ポケモン現代入り 作:ささみ
小屋の前で椅子に身体を預けながら、ぼんやりと山の奥を眺めていた。
ここへ通い始めてから、周辺の景色にも少しずつ馴染んできた。最初はどこを見ても同じような木々にしか見えなかったのに、今では沢へ下りる場所も、その向こうの斜面も、さらに奥で木が薄くなっていく辺りも何となく分かる。
そこまで視線を動かしたところで、以前見つけた洞窟を思い出した。
「……そういや、あっちまだ行ってなかったな」
最初に見つけた時は、もう帰る時間が近かったうえに装備も足りなかった。その後は小屋を作ったり、捕まえたポケモンたちの様子を見たり、キルリアたちを鍛えたりしているうちに、すっかり後回しになっていた。
別に洞窟が1つあるくらいなら、それだけで急いで調べる必要もない。ただ、その方向にはもう1つ気になっているものがある。
「レジアイスも、あっちなんだよなぁ……」
最後に確認された位置とぴったり重なるわけではない。そもそも山の中だ。人間が地上から追えていた位置と、実際にポケモンがどこへ入ったのかが同じとも限らない。
それでも近い。しかも、その近くには見覚えのない洞窟まである。
「……一回見とくか」
結局、考えていた時間はそれほど長くなかった。
隣を見ると、ゲンガーがいつの間にか椅子の背へ顎を乗せ、大きな口を楽しそうに歪めている。
「お前も気になってた? ……まあ、そうだよな。じゃあ行くか」
「ゲンゲン」
立ち上がって小屋へ入り、置いてある荷物を確認する。前みたいに入口だけ見て帰るつもりはないし、今日はある程度奥まで行けるようにしておいた方がいいだろう。
ライトと予備の電源、防寒着。水や食べ物も少し多めに持った。
普段の山歩きで使っているものに、洞窟へ入ることを考えて少し足した程度だ。何日も籠もるわけでもないし、無理に進まなければこれで十分だろう。
同行するのはゲンガーとリングマ、それからキルリア。リザードも連れてきているが、洞窟の中でどこまで前へ出すかは入ってから考える。
「キルリアも、なんか変なの感じたら教えてくれな。前みたいに急にどっか気にし始めたら、俺もそっち見るからさ」
「キル」
「まあ、何を感じてるのかまでは俺には分かんないんだけど」
そう言うと、キルリアがこちらを見上げた。
感情が分かるのは向こうだけだ。便利そうではあるけれど、こういう時だけは少し羨ましい。
「俺にもお前が何考えてるか分かれば楽なんだけどなぁ」
「キル?」
「いや、なんでもない。行こう」
歩き出すと、リングマが自然と少し先へ出た。前より随分と山に慣れたのか、歩く方向にも迷いがない。
「お前、もう俺より道覚えてそうだな。……否定しないのかよ」
「グゥ」
振り返りもしない大きな背中に苦笑しながら、その後を追って山の奥へ入っていった。
しばらくは、もう何度か歩いた場所が続いた。
ビッパやビーダルを見かけ、少し離れた草地ではスボミーが何匹か固まっている。最初に来た頃よりも動き回るポケモンは減っていて、それぞれが少しずつ落ち着く場所を決め始めているように見えた。
そこからさらに奥へ進むと、木々の間隔が広がり、代わりに岩肌が増えてくる。足元も土より石の方が目立つようになり、見かけるポケモンの顔ぶれまで変わっていった。
「お」
斜面の脇にいたイシツブテが、こちらに気づいて身体を起こす。その少し先にはアサナンがいて、さらに歩いたところでは岩の間をドーミラーがふわりと漂っていた。
「やっぱこの辺まで来ると変わるなぁ。……いや、ポケモン見ると普通に捕まえたくなるな」
「ゲンゲン」
「分かってるって。今日はそっちじゃない」
ドーミラーを目で追いながらも歩き出す。ただ、数歩進んだところでもう一度だけ振り返った。
「帰りまだいたら、その時考えるくらいはいいだろ。帰り道なんだから」
ゲンガーがまた楽しそうに笑う。
目的があるから先へ進んでいるだけで、気にならなくなったわけではない。
そんなことをしながら歩いているうちに、木々の向こうへ岩壁が見えてきた。前に遠くから見つけた場所だ。
「ここか」
