ペイガンのおっさん、大聖堂の聖騎士になる。   作:PureFighter00

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 AIどもを用いた推敲用草稿であり、予告無く文章が改変される可能性がありますが、内容的にはそんなに変わらないと思います。
 感覚的にはTales掲載版がNHKの朝ドラで、ハーメルン版が土日放映の総集編みたいな感じ。


王都唯一の王

 懐かしい夢を見た。もう十数年前、まだ騎士になりたくて剣術学びたがる子が少なかった時の夢だ。

 村に狼が降りて来て、オリバーさん家のピーちゃん(豚。食肉用)が食われ、村長のギューちゃん(乳牛、及び農作業補助)が狙われて……修行中の我が道場にまて狼が襲って来た。ミシェルもハミルトンも鼻水まで流して本当に怖がってた。あいにく道場主の親父は魔女の一撃(ギックリ腰)で湯治に出かけて不在。師範代の俺がやるしか無かった。右腕にはまだあの時の歯形が残っている。まぁ、結局馬鹿力で我が家の宝剣「頑丈くん」でぶん殴って迎撃はしたが、領主様が戦争に明け暮れて中々ハンティングをしないもんだから、今も害獣が多くて敵わない。戦争早く終わらないかな──

 

「せんせー! おはよーございまーす!」

 

 早朝組の挨拶の声に目を覚ます。彼らは貧しいので月謝が払えないため、我が家の家事や道場の掃除などの労働の対価として剣術を学んでいる。そんな生活に余裕がない幼児まで剣術を学びに来る。それというのもドンレミなんていう何処にあるのかも分からない田舎から出て来た少女が「田舎っぺ大将」としてオルレアン落とすわランス解放するわで大活躍したからだ。田舎娘でも騎士になれる──狭い村で一生を終えるはずだった子供たちは目を輝かせたものだ。

「うんせ、うんせ」

「お水あと3杯ねー」

 更に悪い事に、狼を怖がって鼻水まで垂らしていたあのミシェルが──あの鼻垂れミシェルが王都で騎士に叙勲され、今は近衛隊長にまでなっている。

 理屈は簡単だ、戦争で騎士が死傷しまくるからだ。「田舎っぺ大将」の事例もあり、我が国は女子まで騎士として採用し始めた。そして年頃女子は王都で貴族との甘いラブロマンスを夢見る。恋する乙女は無敵だね、間違いないね! モチベーションが違うからか、練習量が半端ない。

 

「はい、では剣を構えてー」

「「「はーい!」」」

 

 粗末な木剣を10に満たない子がキリッとした顔で構える。この子達には悪いが、戦争なんて早く終わればいいのに。騎士にはなれないが、騎士でもなければ死ぬこともない。そして何より……恋愛脳の若い女性は夢を追いかけて王都に行く。適切な運動して健康的な身体になった若い女性が街に行く。

 

 つまり、村で割と尊敬を集めている俺が今独身なのはそういう事だ──ワタシ、大きくなったら先生のお嫁さんになる──全部嘘さ、そんなもんさ! 歳に関わらず女の約束なんてまやかしだ! たかが幼女と侮っていたが、今や鼻垂れミシェルも……20超えてるな。きっとこんな感じでナイスバディに……誰? お客さん? 道場の入り口に男装の女性と15〜16の男性が綺麗な服を着て立っていた。

 

「お久しぶりです師匠! お変わりありませんか?」

「……は? どちら様で?」

 若い女性なのに破廉恥な。髪丸出しデコ丸出し大変けしからん!

 

「ミシェルですよ、鼻垂れの!」

「あ……垢抜けたねぇ……お……王都ではそう……なのかな?」

 チラチラと亜麻色の髪を盗み見る俺に対してミシェルはこともなげに髪の毛をふぁさーと風に靡かせてみせる。正直目のやり場に困る。

「ええ、師匠。私、綺麗になったでしょう?」ミシェルは蠱惑的に微笑んでみせる。「まだ、間に合いますか?」

 

 

【中世ヨーロッパ警察的指導】

 元々中世ヨーロッパでは幼女でもなければ髪の毛を布で覆うのが嗜みであり、髪は覆い肌は晒さないのが基本だ。ルネサンスに近付くにつれこの感覚が緩和して行く。この感覚変化は都市部から始まり、田舎に伝播するまではかなりタイムラグがあるのだ──因みに師匠には髪の毛丸出し額露出は現代で言うと勝負下着姿に等しい。

 

 

「──狼に王都を包囲されただぁ?」

「お恥ずかしながら……」

 ミシェルは本当に恥ずかしそうに俯いた。王都守備を担う騎士隊隊長。長引く戦乱故に最精鋭は全て前線に居るとは言え、騎士団が狼に追い込まれるのは洒落にならない。俺は考えた。

 王都に向かう前、彼女にはアデプタス=メジャーの位階を与えた。流派の教授課程に照らして間違いない位階だ。これでも剣術師範なのだから彼女の剣術評価は間違いない──それで、狼に手間取るか?

