ポケモン現代入り 作:ささみ
数日後。俺はオレンのみや薬草を詰めたバッグを抱えて、学生時代の友人――相沢航平の作業場を訪れていた。
「おー……相変わらずだなぁ」
中へ入って最初に出た感想がそれだった。壁際には大小様々な工具箱とケースが積まれ、作業台の上には分解途中なのか組み立て途中なのか分からない機械がいくつも転がっている。奥では3Dプリンターが低い駆動音を立てながら、何かの部品を少しずつ形にしていた。
場所そのものは初めて来たはずなのに、妙に懐かしい。
「久しぶりに会った奴が、挨拶より先に人の仕事場見て『相変わらず』ってどういうことだよ。お前ここ来るの初めてだろ」
「いや、お前の前の部屋と同じ匂いするんだよ。工具とプラスチックと、なんかよく分からん機械の匂い」
「匂いで人の部屋思い出してんじゃねえよ、変態。嫌なら外で話すか?」
「褒めてんだって。学生の頃から全然変わってねえなって」
「それを褒め言葉として受け取れるほど俺はポジティブじゃねえよ」
そう言いながら航平は笑い、右拳を軽く突き出してきた。俺も笑いながら拳を合わせる。
「まあ、久しぶり。こうして直接会うの、思ってたより間空いたな」
「だな。連絡だけはちょくちょく来てたから、そこまで久々な感覚なかったけど……最後いつだ? 卒業してから一回は会ったよな?」
「会った会った。確かその後も……あれ、いつだっけ」
「おい。自分で『そこまで経ってない』みたいな顔しといて全然覚えてねえじゃん」
卒業してからも関係が切れたわけではない。たまにメッセージを送ったり、航平から妙な工作動画が送りつけられてきたり。仕事の愚痴を聞いたこともあれば、どうでもいい話を深夜までしていたこともある。
ただ、社会人になってしまえば、お互い予定を合わせて顔を見せる機会は自然と減っていった。
そんな少しばかり感慨深い再会だったのだが、航平はものの数十秒で俺の手元のバッグへ視線を落とした。
「……で、その中なんだろ? 昨日電話で『ポケモンの薬作る時の道具が欲しい』なんて言われてからずっと気になってたんだよ。久々の近況報告もしたいけど、まずそっち見せろ」
「お前、本当にそういうところ変わらないな。普通もうちょっと世間話するだろ」
「後でいくらでもする。今は目の前に面白そうなもの持ってる奴が悪い」
「はいはい。じゃあ空けて。そこ使っていい?」
「いいよ。今乗ってるやつ端に寄せるから、適当に広げろ」
作業台の一角を空けてもらい、バッグの中身を順番に並べていく。
オレンのみ。クスリソウ。ピーピーグサ。加工の具合を見るために持ってきた何種類かのきのみ。そして家で作ってきたキズぐすり。
「うお、本物だ」
航平が真っ先にオレンのみを手に取った。手のひらの上で転がしながら表面を眺め、指先で軽く押して硬さを確かめている。
「ネットで散々見てるだろ。今さらそんな珍しくないじゃん」
「画像と実物は全然違うって。北海道じゃまだその辺に生えてるわけじゃないし、わざわざ本州まできのみ一個触りに行く趣味もねえよ。それに、こういうのは実際に加工するなら硬さとか水分とか、触らないと分からんこと多いだろ」
続けてクスリソウを摘まみ上げ、葉の厚みを確かめる。
「こっちはクスリソウ。で、こっちの細長いのがピーピーグサだったよな。名前だけならネット見てりゃ嫌でも覚えるけど、知ってる名前の植物を初めて現物で見るのって妙な感じだな」
「そういうもん?」
「お前はもう見慣れてるからそう思わねえだけだろ」
言われてみればそうかもしれない。
航平はしばらく素材を眺めたあと、最後に完成済みのキズぐすりを手に取った。容器を軽く傾けて中身を見てから、俺へ視線を戻す。
「これが、お前が家で作ったやつか。ネットに出回ってるレシピが元なんだよな?」
「基本はね。毎回そのままやってるわけじゃないけど、材料も原理も大体同じ」
「なら一回、ここで普段通りに作ってみてくれ。どこが面倒なのか口で聞くより、実際の手順見た方が俺も考えやすい」
