ポケモン現代入り 作:ささみ
乾いた風が、赤茶けた岩肌の間を抜けていく。アリゾナ州。舗装道路を外れれば、低い灌木と剥き出しの岩がどこまでも続く荒野。その一角に停められたピックアップトラックの荷台で、男が赤白に塗られた球体を持ち上げた。
「これで4匹目か。昨日のナックラーより元気そうだし、こいつなら結構な値段になるんじゃないか?」
「グライガーならもう買い手がいる。州外まで無事に持っていければ、1匹だけでもかなりの金になるぞ」
隣にいた男がスマートフォンを操作する。画面には暗号化されたチャットと、いくつもの金額が並んでいた。
日本でポケモンが確認され始めてから、その映像は世界中へ広がった。しかし映像を見られることと、生きた個体を手に入れられることは全く違う。特にアメリカ国内で最初に確認されたポケモンとなれば、研究目的を装った仲介業者から、珍しいペットを欲しがる富裕層まで買い手はいくらでもいた。
まだ市場すら存在しない。だからこそ、値段も決まっていない。
「次は向こうの岩場まで行こうぜ。昨日も夕方に何匹か出てただろ」
「もう十分じゃないか? 州も取り締まり始めてる。先週だって捕まった奴いたぞ」
「見つからなきゃいい。それに殺してるわけでもないんだ。捕まえただけで犯罪者みたいに扱われてもな」
男は肩を竦めて立ち上がった。腰には拳銃が収まっているが、この辺りでそれ自体が特別な光景というわけではない。荒野へ出る時に銃を携帯する人間は、ポケモンが現れる以前からいた。
問題は銃ではなく、荷台に並ぶ自作モンスターボールの方だった。
「車来てるぞ。……州の連中だ」
遠くから上がった土煙が近づき、白い車両が止まる。その後ろには郡保安官事務所の車も続いていた。
二人の男は顔を見合わせた。
「銃には触るなよ。余計なことするな」
「分かってるって」
車から降りてきた職員も、保安官代理も武装している。だが視線は二人の腰に一瞬向いただけで、すぐにトラックの荷台へ移った。
「ここ数日、この周辺でポケモンを大量に捕獲している人間がいるという通報が入っています。少し話を聞かせてもらえますか?」
「何匹か捕まえましたけど、自分で飼うためですよ」
「そうですか。では捕獲した個体とボールを確認させてください。現在、この地域で捕獲したポケモンを商業目的で移送、売買する行為は規制対象になっています」
男の表情が僅かに強張る。
「売るなんて言ってませんよ」
「それなら確認だけで済みます。あと、腰の銃について今こちらから問題にしているわけではありません。そのまま触らずにいてください」
「こっちも撃つ気なんかありませんよ」
「なら結構です」
やり取りは驚くほど淡々としていた。
やがて荷台と車内から、自作モンスターボールが合わせて7個見つかった。そのうち5個にはポケモンが収容されている。さらにスマートフォンには州外の人間との金額交渉や、受け渡し場所を相談した記録まで残されていた。
「研究してる奴に売ろうと思っただけだ。密猟みたいに言うけど、こいつらは少し前までこの国に存在すらしてなかっただろ」
「だからこそです。生態系への影響も、病原体を運ぶ可能性も、別の地域へ移した時に定着するかどうかも分かっていない。好きな場所へ運ばれては追跡できなくなります」
「日本じゃ一般人が普通に捕まえてるじゃないか」
「ここはアリゾナです。日本でどう扱われているかは、あなたの行為を正当化する理由にはなりません」
職員は回収したボールに番号を振っていく。男はそれを不満そうに見つめていたが、腰の拳銃へ手を伸ばすことはなかった。
「ポケモンは全部持っていくのか?」
「今日は保護します。どこで捕獲した個体なのか確認して、健康状態も調べます。銃の方は別件です。違法な物でもなければ、今回の捕獲と売買だけを理由にこちらが持っていくものではありません」
アメリカ人がポケモンの出現をきっかけに銃を持ち始めたわけではない。銃は以前からそこにある。
新しく現れたのは、もっと別のものだった。
荒野へ行けば、昨日まで存在しなかった生き物がいる。そして、その生き物には既に高い値段が付いている。
撃つより捕まえた方が金になる。
今のところ、その単純な事実がポケモン狩りより先に人間を荒野へ向かわせていた。
「最近、本当に増えたな」
州道沿いのガソリンスタンドで、店主が窓の外を眺めていた。普段なら地元住民や長距離移動中の車が数台停まる程度の駐車場に、今日は見慣れない車が何台も並んでいる。
荷台には大量の水、救急用品、双眼鏡にカメラ。中には自作のモンスターボールを腰から下げた者もいるし、普段通り拳銃を携帯している者もいた。
「すみません。この辺でグライガーが見られるって聞いたんですけど、岩場へ行くならこの道で合ってます?」
若い男がスマートフォンの地図を見せてくる。
「ああ。ただ、その先は道が悪いぞ。車で奥まで入るなら気をつけろ。それと水は多めに持っていけ」
「ありがとうございます。フェニックスから来たんですよ。できればサンドも見たくて」
「昨日はテキサスから来たって奴もいたよ。もうちょっとした観光地だな」
若者が笑って店内へ入る。そのすぐ後ろを、双眼鏡を首から下げた中年の男性が通り過ぎた。
「またポケモン見物か?」
「みんな同じ場所を聞いてくる。勝手に私有地まで入る奴が出てきてるから、そろそろ看板でも増やさないとな」
ポケモンはアリゾナ全域へ均等に現れたわけではない。
最初に大量の個体が見つかった場所は、いくつかの地域へ明確に偏っていた。岩場ではサンド、グライガー、ナックラー。水のある場所ではハネッコやゴマゾウ、アメタマ。洞窟周辺ではズバットやココドラ、ウパー。