 俄には信じられない。彼女が女性と言う事で他の騎士が非協力的? あり得ない、彼女の従卒は私への敵意にも似た警戒心を隠そうともしない。恐らく彼女は仲間に慕われているはずだ。

 では、狼が強い? まぁあり得る。だがそれでも……

 俺の推論としては、こうだ。多分狼はそれほど強くない。しかし彼女は幼少期のトラウマで狼が苦手になってしまったのではあるまいか──つまりは師範代時代の俺のせいだ。師範代でありながら"ロボ"を倒すのに手こずり過ぎた。そして俺でさえ手を焼く狼を見て怯えてしまったのだ!

 

「うん、俺の責任と言えなくもないかもしれない。俺の不甲斐なさだね。君はもっと強い筈だ。その自信を取り戻してもらう為にも……行こう、狼狩りだ」

「失礼を承知で申し上げます、貴方様は団長を舐めていませんか?」

「ジョセフ! 失礼ですよ!」

「ミシェルに剣を仕込んだのは俺だよ。むしろ俺はミシェルの剣技に関しては誰よりも詳しいと自負してる」

 俺はまっすぐ従士を見据える。

 

 

──四日の後、間違っていたのは俺だと思い知らされた。

 

 

 隠居した親父殿を交えて、ミシェルたちと昼飯を食う。カブや根菜類を煮込んだシチューと黒パン……都会の騎士団には粗餐に見えるだろうが、村の中ではこれでもご馳走だ。

 

「──喜んで損したわ。春は遠いな──」

「そんなに遠くはないかもしれませんよ、大先生(おおせんせい)

 いつもの奴だ、親父殿は俺に女性の来客があると強敵と対峙した時の様にクワっと目を見開き、異様な殺気を発しながら「遂に嫁がっ!」と誤解する。そんな所で達人演出はしなくていい。そして露骨に落胆する。

「魚の居ない池に釣り針垂らす様なもんですからね、嫁が釣れる訳もない……あ、ジョセフさん、黒パンもう一枚如何です? サワークリームだけは割と自慢でして。美味いですよ?」

「シチューも美味しいですよ、ご謙遜なさらずに」

 ミシェルは村出身だから抵抗は無いだろうが、カブなんて都会じゃ家畜の飼料だ。俺には奇妙な話だが、都会の人々は食い物にも階級を付ける。地面に近ければ下等、高い位置になる果物は上等。それじゃあアルプスに住む山羊は平地に住む人間より上等なのか──ミシェルが連れて来た従士ジョセフは微妙な顔で木のスプーンを動かしている。黒パンは好評みたいだ。

「──時に、狼に襲われた人は水を怖がらんかね? ミシェルちゃん」

「──親父殿、それは……」

「狼じゃからの、用心はした方がええ」

「──大聖堂で修道士の皆様が──」

「どうせまた体液がーで血ぃ抜いてるだけだろ。治るもんも治らん。終いにゃウンコを練って塗りつける。殺す気か」

 

 残念ながら事実だ。街の医者や修道士は奇妙な呪いで癒そうとする。何百年も前のなんか偉い人が言い出した治療法、らしい。草やハーブを使った我々のやり方の方が正直、効く。

 

「ジャン、道場の薬在庫、みんな持って行け。必要になる」

 

 親父殿の何気ないアドバイスに俺とミシェルの動きが止まる。従士のジョセフは都会の治療より田舎の呪いが効くなんて嘘っぱちだと考えているのだが、この地に育った2人にとってはジャンという名が不味いのだ。

 ミシェルは頬を赤らめて小さく「ジャン」と繰り返した。目がキラキラ輝いている。その瞬間、俺はミシェルの冷たい手指が心臓にふれた様に感じた。

「親父殿……」俺はムッとして睨みつける。

「……おっと、口が滑ったな。まぁ、これもいい機会だと思って諦めろ。大地母神の恩寵かもしれん(すっとぼけ)」

 

 

【中世ヨーロッパ警察的補注】

 実はヨーロッパの古習にも、本名・真名を知られると呪われたり支配されるという俗習がある。勿論キリスト教化が進んだ都会ではそんなものは俗習であると馬鹿にされてるし当人たちはクリスチャンネームで語りかけるが、田舎はまだそうでもない。師匠は師匠だから弟子の名を知るのは当然だが、師匠や大先生、村長の名前が出ないのはこの地の習俗として「名前を出さないのが当たり前」だからだ。主人公のおっさんを村人が畏まった状況で呼ぶ時は「テオさん家のお兄さん」となる。あれ? 割と現代でもそうだな?

