ポケモン現代入り 作:ささみ
朝から事務所の机には、今日回る現場の依頼書が3枚並んでいた。
高瀬は紙コップのコーヒーを片手に、そのうち一番上へ目を落とす。
「農地、コラッタとラッタ。まず追い払い、再侵入した場合は捕獲……捕獲個体は市へ引き渡し。はいはい」
「ちゃんと最後まで読めよ。先週そこ読み飛ばして持って帰ろうとした奴いたからな」
「俺じゃないっすよ、それ」
「知ってる。だからお前に言ってんじゃなくて、全員に言ってんだよ」
向かいで書類をまとめていた先輩が、面倒そうに束を揃える。
この会社は、半年前まで普通の害獣駆除業者だった。
ネズミ、ハクビシン、アライグマ。時々スズメバチ。
そこへポケモンが現れた。
最初の頃は仕事になるどころではなかった。社員だって何が危険で、何がどういう生き物なのか分からない。見たこともない生き物を相手に、今までの罠や道具がどこまで通用するのかも分からなかった。
それが今では、事務所の棚には会社で作った簡易ボールが並び、壁には仕事で使うポケモンの一覧まで貼られている。
変われば変わるものだ。
「そういや、また様式変わったんすか?」
高瀬は依頼書の隅にある見慣れない欄を指で叩いた。
「ああ。昨日来た。仕事で使ったポケモンの登録番号も案件ごとに入れろって」
「前まで会社の一覧出すだけだったじゃないですか」
「俺に言うなよ。役所に言え」
「絶対また来月変わるじゃん……」
「変わるだろうな」
先輩もそこには何の期待もしていないらしい。
制度そのものができ始めたのは歓迎している。初期の頃なんて、捕まえたポケモンをどうするかすら場所によって言うことが違った。
現場で捕まえた奴がそのまま連れて帰ったこともあれば、警察へ持っていったら困った顔をされたこともある。自治体へ問い合わせても、「とりあえずそちらで保管してください」と言われたことまであった。
今は少なくとも、仕事として捕獲した個体をどう扱うかは、依頼の段階で決まるようになった。
「今日、俺ガーディ連れてっていいんですよね?」
「登録済んでるならな」
「済んでますよ。先月2時間待って」
「うちはまだいい方だぞ。市役所の方、予約2週間待ちだって」
「制度始めるなら窓口増やしてからにしてほしいっすね」
「みんな同じこと言ってるよ」
高瀬はため息をつきながら、机の横に置いていたボールを取った。
中に入っているのは自分のガーディだ。
外見は世間で広まった簡易ボールと大差ない。会社でも公開された作り方を参考にまとめて用意しているし、高瀬自身も予備をいくつか持っている。
最近は警察や自治体の一部で、もっと出来のいいボールが使われているという話も聞く。それでも、民間で普通に使えるのはまだこっちだった。
仕事でも使う以上、ガーディは個人で飼っているだけのポケモンより登録項目が少し多い。会社側からも使用個体として申請してある。
面倒ではある。
ただ、最初の頃よりマシだとも思う。
誰のポケモンなのか分からない。事故を起こしても飼い主が分からない。盗まれたと言われても証明できない。
そんな状況が続くよりは、多少書類が増える方がまだいい。
「高瀬、行くぞ」
「あ、はい」
先輩の声に返事をして、ボールを腰のホルダーへ収めた。
依頼先は、住宅地から少し離れた畑だった。
軽バンを降りると、依頼主の男が既に待っている。
「すみませんねぇ。前は夜だけだったんですけど、最近は昼にも出てくるようになって」
「どの辺から入ってきます?」
「向こうの林です。ほら、あそこの端。昨日なんか5匹くらいいて」
「ラッタもいました?」
「大きいのが1匹。あれが親なんですかね?」
「どうでしょう。群れで動いてるなら中心にはなってるかもしれないですけど」
高瀬は畑の外周を見る。
食われた葉。土の上に残る小さな足跡。端の方には、齧られた野菜がいくつか転がっている。
「全部捕まえてくれるんですよね?」
依頼主に聞かれ、高瀬は顔を上げた。
「今回はまず追い払いですね。林の方へ戻して、それでもまた入ってくるようなら捕獲になります」
「あれ、前は捕まえてなかったですか?」
「ちょっとやり方変わったんですよ。今、捕獲した個体の扱いも色々決まり始めてて。必要以上に捕まえないことになってます」
「へぇ……」
依頼主は少し不満そうだったが、それ以上は言わなかった。
その気持ちも分からなくはない。畑を荒らされる側からすれば、追い出しただけではまた来るんじゃないかと思うだろう。
