ポケモン現代入り 作:ささみ
ニューヨーク、国際連合本部。
急遽開かれた協議には、主要国だけでなく数十か国の代表が参加していた。議題として掲げられているのは、ここ数か月で世界の意味そのものを変えつつある生物――ポケモンについて。
当初、それは日本国内の問題だった。関東で始まり、約1か月後には近畿を中心とした地域へ拡大し、さらに九州、中国地方、伊豆・小笠原周辺へ新たな種類が出現した。そして同日、アメリカ南西部でも、それまで確認されていなかったポケモンが大量に発見されている。
もはや日本だけの異常現象とは呼べなかった。
「現在、日本国内で確認されているポケモンについては、危険性、基本的な生態、対処方法を継続して各国へ共有しています。アメリカで確認された種類についても、既存資料との照合結果を提供済みです」
日本代表の説明を受けながら、各国の端末へ資料が配信されていく。
その量は膨大だった。毒を持つ種類、電撃を発する種類、炎を吐く種類。人間の精神へ干渉する可能性のあるものから、数トン単位の重量物を動かせるものまで存在する。
そして何より異常なのは、日本がその多くを発見直後から名前で呼び、性質まで把握していることだった。
「また同じ説明ですか」
中国代表が資料から顔を上げた。
「日本政府は、この生物が初めて確認された時点から、他国には存在しなかった体系的知識を保有しています。しかも九州で新たな出現が起きる際には、発生する地域と時期を事前に把握していた。これは単なる研究成果では説明できません」
会議室の空気が僅かに変わる。
それ自体は、既に各国が知っている事実だった。
九州で新たなポケモンが現れる前、日本政府は自治体、警察、消防、自衛隊へ事前準備を指示していた。出現した直後から名称と危険性まで公表できたことで、海外の情報機関が気付かないはずもなかった。
「我々は以前から、情報提供者が存在することを説明しています」
「その人物が誰なのか、日本政府はいまだに明らかにしていない」
「明らかにしていないのではありません。こちらも把握できていません」
中国代表の眉が僅かに動く。
「世界規模の現象について、出現前の情報まで提供できる人物が日本国内の機関へ継続的に接触している。それにもかかわらず、日本政府は身元も所在も分からないと主張するのですか?」
「事実です。先方から一方的に資料が送られてきています。こちらから接触できる経路は確立されていません」
「そして、その人物から得られた資料は日本だけが保有している」
今度はロシア代表が言葉を挟んだ。
「これは一国の国内問題ではありません。アメリカでも既に出現が始まった以上、次がロシア、中国、欧州、アフリカでない保証はない。にもかかわらず、世界が受け取れる情報を日本政府と正体不明の一個人が選別している現状は、到底健全とは言えないでしょう」
日本代表は一度資料へ目を落とした。
これまでにも同じ要求は何度も来ている。
「安全対策に必要な情報は共有しています。すでに確認されている種類だけではなく、現時点で未確認の種類についても、一般的な生態や危険性を順次提供しています」
「それでは不十分だと言っているのです」
中国代表の声が一段強くなる。
「日本はモンスターボールの製造技術を保有し、警察などへの配備まで開始している。ポケモンの医療利用、農業利用、発電能力についても他国に先行して研究を進めている。そしてポケモンそのものについても、世界で最も多くの情報を持っている。この状態を『必要な範囲は共有している』という一国の判断だけで正当化することはできません」
「日本政府が開発した知識ではありませんし、情報提供者の全資料を我々が保有しているわけでもありません」
「では、その人物個人が世界へ公開する情報を決めていると?」
「結果としては、そうなっています」
一瞬、通訳を介した後の会議室が妙に静かになった。
ロシア代表が椅子へ深く座り直す。
「それはむしろ、さらに深刻な問題ではありませんか」
否定しづらい。
日本側だって、好きでこの状態を維持しているわけではなかった。所在を突き止めようとしたこともある。しかし政府へ送られてきた通信も、掲示板への書き込みも、肝心なところから先が追えない。
しかも情報提供者は、政府の指示に従っているわけではない。危険だと思えば送る。公開して問題ないと思えば掲示板へ書く。それだけだった。
「中国は、この情報を国際連合の管理下へ移すことを改めて提案します。ポケモンに関する情報、試料、捕獲技術について国際的な共同管理機構を設置し、特定国家による独占を防ぐべきです」
「ロシアも基本的に支持します。情報提供者との接触についても、日本一国ではなく国際的な枠組みの下で行うべきでしょう」
日本代表が僅かに眉を寄せた。
「接触できれば、ですが」
「日本政府は努力が不足しているのでは?」
その言葉には、今度こそ日本側の何人かが顔を上げた。
「こちらは数か月、追跡を続けています。それでも所在を確認できていません」
「その説明を第三国が検証する手段がありません」
「ならば、こちらとしてもこれ以上説明のしようがありません」
声こそ穏やかだったが、会議室の空気は明らかに硬くなっていた。
そこへアメリカ代表が手を上げた。
「先に言っておきますが、我々も日本へ非公開資料の追加提供を要求しています。何度か断られていますから、日本だけを擁護するつもりはありません」
日本代表が横を見る。
「ただ、それと国連による一括管理は別問題です。現在、アリゾナ州を中心に米国内でもポケモンが確認されています。米国内で発見、保護、捕獲された個体の管理権を、国際機関へ移す予定はありません」
ロシア代表がすぐに反応した。
