制御担当とその周辺はウルトラボールの制御系を解析し始める。
加工担当は熟練に引っ張られてハイパーボールの試作へ入る。
材料担当は新しいぼんぐりを調べ始める。
組立側もそのうち治具の話を始める。
完成した。
今日くらいは、本当に終わらせなければならない。
「終わり!」
何人かが振り返る。
「今日は終わり! 全員仕事やめろ!」
「でもこれまだ」
「明日!」
「この材料だけ確認を」
「明日!」
「ウルトラのセンサー――」
「明日!」
熟練を見る。
まだ削っている。
「機械止めろ!」
熟練が顔を上げる。
「止めろ。今日はもう何も作るな」
「…………」
「明日やれ!」
数秒後、加工機の回転が落ちた。
「よし!」
社長が工場全体へ声を張る。
「パソコン閉じろ! 図面見るな! 失敗品も明日! 片付け最低限だけして全員着替えろ!」
「もう着替えました」
新人だった。
「お前だけ早えんだよ!」
「予約時間あるんで」
「さっきまで床で死んでた奴が仕切るな!」
「店まで遅れたら打ち上げ代がもったいないっす」
「分かったから行け!」
笑い声が起こった。
職人たちがようやく動き始める。
工具を戻し、機械の電源を落とし、作業着から着替える。
まだ設計図を見ようとしている者には社長が直接パソコンを閉じさせた。
最後までウルトラボールの画面を睨んでいた電子制御担当も、両脇から同僚に引っ張られて工場の外へ連れ出される。
「明日見るから! 明日見るから離せ!」
「自分から残ろうとしてんじゃねえか!」
中堅も『原因不明』の箱を抱えようとして取り上げられた。
「家で見るだけ!」
「持って帰るな!」
「気になるんだよ!」
「今日は忘れろ!」
熟練だけは最後まで加工途中の部品を見ていたが、社長に背中を押されてようやく歩き出した。
やがて全員が外へ出る。
社長が最後に残った。
急に静かになった工場を見回す。
長机の中央。
何日も何日も、工場中の人間を振り回した末に完成したスーパーボールが1個。
その少し向こうには、既に途中まで削られたハイパーボールの部品。
壁際にはスーパーボール完成までに生まれた失敗作の山。
モニターには、閉じ忘れられたフォルダ一覧。
『ボール製造関連資料一式』
ぼんぐりを使うボール。
コアを使うボール。
内部環境を変えるもの。
回復機能を持つもの。
そして、今までとは明らかに毛色の違うウルトラボール。
「…………」
社長はしばらくそれを眺めた。
「残りって量じゃねえだろ」
モニターの電源を落とす。
工場の照明も消した。
今日はスーパーボール完成祝い。
明日からのことは。
明日の自分たちに押しつけることにした。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