実際、高瀬もそう思う。
ただ、だからといって出てきたポケモンを片っ端から捕まえていたら、今度は引き取る側がいくらあっても足りない。
「戻ってきたらちゃんと捕獲に切り替えますから。今日はまず様子見させてください」
「お願いします」
「はい。じゃあ、作物の近くはなるべく荒らさないようにやります」
そこが一番難しいんだけどな、と心の中で付け足した。
「ガーディ、頼む」
ボールを投げると、赤茶色の身体が畑の脇へ現れた。
「ガウ!」
「匂い拾える?」
ガーディが地面へ鼻を近づける。
高瀬の横では、先輩が自分のサンドを出していた。
「高瀬、林側回るぞ。道路へ追い出すなよ」
「分かってます。そっち行ったら面倒ですし」
「あと火は使わせるな」
「畑で使わせませんって」
「お前じゃなくてガーディに言ってんだよ」
「信用ないなぁ」
言っている間に、ガーディが顔を上げた。
「ガウ!」
「いた?」
その視線の先。
畝の間で、何かが動いた。
コラッタ。
1匹だけではない。
「出た。3……いや、奥にもいる」
「囲むなよ。林側は開けとけ」
「はい」
駆除業者と言っても、今は何でも倒せばいいわけではない。
まず逃げ道を作る。その方向へ追う。それで戻らなければ終わり。
言葉にすれば簡単だが、相手は当然こちらの都合なんて知らない。
「ガーディ、右から回って。噛みつかなくていいから!」
「ガウ!」
ガーディが走る。
コラッタたちが一斉に動いた。
「うわ、そっちじゃない!」
1匹が畑の中央へ飛び込む。
高瀬も走った。
「サンド、前塞げ!」
「サァ!」
先輩のサンドが土を蹴り、コラッタの前へ回り込む。驚いたコラッタが方向を変え、今度こそ林側へ走っていった。
「よし、そっちそっち!」
「高瀬、後ろ!」
「え?」
振り返った瞬間、大きな影が畝の向こうから飛び出した。
「ラッタ!」
「うわっ!」
高瀬は反射的に身体を引いた。
ラッタの前歯が、ついさっきまで脚のあった場所を掠める。
「ガウッ!」
ガーディが間へ入った。
「待て、ひのこはなし! たいあたり!」
身体を低くしたガーディが突っ込む。ラッタと正面からぶつかり、両方が土の上を滑った。
「ほんっと街中とか畑って技使いづらいな!」
「今さら言うな!」
「だって広いとこならもっと楽でしょこれ!」
「俺らがそんな場所持ってるならな!」
「ですよね!」
ラッタが起き上がる。
こちらを睨みながら前歯を鳴らした。
「ガーディ、そっち行かせるな。林側だけ開けといて」
「ガウ!」
今度は無理に攻めない。
ガーディがじりじりと位置を変え、サンドも反対側へ回る。
ラッタは右を見る。左を見る。
それから、開いている林側へ身体を向けた。
「そのまま行け、そのまま……」
高瀬が小さく呟く。
ラッタが走る。
ガーディも追う。
「追いすぎるな!」
「ガウ!」
林の手前でガーディが止まった。
ラッタはそのまま木々の奥へ消えていく。少し遅れて、残っていたコラッタも何匹か同じ方向へ逃げていった。
「……終わった?」
「まだ見ろ」
「はいはい」
息を整えながら畑を見回す。
何匹か逃げ遅れていたものの、こちらが近づくと林へ走った。
結局、捕獲するほど居座った個体はいなかった。
「今日は追い払いだけで済みそうですね」
「そうだな。ただ、あのラッタは多分また来るぞ」
「ですよねぇ」
餌場として覚えてしまっている。
次に来た時は捕獲になるかもしれない。
依頼主へ説明すると、やっぱり少し微妙な顔をされた。
「次も来たら連絡すればいいんですね?」
「はい。その時は今日の記録も残ってるんで、捕獲に切り替えやすいです」
「昔より面倒になったねぇ」
「俺らもそう思います」
つい本音が出た。
横から先輩に肘で小突かれる。
「いや、悪い意味じゃなくてですね。決まってる方が現場もやりやすいんですよ。ただ、まだ変わってる途中なんで」
「なるほどねぇ」
依頼主が笑う。
高瀬も曖昧に笑い返した。
実際その通りだった。
面倒にはなった。でも、何も決まっていなかった頃へ戻りたいかと言われれば、それは嫌だ。
仕事を終えて事務所へ戻る途中、ガーディの様子が少し気になった。
「足、変じゃないっすか?」
助手席から後ろを見る。
ガーディは座席の足元で伏せていたが、右前脚を少し浮かせている。
「さっきラッタとぶつかった時か?」
「かもしれないです」
「病院寄るか」
「いいんすか?」
