ポケモン現代入り   作:ささみ

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第5話

 

 

 群馬県内のホテルを出発し、シルバーのコンパクトSUVを走らせながら昨日の出来事を振り返っていた。

 

 野生のポッポとの初戦闘。ゲームの知識として知っていただけの攻防が、現実の質量と速度を持って繰り広げられる緊張感は、想像をはるかに超えていた。リュックの中には、捕まえたばかりのポッポが入ったモンスターボールが収まっている。

 

 その隣には、初めての戦闘で土埃や軽い擦れを負ったポリゴンのボール。そして、昨日わずかに採取できたオレンのみと、赤や緑のぼんぐりを入れた保存袋が並んでいた。

 

 ポッポを捕まえた後、そのまま車へ戻ったため、まだ外に出して落ち着いて対面していない。今日の目的は、ポッポとの対面、追加の捕獲、そしてモンスターボールや回復アイテムを自作するための本格的な素材集めだ。

 

 昨日訪れた山林地帯の入口へ到着し、車を駐車スペースへ滑り込ませる。周囲に人の気配はない。通信状況と日没までの時間、逃走経路を確認してから、リュックを背負って外に出た。

 

 昨日よりも少しだけ奥へ進む。木々の間隔が広がり、見晴らしが良く、かつ適度に草地と低木が混ざる開けた場所を見つけた。ここなら、ポケモンが飛び上がってもすぐには見失わない。

 

 まずは、ポリゴンのボールのボタンを押す。短い電子音とともに現れた相棒を横に待機させ、もう一つのボールを手に取った。

 

「出てこい」

 

 白い光が弾け、草地の上にポッポが姿を現した。

 

 ポッポは着地した瞬間、身体を低くして羽を半開きにする。短い嘴を向け、周囲を忙しなく見回した。昨日の戦闘相手であるポリゴンの姿を視界に捉えると、明らかに警戒の色を強め、ジリジリと距離を取ろうとする。

 

 無理もない。いきなり完全に懐くなどあり得ないのだ。それでも、すぐに飛び去ったり暴れ出したりしない。ボールの中が安全で快適だったからか、捕獲されたことで本能的にこちらとの関係を理解しているからか。その辺りの細かい理屈は、今はどうでもいい。大事なのは、対話の余地があるということだ。

 

 急に近づかず、逃げ道を塞がないようにゆっくりと膝を折る。スマートフォンを取り出し、全国図鑑アプリを起動した。カメラを向けると、ポッポの情報が画面へ表示される。

 

 種族:ポッポ

 タイプ:ノーマル・ひこう

 レベル:9

 せいかく:やんちゃ

 とくせい:するどいめ

 わざ:たいあたり/すなかけ/かぜおこし/はがねのつばさ

 

「……はがねのつばさ?」

 

 思わず声が漏れた。

 

 低レベルの野生ポッポが持っている技としては、かなり珍しい。植え付けられた知識を掘り返してみると、タマゴ技として受け継いだ可能性が高い。親にあたる個体が覚えていたのだろう。普通の野生個体ではそうそう見ない。

 

 つまり、昨日の初捕獲は思った以上に当たりだったということだ。とはいえ、今のこいつがすぐ使いこなせるとは限らないが。

 

 レベル9のポッポで、性格はやんちゃ。警戒しながらも落ち着きなく周囲を見ている様子は、表示された性格と妙に噛み合っていた。

 

 リュックからキズぐすりのスプレー缶を取り出す。残り五個のうちの一つだ。

 

「大丈夫だ。何もしない」

 

 低い声で短く語りかけながら、キズぐすりをゆっくりと見せる。ポッポは警戒を解かないが、逃げようとはしなかった。羽の付け根や足に残る、たいあたりとでんじはの痕へ向けて、スプレーの霧を吹きかける。

 

 シューッという音と冷感に、ポッポがビクッと肩をすくめた。だが、すぐに痛みが引いたのか、こわばっていた羽の力がわずかに抜ける。短い鳴き声を一つ上げ、半開きだった羽を畳んだ。完全に信用されたわけではない。けれど、警戒の壁が少しだけ低くなったのは分かった。

 

 続いて、ポリゴンにもキズぐすりを使用する。表面に付着した土埃や草の葉を手で払い落とし、たいあたりの反動で生じた軽い擦れにスプレーをかけた。ポリゴンは大げさに痛がることもなく、淡々と短い電子音を鳴らして身体を小さく明滅させるだけだ。

 

 これで手持ちのキズぐすりは残り三個。状態が落ち着いたところで、探索を開始する。

 

