ポケモン現代入り 作:ささみ
店内に怒鳴り声が響いた。
「全員その場から動くな! 警察呼んだ奴がいたら、こいつに噛ませるぞ!」
男が右手に握っているのは拳銃ではない。
赤と白に塗られた、少しいびつな球体。ネット上へ公開された設計を参考に、個人が組み上げた自作モンスターボールだった。
床へ投げられたそれが開き、白い光の中からアーボが姿を現す。突然狭い店内へ出されたことに苛立っているのか、身体をくねらせながら首を持ち上げ、周囲へ鋭く舌を伸ばしていた。
「大人しくしてりゃ何もしねえよ。レジの金だけ早く出せ!」
入口側にはもう一人の男が立っている。その足元ではマンキーが肩を上下させ、拳を握りながら落ち着きなく周囲を見回していた。
通報から数分後、店の前へ複数のパトカーが滑り込む。
「犯人は2名。アーボとマンキーを使っています。店内には従業員2名、客が4名。今のところ負傷者はいません」
報告を聞いた現場責任者が、店の見取り図へ目を落とす。
すぐ横にはガーディが伏せ、入口から流れてくる臭いを拾うように鼻を動かしていた。少し離れたところでは、警察官の腕から飛び立ったポッポが建物の上を旋回し、裏口や周辺道路を見張っている。
「裏にはもう人を回してるな。正面はワンリキーを出す。人質がいる以上、戦わせるより先に犯人側のポケモンを捕獲して無力化したい」
「ガーディは逃走に備えて待機させます。裏へ回った場合はそのまま追跡に切り替えます」
「それで頼む。無理に倒す必要はないからな」
少し前までなら、事件現場にポケモンがいるというだけで対応は大きく変わった。
今は違う。
政府側で製造されたモンスターボールは、警察や消防といった現場組織へ優先的に回されている。全ての警察官が持てるほどの数はないものの、出現数の多い地域や事件対応を担う部署から配備は進んでいた。
ポケモンそのものの運用も始まっている。
追跡や警戒にはガーディ。上空からの捜索にはポッポ。力仕事や制圧補助にはワンリキー。比較的小柄で指示を覚えやすいカラカラも、各地で試験的に訓練されている。
個体差もあれば、訓練方法だってまだ手探りだ。
それでも事件は待ってくれない。
必要になったものから、先に現場へ放り込まれていた。
店内で大きな物音がする。
「警察来てんじゃねえか! マンキー、外の奴ら止めろ!」
入口が勢いよく開き、マンキーが飛び出した。
「来たぞ! ワンリキー、店内へ戻さないように止めろ!」
「リキーッ!」
待機していたワンリキーが前へ出る。
マンキーの拳を腕で受け止め、そのまま身体ごと押し返した。体格に大きな違いはない。それでも、二匹の動きにははっきりと差があった。
マンキーは興奮したまま拳を振り回している。
一方のワンリキーは、相手を押し返したところで止まった。追撃せず、そのまま次の指示を待つ。
「そのまま押さえてろ。捕獲する!」
後方にいた警察官がモンスターボールを投げた。
球体がマンキーへ触れ、その身体が白い光へ変わる。光を吸い込んだボールが床へ落ち、何度か揺れて静かに止まった。
「は!? おい、それ俺のマンキーだぞ!」
「犯罪に使ったポケモンをそのまま持たせておけるか。返すかどうかは後で決めるから、今は両手を見えるところに出せ!」
「俺が捕まえたんだから俺のだろ!」
「その話は署で聞く。今は大人しくしろ!」
男が慌てて懐へ手を入れる。
「ワンリキー、その男を押さえろ。怪我はさせるなよ!」
ワンリキーが距離を詰め、腕を掴んで床へ押さえ込む。
「痛っ、待てって! 分かったから力抜け!」
「暴れなきゃそれ以上はやらない。大人しくしてろ!」
ほぼ同時に、店内からアーボが這い出してきた。
「アーボ、噛め! 近づけさせんな!」
「シャアッ!」
「ガーディ、前へ! 攻撃しなくていい、動きを止めろ!」
ガーディが警察官の前へ飛び出し、大きく吠えた。
炎は吐かない。
アーボの進路へ身体を入れ、少しずつ逃げ道を限定していく。
アーボがその威嚇に怯んだ瞬間、もう一つのモンスターボールが飛んだ。
白い光が細長い身体を包み、そのまま収容する。
「アーボも確保しました。中の犯人を拘束します」
「客を先に外へ出してくれ。怪我人がいないか確認して、捕まえた2匹も後で状態を見てもらおう」
数分後には、2人の男が手錠を掛けられていた。
犯人が持っていた自作ボールも、一つ残らず証拠品として回収されていく。
