ポケモン現代入り   作:ささみ

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第6話

 

 

 

 

 朝の光が差し込むビジネスホテルの部屋で、昨日採取した素材の仕分けを手早く進めた。

 

 ボールや回復アイテムの加工に使う分だけをリュックや別容器に取り分け、残りの栽培試験用や保存用のぼんぐり、きのみ、かさばる素材などは段ボール箱に詰めていく。十勝の実家へ送るためのものだ。伝票の品名欄には、危険物扱いにならないよう「植物サンプル」や「工作素材」とだけ無難に書き込んだ。

 

 もちろん、実家に詳しい説明はしていない。今の段階で「ポケモン世界の植物を送る」などと言えるはずもない。母親から確認の電話が来た時のために、家庭菜園用の珍しい種と工作材料を送った、くらいの言い訳だけ頭の中で用意しておく。

 

 ホテルを出てすぐのコンビニで発送手続きを済ませ、シルバーのコンパクトSUVに乗り込む。

 

 荷室には、昨日の夕方に買い足した安物の加工道具が積んであった。

 

 札幌から飛行機で持ってこられたのは、使い捨て手袋や保存袋、ラベル用テープ、軽い採取用品くらいだ。刃物や工具を大量に持ち込むのは面倒だし、ポータブル電源や電動工具まで買い揃える余裕もない。

 

 派遣社員がレンタカーを借り、ホテルに泊まり、関東まで来ている時点でかなり無理をしている。ここでアウトドア用の高い電源や本格工具一式を買うのは、さすがに金銭感覚が終わっている。

 

 だから、買い足したのは最低限だ。

 

 すり鉢、すりこぎ、手動ミル、小型ナイフ、安い彫刻刀、ヤスリ、クランプ、ピンセット、茶こし、漏斗、空のスプレーボトル、ペットボトル、保存容器。

 

 ホームセンターと百円ショップを回れば揃う程度の道具ばかりだ。効率は悪い。だが、植え付けられた知識が示しているのは、必ずしも現代的な設備を必要とする加工ではない。クラフトは、むしろ手作業でも成立する原始的な技術に近い。

 

 時間と手間さえかければ、やれる。

 

 まだ早朝の冷気が残る中、昨日と同じ群馬県内の山林地帯を目指して車を走らせた。

 

 6時の山林入口は、鳥の鳴き声が聞こえる程度で人目はほとんどない。

 

 車を駐車スペースへ滑り込ませ、荷室を開けて折り畳みテーブルを広げる。安物のクランプをテーブルの端に固定し、小型ナイフ、彫刻刀、ヤスリ、ピンセット、すり鉢、すりこぎを並べていった。

 

 山奥の本格的な工房には程遠い。けれど、車のハッチバックを屋根代わりにした簡易作業場としては十分だ。

 

 手持ちのポケモンたちをボールから出すと、ポッポは周囲の枝に留まって警戒に当たり、キャタピーとビードルは車の近くの落ち葉や地面の匂いを嗅ぎ始めた。ポリゴンはテーブルの端に浮遊し、短い電子音を鳴らして作業記録や寸法確認の補助態勢に入る。

 

 まずは自作のボール作りからだ。

 

 アルセウスに植え付けられた知識が、ぼんぐりの加工手順から、たまいし系素材の嵌め込み方、捕獲用の道具として成立する形状の基準までをはっきりと脳裏に浮かび上がらせてくれる。

 

 ただし、これは現代の正式なモンスターボールを作る作業ではない。

 

 レジェンズアルセウスの、原始的な捕獲用ボールだ。

 

 電子的な認証機能も、所有者ロックも、横取り防止のセーフティも、ボックスアプリとの連携もない。全国図鑑アプリに自動で捕獲情報が飛ぶわけでもない。

 

 作るのは、あくまで野生ポケモンを捕獲し、内部に収め、出し入れするための道具。機能としては十分に凄い。だが、正式なモンスターボールとは別物だ。

 

 知識があるとはいえ、現実の手作業は別物だった。

 

 ぼんぐりをクランプで固定し、小型ナイフで少しずつ削る。表面を荒く整えた後、ヤスリで形を詰め、内側を慎重に削っていく。電動工具があれば楽だったのだろうが、今あるのは手動の道具だけだ。

 

 力を入れすぎれば殻が割れる。弱すぎれば削れない。たまいしを嵌める位置がほんの少しズレるだけで、重心も開閉の感触もおかしくなる。

 

 最初の一個は削りすぎた。

 

 二個目は内側の噛み合わせが甘い。

 

 三個目はたまいしの位置がズレた。

 

 どれも見た目だけならそれっぽいが、掌に乗せた瞬間に分かる。これは使えない。

 

「……そりゃ、ゲームみたいにはいかないか」

 

 失敗品を横に避け、四個目のぼんぐりを手に取る。

 

 知識はある。手順も分かる。だが、指先がその通りに動くかどうかは別問題だった。

 

 それでも、失敗を重ねた分だけ力加減は掴めてくる。ナイフの角度を少し寝かせ、削る量を欲張らず、ヤスリで少しずつ整える。たまいしを嵌め込む位置を慎重に合わせ、開閉部を噛み合わせた。