 ポリゴンが周囲のデータを解析しながら横を滑るように進む。ポッポには、低い枝や草地の上を飛んで短い偵察を任せた。ポッポは時折こちらを振り返り、指示を待つような素振りを見せる。ポリゴンに対する警戒はまだ残っているようだが、同じ手持ちとして行動できる程度には落ち着いていた。

 

 

 

 森を歩き始めて数十分後、ポッポが少し先にある低木へ向かって、短く鳴いた。そっと近づいて枝葉の陰を覗き込むと、鮮やかな緑色の身体が見える。きのみの若芽を熱心に食べているキャタピーだ。

 

 丸い頭を葉に押しつけるようにして、もぐもぐと動いている。こちらの気配にはまだ気づいていない。周囲に他のポケモンの気配もない。キャタピー自体の危険度は低く、逃げ足も速くない。わざわざ戦って傷つける必要はないと判断し、サイドポケットから空のモンスターボールを取り出した。

 

 距離を測り、食事中の背後を狙って不意打ち気味に投擲する。赤い軌跡を描いたボールが背中に命中し、光とともにキャタピーが吸い込まれた。草の上に落ちたボールが三回揺れる。カチッという小さな音。捕獲成功。

 

 ボールを拾い上げ、すぐにボタンを押してキャタピーを外へ出した。

 

 キャタピーは草の上に現れると、しばらく身体を丸めるように縮こまった。黒い目が、こちらとポリゴン、ポッポを順番に見る。いきなり環境が変わったせいか、戸惑っているのが分かる。ただ、暴れたり逃げようとしたりはしない。

 

 少ししてから、そろそろと身体を伸ばし、足元の草の匂いを嗅ぎ始めた。そのまま、さっきまで食べていた若芽の方向へ向かおうとして、途中でこちらを振り返る。許可を待っている、というより、どうすればいいのか分からない顔だ。

 

 全国図鑑アプリを起動し、カメラを向ける。

 

 種族:キャタピー

 タイプ:むし

 レベル:4

 せいかく:むじゃき

 とくせい:りんぷん

 わざ:たいあたり/いとをはく

 

「レベル4で、むじゃきか」

 

 表示を見て、妙に納得した。

 

 警戒より好奇心が先に出ている。怖がってはいるが、周りの草や葉への関心を隠せていない。キャタピーは近くの葉に顔を寄せ、食べられるかどうか確かめるように小さく触れた。すぐに口をつけようとして、こちらの視線に気づき、動きを止める。

 

「食べてもいいぞ。ただ、勝手に遠くへ行かないでくれよ?」

 

 言葉がどこまで通じているかは分からない。それでも、キャタピーは小さく身体を揺らし、足元近くの草の上へ移動した。虫ポケモンらしく、植物の匂いや葉の状態にはかなり敏感だ。これなら素材探しのアシスタントとして役に立つ。

 

 さらに森の中ほどへ進んだ時、低い草むらの陰でガサリと音がした。キャタピーを足元へ留まらせ、身を乗り出して確認する。

 

 そこにいたのは、頭と尾に鋭い針を持つ黄褐色の虫。ビードルだ。

 

 キャタピーよりも明確に警戒心が強い。こちらの足音に気づくと、すぐに頭の毒針を向けて威嚇してきた。リュックの中のどくけしを意識しながら、ポッポを前に出す。

 

「ポッポ、かぜおこしだ」

 

 指示に反応し、ポッポが大きく羽ばたく。風が草むらを揺らし、ビードルの小さな身体を押し戻した。

 

 飛行タイプと虫タイプ。相性の差は歴然だった。風圧に煽られ、ビードルがたまらず地面を転がる。それでもすぐに体勢を立て直し、毒針を突き出して反撃の姿勢をとった。

 

 雑魚ではない。ただ、届かない。

 

 空中にいるポッポへ向けて、ビードルが小さく身体をしならせる。毒針を撃ち出すような動きに見えた瞬間、ポッポが横へ流れるように避けた。

 

「たいあたり」

 

 ポッポが低空から滑るように突っ込み、ビードルの側面を弾き飛ばす。大きく体勢を崩したところへ、素早く空のモンスターボールを投げた。赤い光に包まれ、ボールが草の上で三回揺れる。やがて沈黙した。

 

 捕獲成功。

 

 ボールを拾い上げ、まずは全国図鑑アプリで情報を確認する。

 

 種族:ビードル

 タイプ:むし・どく

 レベル:6

 せいかく:いじっぱり

 とくせい:りんぷん

 わざ:どくばり/いとをはく

 

「いじっぱり、ね。さっきの威嚇そのままだな」

 

 ボールから短時間だけ外へ出す。ビードルは姿を現すなり、反射的に毒針をこちらへ向けかけた。だが、ポッポが近くで羽を広げると、動きを止める。まだ納得していない。それでも、これ以上やっても勝てないことは理解しているようだった。