「自作ボールは全部で3つ。確保したマンキーとアーボはどうします?」
「ひとまず押収扱いで署へ回してくれ。元々どこで捕まえたのか、飼育状態がどうだったのかも後で確認する」
「本人は自分のものだって言い張ってますけど、揉めそうですね」
「そこは現場で決める話じゃないさ。俺たちは安全を確保する。所有権だなんだは上に考えてもらおう」
野生のポケモンを捕まえた瞬間、どこまで人間の所有物になるのか。
犯罪に使われた個体をどう扱うのか。
押収した後、その個体を誰に返すのか。それとも返さないのか。
法律はまだ、何もかもに答えを出せてはいない。
それでも犯罪者は、法整備が終わるまで待ってはくれなかった。
「もう、そっち行ったら買い物できないでしょ。帰りに見ればいいんだから、今はこっち来て」
商店街の入口で、若い女性が手にしたリードを軽く引いた。
その先では、小型犬用のハーネスを付けたコラッタが植え込みへ鼻先を突っ込もうとしている。
何度か呼ばれて、ようやくコラッタは女性の足元へ戻ってきた。
「朝からずっとそれなんだから。何がそんなに気になるのよ」
「ラッタ」
「聞いても分かんないけどさ」
女性は苦笑し、そのまま商店街の中へ歩いていく。
少し前までなら、その姿だけで何人も立ち止まっただろう。
今でも珍しそうに振り返る人はいる。けれど、わざわざスマートフォンを構えて追いかける者は随分と減っていた。
八百屋の前では、店主が箒を片手に数羽のポッポを追い払っている。
「昨日野菜やったからって、毎日来ても何もないぞ。客がいる時間は邪魔になるから、向こう行ってくれ」
追われたポッポたちは少し飛び、近くの電線へ並んだ。
そこからじっと店を見ている。
「待ってても今日はやらないからな。変なところだけ覚えるの早いんだから」
店主はぼやきながら、入口横に貼られた紙を直した。
『野生ポケモンへの餌やりはご遠慮ください』
その下には、もう一枚。
『店内でポケモンをボールから出さないでください』
買い物に来た常連客が、それを見て笑った。
「下の張り紙、増えましたね。また何かあったんですか?」
「昨日、客が連れてたジグザグマが棚の下に潜ってさ。落ちたミカン咥えて、そのまま持って帰ろうとしたんだよ」
「ああ、拾った物を持っていくっていう」
「聞いてる分には可愛いんだけどな。店の商品でやられると困るんだよ」
店主はそう言いながらも、どこか楽しそうだった。
少し先の喫茶店には、逆の張り紙がある。
『小型ポケモン同伴可。店内では飼い主のそばから離さないようお願いします』
窓際の席では、小学生くらいの男の子が足元の籠を覗き込んでいた。
中からキャタピーが顔を出し、外へ出ようと縁へ前脚を掛けている。
「今は駄目だって。店出たら公園寄るから、それまで待っててよ」
向かいに座る母親はコーヒーを飲みながら、息子とキャタピーを見比べた。
「その籠だって、今は入るから使えてるだけだからね。進化した後どうするか、お父さんとも話しておきなさいよ」
「大きくなったらケース変えればいいじゃん。ネットでもそうしてる人いたよ」
「ネットだけで決めないの。分からないことがあったら獣医さんにも聞きなさい」
「ちゃんと調べてるよ。そんな心配しなくても大丈夫だって」
「あんたの『調べた』は、動画見ただけだったりするから言ってるのよ」
男の子が口を尖らせる。
キャタピーはそんなやり取りなど気にせず、籠の中で葉を齧っていた。
ポケモン専用のリードも、ケージも、フードも、まだ普通の店には並んでいない。
人々が使っているのは、犬や猫、鳥、爬虫類のために作られた既存の商品だった。
ペットショップでも事情は変わらない。
「このガーディに使えそうなブラシを探してるんですけど、犬用でも大丈夫そうですか?」
客がスマートフォンの写真を見せる。
店員は少し考えてから、棚に並ぶ商品へ視線を向けた。
「毛だけなら大型犬用の柔らかい物が近いと思います。ただ、皮膚まで犬と同じとは限らないので、最初は軽く試してください」
「シャンプーも犬用でいいのか迷ってるんですよね。変な成分が合わなかったら怖くて」
「そこはまだ勧めづらいですね。水洗いだけにしておいた方が無難だと思います」
「水だけだと乾かすの大変なんですよ。炎吐けるくせに、自分を乾かす時は何もしてくれなくて」
