ポケモン現代入り   作:ささみ

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閑話 神話の再現

 

 

 

 

 互いの存在を認識してから、しばらくの間、2体は動かなかった。

 

 九州南部の海岸近くに立つグラードンと、荒れ狂う海から巨体を覗かせるカイオーガ。規制区域の遥か外から向けられた望遠カメラには、その姿が辛うじて収まっている。

 

 これまで図鑑に記録されていた数値から想像する姿とは、明らかに印象が違う。グラードンは周囲に残る木々を遥かに見下ろし、まるで山の一部だけが切り離されて立ち上がったような巨体で海を睨んでいる。カイオーガもまた、波間から背を覗かせるだけで船舶など比較にもならず、その身体がゆっくり浮かび上がるたび、海そのものが持ち上がって見えた。

 

 その2体が、ただ向かい合っている。まだ爪も牙も届かず、技の1つすら放たれてはいない。

 

 それなのに、世界の方が先に耐えられなくなっていく。

 

 グラードンの足元にひびが入り、赤黒く乾いた大地を走る亀裂は止まることなく山林を裂き、道路を断ち、谷を跨いでなお遠くへ伸びていった。裂け目の奥に覗いていた暗闇が、次第に赤く染まる。

 

 吹き上がるのは熱風だった。湿った土から水分が消え、草木が萎れ、岩肌が焼けていく。舗装された道路は陽炎の向こうで歪み、表面からゆっくりと形を失い始める。

 

 やがて、溶岩が噴き出した。

 

 そこが火山であるかどうかなど、大地の主には何の意味もない。

 

 最初の亀裂から溢れる赤い流れを追うように、別の場所が裂ける。山腹が割れ、谷底が割れ、森林を貫いて新たな赤光が生まれた。溶岩に触れた木々は炎を上げるより先に黒く焼け、遅れて燃え上がった火が乾ききった森を駆け抜けていく。

 

 それを鎮めるはずの雨は来ない。グラードンの頭上から雲が消え、海から運ばれてきた湿り気さえ見えない壁に触れたように薄れ、そこから先では焼けつく風だけが大地を撫でていた。

 

 一方、海では正反対の空が生まれている。

 

 カイオーガの頭上へ集まった雲がゆっくりと回り始め、海面から際限なく水分を吸い上げながら見る間に膨れ、空の色を奪っていく。厚く重なった雲の奥を雷光が走るたび、昼間の海が青白く瞬いた。

 

 風が唸る。

 

 海上に浮かぶ観測ブイが激しく揺れ、次々と異常値を送りつけてくる。気象庁の監視室では送られてきた数値を読み上げる声が途中で止まり、別の観測点へ切り替えるよう怒鳴る声が飛んだ。その観測点も数分後には通信を失う。

 

「3号ブイ消失!」

 

「4号は?」

 

「通信ありません!」

 

「予備系統!」

 

「そっちも落ちました!」

 

「中心気圧は!?」

 

「分かりません! 最後の観測値からまだ下がってます!」

 

「分からないじゃなくて――」

 

「測るものが残ってないんです!」

 

 一瞬、室内から声が消えた。

 

 すぐに別の警報音が鳴り、誰もその沈黙を気にする余裕を失う。

 

 波が高い、という言葉ではもう足りなかった。海面そのものが大きく呼吸するように上下し、遥か離れた沿岸の潮位計まで狂い始めている。カイオーガを中心に生まれた巨大な雲の渦は、台風のように風へ流されるのではなく、その主に付き従うようにゆっくりと北へ動いていた。

 

 片側では大地が灼け、融けている。もう片側では海が膨れ上がり、空が黒い渦となって落ちてくる。

 

 その境界では触れ合う前から両者の力が喰らい合い、熱せられた空気が湿った暴風へ突き上がり、巨大な雲がさらに高く育っていく。雷鳴が重なり、海岸から遠く離れた場所でも空気が震えた。

 

 その中で、グラードンが吠える。

 

 咆哮と呼ぶには低すぎる。

 

 山の奥深くで岩盤が軋んだような音が空気を渡り、海面へ細かな波紋を走らせていく。

 

 カイオーガが応じた。

 

 低い鳴き声とともに、沖合の海が膨れ上がる。

 

 戦いが、始まる。

 

     ◇

 

 カイオーガの前方で海が沈む。

 

 荒れ狂っていたはずの海面が広大な範囲で一度だけ後ろへ引き、そこにあった膨大な水が巨大な青い身体の前へ吸い寄せられていく。

 