 

 

 ミシェルはニヤニヤしながら残り少ないシチューをかき混ぜてる。俺は頭を抱えて、親父殿はしてやったり顔。ジョセフだけが空気が全く読めてない。なんですかこのカオスは?

 

「大先生」ミシェルは立ち上がり、胸に左手を添えて宣言した。

「テラ師匠の都会での暮らしはお任せ下さい。このミシェルが全力でサポート致します!」

「流石ミシェル。我が門下最優の生徒じゃなー。ジャンを宜しく頼むぞ。なんせペイガンじゃからのー」

 

 

【中世ヨーロッパ警察的補注】

 ペイガンとは、原義としては田舎者に過ぎないのだが、大体に於いて田舎の方はキリスト教化が遅れて異端思想が残りやすい(北欧神話とかケルトとか)

 故に、田舎者の意の他に異端の含意があるのだが、だからってすぐ魔女扱いされて火炙りにされたりはしない。何なら王都の大聖堂にすらペイガニズムな俗習は形を変えて残っている。

 

 

 柳の行李に薬草や蜂蜜壺、着替えの下着や砥石、すり鉢、薬研(やげん)に……やれやれ、まるで嫁入りだ!

 

「街の外れに行けば、薬草ぐらい生えてるんでは?」

「──街の外れに狼がいるのにか。お前案外抜けとるのう?」

「頑丈くんは持って行くつもりだけど、構わないかな?」

「……家宝じゃないんですか? もし村が襲われたら……」

 ミシェルの顔が陰る。あ、知らないのか!

「親父殿」

「んむ」

 親父殿が角笛を取り出して勢いよく吹く。それに呼応する様に狼の遠吠え──

 ミシェルとジョセフが剣の柄に手を掛けて緊張するが、俺が2人を制する。「心配しなくていい。村の警備隊長の"ロボ"だよ。

 

 精悍な顔をした大型の狼が道場の裏手の林から姿を現す。その奥に複数の目が光る。

 

「あっ……あの時のっ!」

「覚えてるだろ? 君が泣いて怖がったあの狼、今は村の守護聖獣みたいなモンなんだよ」

「……使い魔……魔女の使い魔……」

「やだなぁ、ジョセフさん。共生ですよ共生」

「タイマン張ったらダチだからのう。境界の守護者として野の獣から村を守ってくれとる」

「本当は、こうなんだ。狼が人間を襲うのはおかしい。王都では何かが間違ってる──」

 

 行李はかなり重かった。ミシェル達が馬車を預けた隣町までは歩かないといけない。ジョセフが親切心から行李を担ごうとしたが、彼は立ち上がれなかった。それを脇目に親父殿が皮の小袋を俺に押し付ける。

「グランドマスターの教えは覚えておるな?」

 静かにうなづく。我が流派の奥伝だ。

「必要になるやもしれん。迂闊に使うな、しかし使い所を逃すな」

 まるで旅立ちを祝う様に親父殿が俺を抱きしめ、耳元で厳かに囁く。

 

Terra(テラ) t’ouvre(トゥーヴル), et() la() chaîne(シェーヌ) tombe(トンブ).」

 

 一瞬、視界がボヤける。こちらを見ていたロボ達が一斉に伏せる。すぐに視界は戻ったが、何か身体に違和感がある。

「何を……」

「生きて帰れ、ジャン・テラ。お前には跡継ぎとして学ばねばならぬ事が沢山ある。

──そして……」

「……そ、そして──」

「お前が伝える先を仕込んで来い、話はそれからじゃ」

 

 

 片田舎なら王都まで馬車で進むのだが、俺の村はど田舎だ。ミシェル達が乗って来た馬車が通れる様な立派な道はない。先ずは街道の末端、ミシェル達が馬車を預けた村まで歩かにゃならん──荷物をギシギシ言わせながら、俺は下り坂を歩き通した。

 

 村から1番近い町──バザーが頻繁に開かれ教会の一つもあれば、それは町だ。間違いない──この辺までは俺も良く行く。だから大荷物を運んでいても怪しまれない。またあの村の怪力おじさんだなと。顔馴染みも居るしかつての教え子に会う事だってある。