そのためネットでは、ポケモンの多く見つかる地域を誰かがPoké Spotと呼び始めた。
ただし、そこから一歩出ればポケモンが消えるわけではない。
最初に確認された地点から数マイル離れた道路でサンドが目撃されることもあれば、牧場の水場までゴマゾウがやって来たという報告もある。グライガーなどは飛べるだけあって、当初の岩場からかなり離れた場所でも見つかり始めていた。
生き物なのだから当然だった。
餌を探す。縄張りを広げる。群れから離れる個体もいれば、別の環境を気に入る個体もいる。
ポケスポットという名称も、境界線で囲まれた特別な場所というより、今では単純に「特にポケモンが多い地域」を指す言葉になりつつある。
「そういや昨日、向こうで銃声がしたって聞いたけど、とうとうポケモン撃った奴が出たのか?」
「ガラガラヘビだよ。何でもポケモンのせいにするなって」
「そっちか。でもそのうち出るだろうな、撃つ奴も」
「出るだろうけど、今は捕まえようとしてる奴の方が多いよ。生きてる方が金になるからな」
店主が呆れたように肩を竦める。
「最低な理由だな」
「人間なんてそんなもんだろ」
壁には州当局から届いた新しい注意書きが貼られている。
野生ポケモンへ不用意に接近しないこと。私有地へ無断で侵入しないこと。捕獲した個体を無許可で売買・移送しないこと。そして危険がない限り、安易に銃器を使用しないこと。
紙を貼っただけで全員が従うわけではない。それでも、何も決まっていなかった数日前よりは少しだけましだった。
「昨日の個体、また位置が変わってます」
大学の調査車両が荒野の脇へ停まり、助手がGPS端末を教授へ見せた。
「どれだ?」
「このサンドです。最初に捕獲した岩場から南東へ約6キロ。昨日の夜に移動を始めて、今朝はこの辺りにいました」
「ずいぶん動いたな。戻る様子は?」
「今のところありません。餌を探してるのか、そのまま新しい場所に定着するのかはまだ分かりません」
教授は地図を拡大した。
調査開始当初、ポケモンの目撃地点は驚くほど偏っていた。そのため最初は、水源や植生、地質など何らかの環境条件が強く影響していると考えられた。
ところが観測を続けるうちに、その分布は少しずつ崩れ始めている。
グライガーは岩場から離れ、数十キロ先で目撃された。サンドやナックラーにも当初の調査区域外へ移動する個体が出ている。オアシス周辺に多かったゴマゾウも、別の水場へ向かう姿が確認された。
「やっぱり最初の分布と、今後の生息域は分けて考えた方が良さそうですね」
「そうだな。『ここにしかいない』んじゃない。最初に大量に現れた場所がここだっただけだ」
教授は双眼鏡を持ち上げた。遠くの岩陰では、ナックラーが砂を掘り返している。
「生物としてはむしろこっちの方が自然だ。生きてる以上、環境が許せば動くし、繁殖すれば分布も広がる」
「そうなると、数年後にはポケスポットなんて言葉自体意味なくなるかもしれませんね」
「可能性はある。ただ、それでも最初の出現地点には意味がある。なぜこの場所だったのか、なぜ最初にいた種類がこれだったのか。その説明はまだ何もついていない」
日本側の資料も何度となく比較されていた。
関東では別の種類。
その後は関西。
さらに九州。
そしてアメリカ南西部。
単純に世界中へ同じ生物が一斉出現しているわけではない。土地ごとに、出現する種類に明らかな偏りがある。
「教授、昨日採取したグライガーの組織サンプル、結果が出たそうです。少なくとも今まで調べた個体間では普通に同種として成立しています」
「繁殖能力については?」
「そこはまだですね。ただ、生殖器官らしきものも存在しますし、少なくとも見た目だけの生き物ではないです」
「当たり前だ。餌を食って、排泄して、怪我をして治って、好きな場所へ移動してる時点で十分生き物だよ」
助手が少し笑った。
「最初の頃、ネットじゃ『ゲームみたいに特定地点から出られないんじゃないか』なんて話もありましたけどね」
「現実はそんなに都合よくできてないらしい」
「研究者としては、その方が面倒なんですけど」
「だから仕事になる」
教授も笑い、地図へ目を戻した。
現時点では、最初の出現地点周辺ほど個体密度が高い。しかし、その外側でも目撃例は日ごとに増えている。
今はまだ点に近い。
だが、その点から少しずつ線が伸び始めていた。
数か月後、それがどこまで広がっているのか。アメリカ固有の生態系にどんな影響を与えるのか。逆に、ポケモン自身がこの土地の環境からどんな影響を受けるのか。
そのどれも、今の研究者には予測しきれない。
「例の転売事件、また一件摘発されたみたいですよ。今度はグライガーをネバダまで運ぼうとしてたとか」
「そっちも急いで規制しないとな。研究してる間に人間が分布を広げたら、自然に移動したのか持ち込まれたのか分からなくなる」
「ポケモンだけ追ってればいいわけじゃないんですね」
「生態学ってのは、だいたい人間が一番面倒なんだよ」
乾いた笑いが調査班の間に広がった。
夕方になり、撤収の準備が始まる。遠くの岩場から飛び立ったグライガーが、風に乗ってゆっくりと西へ流れていった。
行き先は、最初に見つかった岩場ではない。
研究者たちはその姿をカメラで追いながら、位置を記録する。
荒野では、既に変化が始まっていた。
研究者が調査し、観光客が見物に訪れ、捕まえて金にしようとする人間まで現れる。その横で、ポケモン自身もまた、人間の都合など関係なく新しい土地を歩き始めていた。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