ポケモン現代入り 作:ささみ
「今日、ちょっと山見てくるわ」
朝食を食べ終えて食器を流しへ運びながら何気なく言うと、母さんが箸を止めた。
「山? またポケモン探し?」
「いや、買う方」
「……何を?」
「山」
聞き返されたので同じ答えを返すと、今度は父さんまで新聞から顔を上げた。
「お前、山買うのか?」
「うん。そのつもり。今日は現地見て、どこまでまとめて買うか確認してくる」
昨日まで家族には話していなかったので、当然の反応だった。俺の中ではバンギラスを捕まえた頃から考えていたことだが、ポリゴンと勝手に相談していただけなので、家族からすれば朝飯のついでに息子が突然山を買うと言い出したようなものである。
「何でまた山なんて」
「この子たち増えてきたし、育てるならそのうち家の周りじゃ足りなくなるから。バンギラスもいるし」
「ああ……あれか」
父さんの反応が一気に納得寄りになった。映像で見せたバンギラスを思い出したのだろう。
「でも山って高いんじゃないの?」
「俺もそう思ってたんだけど、使いづらい山林だと意外と安いんだよ。それに今なら金もあるし」
「そんな貯めてたの?」
「いや……ポリゴンが増やした」
『ポリ!』
呼ばれたと思ったのか、床にいたポリゴンが元気よく鳴いた。
「増やしたって、どれくらい?」
「それはまあ……今回考えてる範囲をまとめて買って、その後に設備入れても困らないくらい」
具体的な額まで正直に言うと余計に話が長くなりそうだったので、ひとまず必要な部分だけ伝える。母さんはまだ怪しそうな顔をしていたが、父さんはしばらく俺とポリゴンを見比べたあと、深く考えるのを諦めたようだった。
「税金は大丈夫なのか?」
「そこはポリゴンの方が俺よりちゃんとしてた」
「お前それでいいのか」
「俺もそう思う」
返す言葉がなかった。
家を出てから車で向かったのは、十勝の西側から日高山脈方面へ入った山林地帯だった。具体的な場所だけ見ればそこまで遠くはないが、町を抜けて道路の両側に畑が減り、森ばかりになってくると一気に人の気配が薄くなる。
今回買おうとしているのは山ひとつではない。最初から、複数の所有者が持っている山林を繋げ、かなり広い範囲をまとめて取得するつもりだった。
バンギラスを外へ出すだけなら、山ひとつでも場所自体は足りるだろう。ただ、本気で技を使わせたり、今後さらに強いポケモンが増えたりすることまで考えると、土地の境界を越えればすぐ他人の山という状態では意味が薄い。中心部から外まで何本か尾根を挟み、多少大きな音が出た程度では人里まで簡単に届かないくらいの余裕が欲しかった。
その条件でポリゴンに探してもらい、仲介を頼んだ人に周辺の所有者へ話を通してもらっているのが今回の一帯だった。
待ち合わせ場所になっていた小さな駐車スペースには、すでに仲介を頼んでいる男性が来ていた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。今日は取得予定地をかなり奥まで見ることになるので、歩ける格好で来てもらえて助かりました」
「そこは大丈夫です。山歩くのは慣れてるんで」
挨拶を済ませると、男性は車から大きめのファイルを取り出した。中には地図が何枚も入っていて、色の違う線で土地の境界が引かれている。
「改めて確認しますが、今回ご希望いただいている範囲ですと、所有者は1人ではありません。こちらが最初にお問い合わせいただいた山林で、この部分が相続された方の土地です」
「やっぱりここが一番広いですね」
「そうですね。元々ご親族が林業をされていた頃に持っていた土地らしいんですが、現在の所有者さんは道外に住んでいて、相続してからほとんど来たこともないそうです。今後管理する予定もないので、売却にはかなり前向きです」
「持ってるだけで負担になってる感じですか」
「本人の感覚としては近いようです。山林は持っているだけで利益が出るものでもありませんし、遠方ですと管理もしづらいですからね」
そこから周囲へ目を移す。俺が買おうとしているのは、その相続された土地だけではない。
「こっちと、こっちは?」
「こちらは別の方です。昔は木を出していたそうですが、もう何年も使っていません。こちらも価格次第では売るという返事をいただいています。さらに奥の2筆は兄弟でそれぞれ相続されていますが、こちらもまとめて売却する方向で話は進められそうです」
「結構みんな手放す方なんですね」