 しかし、村から離れて王都に近付くにつれ、段々と皆が奇異の目で見る。明らかに王都の騎士団に見える美人(ミシェル)とその従士(ジョセフ)、そして重そうな荷物を背負う田舎者(俺)。うんこれ俺は完全に強力(ごうりき)です。本当にありがとうございます。

 

 

【中世ヨーロッパ警察的補注】

 現代日本でも夏山シーズンに出没する悪路を徒歩で荷運びする強力(ごうりき)、普通に中世ヨーロッパにもいます。強力(きょうりょく)ではありませぬ。

 

 

 そしてその強力を騎士団の見目麗しい女性が気遣う。若い従士は感情を面に表さない。明らかに訳アリですよ。側から見たら俺だってそう思う。その訳アリが厚く重そうな剣で村の中まで侵入して来た狼をサクっと袈裟斬りにするのだから皆驚く。

 

 実際の時間感覚的には確かに上記の通りだ。キンキンカンカンですらない。そのズンバラリンを案外目がいいジョセフが解説すると以下の様になる──

 

 

 ミシェル隊長か街人か、誰かの悲鳴が鼓膜に届くより早く、剣士の身体は位置についていた。

 身体の物理的な運動速度が速いわけじゃない。ただ、危機を認識してから最適な初動へ移るまでのロスが剣士には一切ないだけだ。他の連中が「状況を認識し、驚き、どう動くか選ぶ」という無駄な工程を踏んでいる間に、剣士の身体は環境と同調して既に最適な歩法(ズ・フェヒテン)を選択し、大股の数歩で幼児を背に立ち塞がっている。

 狼の跳躍と、剣士が右足を斜め前方へ踏み込んだ前進歩(パッソ・アヴァンティ)は完全な同時。驚異的な反射ではない。敵が動く「その瞬間」にこちらの動作を重ねる、術理における不動の絶対時間(インデス)──重い「頑丈くん」を懐へ引き込み、最短の防御円を構成する構え(ポスタ・ディ・ブレヴィ)を取ることで、狼の直線的な突進軸から剣士の急所を僅かに外す(ヴォーイディング)

 牙を剥く狼の喉元へ、吸い込まれるように切先を突き出した。相手の攻撃ラインを刀身の腹で潰しながら、同時にその内側へこちらの切先をねじ込む、対獣・対突進のカウンター(アブセッツェン)──

 ズウッ、と「頑丈くん」が狼の喉を深く貫いた。狼の自重と速度がそのまま、自身を串刺しにする致命的な刺突(スラスト)のエネルギーへと変換される。

 だが、剣士の動きには「刺突の完了」を待つための静止時間すら存在しない。突き刺さった衝撃を推進力に変え、さらに右足を深く踏み込み(ドゥルヒラウフェン)、腰の回転とともに刀身の最も強固な根元(フォルテ)へ狼の全体重を乗せ換える。

 突きから、上段からの強烈な切り下ろし(オーバーハウ)へ。流れるような一条の軌跡が、狼の喉元から胴体を斜めに、文字通り──一刀両断に割っていった。

 どさりと肉塊が落ちる。周囲の時間が、ようやく動き出した。

 

──ジョセフくん、君いい目してるねぇ。入門しない?

 

 

 町民が遠巻きに眺める中、解体用ダガーで絶命した狼の腹を裂き、胃の内容物を確認する。やはり痩せている割に胃にはしっかりと中身が詰まっていた。

「ふぅむ……」

「な……何か、分かるのですか、師匠?」

「余り見せたいものでは無いんだがね、仕事として諦めてくれ。ジョセフもよく見るんだ。これ、指だな?」

 殺した狼の胃袋から、半分溶けた人の指が見える。

「──っ!」

「何処かで人の味を覚えたんだろう。だから獲物としてヒトを見るんだ。恐れていない。そして、これ……」

 俺は死んだ狼の背中に刺さった矢傷を見せる。

「え? なんで?」

「やっぱりな。王都では矢や弩は使っていないんだろ? それが使えるなら俺呼ぶ必要無いもんな」

「でも、矢が……」ジョセフが呟く。

「だから、さ。大方手薄な王都を襲おうとした敵軍が居たのさ。この辺には王都の騎士団ぐらいしか居ないんだろ? だったら狼に矢を射掛ける様な連中はそれぐらいしか思い当たらない。それを狼たちが襲って返り討ちにしたか、住処追われて王都に逃げたか……彼らの生活域が脅かされたんだろう。そして狼たちは人の肉の味を覚えた。こんな感じかな」

「野戦の際、猪や鹿を捉えて糧食とする事はあるそうです」

「狼たちの飯を奪うなよ。なるほど奴らも戦争の被害者か……」

 