 そして次の瞬間、海が陸へ向かって撃ち出された。

 

 こんげんのはどう。

 

 幾筋もの奔流が水平線を埋め尽くす。

 

 水を放ったようには見えない。海を切り裂き、その一部を丸ごと持ち上げて叩きつける。そうとしか思えない水量が海岸へ迫り、その1本がグラードンを真正面から呑み込んだ。

 

 爆発したように白い水煙が立ち上がる。赤い巨体が押し込まれ、その足元から岩盤が次々と砕ける。グラードンは大地へ爪を食い込ませるように踏ん張りながら、それでも止めきれず、山肌を抉って後方へ押し流されていった。

 

 外れた水流は、そのまま陸地を襲う。

 

 岩場が削れ、丘が崩れる。谷を埋めるほどの海水が内陸へ雪崩れ込み、残されていた道路も建物も区別なく巻き込んで消していく。

 

 その水が、赤熱した大地へ届く。

 

 白が弾けた。

 

 膨大な海水が一斉に気化し、何kmにもわたって蒸気の壁が立ち上がる。爆発的に膨張した空気が周囲を殴り、遥か離れた建物の窓を震わせ、そのいくつかをまとめて砕いた。

 

「衝撃波来ます!」

 

「窓から離れろ!」

 

 観測拠点で叫び声が上がる。

 

 次の瞬間には建物全体が大きく震え、棚から機材が落ちた。照明が瞬き、画面の半分がノイズへ変わる。

 

「映像は!?」

 

「1番、2番消失! 4番も映ってません!」

 

「無人機を上げろ!」

 

「無理です! 風が――」

 

「じゃあ残ってる映像を出せ!」

 

「衛星に切り替えてます!」

 

 誰かが叫ぶたび、別の誰かがその指示を否定する。できない理由を説明している間にも、新しい警報が増えていく。

 

 やがて暴風が白煙を引き裂いた。

 

 その中心に、まだグラードンがいる。

 

 赤い装甲には新しい傷が刻まれ、一部は砕けている。真正面から水流を受けた場所には誰が見ても分かる損傷が残り、その一撃が決して無意味ではなかったことだけは明らかだった。

 

 グラードンは身体を大きく震わせる。

 

 大量の水が弾け飛ぶ。

 

 そして前へ出た。

 

「……嘘だろ」

 

 誰が漏らしたのかも分からなかった。

 

 町ならば跡形も残さないだろう奔流を真正面から受けてなお、グラードンの足取りはほとんど変わらない。

 

 次の一歩が大地へ落ちる。

 

 轟音とともに世界が揺れた。

 

 海岸近くの地震計だけではない。九州各地の観測網が一斉に振動を拾い、まだその震えが広がり続ける中、グラードンの前方から大地が裂けていく。

 

「地震! 新しい震源――違う、これ……」

 

「どこだ!」

 

「点じゃありません! 南側の観測点がほぼ同時に!」

 

「津波監視も上げろ!」

 

「もう上がってます!」

 

「全部だ! 太平洋側全部見ろ!」

 

 だんがいのつるぎ。

 

 亀裂から突き出すものを、岩の槍と呼ぶにはあまりにも大きい。

 

 地面が割れ、持ち上がり、そのまま巨大な岩峰となって海へ向かう。海岸線は隆起し、その先では海底までもが押し上げられていった。

 

 海が割れる。

 

 何百万、何千万tという水が行き場を失い、巨大な波となって四方へ逃げていく。

 

 カイオーガは身を翻して海中へ潜る。

 

 だが、大地は海の底まで続いている。

 

 その真下から海底が隆起し、海面を突き破って伸びた岩峰が青い巨体を真正面から捉えた。カイオーガの身体が海ごと持ち上げられ、巨大な姿が一瞬、空へ放り出される。

 

 青い身体に傷が走る。

 

 次いで、その巨体が海へ叩き落とされた。

 

 海が沈み、そして跳ね返る。

 

 押し退けられた海水は巨大な波となり、戦場から遥か外側へ走っていった。

 

「津波発生!」

 

「どこへ向かう!?」

 

「全方向です!」

 

「到達予測を――」

 

「海底が変わってるんです! 今までの地形データじゃ計算できません!」

 

「概算でも出せ!」

 

「出してます! でも次の隆起が起きたら全部変わります!」

 

 計算している間にも、地図の前提そのものが壊されていく。

 

 カイオーガの姿が海中へ消える。荒れ狂う水面だけが残り、そこへ豪雨が叩きつけていた。

 