「使う予定のない山林ですからね。それよりも、こちらとしてはこれだけの範囲を個人でまとめて欲しいと言われた方が珍しかったですが」
男性が地図から顔を上げ、俺を見る。
「最初にお話を伺った時は、何か事業でも始められるのかと思いました」
「まあ、似たようなもんですかね」
「ポケモンの飼育用、でしたか」
「はい」
「……かなりの数を飼われる予定なんですか?」
「今のところ数が決まってるわけじゃないです。ただ、これから増えると思うんで、後から土地が足りなくなるより最初に広く取っておこうかなと」
男性は少し黙り、地図の広さをもう一度確認した。
「失礼ですが、これだけ人里から離した土地が必要になるほどのポケモンを飼われるんですか?」
さすがにそこは気になったらしい。
「1匹、今の俺じゃまだ外に出せないくらい強いやつがいます」
「……外に出せない?」
「暴れるかもしれないんで。少なくとも、俺の手持ちがもっと育って止められるようになるまでは出しません」
「それは……大丈夫なんですか?」
営業相手だから抑えているのだろうが、顔にはかなりはっきりと、本当に大丈夫なのかと出ていた。
「大丈夫じゃないから出してないんですよ」
「ああ……なるほど」
「普通に言うこと聞いてくれるようになってから連れてくるつもりです。それでも強いことには変わらないんで、家の近くで技の練習させるようなことはしたくないんですよね」
「それで、周辺までまとめて」
「はい。何かあってからじゃ遅いんで」
男性はしばらく俺を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「……用途については分かりました。正直に申し上げると、最初に『ポケモンを飼うために山を何個かまとめて欲しい』と聞いた時は、何をするつもりなのかと思いましたが」
「俺でもそう思うと思います」
「今も少し思っていますよ」
「ですよね」
そのくらいの反応の方が正常だと思う。
「ただ、危険性があるからこそ周囲から離れた土地を確保しておきたい、ということでしたら話は分かります」
「そういうことです」
男性は再び地図へ視線を戻した。
「今のところ、こちらからこちらまでの所有者には一通り話をしています。価格については購入を前提にこれから詰めることになりますが、現時点で売却そのものを拒否されている方はいません。ただ、この細い部分だけは所有者の方自身が境界を把握されていなかったので、確認が必要です」
「全部繋げられそうですか?」
「現状の話がまとまれば、途中に他人の土地を挟まず、かなり奥まで連続した形にはできます。ただし、境界確認の結果によっては取得範囲を少し変えた方が綺麗になる可能性があります」
「そこは任せます。面積をきっちりこの形にしたいわけじゃないんで、途中に他人の土地が入らない方を優先してください」
「承知しました」
地図で見てもかなり広い。最初に見つけた相続山林を核に、その横と奥を別の所有者の土地で繋いでいく形になる。全体が綺麗な四角形になるわけではないが、そもそも山の中でそんな形を求める理由はない。
重要なのは、奥へ入るにつれて外から十分な距離を取れることだった。
「では、まず入口側から見ましょうか」
「お願いします」
最初はまだ車で入れた。舗装道路から細い道へ入り、その先でさらに古い林道へ曲がる。途中から舗装はなくなったものの、ここまでは普通の車でもどうにか走れる。
「今の道って、そのまま使えるんです?」
「一部は公道で、途中から共有の林道ですね。購入予定地へ直接入るなら、この辺りから専用の進入路を作った方が分かりやすいと思います」
「じゃあ、そのつもりで考えます」
車を止めて外へ出ると、周囲はほとんど森だった。少し離れれば道路も見えなくなり、聞こえるのは風で葉が擦れる音くらいしかない。
「この辺なら入口側の設備置けそうですね」
「設備ですか?」
「プレハブとか倉庫とか、作業する場所ですね。奥まで業者に入ってもらうのも面倒なんで、人が出入りする場所は道路に近いところへまとめたいんですよ」
「それなら、この辺りは比較的傾斜も緩いですし、造成はしやすいと思います。ただ、電気や水道を引くとなると土地代とは別にそれなりの費用は必要になります」
「そこは最初から別で考えてます。必要なところには金かけます」
購入後すぐに大掛かりな施設を作るつもりはないが、管理用のプレハブと倉庫、簡単な作業所くらいは用意したい。道具や資材を毎回実家から運ぶのも面倒だし、これから私道や設備の工事を頼むなら、入口側に人間用の拠点があった方が何かと都合がいい。