近づくほど、洞窟の大きさがよく分かる。入口はリングマでも余裕を持って入れるほど広く、小さな穴が木々に隠れていたなんて話ではない。
「……こんなのあったかな」
入口の前で一度立ち止まり、周囲を見回す。
購入前に見た資料を思い返してみても、やっぱり記憶には引っかからない。全部の洞窟を把握していたわけではないから、最初からなかったとまでは言い切れないが、それにしても大きい。
「見落とすにしてはデカいんだよなぁ。まあ、中見ればなんか分かるか」
ヘッドライトを点けると、ゲンガーが真っ先に暗がりへ入っていく。その後ろをリングマが続き、俺も足を踏み入れようとして――先へ行くゲンガーに声を飛ばした。
「だから先行きすぎんなって。……聞いてないな、あれ」
「ゲンゲン」
返事だけは返ってくる。
苦笑しながら、俺も洞窟へ入った。
中は想像していたより広かった。
天井も高く、リングマが身体を屈める必要もない。大小の岩が転がる足元を照らしながら進んでいると、壁を伝う水がどこかへ落ちる音が、静かな洞窟の中へ何度も響いた。
頭上をズバットが横切る。ライトを向ければ岩陰にはイシツブテがいて、もう少し奥ではドーミラーまでふわふわと浮いている。
「……ここまで来ると、流石にそれっぽいな。テンガン山……なのか?」
足を止めずに周囲を見渡す。
今まで山で見てきた景色とは明らかに違うし、この辺りにいるポケモンの顔ぶれにも覚えがある。
とはいえ、北海道とシンオウが対応している以上、似た位置に似た環境ができてもおかしくはない。この洞窟全部をそのままテンガン山だと決めるには、まだ材料が足りなかった。
「まあ、奥見てからでいいか」
分かれ道を1つ選び、さらに進む。
ゲンガーは相変わらず楽しそうだった。壁から顔だけを出したかと思えば、今度は天井近くまで浮かび、暗い洞窟を好き勝手に動き回っている。
「お前、家より生き生きしてない? そんな堂々と楽しそうにされると、ちょっと傷つくんだけど」
「ゲンゲン」
その横で、キルリアが小さく笑ったような声を漏らした。
「……今笑った?」
「キル」
「笑ったな〜?」
問い詰めたところで素直に答えてくれるとも思えない。
少し緩んだ空気のまま、俺たちは洞窟の奥へ進んでいった。
何度か道を曲がった先で、唐突に景色が変わった。
自然に削れた洞窟の中に、そこだけ妙に整った空間がある。
「……ん?」
ライトを向け、そのまま足を止める。
平らな床。
奥にある像のようなもの。
そして、その手前に並ぶ印。
少しだけ眺めて、記憶が一気に繋がった。
「…………ああ、ここか」
思わず口元が緩む。
「ひょうざんのいせき」
キルリアが首を傾げ、リングマも周囲を見回している。
俺はそのまま部屋へ入り、床と奥の像を改めて眺めた。配置まで覚えているものと同じだ。見間違えるようなものでもない。
「……あいつ、こういうのまで持ってきやがったのかよ」
ポケモンだけが突然現れる。それで終わりではなかったらしい。
山へ入るようになってから、地形そのものにも以前と噛み合わないところがあるとは思っていた。ただ、ここまで分かりやすいものを目の前に出されると、流石に笑えてくる。
「そりゃ知らん洞窟も増えるわ」
「ゲン?」
「アルセウスだよ。あいつ、ポケモンだけじゃなくて、こういう場所までまとめて持ってきてるっぽい」
遺跡だけなのか。
山の一部までなのか。
もっと広い範囲なのか。
その辺は分からないし、今ここで考えても答えは出ない。
「で、これ踏むんだよな」
床へ視線を戻す。
7つの印。
やることは分かっている。
最初の1つへ足を乗せ、そのまま次へ進む。隣からゲンガーもついてきて、少し先の印へ足を伸ばそうとしたところで肩を押し戻した。
「そこ俺が踏むから。別に競争するもんじゃないって」
「ゲン」
「そういう不満そうな顔されても困るんだけど」
残りも順番に踏んでいく。
最後の印へ足を乗せた瞬間、部屋のどこかで低い音が響いた。
「お。ここまで同じか」
奥の像まで歩き、そのまま手を触れる。
次の瞬間、ご、と足元から振動が伝わった。
「ん?」
奥の岩壁から小さな石が落ちる。