 遠い昔の騎士道精神が咲き誇った時代では無い。今は戦場の遺体もその場で浅く埋葬すると聞く。そんなものは埋葬とは言わない。腹ペコの狼や熊が死体を捕食して味を覚え……

「森も減ったしなぁ」

 もう、この町の近くに森はない。薪は川を使って上流の村域から集めて筏で送る。

「人が、広がり過ぎたんだよ」

 

 

「久々にお手並み拝見致しましたが、速いですね、テラ師匠……」

「あっと言う間にオーバーハウで一刀両断。お見事でした」

「同じ動きならミシェルにだって出来るだろう? 君だってアデプタス=メジャーなんだから。ジョセフくんが動きを見切れたのもミシェルの普段の動きを見ていたからじゃないか?」

 旅籠でエール片手に晩飯を食う。焼いたソーセージに豆がこれでもかと入ったスープ。レンズ豆、グリーンピース、レッドキドニーにひよこ豆。僅かな鶏肉。

 ジョセフくんの俺を見る目がかなり変わった。まぁ武人というのはこういうところは正直なもんだ。

「なんで私はあの時に動けなかったんでしょう……お恥ずかしい」

「仕方ないよ、アデプトなんだから」

「──どういう事です?」

 お、ジョセフくんが興味持った? サービスしちゃお☆

「ウチの剣術では、対人戦用の技法を全て習得して技を操れる段階をアデプタス=マイナー、更に相手の動きにきちんと反応できる段階をアデプタス=メジャーに規定してる。ミシェルがウチで学んだのはここまでだ。後は自己研鑽で進めるからね。門人として出して恥ずかしくないレベルだし、騎士ならこれで十分モノになる」

「テラ師匠、その先は!」

「人間以外への対処法や、身体に技を馴染ませる段階だね。見た感じミシェルは順調に成長してる」

「解るものなんですか?」

「解るもんだよ、このマスタークラスに近付いていけば立居振る舞いや所作の中に技が見える。まだジョセフくんには見えないだろうがね」

「──その先は?」

「教えただろ、ミシェル。技を頭でなく身体が覚える。技が身体に染み渡る。だから技が勝手に出てくる。他にも幾つか口伝はあるが、それは入門してからのお楽しみ。でもね──」

「──でも?」ミシェルが身体を乗り出して俺を見つめる。

「言っちゃなんだが、騎士ってマナーとか色々あるじゃない? 向かい合って礼、始め!で始めて、血が流れたら終わりとか。不意打ちが卑怯とか、剣の会話とか。マスタークラスの剣術いらないんじゃないかなぁ」

 2人は肩を落とした。向上心があるのは良いが、剣術にロマン感じ過ぎだよ。何合も打ち合って「やるなお主」とか吟遊詩人の詩の中にしかない。練習では交互に攻撃と反撃を繰り返したりするが、実戦ではあんなのは実力差がないと中々成立しない。実戦は数合で決着する。

 

 

 王都の城壁が見えてきた頃、ミシェルが突然衝撃的な話を始めたのだ。それ、もっと先に──

 

「──王都が島国に占領されてるだってぇ?」

「ええ、破竹の勢いでランス開放したまでは良かったんですが、田舎っぺ大将(ドンレミから来たジャンヌ)も王都は一撃必殺とは行かず……」

「いや、待ってよ。それなら狼の相手すべきは──」

「テラさん、お気持ち大変よくわかります。僕もブルゴーニュ野郎がやるべきだと思いますが……」

「んー、余り言いたくないんですが、陛下は王様になれた途端にちょっとその……気が抜けたと言いますか……」

 ミシェルもジョセフも、笑顔を讃えながら青筋立てて落胆するという器用なことをしている。俺は不器用なんで単純に呆れた。

 

 大体の流れとしては……長年島国と我が国大陸側農業大国は戦争をしている。

 ここを説明するのが難しいんだが、島国は大陸から離れた島の方では王家なんだけど、大陸側では我が国領土を持つ大貴族として我が国の王に臣従している。言ってしまえば海峡を挟んだ2国のゴタゴタは橋田壽賀子ドラマみたいなもんだ。貴族は血縁関係や力関係で「渡る世間はなんとやら」なのである。

 

で、今の王がまだ王太子だった頃に先王が亡くなった。我が国にはメチャクチャ昔(フランク王国時代)から厄介な決まりがあり、王になるにはランスという街で戴冠式をしなければならんのだが……ランスは島国に占拠されていた。その厄介な風習のせいで王太子は王になれず……まぁ、王太子は「こまけーこたー良いから余を助けて! マジで!」と藁をも掴む気持ちで「色々した」