そこから先は徒歩だった。古い林道らしき跡を辿る場所もあれば、ほとんど獣道のようになっている場所もある。地面から出た根を避け、倒木を跨ぎながら進んでいく。
「正直、今の状態だとかなり不便ですよ」
「むしろこのくらいの方がいいです。知らない人が気軽に散歩しに来るような場所だと困るんで」
「ポケモンの件を聞いた後だと、さっきより意味が分かりますね」
「それは良かったです」
「良かったと言っていいのかは分かりませんが」
苦笑しながら返される。
さらに奥へ進み、途中で尾根へ上がって向こう側へ下りる。地図上では線一本で隣り合っている土地も、実際に歩けばかなりの距離があった。
「ここから先が別の所有者さんの土地です」
「この辺が境界ですか?」
「おおよそは。ただ、正確な位置は改めて測量します」
「ここも購入する方向で話してるんですよね」
「はい。この方も相続した土地で、現在はほとんど管理されていません。最初は一部分なら売ってもいいという話でしたが、隣接地をまとめて取得したい方がいると伝えたところ、どうせなら全部手放したいという話になっています」
「それは助かります」
「売る側からすれば、一部だけ残っても使い道がありませんからね。一括で引き取ってもらえるなら、その方がありがたいという方は多いです」
俺は人が使いたがらない山を欲しがっていて、向こうは使わない山を手放したがっている。道路がないことも整備されていないことも、俺には価格が下がる理由にしかならない。
もちろん、安ければ何でもいいわけではない。途中に他人の土地が入り込んだり、購入後に自由に手を入れられなかったりする場所は避けたいし、権利関係でも揉めたくない。その辺りはポリゴンにも調べさせているが、最終的には仲介側や専門家にも確認してもらうつもりだった。
昼を挟みながらさらに奥へ入っていくと、周囲の様子も少しずつ変わっていった。平坦な場所は多くないが、森だけではなく岩が露出した斜面もあり、細い沢も流れている。
「いいですね、この辺」
「平らではありませんが?」
「むしろ全部平らじゃない方がいいんですよ。俺の場合、ここを宅地にするわけじゃないんで」
「ポケモンごとに使う場所を分けるんですか?」
「そんな感じです。森が好きなやつもいれば、岩場の方がいいやつもいるし、水辺を好むやつもいる。全部潰して平らにしたら勿体ないですよ」
必要な場所だけ手を入れればいい。道を通して、ある程度開けた場所を作り、必要なら小屋を建てる。それ以外は森も沢も岩場も残してしまえば、そのままポケモンの生活場所として使える。
「この辺まで来ると、道路の音も全然しないですね」
「ここから一番近い集落までもかなり距離があります。予定している周辺地まで取得できれば、中心部の置き方次第ではさらに何本か尾根を挟めますね」
「それなら理想に近いです」
現地へ来たことで、頭の中にあった土地の使い方も少しずつ具体的になってきた。
入口側には人間が使う場所を作る。プレハブ、倉庫、作業所、車を置く場所をまとめ、そこまでは普通に業者が入れるようにする。そこから私道をさらに奥へ伸ばし、何山か越えた先をポケモンたちの生活や訓練に使う。
ただし、土地を買ったからといってすぐに本格運用するつもりはない。
今の北海道で、こんな山奥にリザードやニョロボンやリングマが何匹も出入りしていたら普通に目立つ。ましてバンギラスまで見つかれば、それだけで大騒ぎになる可能性がある。
本格的に使い始めるなら、北海道にも野生のポケモンが現れるようになってからの方がいい。その頃なら、山の中にポケモンがいること自体は今ほど不自然ではなくなる。
それまでは土地を確保し、道路や最低限の設備だけ少しずつ用意しておけばいい。
「ここから先も見ますか?」
「お願いします。買うつもりなら、行けるところまでは見ておきたいんで」
「では行きましょう。まだ結構歩きますよ」
「大丈夫です」
将来ここを本格的に使うようになれば、徒歩で全部回る必要もなくなるだろう。飛べるポケモンに乗ってもいいし、山道を走れるポケモンを使ってもいい。私道や土地の整備だって、いつまでも人間の重機だけに頼る必要はない。
バンギラスをちゃんと従わせられるようになれば、岩を砕いたり大まかに地形を整えたりする作業には使えるだろう。他にも地面を掘れるポケモンや、大きな木を運べるポケモンはいくらでもいる。
今の人間にとって不便な土地が、俺にとってもこの先ずっと不便な土地であり続けるとは限らない。