やがて壁の一部がゆっくりと動き、その向こうに黒い空間が口を開けた。そこから流れてきた冷たい空気が、頬を撫でていく。
「……なるほど。こうなるのか」
知っている流れと全く同じではない。
でも、意味としては似たようなものなんだろう。
開いた先を覗き込むと、横からゲンガーがするりと前へ出ようとする。
「待て待て、勝手に会いに行くなって。俺も見たいんだから一緒に行こうぜ」
「ゲンゲン」
「ほんと自由だなお前」
ゲンガーを引き戻し、開いた通路へ一緒に足を踏み入れた。
そこから先は、一気に寒くなった。
「うわ……」
思わず防寒着の前を閉じる。
さっきまでの洞窟とは明らかに空気が違った。岩壁には白い霜が広がり、少し進めば岩そのものが氷に覆われ始める。吐いた息も白く、頬に当たる空気まで痛い。
「これは分かりやすいなぁ」
ひょうざんのいせきを抜けた先がこれなら、もう何がいるのかを疑う方が難しい。
「キルリア、大丈夫?」
「キル……」
キルリアは俺のすぐ近くを歩いていた。
寒いだけではなさそうで、何度も通路の奥へ視線を向けている。
「なんかいる?」
「キル」
「まあ……いるよな、多分。ここまで来て何もいなかったら、その方がびっくりするわ」
思わず少し笑う。
リングマも普段より慎重に歩き、ゲンガーまで先ほどのように壁へ潜ったりせず、俺たちの近くを漂っていた。
「急にみんな大人しくなるじゃん。いや、分かるけどさ」
俺だって多少は緊張している。
何がいるのか分からないからではない。むしろ、何がいるのか分かっているからこそ、自然と気持ちが引き締まっていた。
さらに奥へ進むうちに、野生の姿もいつの間にか消えていた。ズバットも、イシツブテもいない。
氷が小さく軋む音と、俺たちの足音だけが洞窟の奥へ響いていく。
やがて、通路の先が大きく開けた。
「……あそこか」
ライトを向け、そのまま奥へ進んだ。
広い空間だった。
床も壁も大部分が氷に覆われ、ライトの光が反射して暗闇の中へ淡く散っていく。
光をゆっくり動かす。
岩。
氷。
そのさらに奥で、青いものが光を返した。
「……」
ライトを止める。
一瞬、大きな氷塊にも見えた。
けれど輪郭を追えば、すぐに分かる。
腕がある。
脚がある。
そして頭部には、特徴的な点が並んでいる。
「……いた」
思っていたよりも、静かな声が出た。
レジアイス。
シンオウへ現れた時に確認され、その後姿を消したポケモンが、洞窟の奥にじっと佇んでいる。
「ほんとにここまで来てたんだな……」
自分の山から入った洞窟を進み、ひょうざんのいせきを抜けたその先。
そこに実際のレジアイスがいる。
知っているものが、そのまま目の前の景色として繋がっていることの方が、妙に現実感がなかった。
レジアイスは動かない。
身体にはまだ傷が残っていた。滑らかな氷の表面には深い跡が走り、ところどころ欠けたようになっている。
「……まだ結構残ってんな」
あれから何日かは経っている。
それでも、完全に元へ戻るほどの時間ではなかったらしい。
あれだけの戦いだったのだから、これでも多少は回復しているのかもしれない。今の姿だけを見ても、そこまでは分からなかった。
俺が少し位置を変えた時、レジアイスの顔に並んだ点がふっと光った。
「あ」
僅かに身体が動く。
その瞬間、リングマが前へ出て、ゲンガーも俺の横から浮かび上がった。
「待って。まだ何もされてないから、2匹ともそのままでいい」
反射的に止めると、リングマは足を止めたものの、身体から力までは抜かなかった。
レジアイスはこちらを向いている。
……と思う。
人間みたいに視線が分かる顔ではないが、少なくとも俺たちの存在には気づいたようだった。
「起こしたかな。ごめん、ちょっと見に来ただけだから。別に何かする気はないよ」
通じているかは分からない。
ただ、レジアイスもすぐに攻撃してくる様子はなかった。
しばらくこちらを向いたまま動かない。
俺たちも、その場から動かずに待つ。
妙な時間だった。
多少緊張はする。
それでも、それ以上に「本当にここにいたんだな」という感覚の方が強かった。
やがて、顔の光が少し弱くなる。
