ポケモン現代入り 作:ささみ
九州で新しいポケモンが確認されるようになってから、しばらく経った。
最初の数日は当然ながら大きな騒ぎになり、これまで見たことのない鳥が空を飛んでいる、道路脇の草むらから知らない生き物が顔を出した、山へ入ったら政府の公開図鑑にもまだ載っていないポケモンを見つけたと、連日のように新しい情報が飛び交っていた。
もっとも、ポケモンそのものが初めて現れた頃と比べれば、人々の反応は随分と落ち着いている。
「お母さん、またいる!」
「分かったから道路に出ないでよ」
住宅街の電線を指差して声を上げた子供に、母親が買い物袋を持ったまま答える。
電線には茶色い身体に赤い顔をした小さな鳥ポケモンが数羽並び、時折場所を入れ替えながら周囲を見回していた。昨日までは見なかった種類だが、だからといって母親が慌てて子供を家の中へ連れ戻すこともない。
「写真撮っていい?」
「離れてならね。近づいて飛びかかられても知らないよ」
「鳥なのに?」
「鳥だからじゃないの。普通のカラスだって怒ったら怖いでしょ」
「ああ、そっか」
子供は素直に歩道の端からスマートフォンを向けた。
撮影した画像を政府が公開しているポケモン図鑑へ通すと、少し待ってから候補が表示される。
「あ、スバメだって」
「危なくない?」
「えっと……縄張り意識が強くて、体格差のある相手にも挑むことがあるって」
「じゃあ近づかない」
「うん」
それだけ確認すると、子供は満足した様子でスマートフォンをポケットへ戻し、母親の横へ駆けていった。
少し前なら、それだけで人だかりができていたかもしれない。
今では通勤途中の会社員が一度見上げたり、学生が写真を撮ったりする程度で、わざわざ足を止める人間の方が少なくなっている。
ポケモンがいるという光景そのものが、少しずつ日常の中へ入り込み始めていた。
「また食われてるなぁ……」
畑の端でしゃがみ込んだ男が、齧られた葉を摘まみ上げる。
昨日までは無傷だったはずだが、残された食痕は普通の虫がつけたにしては随分と大きい。
「親父、そっちいた?」
「いるいる。ほら、あそこ」
息子に呼ばれて顔を上げると、畑を囲む草の向こうから紫色の頭が覗いていた。
目が合ったものの、向こうから近づいてくる様子はない。
「……なんだあれ」
「ケムッソじゃない? 昨日ニュースで見た気がする」
「それか」
父親はズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
以前なら、とりあえず警察か役所へ電話してどうにかしてくれと言っていたところだが、今では自治体のホームページにポケモン関連の問い合わせ窓口が用意されている。
「あー……農作物への被害、っと」
「追い払わないの?」
「毒とか持ってたらどうすんだ」
「賢くなったな」
「最初の頃に散々ニュース見せられたからな」
息子が笑ったところで、草むらにいたケムッソが少しだけ身を引いた。
誰も追いかけない。
電話口では職員が種類と場所、それから被害の程度を聞き取った後、現在分かっている範囲の注意事項を伝えてきた。
『現時点では人へ積極的に攻撃したという報告は多くありませんが、刺激した場合の反応までは十分確認できていません。素手で捕まえたり、追い回したりせず――』
「はいはい。そのままにしときます」
『農作物への被害についてはこちらでも記録します。数が増えたり、被害が大きくなるようでしたら、もう一度ご連絡ください』
「分かりました」
電話を切った父親は、もう一度草むらの方へ目を向けた。
「しかし、今度は九州か」
「次どこなんだろうな」
「北海道とかじゃないか?」
「適当すぎるだろ」
「日本でまだ少ないところ言っただけだ」
そんな話をしている間にも、ケムッソは草の奥へ消えていった。
新しく現れたポケモンについての投稿は、SNSにも毎日のように流れている。
『九州民だけど関東民が最初に味わった気持ちちょっと分かったわ。朝起きたら知らんやつ増えてる』