「若いのに、随分変わった土地の買い方をされますね」
歩きながら男性が苦笑した。
「自分でもそう思います」
「普通なら道路がない、電気がない、整地されていないと言うと、その時点でかなり嫌がられます」
「俺には人がいない方が重要なんですよね。設備は金かければ後から作れますけど、買った後で近所の人にいなくなってもらうわけにはいかないんで」
「……それは確かにそうですね」
「外側はほとんど自然のままでいいんです。実際に使う場所はもっと奥にしたいですし」
「かなり贅沢な土地の使い方ですね」
「安い山だからできるんですよ」
そう答えたあと、数か月前まで数百万円の貯金を大事にしていた人間の言葉ではない気がして、自分でも少しだけ嫌な気分になった。
安いといっても、複数の山林をまとめて買えば当然それなりの金額になる。それでも今の資産からすれば払えるし、その後の設備投資まで考えても余裕はある。
高い車や大きな家を買うより、こっちの方がよほど欲しかった。
夕方近くになって車まで戻る頃には、足にもそれなりに疲労が溜まっていた。
「今日見ていただいた範囲について、何か気になるところはありましたか?」
「特にないです。むしろ思ってたより良かったですね」
「では、購入する方向で各所有者さんとの条件調整を進めても?」
「はい。最初にお願いしてた範囲は、そのまま全部買う前提で進めてください。多少形を変えた方が土地を繋げやすいなら、そこも任せます」
男性はすぐにファイルを開き、確認するように地図へ目を落とした。
「承知しました。売却意思をいただいている方とは価格を詰めます。境界確認が必要なところはこちらで測量の段取りを進め、親族間で相談中の所有者さんにも正式に購入希望があるとお伝えします」
「お願いします。値段はもちろん見ますけど、多少高くなっても途中に他人の土地が残らない方を優先してください」
「分かりました。そこは最初から伺っている条件ですので、連続した土地になるようこちらで調整します」
「助かります」
今日現地へ来たのは、買うかどうかを決めるためではなかった。ポリゴンが調べた時点で、権利関係に大きな問題がなければこの辺りを取得するつもりでいた。
実際に歩いてみて、その判断が間違っていなかったと確認できた。
「それにしても、本当に皆さん結構売ってくれるんですね」
「使っていない山を持ち続ける理由がない方も多いですから。特に相続した方の場合、現地を見たことすらないことがあります。それに今回は一部分だけではなく、隣接地もまとめて購入したいという話ですから、こちらとしても話を持っていきやすいです」
「じゃあ、交渉の方は引き続きお願いします」
「はい。各所有者さんとのやり取りはこちらで進めます。条件がまとまったところから順にご報告します」
それなら俺が一人ずつ知らない人へ電話して、「山売ってください」と言って回る必要はない。金額や境界、売却条件をまとめてもらい、最後に俺が確認すれば済む。
正直、それが一番ありがたかった。
車へ乗る前に、もう一度山の方を見る。
今はまだ、どこにでもある北海道の山だった。まともな道もなく、建物もなく、森が広がった先にさらに山が続いている。
それでも現地を歩いた後では、朝に来た時とは少し違って見えた。
入口近くにはプレハブや倉庫、作業所を置ける。そこから私道を伸ばし、何本も尾根を越えた奥にはポケモンたちを自由に動かせる場所を作れる。森も岩場も沢も、無理に消す必要はない。
今後ポケモンが増えれば、できることもさらに増えていくだろう。
「……楽しみになってきたな」
『ポリ!』
隣でポリゴンが鳴く。
「でも、本格的に使うのはまだ先だからね。まず土地を買って、入口側とか最低限必要なところだけ整える」
『ポリ』
「北海道にもポケモンが出始めてからなら、この山にポケモンが何匹いても今よりずっと違和感ないだろうし」
それまでは基本的に実家で暮らせばいい。急いで完成させる必要もないし、金をかけて先に用意しておいた方がいい設備だけ少しずつ作ればいい。
「帰ろうか。あとの交渉は任せて、こっちは何作るか考えとこう」
『ポリ!』
土地を買うこと自体は、もう決めている。
あとは何人もの所有者との話がまとまり、地図の上に引かれている色の違う土地が、本当にひと続きの自分の山になるのを待つだけだった。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
-
本編進めやがれ
-
これでいい
-
どうでもいいからはよ