身体も、それ以上は動かなかった。
「……休んでるところ邪魔しただけっぽいな」
小さく息を吐き、前に出ていたリングマの肩を軽く叩く。
「たぶん大丈夫。いや、その『たぶん』が嫌なのは分かるけど、本人に聞けないんだからしょうがないだろ」
「グゥ……」
少しだけ前へ出ようとしたゲンガーも、今度は腕で止めた。
「お前も近づかなくていいって。場所も分かったし、様子も見られた。今日はこれで十分だろ」
「ゲン?」
「まだ傷も残ってるし、周りうろうろしてまた起こしても悪いからさ。帰ろう」
今日知りたかったことは分かった。
レジアイスは本当にここにいる。
そして、少なくとも今はこうして休んでいる。
もう一度だけその姿を眺めてから、軽く手を上げた。
「じゃ、お邪魔しました」
当然、返事はない。
自分でやってから少し可笑しくなって、息だけで笑う。
「……何やってんだろ俺」
そのまま来た道へ身体を向けた。
ひょうざんのいせきまで戻ってくると、さっきまで無意識に張っていた肩から少し力が抜けた。
「いやぁ……いたな。近いとは思ってたけど、本当にここから行けるとは思わんじゃん」
「ゲン」
床に並んだ7つの印へ目を向ける。
奥の像も含めて、やっぱり知っているものと変わらない。
「……ほんとそのまんまだ。ポケモン連れてくるだけじゃ足りなかったのか、あいつ」
「キル?」
「アルセウスな。必要な場所まで持ってきてるとは思ってなかった」
考えてみれば、ポケモンだけ現れて、そいつらに関わる場所が何一つ存在しない方がおかしいのかもしれない。
それでも、こんな形で実物を見せられるまでは、そこまで考えていなかった。
洞窟の先へ視線を向ける。
「……これ、やっぱテンガン山なのかな」
ひょうざんのいせきがある以上、その可能性はかなり高そうに思える。
ただ、今日歩いたのはほんの一部だ。洞窟がどこまで続いていて、周囲の山までどの程度変わっているのかはまだ分からない。
「まあ、それはまた今度でいいか。今日はもう十分だわ」
俺たちは再び洞窟を歩き、外へ向かった。
外へ出た瞬間、吹いてきた風が妙に暖かく感じた。
「うわ、あったか……」
実際には山の中なので、特別暖かいわけではない。それでも洞窟の奥と比べれば全然違う。
木々が風に揺れ、遠くからポケモンの鳴き声が聞こえてくる。いつもなら気にも留めない音なのに、冷えきった静かな洞窟から戻った後だと妙に落ち着いた。
「やっぱ外いいなぁ。リングマもそう思う?」
「グゥ」
「だよな。寒かったもんな。帰ったらなんか食おうぜ」
その言葉を聞いた途端、リングマの足取りが少しだけ早くなる。
「そこは相変わらず分かりやすいな」
笑いながら、その背中を追った。
小屋へ戻る頃には、日が傾き始めていた。
椅子へ腰を下ろし、温かい飲み物を作ってようやく一息つく。キルリアも近くへ座り、ゲンガーは俺の足元の影から半分だけ顔を出していた。
「……レジアイスかぁ」
口にすると、洞窟の奥で見た青い巨体がまた頭に浮かぶ。
あの洞窟がどの範囲まで新しく持ち込まれたものなのかは、まだ分からない。テンガン山の地形がそのままあるのか、それとも一部だけなのかも分からない。
「アルセウス、どこまで持ってきたんだろうな」
「キル?」
「いや、今考えたって分かんないか」
カップへ口をつける。
今日はレジアイスを確認しに行った。
そして、本当にいた。
本来ならそれだけで十分だったはずなのに、帰ってきた今は別のことまで気になっている。
あの洞窟。
ひょうざんのいせき。
そして、その先へ続いている山の中。
「……奥、どうなってんだろ」
考えるだけで、また行きたくなってくる。
思わず口元が緩むと、すぐ隣でキルリアが不思議そうに首を傾げた。
今後の展開として伝説ポケモンのサイズどうしよっかなって思ってるんですよね〜
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図鑑通りのサイズ
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図鑑よりかなりデカくしてもいい