「そのために材料持ってきたし、いいよ。道具借りるぞ」
場所と器具を借り、まず材料を洗うところから始める。
水気を切ったオレンのみを処理して、クスリソウを必要な分だけ刻む。それをすり鉢へ入れてある程度崩し、状態を見ながらオレンを加えて馴染ませていく。
航平は横から覗き込みながら、時折こちらの手元と素材を交互に見ていた。
「なるほどな。電話で粉砕が面倒って言ってた意味は分かったわ。これ、一回分ならどうってことないけど、何本分も続けたら普通に腕疲れるだろ」
「そうなんだよ。今までは材料自体そんなに余裕なかったから必要な分だけ作ってたんだけど、家で素材取れるようになってきたからさ。ある程度まとめて作ろうとしたら、一気に面倒になった」
「そこまで量増えてきたなら、手作業に拘る理由もないわな」
話しているうちに、頃合いになった。
すりこぎを止めて中身を確認し、そのまま次の容器へ移す。
「……もう終わり?」
「ここはね。これ以上やる必要ないから」
「いや、そこは分かるけど……何基準で止めた?」
「見た感じ。繊維の残り方がこれくらいなら十分」
「なるほど……」
航平が少しだけ首を傾げた。
その反応が気になったものの、そのまま抽出へ進む。容器を加熱し、色と状態を見ながら火加減を調整していく。
「ちなみに、この工程は何度くらい?」
「一点に合わせる必要はないよ。ある程度の範囲内で維持できれば大丈夫。だから今くらいなら……」
温度計を見るより先に、火を少し弱める。
「これくらいかな」
改めて温度を確認する。予想した範囲に収まっていた。
横から返事が来ない。
「……航平?」
「ああ、悪い。そのまま続けて。今ちょっと見てるから」
「最初から見てるだろ」
「そういう意味じゃねえよ。いいからいつも通りやって」
妙な言い方をする。
まあ、作業工程を見たいと言ったのは航平だ。そのまま抽出を終え、液の状態を確認して濾過へ移る。残った繊維を押さえながら必要な分を取り、最後に各材料を合わせて仕上げた。
「はい。大体こんなもん」
完成したキズぐすりを作業台へ置く。
ところが航平は、それをすぐ手に取ろうとはしなかった。
すり鉢、温度計、濾過に使った道具。それから俺の手元へと順番に目を向けている。
「なあ、悠真。ちょっと聞いていい?」
「何?」
「これ、家でどのくらいの頻度で作ってる?」
「必要になったら作ってるよ。最近はちょっと回数増えてるかな」
「やっぱそうだよな。いや、昨日話聞いた時は、ネットでレシピ見て何回か試作してる程度だと思ってたんだよ。でも今の見てたら違うわ」
航平は腕を組み、少し面白そうに口元を緩めた。
「お前、完全に作り慣れてる。手順を覚えてるとか、そういう話じゃなくてさ。潰す時も『これで合ってるかな』って確認しないし、抽出も温度計を見る前に火を弄っただろ。濾過した後も一切迷わず次に進んだ。料理でも何でもそうだけど、ああいうのって何回も同じ作業してる奴の動きなんだよ」
「まあ……何回も作ってるからね」
「そこなんだよ。ポケモンが出てきてからまだそんな経ってねえだろ? レシピがネットに出てるから試しに作った奴は結構いると思う。でも、お前みたいに『今日も作っとくか』くらいのノリで扱ってる奴はそんなにいないだろ」
「探したらいるんじゃない?」
「いるかもしれん。けど、その珍しい一人がよりによって昔から知ってるお前っていうのがなぁ……」
航平はそこで言葉を切ると、じっと俺の顔を見る。
何やら考えていたらしいが、やがて「ああ」と小さく声を漏らした。
「……お前さ。もしかして、ネットにいる有識者だったりする?」
「あー、そこに行くのか」
「その反応、すげえ怪しいんだけど。いや、名前知ってるとか材料知ってるだけなら別に何も思わんよ。もうネットで公開されてるし。でもその妙にこなれた感じ見せられると、あいつくらいしか思い浮かばねえんだよ」
「どうだろうね」
「お前……そこで『違う』って言わねえんだな」
「肯定もしてないよ」