『スバメ朝5時から鳴くのやめろ』
『かわいいじゃん』
『かわいいけどうるせえんだよ』
『近所のばあちゃんが謎の草ポケモンに野菜あげてる』
『また餌付け老人か』
『家まで付いてきたから役所に相談してるらしい』
『ちゃんとしてて草』
写真付きの投稿も珍しくない。
庭先を走るジグザグマや、街灯の下に集まったケムッソ、公園の木陰からこちらを覗くキノココなど、比較的小さなポケモンであれば、もはや面白い近所の出来事として扱われることも増えていた。
ただし、山間部から投稿された1枚の写真には、まるで違う反応が並んだ。
『これ何』
木々の間に、遠目からでも分かるほど大きな影が映っている。
『いや近づくな』
『写真撮ってないで帰れ』
『図鑑候補出ないんだけど』
『なら余計帰れ』
『場所だけ役所か警察に送っとけ』
『昔なら「捕まえに行こうぜw」って奴いたのにお前ら成長したな』
『死者出てんだから成長くらいするわ』
冗談交じりではあるものの、投稿者にはその場から離れるよう勧める者が圧倒的に多い。
ポケモンはかわいいし、一緒に暮らしている人間も増えた。しかし種類によっては、人間など簡単に傷つけられる存在であることも、以前よりずっと広く知られている。
何でも近づいて触ればいいわけではない。その程度の感覚は、さすがに社会へ根付き始めていた。
『九州地方を中心に確認が相次いでいる新たなポケモンについて、政府は本日、新たに18種の情報を公開しました』
夕方のニュースでは、画面の横へ新しく登録されたポケモンの画像が並んでいた。
『これまでと同様、住宅地では比較的小型のポケモンが多く確認されている一方、山林や海岸部では大型の個体も確認されています。政府は、見慣れないポケモンを発見した場合には不用意に接近せず、公開されている図鑑や自治体の情報を確認するよう呼びかけています』
映像が切り替わり、山道に設置された規制看板の向こうで、数人の職員が周囲を確認している姿が映る。
『また、すでにポケモンと生活している住民については、各自治体で行われている登録制度を利用するよう改めて呼びかけています。野生のポケモンが自発的についてきた場合についても、無理に追い払ったり捕獲を試みたりせず、自治体へ相談してください』
その頃、とある自治体の担当部署では、増え続ける情報の整理に職員たちが追われていた。
「昨日の分、これで全部?」
「山側の確認結果がまだ来てません」
「まだあるのかよ……。この3件は?」
「危険性不明です。全部大型なんで、現地確認へ回してます」
「こっちは?」
「民家の庭に居着いてる個体ですね。住人から、このまま面倒を見たいって相談が来てます」
「捕まえてないよな?」
「まだです。不用意にボールを使わないよう伝えてあります」
「じゃあ登録の案内送っといて」
「了解です」
職員が資料を別の束へ移したところで、机の端に置いてあった端末が鳴った。
「今度は何だ」
「図鑑更新です」
「今日3回目だぞ」
「俺に言わないでくださいよ」
「誰に言えばいいんだよ」
文句を言いながらも、誰も手を止めない。
最初の頃は目撃情報がひとつ入るたびに部署全体が騒ぎ、何をすればいいのか分からないまま関係部署へ電話をかけていた。
今は、小型か大型か、人を攻撃したか、住民についてきているのか、それとも危険性そのものが分からないのかで、最低限の振り分けくらいはできる。
分からないことが多いのは変わらない。それでも、人間側にも少しずつ経験が積み上がっていた。
「九州、また増えてんな」
「リキー」
夕食を終えた男がソファへ腰を下ろし、ニュースを眺める。
その横ではワンリキーが床へ座り、画面に新しいポケモンが映るたびに興味深そうに目で追っていた。
「お前、あいつら知ってんの?」
「リキ?」
「まあ知らんよな。俺も知らんし」
男は缶のお茶を一口飲んだ。
少し前までなら、知らないポケモンが大量に増えたというだけで何時間も特集が組まれていた。今でも大きなニュースではあるものの、番組は一通り情報を伝えると別のニュースへ移り、その後には普通に天気予報まで流れ始めた。
