ポケモン現代入り 作:ささみ
ホテルのベッドの上で、スマートフォンに流れる掲示板の目撃情報を追いかけていた。
群馬県内の山林地帯。さらにその奥へ進んだ乾いた石場や斜面での書き込みが、深夜から明け方にかけていくつか上がっている。
尻尾が燃えているトカゲみたいな生き物を見た。
火を吐いた。
石場の上を二足歩行で歩いていた。
写真はない。動画もない。だが、書き込みの内容と場所が妙に一致していた。掲示板の住人たちはヒトカゲではないかと推測し、危険視する声の一方で、捕まえに行こうと息巻く無謀な人間の書き込みも散見される。
状況から見て、ヒトカゲの可能性が高い。関東遠征の本命だ。だが、炎を操る相手を森の中で相手にするのは危険すぎる。
リュックの中に昨日自作したキズぐすりを多めに詰め込み、貴重なげんきのかけらも一つだけ忍ばせた。どくけしやまひなおしも確認する。火災対策として、水を入れたペットボトル数本と濡れタオル、軍手も用意した。気休め程度だが、何もないよりはマシだ。
落ち葉や乾いた藪が多い場所では絶対に戦わない。戦うなら、石場か開けた斜面。
手持ちポケモンたちの状態は万全。既製品の空の通常モンスターボールが二個残っていること、そして自作のボール各種もしっかり入っていることを確かめ、ホテルを後にした。
シルバーのコンパクトSUVを走らせ、山林地帯の近くまで乗り入れる。
車を停め、人目の少ない場所から森へ入った。ポリゴンをタブレット端末と並行させて地図や投稿ログを照合させ、ポッポには上空からの偵察を指示する。
森を奥へ進むにつれ、地面に焦げた跡や、岩肌に刻まれた鋭い爪痕を見つけるようになった。乾いた石場が広がる斜面に近づくと、焦げた草の匂いや、不自然な熱を持った小石が転がっているのが分かる。
足元を歩かせていたキャタピーとビードルが、炎タイプの気配を本能的に嫌がるように身をすくめた。無理をさせる意味はない。二匹を一度ボールへ戻し、必要な時だけ出すことにする。
額に滲む汗を拭い、斜面の上を慎重に見上げた。
開けた乾いた岩場。その中央に、赤橙色の体を持つ小型の二足歩行生物が立っていた。尻尾の先で、チロチロと赤い炎が燃えている。
見間違えようがない。
ヒトカゲだ。
スマートフォンで全国図鑑アプリを起動し、カメラ越しに情報を記録する。
種族:ヒトカゲ
タイプ:ほのお
レベル:12
せいかく:ゆうかん
とくせい:もうか
わざ:ひっかく/ひのこ/えんまく/りゅうのいぶき
画面の情報を一瞥し、思わず息を呑んだ。
レベル12。序盤の野生個体としては明らかに強い。しかも、りゅうのいぶきまで覚えている。
面倒どころではない。
一瞬、戦闘を避けるべきか迷った。だが、ヒトカゲはこちらの気配に気づくと、逃げるどころか鋭い牙を見せて威嚇してきた。
性格はゆうかん。表示された通り、正面から向かってくる気だ。
ゲームなら、ここで一体ずつ出して戦うのだろう。けれど、これはゲームではない。現実だ。
野生の炎タイプを相手に、わざわざ律儀に一対一を守る必要などない。こっちは捕獲が目的で、向こうは本気で火を吐く生き物。周囲に燃え移れば山火事にもなるし、ポケモンたちが大怪我をする可能性もある。
使える手札は使う。
ただし、無茶はさせない。
キャタピーとビードルは相性が悪すぎる。出すとしても、いとをはくで一瞬だけ動きを止めて下がらせる程度。主力はポリゴンとポッポだ。
「ポリゴン、頼む」
ポリゴンを前に出し、迎撃の姿勢を取らせる。
ヒトカゲが口を大きく開けた。次の瞬間、火の粉の塊が散弾のように吐き出される。ひのこによる牽制だ。
ポリゴンが短い電子音を鳴らし、解析に基づく最短の動きで射線をずらす。火の粉が岩場へ当たり、小さな焦げ跡を残した。
草地じゃなくてよかった。
そう思う暇もなく、でんじはを指示する。青白い電磁波が放たれるが、ヒトカゲは即座に黒い煙を吐き出し、周囲を覆い隠した。