 

 カチリ、と小さな音がした。

 

 既製品のモンスターボールとは違う。だが、掌の中に収まったそれには、はっきりと「使える」と分かる手応えがあった。

 

「……できた」

 

 声に出すと、ポリゴンが短い電子音を返した。

 

 画面に出ているのは、あくまで寸法や作業メモだ。ポリゴンがこのボールを正式認証しているわけではない。それでも、失敗品と成功品の外形差を比較する補助としてはかなり役に立つ。

 

 成功の感覚を掴んでからは、作業のテンポが少しだけ上がった。

 

 ぼんぐりを固定し、削り、整え、たまいしを組み込む。ヤスリでわずかな引っかかりを消し、開閉の感触を確かめる。単純な作業の繰り返しに見えるが、気を抜けばすぐにズレる。

 

 途中で何度も手を止め、指を開いたり閉じたりした。親指の付け根がじんわり痛い。刃を持つ手にも疲れが溜まってきている。

 

 それでも、作らないわけにはいかない。

 

 空の既製品ボールは残り二個。これ以上捕獲を続けるなら、自作ボールが必要になる。

 

 ポッポは枝の上から周囲を見張り、時折短く鳴いた。キャタピーは落ち葉の端をかじったり、こちらの手元をじっと見たりしている。ビードルは刃物の擦れる音が苦手なのか、少し離れた位置でじっとしていたが、逃げる様子はない。

 

 太陽が高く昇り、正午を回る頃には、テーブルの上に完成品が並んでいた。

 

 ぼんぐりとたまいしを使ったモンスターボールが六個。

 

 くろいろたまいしを組み込んだヘビーボールが三個。

 

 そらいろたまいしを使ったフェザーボールが四個。

 

 そして、少量だけ採取できていたてつのかけら相当の金属片を利用し、内部構造を補強したスーパーボールが一個。

 

 失敗品は最初の三個だけだ。上出来と言っていい。というより、腕が死ぬほど疲れた。これを毎日やるのは無理だ。

 

 完成した十四個の自作ボールを見下ろし、小さく息を吐いた。

 

 捕獲手段は増えた。

 

 だが、安心しきるには早い。

 

 レジェンズアルセウス系の原始的な作りをしたこれらは、野生ポケモンを捕獲し、内部に収める機能こそ備わっているものの、現代の正式なモンスターボールとは決定的に異なる。

 

 所有者認証や横取り防止のセーフティはない。図鑑アプリへの自動登録機能も、ボックスアプリとの連携機能もない。落として他人に拾われれば、そのままボタンを押されて中のポケモンを出されてしまう危険性すらある。

 

 既製品の残り二個はいざという時のために取っておく。

 

 自作ボールで捕まえたポケモンは手動で図鑑に記録し、ボールそのものは肌身離さず厳重に管理する必要がある。便利だが、正式なボールと同じ感覚で扱うと致命的なミスに繋がる代物だった。

 

「使えるけど、正式なモンスターボールとは全くの別物だな」

 

 誰に言うでもなく呟き、完成品を一つずつ布で包んでケースに収めた。

 

 区切りがついたところで、作業道具を片付けて昼食にする。

 

 途中のコンビニで買ってきたおにぎり、サンドイッチ、サラダ、果物カップ、それに豆類の惣菜をテーブルに広げた。ポケモンたちにも食べられそうなものを取り分ける。

 

 ポリゴンは食事を必要としないはずだが、差し出したサンドイッチの欠片に視線を向け、データを確認するような細かい明滅を見せて少量だけ口にした。味わっているのか、成分を確認しているのかは分からない。積極的に食べたいという反応ではなかったので、それ以上は勧めなかった。

 

 ポッポは豆類とカットフルーツに興味を示した。最初は少し距離を置いて警戒していたが、こちらが視線を外しておにぎりを齧っていると、徐々に近づいてきてついばみ始める。食べ終わると、昨日のように遠くへ飛び去ることはなく、車の屋根に留まって毛繕いをしていた。肩に乗ってくるほどの急接近ではないが、明らかに距離は縮まっている。

 

 キャタピーはサラダの葉野菜やリンゴの欠片にすかさず反応し、むじゃきに身体を揺らしながら足元まで寄ってきた。小さな口で葉を食べ、途中でこちらを見上げる。その仕草が妙に子供っぽくて、思わず口元が緩む。

 

 ビードルはキャタピーより慎重だった。葉野菜を置いた容器を差し出すと、頭の毒針を少し下げた状態で近づき、静かに食事を始める。警戒はまだ残っている。だが、昨日のようにすぐ針を向ける感じではない。

 

 それぞれが、手持ちとしての距離感を少しずつ受け入れ始めているのが分かった。

 

 短い休息を終え、午後からは回復アイテムの作成に取り掛かる。

 

 この世界にはポケモンセンターも回復装置もない。野生での戦闘や捕獲で傷ついた手持ちを癒す手段がなければ、この先の探索はすぐに立ち行かなくなる。

 