 腕が立つとはいえ女性だったミシェルが騎士団任されたのも割とこれがデカい。教会的には本来男装した女性とか「とんでもない!」と十字を切ってびっくりするところだが、神様も時と場合によっては仕方ないよねとお許しになったらしい。

「でも、何でミシェル達は城内いるの?」

「休戦中という事で、狼対策を押し付けられてるんです……」ものすごーく困った顔でミシェルが答える。馬車の外き目線を泳がせながら。

「狼ぐらい何のことはないって島国側が20余名で追い回して騎士2人死んだらしいです。フットマン(従卒)も相当数被害に……」ああ、こりゃ相当数やられてんな。従卒のジョセフくんとしては明日は我が身、か。

「あちらも休戦中と言う事で大規模には兵を動かしたくないんでしょう。また、狼退治で死傷者出るとか許容できない。結果的に私たちにやれって話に……なんでよ? と正直思います」

 

 

【中世ヨーロッパ警察的注釈】

 歴史に詳しい人なら1430年3月にクルトーが来たと思えば良い。まぁ、フランス史を学び直さなくても良い程度には物語で解説する。

 

 

 城楼には見知らぬ旗が翻り、城門を守る兵士は見知らぬ言葉を喋っていた。ミシェルは丁寧に【俺たちの言葉】で挨拶した。とびっきりの笑顔で。衛兵は俺の知らぬ言葉で不機嫌そうに何事かを語った。ミシェルは心底心配そうに、言葉が分からないのかしらとまで言い出した。ああ可哀想(Ah ! les pauvres gens)聖母マリア様御慈悲を( Sainte Marie, ayez pitié d’eux)と。

俺とミシェルとジョセフが「え? 何でこの王都(島国に占領はされている)衛兵は俺たちの言葉話せないの?」と心底不思議そうな顔をしていると、イライラした顔の男が田舎でも見ないような島国訛りの俺たちの言葉で語りかけて来た。

「おまんらほんっとーにいけすかないダスな。オラたち占領、勝ったの。おめたちの言葉使うな」

「Quare ita est? Haec est urbs regia, nonne?」

 俺には今の言葉はよー分からん。ジョセフが耳打ちしてくれた。「教会の言葉(ラテン語)ですよ。僕らの言葉禁止されてなんでって聞き直してます」

 

「Etiam pueri vestri putant totum orbem lingua vestra uti debere!」

「Latine sane eleganter loquimini. Fortasse apud clericos Beatae Mariae felicius viveretis.」

 

「なんて言ってんの?」声を顰めてジョセフくんに聞く「僕も教会の言葉(ラテン語)あんまり知らなくて。いつも通りの心温まる交流の様な気がします」

 絶対嘘だろ(豪速球)

 

⚠︎何言ってるか気になる人はAIに翻訳頼んでみよう⚠︎

 

 何とか城門は潜ったが、ミシェルの説明が鬼気迫る迫力なんですよ。

「……ここが私たちの隊の本部施設です、今は島国野郎に接収されています。そしてここから一ブロック先の民家が私たちの宿舎兼連絡所になっています。マルシェに近くて便利ですね」

「マルシェは、デカいのかい?」

「ええ、朝から晩まで賑やかですよ。近郊からの野菜や肉、大きなパンもありますよ!」

 うん、ジョセフは間違いなくこの王都の出身だよね。いいとこの坊ちゃんだと思う。声音が明らかに朗らかだし、パンがデカいって話は多分我が家の黒パンが小さいから自慢してんな。

 

 

【中世ヨーロッパ警察的注釈】

 中世ヨーロッパでパン食が大衆まで広まるのは最末期でルネサンス始まる直前であり、小さいがよく引かれたライ麦全粒粉の黒パン食べてたテラ家はそこそこ村では裕福な家庭。でも普段は大麦の粥とか食べてる。

 

 

「……なら、後で春生まれの子羊でも買いに行くかなぁ?」

「ラム肉、お好きでしたっけ?」あら意外とミシェルが素直に驚く。

「うんにゃ、いわゆる囮でね」

 

 

 民家の広間で騎士団員に俺を紹介するミシェル。なんかやたら持ち上げられててくすぐったい。てか、剣術師範してるの省かないでくれるかな? あと、騎士団ではあるが騎士より従卒の方が人数多い。彼らは徒歩戦士であり、騎士見習いでもある。基本的には雑用をこなしつつ先輩騎士に従い様々な事を学ぶ。

 

 そして早速狼禍の話を聞き対策を練るんだが……端的に言おう。イギリス野郎ども、騎士団潰す気満々だ……

 

