ポケモン現代入り 作:ささみ
「だから、それは持っていかなくていいって」
「リキ?」
「会社にダンベル持っていってどうするの。というか俺の鞄に入らないでしょ、それ」
玄関先で、ワンリキーが両手に持っていたダンベルを見下ろす。少し考えたあと、大人しく床へ戻した。
「今日は休みだから一緒に出るけど、買い物だからね。トレーニングじゃないよ」
「リキ!」
「分かってるのかなぁ」
以前なら、ここまで言葉が通じるとも思っていなかった。
登山中に出会い、何故かそのままついてきたワンリキーとの生活も、気付けば随分長くなった。最初は何を食べさせればいいのかすら分からず、冷蔵庫を勝手に開けられて困っていたのに、今では朝飯の時間も、俺が仕事へ行く日は家で待つことも、買い物へ行けば荷物を持つことも覚えている。
もちろん全部こちらの都合に合わせているわけではない。嫌な時は普通に嫌そうな顔をするし、気になるものを見つければ立ち止まる。今だって玄関から出た途端、道路の向こうを歩いていたコラッタへ目を向けていた。
「行かないよ」
「リキ」
「そうそう。今日はこっち」
声を掛けると、ワンリキーは素直についてくる。
少し前までなら、青灰色の人型が隣を歩いているだけで振り返られたものだが、最近はそうでもなくなった。もちろんワンリキーくらいの大きさでも珍しそうに見る人はいる。それでも、電線にポッポが止まり、公園の植え込みからコラッタが顔を出し、小型のポケモンを連れて歩く人間をたまに見かけるようになった今では、いちいち足を止める人の方が少ない。
途中で寄ったコンビニの入口にも、『小型ポケモン同伴可・店内では飼育者の管理をお願いします』という新しいステッカーが貼られていた。
「お前、小型に入るのかな」
「リキ?」
「まあ入れるって言われたからいいか」
以前、一度店員に聞いている。ワンリキーが商品へ勝手に触らず、俺のそばを離れないことも知られているので、最近は特に何も言われない。
買い物を済ませ、ワンリキーに軽い方の袋を渡して外へ出たところで、スマートフォンが震えた。
「ん?」
自治体からのお知らせだった。
最近ニュースでも見かけていた、ポケモンの飼育状況に関する登録の案内らしい。
「これかぁ」
まだ免許のようなものではない。ポケモンを現在飼っている、あるいは継続的に一緒に生活している人間に、種族や頭数、普段いる地域などを申告してほしいというものだった。
行政としても、国内にどれだけ人と暮らしているポケモンがいるのか把握しきれていないらしい。
「お前も登録しといた方がいいよね」
「リキ?」
「いや、飼ってるって言っていいのかは微妙だけど」
画面を開く。
名前、住所、連絡先と入力していき、ポケモンの項目で少し手が止まった。
「種族はワンリキー。1匹……捕獲状況?」
選択肢には、正式なモンスターボールで捕獲、自作ボール等で捕獲、未捕獲のまま同行・飼育、その他、と並んでいた。
「ちゃんとあるじゃん」
未捕獲のまま同行・飼育を選ぶ。
ワンリキーは今もボールに入っていない。俺が捕まえたわけでもなく、登山から帰ってきたら普通についてきて、そのまま今に至る。
「今後も一緒に生活する意思……これは、まあ」
隣を見る。
ワンリキーは買い物袋を持ったまま、何をしているのか分からないという顔でこちらを見ていた。
「お前、まだうちいる?」
「リキ!」
「じゃあ、ありでいいか」
本人に聞いたのだから問題ないだろう。
入力を終えて送信すると、受付完了の表示と一緒に、今後制度が変更された場合は改めて案内すると書かれていた。
「こういうのも増えてくんだねぇ」
数か月前には、そもそもポケモンという言葉すら一般には知られていなかった。それが今では役所のページに当然のように『ポケモン』と書かれ、飼っているなら登録してくださいと案内されるようになっている。
変わるのが早い。
「まあ、お前ら増える一方だもんな」
「リキ」
「別に文句じゃないよ」
買い物を続けるため歩き出す。
最近はワンリキーとの外出も随分楽になった。最初の頃は何に興味を持っているのか分からず、急に立ち止まっただけでも身構えていたが、今ではある程度行動が読める。
「そっちは行かないよ」
路地へ顔を向けたワンリキーへ声を掛ければ足を止める。
「信号赤だから待って」
横断歩道の手前で止まる。
「それは人のだから触らない」
店先に積まれた箱へ手を伸ばしかけて、引っ込める。
「……なんか、お前随分言うこと聞くようになったね」
「リキ?」
「いや、いいことだけど」
ワンリキー本人がどう思っているかは分からない。
俺としても、ポケモンバトルをしたいと思ってこうしているわけではなかった。技を覚えさせようとしたこともなければ、強く育てようと考えたこともない。
ただ、一緒に暮らすなら人に迷惑を掛けないようにしたい。それだけで教えてきたことが、気付けばかなり増えていた。
商店街を抜け、少し住宅の減った道まで来たところで、前の方から女性の声が聞こえた。
「ちょっと、危ない!」
見ると、道路脇に置かれたゴミ袋の前で2匹のマンキーが騒いでいた。