えんまく。
視界が塞がれ、でんじはが岩に当たって弾ける。焦げた匂いと煙で位置感覚が乱される中、すぐさまポッポのボールを開いた。
「ポッポ、かぜおこし!」
ポッポが大きく羽ばたく。強風が煙幕を裂き、薄れていく黒煙の向こうにヒトカゲの影が見えた。
ポリゴンの表面に光の線が走る。ダウンロードが働き、相手の動きや体格を解析して最適化していく。
だが、ヒトカゲは煙が晴れるのと同時に深く息を吸い込んだ。
まずい。
「避けろ!」
紫色の息吹が岩場を走った。
りゅうのいぶき。
ポリゴンは直撃を避けたが、余波を受けて大きく弾かれる。さらに回避が遅れたポッポの羽を熱を帯びた息吹がかすめ、悲鳴のような鳴き声が上がった。
想像以上の威力だ。
リュックから自作のキズぐすりを取り出し、まずポッポへ吹きかける。既製品ほどの安定感はないが、反応はある。ポッポの羽の震えが少しだけ落ち着いた。
「ポッポ、すなかけ!」
ポッポが低く飛び、翼と足で砂を巻き上げる。ヒトカゲが目を細め、わずかに動きを鈍らせた。
その隙に、キャタピーを短時間だけ外へ出す。
「キャタピー、いとをはく。足元だけだ!」
キャタピーが震えながらも、ヒトカゲの足元へ糸を吐く。粘着性のある糸が岩と足首のあたりへ絡みついた。
ヒトカゲが苛立ったように火の粉を散らす。
危ない。
即座にキャタピーをボールへ戻した。糸の一部が焦げて切れたが、一瞬だけ動きは止まった。
さらにビードルを出す。
「ビードルも、いとをはく。撃ったら下がれ!」
ビードルは頭の毒針を向けかけたが、すぐに指示を理解したのか、毒針ではなく糸を吐いた。キャタピーの糸とは別方向から絡みつき、ヒトカゲの踏み込みをもう一度鈍らせる。
炎を受ける前に戻す。
ゲームなら交代の手間やターンの概念がある。けれど、今はそんなものはない。現実の戦闘では、相手の動きを一秒でも止められれば意味がある。
キャタピーもビードルも、直接ぶつける相手ではない。だが、一瞬の牽制なら役に立つ。
足を取られたヒトカゲへ、ポリゴンのでんじはがようやく直撃した。
バチッという音とともに、ヒトカゲの身体がこわばる。
「ポッポ、はがねのつばさ!」
ポッポが斜め上から飛び込み、翼を硬質化させてヒトカゲの肩口を打った。続けてポリゴンがたいあたりで横から押し込む。
ヒトカゲは傷つきながらも簡単には怯まない。爪を立てて岩場を踏みしめ、ひっかくでポリゴンの表面を削るように打ち込んできた。
ポリゴンの身体が小さく揺らぐ。
さらにヒトカゲの尻尾の炎が、怒りに呼応するように強く燃え上がり始めた。
もうかだ。
まだ完全に発動しているわけではない。だが、これ以上追い詰めれば炎の威力が跳ね上がる。
長引かせるのは危険だ。ヒトカゲ自身も、周囲の枯れ草も、こちらの手持ちも。
十分弱っている。
そう判断し、ポケットから既製品の通常モンスターボールを取り出した。
自作ボールではなく、既製品。
ヒトカゲは本命だ。ここで信頼性をケチる理由はない。
ボールを思い切り投げつける。
ヒトカゲの身体に命中し、赤い光が弾けた。ボールが地面を転がり、カチン、カチンと重々しく揺れる。
一回。
二回。
三回。
張り詰めた沈黙の後、中央のランプが消えて、カチリと音が鳴った。
捕獲成功。
膝から力が抜けそうになるのをこらえ、すぐに周囲を確認した。火が燃え移った様子はない。煙も薄い。大丈夫だ。
だが、終わりではない。
すぐにヒトカゲのボールを開いた。
白い光とともに現れたヒトカゲは、まだ威嚇の姿勢を崩していなかった。尻尾の炎が小さく揺れ、こちらを真っ直ぐに睨んでいる。
怯えて隠れるタイプではない。
さすが、ゆうかん。
距離を取りながら、キズぐすりのボトルを見せる。
「治すだけだ。暴れるなよ」