 

【中世ヨーロッパ警察的注釈】

 中世ヨーロッパ、普通に徒弟制で新人教育するのが当たり前であり、職業訓練校なんて無い。騎士は一代称号であり世襲出来ないが、だから逆に貴族以外からも基準を満たせば騎士にはなれる。男爵からは貴族として世襲が可能であり、逆に言うと血統が意味を持つから世襲制なのである。

 代々騎士の家系というものは実在し得るのだが、それは英才教育して代々騎士に任ぜられていたという事で、システム的には世襲をしている訳では無い。

 

 

「──結論から言おう、これ君たち全滅させる罠」

 真顔で少し呆れながら騎士たちに告げる。無理だって、死ぬぞ。

「そんな……たかが野犬崩れに……」

「野犬崩れに島国の騎士が2人噛み殺されたのにか。島国の騎士が弱いとしたら、王都占領された君らはもっと弱いの?」

「──それは……ブルゴーニュの連中が島国野郎に加勢したから……」

「そこだよ」俺は机に両手をついて項垂(うなだ)れ、次に視線を上げる。

「数が多いと野犬でも人を殺す。並の狼だって群れたら恐ろしい敵になる。それなのに2人1組で夜警に回る? 囲まれて噛み殺されるのがオチだ。君たち騎士なんだから戦力の逐次投入はダメとか、隊伍を組んで局所に数的優位を形成するとか学んでるよね? なんでそれを狼退治だと忘れるの? それらは基本だ。基本だからいつでもその視点を持ち続けなきゃダメだ。基本は身に付けよう。

で、島国野郎は20人の隊でも被害出してるんだ、敵は手強い。敵はどの様なものであれ侮るな」

 俺は右の袖口を捲り上げる。ロボと戦った時の歯形が傷跡として残っている。

「大型の狼は骨を顎で砕くぞ。君たちは自分の主人と野山で狩猟した事、あるかい?」

 

 狩猟は領主の特権だが、義務でもある。楽しい楽しい惨殺ショーではなく、領民の畑や財産を守り、兵を訓練する場でもある。命懸けの集団戦闘訓練なのだ。

 

「多分君らも一般的な騎士の戦闘訓練はしているのだろうが、動物相手は未経験。都会の神様は君たちを神の子羊と呼ぶそうだが、子羊なんて狼から見たらご馳走だぜ?」

 

 計画は練り直しだ。2人1組で街を警備するなんてやられに行くような物だ。君らは戦場でも2人1組で突っ込むのかと。

 

 

「やはり城外の被害が多いのか」

「ウィ。貧民街は狙われていますが、先週からは城壁内部外層でも不審な犬の目撃談が出ています。数匹ですからこれならばと……」

「狼は斥候を出すぞ。老いた個体や怪我した個体だ。その後ろに精鋭が潜んでいる」

「島国の連中からの情報ですと、大型の狼3匹が主力の様です。彼らはテリー、アンディ、ジョーと呼んでいます。リーダーは"クルトー"、規格外のサイズの大狼だとか」

 ミシェルは羊皮紙のメモを片手に説明を続ける。島国野郎が僅かな虚勢と大きな恐怖で話を盛っていてくれると助かるんだが、板金鎧をひん曲げる咬合力ってもう狼じゃないぞ。サイズを聞く限り体重は俺よりありそうだ。並の人間は同体重の獣には敵わない──それらと戦うなら弓がいる。弓じゃなければ最低でも長槍だ。それぐらい獣は強い。

 

「あンのー、先生はミシェル隊長のお師匠様ですよね?」

 いかにも田舎の三男坊ですと言った雰囲気の従士ガストンが挙手しつ質問する。

「そうだが?」

「何のお師匠様ですか? まるで里の猟師さんみてだなと。或いは名のある領主様のご子息? いや、余りに狼さ詳しいなと」

「一応剣術道場経営してた。とは言え随分古い流派だから軍学や用兵術も学んでるぞ」

「テラ師匠! なら何で私には軍学をご教授頂けなかったんですか!」

 ミシェルが突如怒り出したが、訳があるんだ。

「ミシェル……言っただろ? 古いんだよ。今のご時世大砲でドカンだろ? 我が家の家伝の軍学はシャルル何とかの昔の戦術、今の世では役立たんよ」

「じゃあ何で今狼退治の指揮を?」

「狼は大砲や弓や長槍使わんだろ」

「でも、隊長の剣術はヨハネス・リヒテナウアー師の流れも汲んでいる様な……」

「俺の親父殿も偉大なる祖父も剣術学びにあちこち行ってるからな。君たちが最新の軍学学ぶ様に我が家も剣術は最新の技術学んでる(し、教えてる)」

「え?」

「え?」何で意外な顔してんの? 剣術家なんだから当たり前だろ?