「こういうのも、そのうち珍しくなくなるんかね」
「リキー」
「北海道とかにも増えたら、日本中どこ行ってもポケモンいることになるな」
ワンリキーが楽しそうに拳を上げる。
「お前は嬉しそうだなぁ」
「リキー!」
「でもケンカしに行くなよ。この前みたいに誰か危ないならともかく、お前からわざわざ首突っ込むのはなしだからな」
上がっていた拳が止まり、ワンリキーは少し考えたあとで頷いた。
「……リキ」
「よし」
男は満足してテレビへ視線を戻した。
テーブルの端には自治体から届いた登録関係の書類が置かれている。そこには、まだ捕獲されていないワンリキーが、この家で暮らしながら男と行動していることが記録されていた。
本人は相変わらず、自分をトレーナーだとは思っていない。
ワンリキーも何か特別な役目があってここにいるわけではなく、ただ自分で選んで一緒に暮らしているだけだ。
それでも、以前ほどその状況を不思議には思わなくなっていた。
「そういや今日、唐揚げ買ってきたぞ」
「リキ!?」
「お前の分じゃねえよ。昨日食っただろ」
「リキー!」
「うるせえ、野菜も食え」
不満そうに抗議するワンリキーを見ながら、男は笑った。
九州の海では、陸とはまた違った変化が起き始めていた。
「今日も流れ強いな」
港へ戻ってきた漁師が、係留した船の上から海面を眺める。
「昨日よりはマシじゃない?」
「ここはな。沖が変なんだよ。今まであんな流れ方してなかっただろ」
一緒に戻ってきた男も沖へ目を向けたが、見ただけでは特別おかしいようには思えない。
ただ、何十年もこの海へ出ている人間には分かる違和感があるらしかった。
「ポケモンのせいじゃねえの?」
「かもなぁ」
最近は便利な言葉になっていた。
海に知らない生き物が増えた。魚群の位置が変わった。見たこともない巨大な影を沖で見た。今までなら原因不明で済ませていたことでも、まずポケモンの影響が疑われる。
「水のやつ、結構増えてるんだろ?」
「ニュースじゃそう言ってたな」
「じゃあそいつらじゃねえの」
「だったらいいんだけどな」
漁師はそう答えながら、しばらく沖を眺めていた。
数日前から潮の流れが妙だった。測定された海水温についても、一部では例年の季節変化から外れた数字が出ているらしい。
まだ、それだけで大きな異常だと断言できる段階ではない。
同じ頃、内陸部では海とは関係のなさそうな数字が別に動き始めていた。
『県内の一部観測地点で確認されている地温の上昇について、専門家は現時点で火山活動との直接的な関連は確認されていないとしています』
夜のローカルニュースで扱われた時間は、それほど長くなかった。
『周辺では新たなポケモンの目撃も相次いでおり、自治体は関連性についても調査するとしています』
それだけ伝えると、画面はすぐに別の話題へ移る。
SNSでも似たようなものだった。
『最近海変じゃね?』
『ポケモン増えたからじゃね』
『水タイプあれだけ増えたら多少変わるだろ』
『それより誰かこれ分かる? ベランダにいる』
『話題変わるの早すぎて草』
添付された写真には、植木鉢の横で丸くなっている小さなポケモンが映っている。
海の話はそのまま流れ、しばらくすると別の話題に埋もれていった。
「……ん?」
実家の居間でスマートフォンを眺めていた時、記事を流していた指を止めた。
『ポリ?』
「いや、これ」
横から覗き込んできたポリゴンへ画面を向ける。
表示されているのは、九州周辺で海流に変化が出ているという記事だった。
「ポケモンが増えた地域なら、多少環境が変わるのは分かるんだけどね」
そのまま閉じようとしたところで、下に表示されていた関連記事が目に入った。
一部地域での地温上昇に、地下水位の変化。さらに別の記事には局地的な降雨量の増加まで載っている。
「……なんか重なってない?」
『ポリ……』
ポリゴンも画面を見ながら、少し身体を傾ける。