言葉がどこまで通じているかは分からない。それでも、ヒトカゲはすぐには飛びかかってこなかった。ポリゴンとポッポが近くにいるからか、捕獲されたことで最低限の関係ができたからか。
まずポリゴンにキズぐすりを使い、ひっかくを受けた表面の傷を処置する。次にポッポの羽へもう一度軽く吹きかける。最後に、ヒトカゲの肩や腕、はがねのつばさを受けた部分へ慎重にスプレーした。
ヒトカゲが小さく鳴く。
チリチリと燃える尻尾の火の熱気と、薬液の冷たさ。その両方が、目の前の存在がゲームのデータではなく、生き物なのだと嫌でも実感させてくる。
完全に懐くには時間がかかるだろう。けれど、回復を受けて少しだけ警戒が緩んだのか、ヒトカゲは逃げ隠れせず、真っ直ぐにこちらを見つめ返してきた。
全国図鑑アプリで、捕獲後の情報を改めて確認する。
種族:ヒトカゲ
タイプ:ほのお
レベル:12
せいかく:ゆうかん
とくせい:もうか
わざ:ひっかく/ひのこ/えんまく/りゅうのいぶき
「……本当に捕まえたんだな」
声に出すと、車へ戻る前から胸の奥がじわじわ熱くなってきた。
関東遠征の本命。ヒトカゲ。そのボールが、今、手の中にある。
だが、今日の予定はまだ終わっていない。
本命の捕獲を終え、日中のうちに次の目的地へ向かった。
山林から少し下った場所にある、人気のない古い倉庫跡。廃屋というほど荒れてはいないが、使われなくなってから時間が経っているのは分かる。薄暗い日陰には、周囲と違う冷たい空気が溜まっていた。
ポリゴンが短い電子音を鳴らし、タブレット画面に警戒表示を出す。
空気の流れが不自然だ。
視線を上げると、紫色のガスの塊のような影が、音もなく空中に浮遊していた。
ゴース。
すぐに図鑑アプリを向けて情報を確認する。
種族:ゴース
タイプ:ゴースト・どく
レベル:10
せいかく:おくびょう
とくせい:ふゆう
わざ:したでなめる/さいみんじゅつ/くろいまなざし/ナイトヘッド
性格はおくびょう。積極的に襲ってくるというより、こちらと距離を取ろうとしている。ただし、厄介さは別だ。
さいみんじゅつ。
くろいまなざし。
下手に近づけば、逃げるどころかこちらの行動を縛られる可能性がある。
「ポリゴン、頼んだぞ。無理に触るなよ?」
ポリゴンを中心に据える。
ゴースト技はノーマルタイプのポリゴンには通りにくい。だが、こちらのたいあたりもゴースには通らない。殴り合いではなく、動きを読んで逃げ道を潰す形になる。
ポリゴンが短く点滅し、ゴースの漂う軌道を追う。
ゴースが目を細めるように揺れた。
催眠の気配。
「ポッポ、かぜおこし。弱めでいい!」
ポッポを出し、風でゴースの位置をずらす。ガス状の身体が揺らぎ、さいみんじゅつのタイミングが外れた。
ヒトカゲは出さない。捕獲直後で、まだ連携に使うには早い。ここで無理をさせる意味はない。
ゴースが壁際へ逃げ込もうとした。
「ポリゴン、でんじは!」
青白い電磁波が空気を走る。ゴースの動きが一瞬だけ鈍った。
その瞬間、残っていた最後の既製品モンスターボールを投げつける。
ゴースの身体が赤い光に包まれ、ボールの中へ吸い込まれた。ボールが床の上で揺れる。
一回。
二回。
三回。
沈黙。
捕獲成功。
大きく息を吐いた。
これで既製品の空ボールはゼロだ。
所有者認証や管理機能を持つ既製品ボールは、ヒトカゲやゴースのような重要かつ管理の怖い個体を優先して使いたかった。判断としては間違っていないはずだ。
ゴースはすぐ懐くタイプでもなさそうだし、下手に外へ出すと面倒が増える。ひとまずボールに入れたままにしておく。
この時点で、既製品ボール側の手持ちは六体になった。
ポリゴン、ポッポ、キャタピー、ビードル、ヒトカゲ、ゴース。
正式なボールやボックスアプリ側では、手持ち六体制限が働く。七体目以降は自動的にボックスへ送られる。ゲーム的な都合ではなく、現実でも管理機能として組み込まれているらしい。
