ポケモン現代入り 作:ささみ
畑の一角が、少し前までとは随分違う景色になっていた。
まだ木と呼ぶには小さい。高いものでも俺の肩くらいで、幹も腕よりずっと細い。最初にここへ植えた時なんて、本当にただの苗だったはずだ。
なのに、その枝にはもう実がついている。
「……早いよなぁ」
しゃがみ込んで根元の土を確認していた父さんが、俺の声に顔を上げた。
「早いどころじゃないだろ。お前、これ植えたのいつだ?」
「そんな経ってないね」
「だよな」
立ち上がった父さんが、目の前の木の枝を軽く持ち上げる。そこには青いオレンのみがいくつかぶら下がり、その少し上には桃色のモモンのみまで実っていた。
「で、これも何回見ても分からん。同じ木なんだよな?」
「同じ木だね」
「こっちとこっちで実が違うぞ」
「違うね」
「接ぎ木したとかじゃなく?」
「何もしてない」
父さんが黙った。
オレンのみを指で摘み、次にモモンのみを見て、それから木全体を眺める。
「……植物も大概だな、お前らのポケモンってやつは」
「植物はポケモンじゃないけどね」
「似たようなもんだろ、もう」
「まあ……否定しづらい」
俺が笑うと、父さんも呆れたように鼻を鳴らした。
隣の区画では別の若木にも実がつき始めている。オボンのみはまだ数が少ないが、少なくとも収穫できる程度には育っていた。他にも遠征先から持ち帰ったきのみがちらほらと色を見せ始めている。
木だけじゃない。
足元に作った畝にはクスリソウが青々と葉を広げ、その横ではピーピーグサも順調に増えていた。少し離した場所にはゲンキノツボミもある。最初は枯らさないよう様子を見るだけだったものが、気付けば普通に収穫できるところまで来ていた。
「こっちの草はもう取っていいのか?」
「うん。そっちは薬に使うやつ。全部抜かないで葉だけ取ればまた使える」
「こっちは?」
「ピーピーグサ。それも使う」
「薬草ばっかだな」
「そっち優先して持ってきたからね。役に立つし」
父さんは「ふうん」と返しながら、葉の状態を確かめるように指先で触っている。何に使うのか完全には分かっていなくても、育てることに関しては俺より遥かに真面目だ。
というか、ここ最近は俺が見に来るより父さんの方が細かく見ている気がする。
「水やりすぎんなよ。こっちの草、湿らせすぎると葉の色悪くなるからな」
「……俺より詳しくなってない?」
「毎日見てりゃ分かる」
「さすが農家」
「お前が持ってきたんだろうが。枯らしたら勿体ないべ」
そう言いながら、父さんはまた別の畝へ歩いていった。
俺も籠を持って、使えそうなものを少しずつ取っていく。
オレンのみ、モモンのみ。数は少ないがオボンのみも何個か。クスリソウにピーピーグサ。
籠の中身を見下ろす。
これまでは、必要になれば持ち帰った分を使うか、また採りに行くしかなかった。
でも、これなら。
「……もう結構回せそうだな」
少なくとも、自分たちで使う分くらいなら十分だ。
全部採ってしまう必要もない。必要な分だけ取って、残りはまた育てる。きのみの木がこの調子で次の実までつけるなら、今後は遠征のたびに薬用素材まで探し回る必要も減ってくる。
そう考えると、少し嬉しくなった。
ポケモンを捕まえる。育てる。必要な道具を作る。
最初は何をするにも手持ちを減らしていたのが、ようやく自分のところで循環し始めた感じがする。
その日の昼過ぎ。
「…………面倒くせぇ」
俺は台所で、早くもその感動を失っていた。
目の前には細かく刻んだクスリソウ。潰したオレンのみ。別の容器には処理途中のピーピーグサ。
キズぐすりを作ること自体は難しくない。もう何度かやっているし、手順も分かっている。
問題は、それぞれの工程だった。
洗う。切る。潰す。必要な成分を抽出する。濾す。量を測る。混ぜる。
1本だけなら別にいい。
2本でもいい。
だが、せっかく素材がまとまって取れるようになったからと何本分も並べた途端、猛烈に面倒になった。
「これ毎回やんの……?」
すり鉢の中身を見下ろす。
今までは材料そのものが貴重だったから、必要な時に必要なだけ作ればよかった。
でも状況が変わった。
手持ちのポケモンも増えた。遠征へ出るなら予備もいる。これから作れる薬の種類だって増える。
しかも、いいキズぐすりを作ろうとすれば、普通のキズぐすりを用意した上でさらに加工が増える。
知識があったところで、手が4本に増えるわけじゃない。
「……面倒だな」