 数十秒後、離れた海域が盛り上がる。

 

 青い背が現れ、カイオーガが再び浮上した。

 

 傷はある。

 

 確かに傷ついている。

 

 それでも巨体は力強く海を割り、もう一度グラードンへ向き直る。

 

 誰も歓声を上げなかった。

 

 どちらかが倒れれば終わる。

 

 先ほどまでは、そう考えていた者もいた。

 

 だが今、目の前で起きているのは違う。

 

 山を砕く一撃を受けてなお立ち上がり、海底を隆起させる一撃を受けてもなお泳ぎ続ける。

 

 互いを確実に傷つけながら、それでも戦意には翳りすら見えない。

 

 先に限界を迎えるのが2体なのか、その周囲なのか。

 

 その答えだけは、もう誰の目にも見え始めていた。

 

     ◇

 

 そこから先、戦場という言葉は意味を失っていく。

 

 グラードンが歩くたび、大地が形を変える。点在していた溶岩流は互いに繋がり、やがて谷を埋める巨大な赤い河となった。流れの先にあった森林は黒煙の向こうへ消え、平地が隆起し、山腹が崩れ、昨日までなかった岩稜が地面を押し割って姿を現す。

 

 川も逃れられない。

 

 地面が持ち上がれば流れは堰き止められ、別の場所が沈めば水は新しい低地へ流れ込む。その水もグラードンへ近づくほど熱せられ、白い湯気を上げ、やがて川底だけを残して消えていく。

 

 避難用に指定されていた道路が、地図上ではまだ存在している。

 

 現地にはもうなかった。

 

「第7避難路、使用不能!」

 

「何があった!?」

 

「道路が割れています、幅が……確認できません、向こう側が見えない!」

 

「第8へ回せ!」

 

「第8は土砂崩れで閉鎖!」

 

「じゃあ北へ抜けろ!」

 

「北側も橋が落ちました!」

 

 現場から返る声には、もう隠しようのない焦りが混じっていた。

 

「住民は何人残ってる!」

 

「この地区だけで300以上!」

 

「バスは!?」

 

「戻れません!」

 

「だったら歩かせろ! 動ける人から動かせ! 救助車両は別ルートを探せ!」

 

「別ルートがありません!」

 

 怒鳴り返した声の向こうで、しばらく誰も言葉を続けられなかった。

 

 地図を睨んでいた職員が指を走らせる。

 

「……農道があります。ここ、まだ生きてる可能性が」

 

「幅は?」

 

「大型車は無理です」

 

「構わない! 小型車を全部回せ! 徒歩組もそこへ!」

 

 正解などなかった。

 

 今この瞬間に使えそうな道を選び、消える前に人を通す。

 

 それだけだった。

 

 山が怒っているのではない。火山が目覚めたのでもない。

 

 グラードンが歩いている。

 

 だから、大地が変わる。

 

 カイオーガが泳ぐ海では、空の方が先に姿を失っていた。

 

 巨大な暴風雨圏は拡大を続け、衛星から見ても明瞭な渦となって九州南方を覆う。中心へ近づくほど雨と風は激しさを増し、送り込まれた観測機器はまともな数値を残すより先に次々と沈黙していく。

 

 雨は途切れない。

 

 山へ降った水が川へ集まり、川は堤防を越え、平野へ溢れ出す。その先では海側から高潮が押し寄せ、逃げ場を失った水が住宅地も農地も道路も区別なく呑み込んでいった。

 

「堤防越えました!」

 

「どこ!?」

 

「3河川同時です!」

 

「同時!?」

 

「上流の雨量が異常です! それに海側の水位が下がらない!」

 

「避難所は!」

 

「2か所が浸水域に入ります!」

 

「そこ、避難所だぞ!」

 

「分かってます!」

 

「移せ!」

 

「どこへですか!」

 

 その言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。

 

 安全だと指定した場所が、安全ではなくなる。

 

 移した先が、1時間後にも安全なのか分からない。

 

 誰かが新しい地図を出し、誰かが古い地図を破り捨てるように脇へ退けた。

 

「もっと北へ。学校じゃ足りない、公共施設全部開けろ。県境も関係ない、受け入れ先を確保して!」

 

「隣県へ連絡しています!」

 

「自衛隊の輸送車を回せ!」

 

「もう回してます、足りません!」

 

「足りなくてもやれ!」

 

 海もまた、同じ場所に留まろうとはしない。

 