「つまり日本が情報を、アメリカが実物を管理することは認めるが、他国には共有を要求するわけですか?」
「言っていません。研究データは共有しますし、危険情報も出します。しかし国内で発見された生物の扱いを誰が決定するかは、米国の主権に属する問題です」
「非常に都合のいい主張ですね」
「主権というのは大抵そういうものです」
静かな応酬に、何人かの代表が小さく視線を交わした。
中国代表が再び口を開く。
「この現象には国境が存在しません。飛行能力を持つ種類も、水中を自由に移動する種類もいる。人間が捕獲して輸送する事例も既にアメリカ国内で確認されています。各国が『国内にいる間は自国のものだ』と主張していては、統一した管理など不可能です」
「だから情報共有には賛成しています」
アメリカ代表は即座に返した。
「共通の検疫基準、危険種の情報、違法取引への対応。そこは国際的に決めるべきでしょう。ただし、国際機関が各国の領土へ入ってポケモンを接収するような制度には同意できません」
その辺りで、EU側から発言が入った。
「管理権の議論と、最低限必要な共通規則を分けるべきです。現状、最も急ぐ必要があるのは生体の国際移動でしょう」
画面に、アメリカで摘発されたばかりの事例が表示された。
捕獲したグライガーを州外へ売ろうとした者。ネット上で値段を付けられたナックラー。日本国内でも、捕獲したポケモンを金銭と交換しようとする動きは以前から起きている。
「このままでは、自然に生息域を広げた個体と、人間によって持ち込まれた個体の区別すら難しくなります。少なくとも輸出入、検疫、商業取引、危険個体の移送については早急に共通基準が必要です」
「それには同意します」
日本代表が頷く。
中国もそこには反対しなかった。
ただし、論点が消えたわけではない。
「しかし共通基準を作るためにも、基礎となる情報が必要です。日本が一部を非公開にしたままでは、公平な制度設計はできません」
また戻ってきた。
日本代表は内心で息を吐きながら、手元の資料を閉じた。
「繰り返しますが、我々は危険対策に必要な情報を意図的に独占しているわけではありません。情報提供者から渡された資料の中にも、公開すれば別の危険を生む可能性があるものがあります。少なくとも、未確認の情報を無条件で世界へ拡散する考えはありません」
「その危険性を判断しているのも日本政府ではありませんか」
「現在、日本が最も多くの実例を持っている以上、当面はそうならざるを得ません」
中国代表の表情は変わらなかった。
「それを情報独占と呼んでいるのです」
会議室が再びざわつく。
日本側だけを批判している国ばかりではなかった。
すでに日本から共有された毒性情報によって、事前の対策を始めた国もある。医療機関や警察へ資料を配布し、もし突然ポケモンが現れた場合に備えている国も増えていた。
だからこそ、不安も強かった。
「次の出現について、日本は情報を受け取っているのですか?」
別の国の代表から質問が飛ぶ。
「現時点で、新たな具体的予告は受け取っていません」
「では、次にどの国で発生するかも?」
「分かりません」
「情報提供者なら知っている可能性は?」
「それも分かりません」
今度の沈黙は、先ほどとは少し違った。
巨大なスクリーンには世界地図が映っている。
日本列島には複数の色が重なり、アメリカ南西部にも新しい印が付いている。
それ以外は、まだ空白だった。
フランスも。
イギリスも。
中国も。
ロシアも。
南米も、アフリカも。
今はまだ。
「結局のところ、次が我々の国であった場合、警告を受け取れるかどうかは、その匿名人物が日本政府へ連絡するかどうかに左右されるわけですね」
そう言った代表の声には、非難よりも純粋な不安が混じっていた。
日本代表はすぐには答えなかった。
「現状では、否定できません」
会議室の空気が重くなる。
だからこそ、その日の協議で一つだけ大きく進んだものがあった。
ポケモンそのものを国際機関が一括管理する案は、各国の主権を巡る反発が強く、結論には至らなかった。一方、情報共有については別だった。
危険種の情報。毒や疾病への医療情報。目撃地域。生体の国境移動。違法取引。捕獲個体の輸出入。各国で得られた研究データ。
少なくともそれらについて、常設の国際共有網を整備する方向では一致した。
完全な国際管理には程遠い。
それでも、昨日まで各国が個別に日本へ問い合わせていた状況よりは前に進んでいる。
長時間の協議が終わり、日本代表団が会議室を出る。
「……疲れた」
廊下へ出たところで、若い職員が誰にも聞こえない程度の声で漏らした。
「中国とロシア、次はもっと強く来ますね」
「来るだろうな。言ってること全部が間違ってるわけでもないのが面倒なんだよ」
「でも、情報提供者を国際管理下に置けって言われても、まず本人がどこにいるか分からないんですよね」
「そこから説明してるんだけどな」
代表団の一人が額を押さえる。
その時、廊下の向こうから別の職員が早足で近づいてきた。
「国内から追加連絡です」
全員の足が止まる。
「新しい出現ですか?」
「違います。今回は海外からの問い合わせが、また一気に増えています。今日の会議内容が報道に出始めました」
「……そっちか」
安堵していいのか分からない声が漏れた。
世界中の政府が、次に何が起こるのか分からないまま対策を始めている。
警察へ資料を回し、病院へ受け入れ計画を作らせ、研究機関へ予算を付け、国境では生きたポケモンの密輸を想定し始めた。
まだ一匹もポケモンが現れていない国でさえ。
世界はもう、自分たちだけは無関係だとは考えていなかった。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