誰に言うでもなく呟いて、椅子の背にもたれた。
別に工場が欲しいわけじゃない。
ボタン一つで全部完成する機械なんて大袈裟なものもいらない。
ただ、この潰す作業。
毎回状態を見ながらやる抽出。
終わった後の濾過。
この辺だけでもどうにかなれば、かなり楽になる。
「ミキサー……いや、普通のじゃ細かすぎるか?」
スマホを手に取って検索する。
食品用の粉砕機。小型ミル。恒温槽。攪拌機。濾過器。
使えそうなものはいくらでも出てくる。
ただ、どれも微妙に欲しいものと違う。
容量が大きすぎたり、小さすぎたり。洗いづらかったり、そもそも用途が違ったり。
「市販品組み合わせりゃできそうだけど……」
そこまで口にしたところで、ふと手が止まった。
一人、顔が浮かんだ。
「あ」
学生時代から、妙に工作が得意な奴がいた。
授業で必要になった程度の物なら買えば済むのに、わざわざ自分で作る。3Dプリンターを買ったと思えば治具を作り、気付けば金属まで扱い始め、機械を直すための道具を作るために別の道具を作っていたような奴だ。
最後に会ったのはいつだったか。
連絡先を開いて少し遡る。
「……結構前だな」
別に喧嘩したわけでもない。ただ卒業して、仕事を始めて、お互い生活が変わって。たまにメッセージを送るくらいになっていた。
その名前をしばらく眺める。
こんな用事で久々に連絡するのもどうなんだ。
そう思ったが、目の前のすり鉢を見る。
「……いや、頼むか」
通話ボタンを押した。
数回の呼び出し音。
『……もしもし?』
「おー、久しぶり」
『…………悠真?』
一拍置いて、向こうの声が少し明るくなる。
『お前から電話してくるの珍し。どうした?』
「いやー……元気かなと思って」
『嘘つけ』
「早いな」
『お前が用もなく電話してくるわけねえだろ。何だよ』
思わず笑った。こういうところは昔と変わっていない。
「お前、まだ工作とかやってる?」
『やってるけど』
「3Dプリンターとかも?」
『あるよ。なんなら増えた』
「増えたんだ……」
『この前金属の方も触れるようになった。で? 何作りたいんだよ』
声が明らかに楽しそうになった。
まだ何を頼むとも言っていないのに、もう作る前提で話が進んでいる。
「そんな大したもんじゃないんだけどさ。ちょっと草とか実とか加工する道具が欲しくて」
『加工?』
「潰したり、抽出したり、濾したり。全部自動じゃなくていいんだけど、手作業だと面倒なところだけ楽にしたい」
『ふーん……食品?』
「薬」
『薬?』
声色が変わった。
さっきまで軽かった声音に、露骨な警戒が混じる。
『お前、変なもん作ってないよな?』
「違う違う。ポケモン用」
『…………』
「もしもし?」
『いや待て。そっちの方が気になるわ』
少し間があって、向こうで椅子でも動かしたような音がした。
『お前、ポケモン用の薬作れんの?』
「作れるよ」
『マジで?』
「マジで。今ちょうど作ってる」
目の前には、途中まで加工された素材と、使い終わった道具が並んでいる。
電話の向こうが静かになった。
数秒後。
『……写真送れ』
「何の?」
『全部。素材も、使ってる道具も、作ってる途中の状態も』
「急に食いつくじゃん」
『そりゃ食いつくだろ。あと工程も書け。どのくらい細かくすんのか、温度いるのか、濾すならどの程度まで取ればいいのか。それ見ないと何作ればいいか分からん』
「はいはい」
『適当に返事すんな。どうせお前、欲しいのは「なんかいい感じに楽になるやつ」とかだろ』
「……大体合ってる」
『お前なぁ』
呆れた声の向こうで、それでも笑っているのが分かった。
俺もつられて口元が緩む。
「まあ、その辺は任せるよ。俺より得意だろ?」
『そういう頼み方だけは昔から上手いよなお前』
「褒め言葉?」
『違うわ』
即答された。
でも、嫌がってはいないらしい。
『とりあえず送れ。見てから考える』
「助かる」
『ただし、俺が面白いと思ったら勝手に凝るからな』
「そこはほどほどで頼む」
『それは無理だな』
「知ってた」
通話を切って、スマホを置く。
目の前には、まだ潰し終わっていないオレンのみが残っていた。
「……今日は手でやるしかないか」
ため息をついて、もう一度すり鉢を手に取る。
面倒ではある。
けれど少しだけ、さっきより気分は軽かった。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