 巨大な波が幾重にも海岸を叩き、削り、引き剥がす。沖では潮流が乱れ、遥か離れた海域まで通常とは異なるうねりが伝わり始めていた。

 

 そして、その両者の狭間には、晴れとも雨とも呼べない空がある。

 

 赤く焼けた地表へ豪雨が落ち、溶岩へ海水が流れ込むたび、白い蒸気が爆発的に吹き上がる。それを暴風が攫い、熱気がさらに空高く押し上げ、黒雲が何層にも重なっていく。

 

 雷光が絶え間なくその腹を走り、暗くなった空を次の瞬間には目を焼くほど白く染める。竜巻が地上と雲を繋ぎ、火の粉と海水と砕けた岩石をまとめて巻き上げていた。

 

 地震が起きている。

 

 津波が来ている。

 

 洪水が広がり、溶岩が流れ、暴風が吹き荒れ、雷が落ち続けている。

 

 そのどれかではない。

 

 全部だった。

 

 そして、それら全てが2体にとっては攻撃ですらない。

 

 ただそこに存在し、互いを相手に戦っている。

 

 その余波だけで、人間が何十年もかけて整えてきた防災計画が1つずつ意味を失っていった。

 

     ◇

 

 対策本部では電話が鳴り止まなかった。

 

 壁面の大型モニターには、避難区域、通行不能箇所、浸水域、火災、停電、通信障害、地震、津波予測が重なって表示されている。

 

 更新されるたびに赤が増える。

 

「避難地域をさらに拡大! 現在位置じゃない、影響圏を見ろ!」

 

「もう隣の自治体まで入ってます!」

 

「だったらそっちも出す!」

 

「受け入れ先が足りません!」

 

「作れ!」

 

「今からどこに!」

 

「無事な場所全部だ!」

 

 普段ならあり得ない指示だった。

 

 だが、その普段が消えている。

 

「南九州の主要幹線、さらに2か所寸断!」

 

「鉄道は?」

 

「全線停止!」

 

「空路!」

 

「南側には入れません! 北側も乱気流が酷い!」

 

「海上は!」

 

「無理です! 船を出したら救助する側まで遭難します!」

 

「じゃあ地上しかないだろ!」

 

「その地上が消えてるんです!」

 

 叫び返した職員が、我に返ったように口を閉じる。

 

 誰も咎めなかった。

 

 そんな余裕はなかった。

 

「……残ってる道を出してくれ」

 

「はい」

 

「5分後じゃない。今使える道だ」

 

「やってます」

 

「自衛隊、警察、消防、全部共有。県単位で分けるな。使える車両と人員を全部繋げろ」

 

「はい!」

 

 別の席から声が飛ぶ。

 

「グラードン側、避難班から退避要請!」

 

「理由は!?」

 

「地割れが進んでます! あと地表温度が上がりすぎて車両が――」

 

「下げろ! 救助班も下げろ!」

 

「まだ住民が!」

 

「何人!」

 

「確認できてません!」

 

「だからって全員死なせる気か! 一旦下げろ!」

 

 言った本人が奥歯を噛んだ。

 

 見捨てるためではない。

 

 次に助けるために、生きて戻さなければならない。

 

 それでも画面の向こうに人が残っていると分かっていて撤退を命じる声は、僅かに震えていた。

 

 誰もグラードンやカイオーガを倒そうとは口にしない。

 

 自衛隊も警察も消防も海上保安庁も、そのためには動けなかった。

 

 人間が相手へ近づくには、まず大地が融けるほどの熱を越えるか、巨大台風の中心部へ踏み込まなければならない。その先に待っているのは、都市を消し飛ばしかねない攻撃を互いへ浴びせ、それでも倒れない2体だ。

 

 何を撃ち込むかではない。

 

 あと何人逃がせるか。

 

 あと何分、道が残るか。

 

 次にどこが壊れるか。

 

 それだけを考え続けていた。

 

     ◇

 

 雲1つない空の下で、グラードンが顔を上げる。

 

 陽光が集まった。

 

 眩しさが一点へ凝縮され、やがて輪郭すら見失うほどの光へ変わっていく。

 

「発光確認!」

 

「何をする気だ!?」

 

「分かりません!」

 

「周辺全部伏せろ! 観測班にも――」

 

 言い終わる前に、白光が走った。

 

 ソーラービーム。

 

 カイオーガは海中へ潜り、その直撃を避ける。

 

 外れた。

 

 ただ、それだけだった。

 

 光はそのまま海を薙ぎ、数kmにわたって海面を白く染める。次の瞬間には、そこにあった水が消えていた。

 