客が苦笑すると、店員もつられて笑った。
「そこは普通の犬みたいですね。ドライヤーは嫌がりません?」
「昨日逃げ回りました。結局タオル3枚ですよ」
「じゃあ、しばらくタオルですね」
そんな会話も少しずつ増えていた。
誰かが試して、上手くいけば続ける。失敗すればネットへ書き、別の誰かが違う方法を試す。
行政が公開した注意事項もある。獣医師の助言もある。実際に飼っている人間同士の経験談も、日を追うごとに積み重なっていた。
まだ正解のないことは多い。
それでも生活は待ってくれない。
飼い始めれば食事が必要になる。汚れれば洗わなければならないし、外へ出すなら逃げないようにもしたい。
午後の公園では、一人の老人がベンチに座って新聞を読んでいた。
その足元では、一羽のポッポが地面をつついている。
「昨日も言ったけどな。毎日ついてきても、うちじゃ飼わないぞ。猫もいるし、婆さんに怒られる」
ポッポが顔を上げた。
「そんな顔したって駄目だ。帰り道くらいなら好きにすればいいけど、飯は出ないからな」
そう言いながら、老人は追い払おうとはしなかった。
少し離れた場所には、自治体が立てた注意看板がある。
『野生ポケモンへの不用意な接触にご注意ください』
その前を、犬用のリードを付けたポケモンが飼い主と一緒に歩いていく。
ほんの少し前までなら、そんな光景だけでニュースになっていた。
今では少しずつ、午後の街にある普通の風景へ変わり始めていた。
「次はポッポです。右の翼に裂傷。飛んでいる途中に窓へぶつかったみたいです」
「出血は?」
「もうほとんど止まってます。以前にも健康診断で来ている個体です」
「なら前回の記録も出してください。体重と体温を取ったら、翼はこちらで診ます」
大学附属の動物医療センター。
犬や猫を中心に診療していた施設の一角には、今ではポケモンを受け入れるための区画が設けられていた。
診察台も検査機器も、その多くは以前からあるものを流用している。
変わったのは、そこへ運ばれてくる患者だった。
「少し翼を広げますよ。すぐ終わるから、大人しくしていてくださいね」
獣医師がポッポの身体を支え、慎重に傷の周囲を確認する。
骨を触り、翼をゆっくり動かし、裂傷の深さを見る。
「骨は大丈夫そうですね。傷も深くないので、消毒して軽く固定しましょう。数日は飛ばさないよう飼い主さんにも伝えてください」
横で記録していた看護師が、端末の数字を確認する。
「体温、前回来た時より少し高いですね。炎症でしょうか?」
「その可能性はあります。ただ、まだ正常値そのものが粗いですからね。この数字だけで断定はできません」
政府から回ってきた資料は、現場にとって非常に大きな助けになっていた。
種名、食性、身体的特徴、タイプごとの注意点。毒を持つのか、電気を発するのか。診察前に知っていなければ危険な情報の多くが、最初から整理されている。
それでも、医療にはそれだけでは足りない。
「資料があるだけでも相当違いますけど、実際の基準値はこっちで集めるしかないんですね」
「そうですね。同じポッポでも年齢や成長段階で変わるでしょうし、個体差だってあります。結局は一匹ずつ診て、記録を積むしかありません」
「今まで存在しなかった患者のデータを、診療しながら作ってるわけですか」
「そう考えると胃が痛くなりますよ。患者はデータが揃うまで待ってくれませんからね」
獣医師が苦笑したところで、診察室の外から柔らかな鳴き声がした。
「ラッキー」
少し開いた扉から、丸い桃色の身体が顔を覗かせている。
「まだ処置中だから、もう少し待っていてください。終わったら入ってきていいですよ」
ラッキーは診察台のポッポを気にするように見つめ、それから素直に一歩下がった。
看護師がその様子を見て笑う。
「本当に覚えるの早いですね。昨日なんて、私が取りに行く前にガーゼ持ってきましたよ」
「職員の動きをよく見てるんでしょう。世話好きだとは資料にありましたけど、病院のやり方まで覚えるとは思いませんでしたね」
ラッキーがこの病院へ来たのは数日前だった。
医療分野への適性が高いポケモンとして、行政から試験的な配置を打診されたのである。
病院側も、ラッキーについて何も知らなかったわけではない。
温厚で、人や他のポケモンの世話を好むこと。回復に関わる能力を持つこと。腹部の袋に抱えるタマゴは栄養価が高く、弱った相手へ分け与える習性があること。