「会社の仕事で怪我したんだから寄れよ」
「ありがとうございます」
少し前なら、ポケモンを診てくれる場所を探すだけで苦労した。
動物病院へ電話しても断られることが多かったし、診てくれたとしても分からないことの方が多い。
今では市内にも何ヶ所か、ポケモン診療を掲げる病院ができている。
もっとも、全部のポケモンを診られるわけではないらしい。
「登録番号お願いします」
「あ、はい」
受付でスマホを出す。
画面に表示した番号を見せると、受付の女性が端末へ入力した。
「ガーディですね。お名前は?」
「ガーディです」
「……そのままなんですね」
「つけるタイミング逃しちゃって」
女性が少し笑った。
「前回の診療履歴も出ました。今日は右前脚ですか?」
「はい。仕事中にラッタとぶつかって、その後からちょっと浮かせてて」
「分かりました。順番来たらお呼びしますね」
「お願いします」
待合室へ移動する。
高瀬のほかにも何人かいた。
膝の上にキャタピーを乗せた小学生くらいの男の子。足元で丸くなっているニャース。少し離れた椅子にはポッポを入れたキャリーケースを抱えている女性もいる。
誰も珍しそうに見ていない。
「……慣れたもんすね」
隣へ座った先輩に言う。
「何が?」
「いや、こういうの。半年前だったらガーディ1匹病院にいたら写真撮る奴だらけだったじゃないですか」
「ああ」
先輩も待合室を見回す。
「今じゃ犬連れてんのと変わらんな」
「犬ではあるんですけどね。多分」
「火吐くけどな」
「そこが困るんですよ」
足元のガーディが顔を上げた。
「悪口じゃないぞ」
「ガウ」
「ほら、怒った」
「分かってんのかな」
「さあ」
高瀬は笑って、ガーディの頭を軽く撫でた。
外の道路を、1匹のポッポが横切っていく。
誰も見上げなかった。
少し前まで、ポケモンが街を飛んでいるだけでSNSに動画が何十本も上がっていたのに。
変わる時は、本当に早い。
診察の結果、ガーディは軽い打撲だけだった。
念のため今日は休ませるよう言われ、処置を受けて病院を出る。
「よかったな。明日は楽できるぞ」
「ガウ!」
「元気じゃん」
「休みって言葉だけ分かったんじゃねぇか?」
「だったら賢すぎるでしょ」
軽バンへ戻る。
車へ乗り込むと、先輩が今日の作業記録をタブレットへ入力し始めた。
「対象、コラッタ複数、ラッタ1。捕獲なし、林方向へ追い払い……っと」
「ガーディの怪我も入れるんすか?」
「入れる。事故記録」
「軽い打撲でも?」
「今月から入れろってさ」
「また増えてる……」
「諦めろ」
エンジンがかかる。
高瀬はシートへ深く身体を預けた。
「なんか仕事変わりましたよね」
「そりゃ変わるだろ」
「いや、そうなんすけど。前までネズミ捕まえてた会社ですよ、うち」
「今日もネズミみたいなの追っかけてただろ」
「そう言われるとあんま変わってないな……」
2人で笑う。
窓の外では、夕方の街を人が歩いている。
ガーディを連れた人。肩にポッポを乗せた学生。店先の日陰で寝転がっているニャース。
まだ珍しいポケモンを見れば人は集まるし、事故も事件も毎日のように起きている。役所の決まりはころころ変わるし、現場へ降りてくる書類も増える一方だ。
それでも、最初の頃みたいな「何が起きているのか誰にも分からない」という感じは、少しずつ薄れていた。
分からないなりに扱い方を決める。
捕まえたらどうするのか。誰が飼っているのか。仕事で使うなら何を届け出るのか。怪我をしたらどこへ連れていくのか。
そういうものが、少しずつ日常の側へ降りてきている。
「明日どこでしたっけ?」
「倉庫に入り込んだキャタピーとトランセル」
「楽そう」
「油断すると糸まみれになるぞ」
「……前言撤回で」
先輩が笑う。
足元ではガーディが丸くなり、もう眠そうに目を細めていた。
高瀬はその頭を一度撫でてから、窓の外へ目を向ける。
明日も、多分似たような仕事が来る。
ただ、半年前には存在すらしていなかった仕事だ。
そう考えると少し変な気分だったが、もう嫌ではなかった。
今後の展開として伝説ポケモンのサイズどうしよっかなって思ってるんですよね〜
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図鑑通りのサイズ
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図鑑よりかなりデカくしてもいい