 

 手袋をはめ、距離を保ちながら残りのキズぐすりをスプレーする。かぜおこしとたいあたりを受けた部分へ霧がかかると、ビードルは不満げに身をよじった。しかし、傷が癒えるにつれて動きは落ち着き、毒針の角度も下がっていく。

 

 これでキズぐすりは残り二個だ。

 

 スマートフォンを開いて手持ち情報を確認する。

 

 ポリゴン。ポッポ。キャタピー。ビードル。四匹。

 

 空の通常モンスターボールは、残り二個になっていた。いざという時のために、これ以上の無駄遣いはできない。

 

 ここから先は、本格的な素材集めだ。

 

 ポリゴンが地図と記録の補助を担当し、ポッポが少し高い位置から木々の実を捜索する。足元では、キャタピーがきのみの葉や若芽に反応し、ビードルが草むらや木の根元の異変を感知する。

 

 手持ちポケモンたちの協力は絶大だった。オレンのみに加え、モモンのみやクラボのみ、そしてまだ未熟だがオボンのみらしき実まで見つけることができた。ぼんぐりの収穫も順調だった。赤や青だけでなく、黄、緑、黒、白、桃色など、様々な色のぼんぐりを数個ずつ採取する。

 

 さらに沢の近くの土からは、ボールの素材になりそうなたまいし、くろいろたまいし、そらいろたまいしを少量だが確保した。普通の石とは違う独特の光沢と密度があり、完全知識と照らし合わせれば一目で分かる。

 

 興奮したのは、キズぐすり系のクラフト素材を発見した時だ。

 

 森の湿った場所に群生している、独特の青みと艶を持った葉。少し強い匂い。知らない匂いだが、知識にある匂いに該当するものがある。

 

 クスリソウだ。

 

 これでキズぐすり系の試作ができる。

 

 風に揺れて乾いた音を立てる細長い草は、ピーピーグサ。技の消耗や疲労の回復に役立つ道具の基盤になる。そして、周囲の草よりもひときわ生命力を感じさせる小さな蕾。ゲンキノツボミもいくつか見つけることができた。げんきのかけら系統の希少な素材だ。無理に摘みすぎず、数個だけを採取する。

 

 名前も用途も理解している。だが、現代の道具と設備でどこまでゲーム通りの効果を引き出せるかは未検証だ。明日以降の加工試験が楽しみで仕方ない。

 

 さらに、探索の過程でもちものとして使える道具まで見つかった。

 

 キャタピーたちが妙に執着した細かな粉は、ぎんのこな。

 

 ポッポが見つけた古びた羽根は、するどいくちばし。

 

 木の根元にあった生命力あふれる種は、きせきのタネ。

 

 普通の石より明らかに硬い、かたいいし。

 

 手触りが異常に滑らかな、やわらかいすな。

 

 見た目に反して空気のように軽い、かるいし。

 

 計六種類のもちもの系アイテム。すぐに使いこなせるかは分からないが、後で検証するために持ち帰ることにした。

 

 採取のたびに、使い捨て手袋をはめ、種類ごとに保存袋や密閉容器へ分ける。ラベル用テープに油性ペンで日付と場所、落果か枝から取ったかを素早く書き込み、スマートフォンのカメラで周辺の環境を撮影して全国図鑑アプリへ記録していく。

 

 リュックとキャリーケースの一部が素材で埋まり始めたところで、日差しの傾きを感じた。森の深追いは禁物だ。車へ戻りながら、頭の中で明日の予定を組み立てる。

 

 これだけの素材すべてをホテルや札幌の狭い部屋で管理するのは難しい。不要な分や栽培試験用の種、保管や加工場所が必要な素材は、明日、十勝の実家へ郵送してしまおう。ボールや回復アイテムの試作に使う最低限の素材だけを手元に残し、明日は一日かけて仕分けと加工試験に費やすべきだ。

 

 駐車スペースへ戻り、車のハッチバックを開けてリュックを下ろす。荷室に並んだ採取物の入った袋と容器を見下ろし、小さく息を吐いた。

 

「捕獲三匹、素材も十分。……明日は仕分けと加工だな」

 

 スマートフォンを開いて、ボックスアプリとボールの残数を確認する。

 

「残りの空ボールは二個。さっそく手作りする必要性が出たな」

 

 クスリソウにピーピーグサ、ゲンキノツボミ。ようやくクラフトの材料が揃い始めた。

 

「なら明日は郵送と加工。ようやく、こっちの準備が形になり始めた」

 

 手持ちは四匹。材料もある。昨日より、できることがはっきり増えていた。

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