ホウエンに相当する場所へポケモンが現れ、その直後から海と陸の両方で妙な変化が出ている。
そこまで揃えば、俺の頭にも当然浮かぶ名前があった。
「グラードンとカイオーガ……いや、さすがにまだ早いか?」
名前を口にしたものの、すぐに首を振る。
海流が少し変わった、地温が少し上がったというだけで、全部あいつらのせいだと決めつけるのは雑すぎる。何より今は、新しいポケモンが大量に現れた直後なのだから、これまでになかった環境変化が起きても不思議ではない。
「一応、この辺の記事は拾っといて。明らかに変なのが増えたら教えて」
『ポリ!』
「まあ、本当にあいつらだったとしても、俺が九州行ったところでどうにもならないけど」
今の手持ちを連れてグラードンとカイオーガの間へ飛び込むなど、助けに行くというより自殺しに行くようなものだ。
そもそも俺がどうにかしなければならない理由もない。
そう考えてスマートフォンを置いたところで、今度はポリゴンの身体から電子音が鳴った。
「今度は何?」
『ポリポリ』
テレビの画面が切り替わり、九州ではなく北海道の地図が表示される。
「あ、山か」
仲介を頼んでいる人から新しい連絡が届いていた。
先日現地を見た一帯のうち、まだ返事を待っていた所有者から売却の了承が取れたらしい。他にも価格の調整まで進んだ土地がいくつかあり、当初予定していた範囲の大半について購入できる見込みが立ったと書かれている。
「おお、ほぼいけるじゃん」
『ポリ!』
ポリゴンが表示した地図には、取得予定の土地が色分けされていた。
最初に話の出た広い山林を中心に、その左右と奥へ別の所有者の土地が繋がっている。現地で歩いた時にも十分広いとは思っていたが、こうして全体を地図で見ると、改めてとんでもない面積だった。
「ここの人も売ってくれるようになったんだ。じゃあ途中に他人の土地挟まないで、かなり奥まで行けそうだね」
『ポリ』
さっきまで見ていた九州の記事は、もう画面の隅へ追いやられていた。
遠くの海や地面がおかしいかもしれないという話より、今の俺にとってはこちらの方がよほど重要だ。
「道路、どこ通すかなぁ。入口はこの辺だったろ? 倉庫と作業所は近くにまとめた方が楽そうだし、奥まで最初からちゃんとした道路にする必要はないけど、車が通れるくらいにはしたいよね」
地図を拡大しながら、先日歩いた時の景色を思い出す。
森があり、沢があり、岩の露出した斜面もあった。
まだ正式には俺の土地ですらない。それでも、何をどこへ置くか考えているだけで楽しくなってくる。
『ポリポリ』
「分かってるって。まだ契約終わってないんだから、勝手に工事なんてしないよ」
『ポリ』
「そこまで馬鹿じゃないからね?」
何故か返事がなかった。
「おい」
ポリゴンは何も聞こえなかったように地図を表示し続けている。
「……まあいいや」
もう一度、取得予定地全体へ目を向けた。
正式に土地が手に入っても、すぐにポケモンたちを移すつもりはない。
北海道に野生のポケモンが普通に現れるようになるまでは、今まで通り実家を拠点にする。その間に入口側の設備や道路など、先に作っておいて困らないものだけ少しずつ用意していけばいい。
何年も先まで使う場所なのだから、急いで完成させる必要もなかった。
画面の端には、先ほどまで見ていた九州の記事が小さく残っている。
海の流れがおかしくなり、地面にも妙な数字が出始めている。
気にはなる。
けれど今のところ、それだけだ。
俺はもう一度だけ記事へ目を向けたあと、すぐに山の地図へ視線を戻した。
「とりあえず、今はこっちだな」
『ポリ!』
世界のどこかで何かが動き始めているとしても、まだ俺のところまで来てはいない。
だったら今は、自分のやりたいことを進めればいい。
俺は取得予定地の奥側を拡大しながら、ポケモンたちをここへ連れてくる日を思い浮かべていた。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