何か食べ物でも入っていたのか、一方が袋を抱え、もう一方が奪おうとしている。近くにいた女性が離れようとしたところで、そのうち1匹が興奮したままこちらへ駆け出した。
「うわ」
「リキッ!」
俺が反応するより早く、ワンリキーが前へ出た。
「待って、追いかけるなよ!」
声を掛けると、ワンリキーはその場で踏み止まる。突っ込んできたマンキーだけを正面から受け止め、振り回された腕を身体で押し返した。
マンキーが甲高い声を上げる。
「怪我させなくていいから。向こう行かせて」
「リキ!」
ワンリキーは拳を振るわなかった。
前へ出て、また近づこうとするマンキーの進路へ身体を入れる。右へ動けば右へ、左へ回れば左へと移り、こちら側へ来られないように押し戻していく。
もう1匹のマンキーも途中でこちらを気にしたものの、相手が戻ってくると再び威嚇し合い、そのまま2匹揃って道の奥へ走っていった。
「……行った?」
「リキ」
「追わなくていいよ。戻っておいで」
ワンリキーはすぐに戻ってくる。
腕に傷がないか見てみたが、特に問題はなさそうだった。
「びっくりしたぁ。急に前出るんだもん」
「リキ?」
「助かったけど。ありがとね」
頭を撫でると、ワンリキーは少し嬉しそうに胸を張った。
「あの、大丈夫ですか?」
さっきの女性が恐る恐る近づいてくる。
「はい。多分、怪我もないです」
「すごいですね。ちゃんと言うこと聞くんですね、その子」
「まあ、一緒にいるの長いんで」
「訓練とかされてるんですか?」
「いや、全然。普通に暮らしてるだけですよ」
そう答えたものの、女性は感心したようにワンリキーを見ている。
「それでも、ああいう時に止めてもらえると助かります。私、ポケモン持ってないから何していいか分からなくて」
「俺も別に詳しくはないですよ」
専門家でもないし、あの2匹がもっと強いポケモンだったら関わらず警察へ連絡していたと思う。
それでも、今回はワンリキーがいた。
「無茶しない範囲なら、これくらいはね」
言いながら、少し変な感じがした。
以前の俺なら、野生のポケモン同士が揉めているところを見ても、真っ先に距離を取っていただろう。今も危険ならそうするつもりだ。
ただ、隣にワンリキーがいるだけで選べる行動が増えている。
「……お前、結構頼りになるんだね」
「リキ!」
「知ってたけど、そんな得意げにされると腹立つなぁ」
買い物を終えて家へ戻った頃には、昼を少し過ぎていた。
荷物を片付け、遅めの昼食を食べながらテレビをつける。流れていたのは、またポケモンのニュースだった。
『九州各地では、これまで国内で確認されていなかったポケモンの目撃が相次いでいます。沿岸部では新たな水棲種が漁業へ影響を与えているほか、農地や山間部でも複数の新種が確認されており――』
画面には見たことのないポケモンが次々と映る。
犬のようなもの。植物のようなもの。妙に丸い鳥。海面から飛び出す魚らしきもの。
「また増えたんだねぇ」
「リキ」
ワンリキーも隣でテレビを見ている。
以前なら、知らないポケモンが何種類も現れたというだけで大騒ぎになっていたはずなのに、今ではニュースを見る俺自身も以前ほど驚かなくなっていた。
『自治体では農地周辺の巡回を強化するとともに、ポケモンを継続的に飼育している住民へ登録を呼び掛けています。また、一部地域ではポケモンを扱える住民へ、緊急時の情報提供や避難誘導などへの協力を求める動きも――』
「へぇ」
さっき登録したばかりの話だった。
画面の下には、ポケモン飼育者登録制度は現時点では状況把握を目的としたものであり、資格制度とは異なるという説明も流れている。
「協力って言われてもねぇ」
ワンリキーを見る。
「俺、別に戦えるわけじゃないし」
「リキ?」
「お前は戦えるだろうけどさ」
今日だって、やったのはマンキーを追い払っただけだ。
それでも、近くにいた人からすれば助かったのだろう。
「まあ、近所で何かあった時にできることがあるなら、そのくらいはやるけど」
「リキ!」
「だからって勝手に喧嘩しに行くのは駄目だからね」
ワンリキーが少しだけ目を逸らした。
「今、何で目逸らしたの?」
「リキ」
「本当に分かってる?」
テレビでは話題が変わり、九州で見つかった新しいポケモンの映像が流れている。数か月前までは存在すら知らなかった生き物が、今では毎日のように増え続けていた。
「まだ増えるのかぁ」
大変そうだとは思う。
けれど、九州は遠い。
俺が今すぐどうこうできる話でもない。
「向こうは大変だね」
そう呟いたところで、隣から皿の擦れる音がした。
見ると、ワンリキーが俺の皿に残っていた唐揚げへ手を伸ばしている。
「それ俺の」
手が止まった。
「自分の食べたでしょ」
「リキ……」
「そんな顔しても駄目」
ワンリキーはしばらく唐揚げと俺の顔を交互に見たあと、諦めて手を引っ込めた。
「そこは聞き分けいいんだよなぁ」
外では見たことのないポケモンがまた増え、役所は新しい制度を作り始め、テレビでは毎日のように何かが変わっている。
それでも、うちの中で一番身近な問題は、相変わらずワンリキーが人の飯を狙うことだった。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