 残り二個になってしまった既製品のキズぐすりの補充は、自作ボールの確保以上に急務だった。

 

 あるのは、安物のすり鉢とすりこぎ、手動ミル、茶こし、漏斗、ペットボトル、空のスプレーボトルだけだ。

 

 オレンのみを水で洗い、傷んだ部分をナイフで落とす。クスリソウは葉の状態を見ながら選別し、使える部分だけを細かく刻んだ。

 

 それらをすり鉢へ入れ、すりこぎで潰していく。

 

 地味だ。

 

 ひたすら地味だ。

 

 しかも腕が痛い。

 

 ゲームなら材料を選んで一瞬で完成するものが、現実ではこうなる。青い果汁と草の汁が混ざり、独特の匂いが立ち上る。途中で水を少しずつ加え、粘度を見ながらさらに潰す。

 

 粗い繊維を茶こしで濾し、漏斗を使ってペットボトルへ移す。何度も繰り返すうちに、手首がじんわり重くなってきた。

 

 人間用の薬を作るような厳密な設備はない。それでも、植え付けられた知識が示す配合比率と、素材そのものが持つ妙な手応えが、ただの草汁では終わらないと告げていた。

 

 既製品のキズぐすりほど安定しているかは分からない。だが、ポケモン用の回復液として最低限使えるところまでは持っていけたはずだ。

 

 完成した液体を、買ってきた大きめのペットボトルと百円ショップの空スプレーボトル数本に分けて注ぎ込む。油性ペンで日付と中身を書いたラベルテープを貼り、使用回数の目安も簡単にメモしておいた。

 

 これで、推定数十回分のキズぐすりが確保できた。

 

 続いて、昨日採取した細かな素材の中から、ツルギマイタケに似たキノコやピーピーグサを取り出す。手動ミルで粗く砕き、すり鉢でさらに細かく潰す。少量の水分で練り合わせ、小さく丸めて、せめのがんやくを数回分だけ作った。

 

 素材も少なく、効果検証もこれからだ。キズぐすりのように気軽に使うものではない。ただ、いざという時の切り札になるかもしれない。

 

 もう一種類、テッペキクラゲに似た素材とピーピーグサを使い、まもりのがんやくも少量だけ作る。こちらも数回分だけだ。今は大量生産より、作れることを確認する段階でいい。

 

 最後に取り掛かったのは、ゲンキノツボミとクスリソウを使ったげんきのかけらの作成だ。

 

 素材の数がごくわずかしかないため、ナイフを入れる手も自然と慎重になる。クスリソウを細かく刻み、ゲンキノツボミの芯に近い部分を取り出す。知識に従って成分を合わせ、すり鉢の中で少しずつ練り、乾かしていく。

 

 本来ならもっとまともな道具が欲しい。加熱や乾燥も安定させたい。だが、今はこれが限界だ。

 

 何度か形を崩しながらも、最後には半透明の結晶のような薬片が小さく固まった。完全な仕上がりかは分からない。それでも、植え付けられた知識と照らし合わせれば、げんきのかけらとして最低限は成立している。

 

 小瓶に丁寧に小分けする。

 

 完成したのは三個。

 

 たった三個だ。だが、これがあるだけで精神的な安心感が桁違いだった。

 

 夕方の気配が森に漂い始めた頃、すべての加工作業を終えた。

 

 車の荷室と折り畳みテーブルの上には、今日の成果が所狭しと並んでいる。

 

 自作のモンスターボール六個。

 

 ヘビーボール三個。

 

 フェザーボール四個。

 

 スーパーボール一個。

 

 スプレーボトルとペットボトルに入った大量のキズぐすり。

 

 せめのがんやくと、まもりのがんやく。

 

 そして、三個のげんきのかけら。

 

 その傍らには、最初に作った不格好なボールの失敗作が転がっている。

 

「ボールと回復手段。これでようやく、探索を続ける最低限の土台ができたな」

 

 ペットボトルのラベルを撫でながら、誰にともなく口に出す。

 

 捕まえる手段と、治す手段。その両方が自前で用意できなければ、現実のポケモン探索なんて数日で破綻していた。

 

 自作のボール十四個と、手作り感しかないキズぐすりのペットボトル。見た目はともかく、今の俺にとっては間違いなく宝の山だった。

 

 ただし、自作ボールは万能ではない。

 

 正式なモンスターボールではない以上、横取り防止もなければ、図鑑やボックスとの自動連携もない。捕獲できるとしても、その後の管理は完全にこちらの責任だ。

 

「明日からは、もう少し強気に動こう。少し遠出してもいいな」

 

 夕日に照らされる車の屋根でポッポが短く鳴き、足元ではキャタピーとビードルが葉の切れ端を転がしている。テーブルの端では、ポリゴンが静かに瞬いていた。

 

 手持ちの距離が少しだけ近づいた四匹のポケモンたちと、苦労して作り上げたアイテムの山。

 

 これらを携え、明日から本格化するであろう未知の探索に思いを馳せながら、片付けの手を動かし始めた。

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