ただし、自作ボールは別だ。
あれには電子的な手持ち制限も、所有者認証も、ボックスとの自動連携もない。捕獲できる代わりに、ボールそのものは普通にかさばる。正式なボールのように小さくして持ち運べるわけでもない。
おまけに、ボックスは基本的にボールごとポケモンを送る仕組みだ。自作ボールはその仕組みに乗らない。中のポケモンだけを抜き出して転送、などという都合のいいことはできなかった。
つまり、自作ボールで捕まえた分は、手元に物理的に抱えるしかない。
面倒だが、今回はもう帰るだけだ。リュックとトランクに詰め込めば何とかなる。衣類や余った道具、現地で買った安物の工具類は、ホテルに戻ってから宅配で先に送ればいい。
関東遠征の締めくくりとして、自作ボールを使った捕獲を行うことにした。
草地の端でコラッタを見つけ、自作モンスターボールを投げる。小柄で動きは速いが、ポッポのかぜおこしで逃げ道を制限すれば、捕獲自体は難しくなかった。
続いて、木陰でコンパンを発見する。大きな複眼がこちらを捉え、粉を撒くような動きを見せたため、距離を取りながら自作モンスターボールで捕獲した。
さらに、低木の根元でニドラン♀を見つけた。毒針を警戒しつつ、ポリゴンのでんじはで動きを鈍らせ、自作モンスターボールを使う。
最後に、湿った倒木の近くでパラスを発見した。キノコを背負った小さな虫。薬系素材との関係を考えれば、確保しておきたい相手だ。近距離から自作ヘビーボールを使い、無理に傷つけず捕獲する。
捕獲数としては十分だ。
これ以上は欲をかきすぎになる。
自作ボールに収まったコラッタ、コンパン、ニドラン♀、パラスを順番に確認し、リュックの中の緩衝材で包んだ。図鑑アプリには手動で記録する。ボール自体は正式な認証を受けていないため、所有者保護も自動記録もない。紛失すれば、それだけで終わりだ。
ただ、今日のところはそれでいい。
追加の捕獲はこれで打ち止め。ここから先は、増やすより持ち帰ることを考える段階だった。
車へ戻り、助手席のシートに今日の成果を並べる。
既製品ボールに収まったヒトカゲとゴース。
自作ボールに収まったコラッタ、コンパン、ニドラン♀、パラス。
手持ち候補は一気に広がった。自作したキズぐすりも、ヒトカゲ戦で問題なく機能した。完璧とは言えないが、実戦で使えるという確認が取れただけでも大きい。
スマートフォンで掲示板やニュースを確認すると、関東のインフラや交通機関の混乱はまだ続いているようだった。未知生物の目撃範囲は少しずつ広がり、行政や警察が対応に追われているらしい。
これ以上ここに長居して目立てば、思わぬトラブルに巻き込まれる危険がある。資金的にも日程的にも、そろそろ限界が近い。
「……十分すぎる成果だな」
大きく背伸びをして、シートに深く背中を預けた。
初めての本格戦闘。自作アイテムの実証。本命のヒトカゲ。そして、ゴースを含めた追加個体の確保。
関東遠征の目的はすべて果たしたと言っていい。
問題は荷物だ。
自作ボールは小さくならない。正式なボールほど携帯性もよくない。四つ程度ならまだ何とかなるが、緩衝材で包めばそれなりに場所を取る。
ホテルに戻ったら、衣類や使わない工具、採取道具の一部は宅配で先に送る。リュックとトランクの空いたスペースに、自作ボールを詰め込む。壊れたら洒落にならないので、服やタオルを緩衝材代わりにするしかない。
ここから先は、札幌へ戻って仕事とアパートの整理を進める番だ。その後は、十勝の実家へ拠点を移す準備に入る。
もう、ただ珍しいものを見に来ただけの段階ではない。
手持ちが増えた。
素材もある。
自作ボールも、回復手段も、最低限は形になった。
だったら次は、長期的に動ける場所が必要になる。
エンジンをかけ、シルバーのSUVをゆっくりと発進させる。バックミラーに映る群馬の山並みを背に、帰還の途に就いた。