 蒸発した海水が一気に膨張し、海面を押し潰す。白い雲が爆発するように生まれ、その中心へ周囲の海が雪崩れ込んでいく。

 

「海面が――」

 

「何だこれ……」

 

「衝撃来ます!」

 

 巨大な蒸気の壁から、青い影が飛び出した。

 

 カイオーガだった。

 

 巨体が真正面からグラードンへ衝突する。

 

 大地が沈み、海が弾けた。

 

 衝撃が円形に広がり、周囲の蒸気も雲もまとめて吹き飛ばしていく。遠く離れた観測地点まで轟音が届き、通信越しの音声が一瞬すべてノイズへ変わった。

 

 グラードンは両腕でカイオーガを受け止めている。

 

 足が沈み、岩盤が潰れる。それでも腕は離さず、カイオーガの突進が鈍った瞬間に前へ踏み込み、青い巨体を押し返した。

 

 カイオーガが身体を捻る。

 

 巨大な胸鰭が赤い身体を薙ぎ払った。

 

 グラードンが吹き飛び、山腹へ突っ込む。

 

 山が崩れた。

 

 赤い姿は土砂と岩石の中へ呑まれ、巨大な地滑りが谷へ落ちていく。

 

「倒れた……?」

 

「映像拡大!」

 

「土砂で見えません!」

 

「動きは!?」

 

「待ってください!」

 

「地震波は!?」

 

「まだ続いて――」

 

 山が動いた。

 

「……嘘だろ」

 

 崩れた岩盤が内側から弾け飛ぶ。

 

 土煙の向こうから、グラードンが再び姿を現した。

 

 傷は深くなり、装甲もさらに欠けている。それでも、その目はまだ海だけを見ていた。

 

 再び大地を踏み鳴らす。

 

「来るぞ!」

 

 今度の亀裂は海岸線で止まらない。

 

 大地を裂いた線がそのまま海底へ走り、数km先で海面が盛り上がる。岩盤そのものが巨大な壁となってカイオーガの身体を下から突き上げ、海だった場所に黒い岩肌が次々と姿を現していった。

 

 カイオーガが叩き落とされ、海へ沈む。

 

 直後、海が膨れた。

 

「海面上昇!」

 

「津波か!?」

 

「違います、カイオーガの周囲全部です!」

 

「沿岸へ警報!」

 

「もう出してます!」

 

「もっと広げろ!」

 

 どこまでが波で、どこからが海なのか分からなくなる。

 

 こんげんのはどう。

 

 水平線が持ち上がった。

 

 山を呑み込むほどの水壁がせり上がり、そのまま赤熱した大地へ倒れ込んでくる。

 

 グラードンの姿が消えた。

 

 海が陸を呑む。

 

 溶岩の赤が一瞬で白い蒸気へ覆われ、大地を削った水が谷を埋め、山裾へ食らいついていった。

 

 その中心で、膨大な水と灼熱した岩石がぶつかる。

 

 地上の映像が、一斉に消えた。

 

「全カメラロスト!」

 

「衛星!」

 

「切り替えています!」

 

「早く!」

 

「出ます!」

 

 大型画面が切り替わる。

 

 そこに映ったのは、地表を覆い隠す巨大な白雲だった。

 

 誰も喋らない。

 

 数秒。

 

 十数秒。

 

 やがて、その白の中で何かが動く。

 

「……動いてる」

 

 グラードンが歩いてくる。

 

 全身に傷を負い、ところどころから水蒸気を上げながら、それでも海へ向かって歩いている。

 

 その向こうで、カイオーガも浮上する。

 

 青い身体も傷だらけだった。

 

 互いに効いている。

 

 互いに傷ついている。

 

 それでも、まだ終わらない。

 

 誰かが机へ手をついた。

 

「どれだけやれば倒れるんだよ……」

 

 答えられる者はいなかった。

 

     ◇

 

 夜になる頃には、地図の方が間違っていた。

 

 昨日までそこにあった海岸道路は途中で消え、その先は海へ沈んでいる。別の場所では昨日まで海だった場所へ黒々とした岩盤が張り出し、新しい岬のようなものが生まれていた。

 

 山の輪郭が違う。川の流れが違う。海岸線が違う。

 

 数日前の航空写真と現在の映像を重ねても、同じ場所だと分からない地域さえある。

 

 グラードン側の夜は赤い。

 

 大地を走る溶岩の光と燃え続ける森、赤熱した岩盤が空を下から照らしている。街の灯りなど消えて久しいのに、その一帯だけは暗くならない。

 