「その返しする奴を信用しろって方が無理あるだろ」
呆れたように笑われる。
それでも、航平はそれ以上聞いてこなかった。
昔からこういう奴だ。気になることがあれば遠慮なく聞いてくるし、人の様子もよく見ている。ただ、こちらが明確に話す気がないと分かれば、無理にこじ開けようとはしない。
「……まあいいや。今ここで問い詰めたところで、お前その顔じゃ絶対答えねえだろ。それより依頼の方やるぞ、有識者さん」
「その呼び方やめろよ。絶対今後も使うつもりだろ」
「嫌ならちゃんと否定すればいいだろ」
「否定したって信じないだろ、お前」
「まあな」
「ほら」
航平は楽しそうに笑いながら椅子を引き寄せ、ノートを開いた。
「じゃあ整理するぞ。一番面倒なのは、さっきの粉砕でいいんだな?」
「うん。少量なら別にいいんだけど、何本も作る時に毎回すり鉢はしんどい。だから完全に液体になるほど細かくするんじゃなくて、今くらいの状態まで楽に潰せればいい」
「なら普通のミキサーは微妙だな。刃で細断するより、圧を掛けて崩す方が近い。ローラー式にして……いや、この程度の量ならもっと小さく作れるか。モーターも大したのいらんし、材料入れる部分だけ交換できるようにすれば、きのみのサイズ違っても対応できそうだな」
もう頭の中で形が出来始めているらしい。ノートへ簡単な図を書きながら、航平はそのまま次の工程へ移った。
「抽出の方はもっと簡単だ。お前が見張って火加減変えるのが面倒なら、温度センサーとヒーターで一定範囲を維持させればいい。混ぜるのも手間なら小型の攪拌機付ける。ただ、全部一つの箱に押し込む必要はねえな。粉砕と抽出は別々の方が洗いやすいし、壊れた時も楽だ」
「そこまでちゃんと分けるんだ。お前なら全部くっつけて妙な機械作り始めるかと思った」
「俺を何だと思ってんだよ。趣味ならともかく、実用品は整備しやすい方がいいに決まってんだろ。それに市販品で済む部分まで一から作るのは、ただの時間の無駄だ」
「変なもの作るの好きなくせに、そういうところは現実的なんだな」
「お前が学生の頃から変な注文持ち込んできたおかげでな」
「俺そんな無茶振りしたっけ?」
航平のペンが止まった。
ゆっくり顔だけこちらへ向く。
「……マジで言ってる?」
「いや、なんかは頼んだ記憶あるけど。そんな酷かった?」
「サイズの合う固定具が売ってないからって、寸法だけ書いた紙一枚渡して『これ明日までに作れない?』って言ってきた奴がいたな。しかも俺が『急だな』って言ったら、『航平ならいけると思って』とか抜かしやがった」
「あー……あったわ、それ」
「今思い出した顔すんな。俺あの日、結局夜中まで作ってたんだからな」
「面白かったんだろ?」
「……面白かったけど。それとこれとは別だ」
「じゃあ今回も頼りにしてるよ」
「そういうところだよ、お前」
文句を言いながらも航平は笑っている。
俺もつられて笑いながらバッグへ手を伸ばし、残っていたピーピーグサを一本取り出した。
「あと、一個言っとかなきゃいけないことある」
「その前置き嫌だな。まだ何かあんのか?」
「これも使う」
ピーピーグサを作業台へ置く。
「キズぐすりを作った後にこいつを加工して加えると、いいキズぐすりになる。普通のより効果が高いやつ」
「……いいキズぐすりって、ほんとにその名前なのか?」
「ほんとだよ。俺が付けたわけじゃないから文句言われても困る」
「いやまあ、分かりやすくていいけどさ。工程はさっきと大体同じ?」
「基本は似てる。ただ素材ごとに潰し方とか抽出条件が少し違うから、調整できるようにしてもらえると助かる」
「ああ、それなら最初から可変にしといた方がいいな。どうせ作るなら一種類専用にする意味もないし……」
そこで航平が言葉を止めた。
嫌な予感でもしたのか、ゆっくりこちらを見る。
「悠真。念のため聞くけど、これ以外にも薬あるよな?」
「あるよ。すごいキズぐすりとか、まんたんのくすりとか。状態異常用なら、どくけし、まひなおし、ねむけざまし、なんでもなおしとか」