そうした情報は既に政府から共有されている。
だからこそ、ここへ連れてこられた。
ただ、資料に医療向きと書かれていることと、実際の病院でどう働いてもらうかは別の話だった。
ポッポの処置が終わる。
「もう入ってきて大丈夫ですよ。ただ、今固定した翼には触らないでくださいね」
「ラキッ」
ラッキーは嬉しそうに入ってくると、ポッポの横へ腰を下ろした。
先ほどまで身体を固くしていたポッポが、しばらくすると少しずつ力を抜いていく。
「やっぱり、この子がいると落ち着くポケモン多いですよね。昨日のコラッタもかなり大人しくなりましたし」
「その辺も記録してください。本当に影響があるなら、今後ほかの病院へラッキーが配備された時にも役立ちます」
「こういうのまで数字にするんですね」
「医療ですから。効果があるなら、感覚じゃなく残しておいた方がいいでしょう」
看護師は納得したように頷き、端末へ記録を追加する。
ラッキーはその横で、何か手伝えることはないかとでも言いたげに二人を見ていた。
「昨日みたいに包帯を箱ごと持ってくるのは駄目ですよ。必要な分だけでいいんですから」
「ラッキ……」
「そんな残念そうにしなくても、手伝ってくれるのは助かってますよ」
肩を落としかけたラッキーが、すぐに顔を上げる。
看護師が吹き出した。
「先生、完全に新人教育ですね」
「新人より覚えるの早いですよ、この子」
「それ、私が新人だった頃と比べてません?」
「そこまでは言ってませんが」
「顔が言ってますよ」
病院へ来てまだ数日。
それでもラッキーは、少しずつこの場所での振る舞いを覚え始めていた。
人間がラッキーのことを学んでいるように、ラッキーの側も人間の病院を学んでいる。
午後になると、そのラッキーが腹部の袋から大きなタマゴを取り出してきた。
「今日も持ってきたんですね。患者さんにあげたいのは分かりますけど、まだ勝手に配っちゃ駄目ですよ」
「ラッキー?」
「栄養価が高いのは資料にもありましたし、分析結果もかなり良かったです。でも病院で使うなら、もう少し確認が必要なんです」
ラッキーはタマゴと獣医師の顔を交互に見る。
「全部終わったらちゃんと使い道を考えますから、それまでもう少し待ってください」
しばらくして、ラッキーは少し残念そうにタマゴを抱え直した。
「またその顔してますよ。絶対『なんで食べないんだろう』って思ってますって」
「向こうからしたらそうでしょうね。でも、こっちはそう簡単にはいかないんですよ」
獣医師は苦笑しながら、ラッキーの頭を軽く撫でた。
最後の診察が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
獣医師は診察室の端へ座り、その日に診たポケモンの記録を端末へ入力していく。
ポッポ、コラッタ、ガーディ、ニドラン♀。
体重、体温、症状、処置内容、薬への反応。
今は一匹ずつの記録でしかない。
けれど、それが積み重なれば、いつか別のポケモンを診る時の基準になる。
「今日はもう終わりですよ。君もずっと付き合ってたんだから、少し休んだらどうです?」
「ラッキ」
「元気なのはいいですけどね。こっちもまだ君に何を任せていいのか勉強中なんです。焦らなくていいですよ」
ラッキーは獣医師の顔を見つめ、少ししてまた腹部へ手を伸ばした。
「今タマゴ出しても、まだ食べませんからね。ちゃんと許可が出たら、その時はいただきます」
伸ばしかけた手が止まり、肩が露骨に落ちる。
「そんなに落ち込まなくてもいいでしょう。もう少し待ってって言ってるだけですよ」
「ラッキ!」
「そこはちゃんと分かるんですね」
嬉しそうに鳴くラッキーを見て、獣医師も小さく笑った。
警察はポケモンとともに犯罪者を追い、街では人とポケモンが同じ道を歩き、病院には昨日まで存在しなかった患者のカルテが積み重なっている。
法律も、商品も、医療もまだ途中だった。
それでも生活そのものは止まらない。
今あるものを使い、分かったことを積み重ね、問題が起きればそのたびにやり方を変えていく。
そうやって日本は少しずつ、ポケモンが現れた国から、ポケモンがいることを前提に暮らす国へ変わり始めていた。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