 カイオーガ側では、夜そのものが落ちてきたような雲が海と空を覆っていた。

 

 巨大な渦はもはや九州南部だけには収まらない。豪雨の帯はさらに遠くへ伸び、大波は太平洋へ広がり続けている。

 

 各地の対策本部では、新しい避難指示が出され続けていた。

 

「また広げるのか!?」

 

「雨域が北へ伸びています!」

 

「こっちは避難者でいっぱいだぞ!」

 

「分かってます! それでも来ます!」

 

「どこへ入れろっていうんだ!」

 

「体育館でも庁舎でも倉庫でもいい! とにかく屋根のある場所を!」

 

「水と食料が足りない!」

 

「国から回す!」

 

「道路が止まってる!」

 

「空輸できる場所まで運べ!」

 

「その飛行場も風で閉鎖です!」

 

 1つ解決する前に、次が壊れる。

 

 水が足りない。

 

 道路が足りない。

 

 車が足りない。

 

 寝る場所が足りない。

 

 人手が足りない。

 

 そして何より、時間が足りない。

 

 避難させたはずの地域へ、数時間後には次の避難指示が出る。

 

 安全圏という言葉が、地図の上から少しずつ遠ざかっていく。

 

 地殻も、大気も、海も、国境など知らない。

 

 この争いが続けば、日本だけでは終わらない。

 

 何日まで耐えられるのか。

 

 そんな計算も行われた。

 

 1日。数日。1週間。

 

 先へ伸ばすほど、予測の中から元の暮らしへ戻るための数字が消えていく。

 

 道路や港を直すという話ではない。農地そのものが失われ、河川流域が変わり、港湾都市が港湾都市として存在できなくなる。海流が変われば気候まで動き、大規模な地殻変動が続けば、これまで安全と呼んできた土地の条件そのものが変わる。

 

 現代文明は、自然を支配していたわけではなかった。

 

 山が明日もそこにあること。

 

 海が明日も同じ場所までしか来ないこと。

 

 川が明日も同じ方向へ流れること。

 

 そんな当たり前の上へ積み上げていただけだった。

 

 グラードンとカイオーガは、人間など見ていない。

 

 街を壊そうともしていない。

 

 文明へ敵意など持っていない。

 

 ただ、互いを見ている。

 

 それだけで、人の築いたものが消えていく。

 

     ◇

 

 日付が変わっても、争いは終わらない。

 

 グラードンが吠えるたびに大地が裂け、溶岩が新たな道を作る。カイオーガが鳴けば海が持ち上がり、暴風雨がさらに遠くまで広がっていく。

 

 光が海を焼き、水が大地を削り、岩盤が海底を突き破る。

 

 昨日まであった山が崩れ、その代わりに昨日まで海だった場所へ新しい大地が生まれている。

 

 まるで遥かな昔、まだ世界の形すら定まっていなかった時代の続きを、2体だけが再び始めたかのようだった。

 

 傷は増えている。

 

 グラードンの装甲にはいくつもの亀裂が走り、カイオーガの青い身体にも深い傷跡が刻まれている。

 

 無傷ではない。不死身でもない。

 

 それでも、倒れない。

 

 大地を削り、海を割る力を何度浴びても、両者はなお相手へ向かっていく。

 

 対策本部の大型画面では、その姿を囲むように赤い警告表示が増え続けていた。

 

「まだ……続くのか」

 

 掠れた声に、誰も答えない。

 

 答えられない。

 

 そして、これほどの光景を生み出してなお、2体はまだゲンシカイキすらしていなかった。

 

 本来の姿のまま、ただ目の前にいる宿敵と争っているだけ。

 

 かつて大地を広げたもの。

 

 かつて海を広げたもの。

 

 その言葉は、人間が巨大なポケモンを恐れ、大袈裟に語った昔話ではなかった。

 

 むしろ、人間の言葉へ落とし込むために、ずっと小さくされた話だったのかもしれない。

 

 山が崩れる。

 

 海が押し寄せる。

 

 また大地が生まれ、また海がそれを呑み込む。

 

 そのたびに人間は地図を書き換え、避難先を書き換え、それでも追いつかずに人をさらに遠くへ逃がしていく。

 

 人が神話と呼んだ時代の光景が、現代の夜の向こうで続いていた。

今後の展開として伝説ポケモンのサイズどうしよっかなって思ってるんですよね〜

  • 図鑑通りのサイズ
  • 図鑑よりかなりデカくしてもいい
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