「……お前さあ」
航平は額を押さえ、大きく息を吐いた。
「そういうのは最初に全部言えって。今すぐ作らないのは分かる。でも後から『実はこの薬だともうちょっと細かく潰します』『こっちは温度違います』って追加されたら、最初に作ったやつが使えなくなるかもしれないだろ」
「ああ……確かに。それは考えてなかった」
「依頼する側が一番大事なところ考えてねえじゃん。もういい。工程分かるやつ、一回全部まとめて俺に送れ。全部作るわけじゃなくて、共通してる処理を拾って、できるだけ使い回せる形にするから」
「結構な量になると思うけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよ。普通に面倒だよ」
そう言ったくせに、航平の視線はすでにピーピーグサとノートの間を行き来していた。
「でもさ。今まで存在しなかった植物を使って、今まで存在しなかった薬を作る。その加工用の道具を自分で考えられるんだぞ? そんなもん面白くないわけないだろ」
口元が、明らかに笑っている。
学生の頃もそうだった。
簡単な課題ならすぐ終わらせればいいのに、途中で思いついた機構を試したくなって勝手に作業量を増やす。必要だから物を作るというより、作れる理由を見つけたら止まれない奴だった。
「……本当、変わってないな」
「お互い様だろ。久しぶりに連絡してきたと思ったら、ポケモンの薬を手慣れた動きで作って『面倒だから道具作って』だぞ。学生時代とやってることほぼ同じじゃねえか」
「俺はもう少し普通になったと思ってたんだけどな」
「どこがだよ。むしろ悪化してるわ」
「じゃあ今はちょっと特殊ってことで」
「ちょっとで済ませるところがもう怪しいんだよ、有識者さん」
「だからその呼び方やめろって」
航平は笑いながらパソコンを起動し、CADを開いた。
「ほら、オレンもう一個寄越せ。まず現物の寸法取る。あとモモンとか他のきのみも大きさ違うんだろ? 持ってきた分は全部測るぞ」
「もう始めるの? 久々に会ったんだから、もう少しくらい近況の話とかしようぜ」
「手動かしながらできるだろ。俺もお前が最近何してたのか気になるし、その辺聞きながらやる。とりあえずそこのノギス取ってくれ」
「結局俺も作業員なんだな」
「依頼主が横で暇そうにしてる方が腹立つだろ」
「はいはい」
棚からノギスを取って渡す。
航平は受け取るとすぐオレンのみを挟み、寸法を確認して画面へ数字を打ち込んだ。俺も横から画面を覗き込み、出来上がり始めた簡単な形を見る。
「そこ、もう少し広く取った方がいいかも。モモンだと個体によってもうちょっと大きいし、オボンも入れるなら余裕欲しい」
航平の手が止まる。
ゆっくりこちらを見る。
「……オボン?」
「うん」
「さっき聞いてないんだけど」
「あれ、言ってなかった?」
「言ってねえよ。なあ悠真、頼むから今持ってる素材、一回全部ここに並べろ。お前の口から小出しに聞いてたら永遠に設計終わらん」
「ごめんって。じゃあ出すわ」
「最初からそうしろ」
呆れた声を出しながらも、航平は椅子を少し横へずらして作業台に場所を空けてくれた。
俺もバッグの残りをひっくり返す。
「これモモン。こっちオボン。あと一応クラボも持ってきた」
「まだ出てくんのかよ……ったく。で、最近どうなんだ? 仕事辞めて実家戻ったってところまでは聞いてるけど、その後ほとんど話してなかっただろ」
「ああ、それね。まあ色々あってさ」
「その『色々』の中に、今目の前に並んでるこれ全部入ってそうだな」
「否定はしない」
「そこは素直なんだな」
航平が笑う。
久しぶりに会ったはずなのに、気付けば昔と同じように、くだらない話をしながら並んで作業台を覗き込んでいた。
たぶん今日中に設計が終わることはない。
それでも、別に急ぐ必要はなかった。
こういう時間も、悪くない。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