 

 

「例えば……家伝の剣術だとこの様に左手を前に出して構える。今は廃れたが昔は小さなバックラーって盾を左手で構えてたんだ。だから当時は剣を両手で構えて切先を相手の喉元に向ける教え自体がない。リカッソ握って槍の様に扱う技術もない」

「その構え、突きはともかく切り込む……オーバーハウとかやりにくそうですね」

「まぁ、大体突いてたからな。昔の剣はよく曲がったり折れたりしたから」

「でも、テラ師匠のお家の剣、やたら頑丈ですよね?」

「ああ、だから仲間内で切る動きも工夫して巻きの型なんてものを考案した。右手で剣を握り左肩の方に引く、左手は盾を持ち相手に向ける……」

 剣術も変わって行く。剣も変わって行く。それらは全て普通の事だが、変わる事で得る事、失う事がある。その変化のバランスの中で何を捨て何を残すのかを決めるのは、人の意思。百年後に我々は何を捨て、何を残して何を得るのか──まぁ、それを見定めるためには俺も早く身を固めて【それを見に行く子孫】こさえなきゃいかんのだが。その意味では親父殿はやはり正しい。また或いは──騎士団の彼らに見に行って貰うのも良いのかもしれない。まだ幼い顔立ちを残す従士の若者達には十分な年月がある。

 だから……生き延びさせなきゃな!

 

 

「──よし、感傷はここまでだ。死にたくなければ耳をかっぽじってよく聞け」

 俺はパンと手を叩き、若者たちの意識を引き戻す。

「今からこの街の構造を使った、確実な『狼のハメ殺し陣形』を組む。ガストン、そこの机の上の灰皿と、余っている木片をいくつか持ってこい」

「は、はい!」

 ガストンが慌てて持ってきた木片を、俺は羊皮紙の即席地図の上に並べていく。

「まず、夜警の二人一組はやめだ。これからは最低でも八人一組の『分隊』で動く。戦う場所は城壁の外側──スラム街の路地裏、ここ一点に絞る。あそこは道幅が狭い。幅三フット(約九十センチ)しかない路地に、長槍を持った兵を三列に並べる。こうして突き出された穂先は、獣から見ればただの『棘の壁』だ。どれだけ足が速くても、正面から突っ込めば自重で串刺しになる」

「あの、テラ先生……」ミシェルが少し言いづらそうに口を開いた。「スラムの入り組んだ閉所であれば、確かに長槍の間合いは活きます。ですが、上層からの長弓やクロスボウの援護がなければ、包囲を維持するのは難しいのでは? それに、飛び道具は現在の休戦規約で使用が固く禁じられています。いくら相手が獣とはいえ、規約を破れば教会の耳に……」

 最新の軍学とやらを学んだ騎士らしい真面目な懸念だ。俺は小さく鼻で笑う。

「規約、ねえ。都会の神様が定めたお上品なルールを、狼が守ってくれるとでも思うかい? 奴らは休戦規約の羊皮紙なんて、ただの排泄後の尻拭き紙くらいにしか思ってないぞ」

「それはそうですが……しかし、我々が公に規約を破るわけには……」

「破らなきゃいいんだよ、破らなきゃ」

 俺は灰皿をどん、と地図の広場の中央に置いた。

「弓が使えないなら、別の手段で奴らの足を止める。最高に美味そうで、油断しきった『迷子の子羊』をスラムの広場にぽつんと置いてやるのさ。夜の暗がりに、わざとらしく孤立した子羊をな」

「それって……」ガストンが顔を青くした。「ボクたちがその餌になるんですか?」

「神の子羊も悪くないが──」俺はガストンを眺めて意地悪く微笑んだ。

「狼もマルシェの子羊の方がお好みだろうな」

 ガストンは露骨にホッとした顔をするが、そこに俺からの追撃。

「羊には羊飼いが必要だな? それを俺とお前でやる。近郊の村から子羊連れて来た田舎農夫。びったりだろ? 俺とガストンで子羊ちゃんを外に繋いで、子羊ちゃんを守る。敵が現れたら周囲の物陰に伏せさせた前衛が一斉に白兵戦で囲い込む。弓が使えないなら、最初からゼロ距離の奇襲でケリをつけるまでだ。逃げ道はすべて長槍の壁で塞いである。これなら規約にも触れん。文句はあるか?」

 ミシェルもガストンも、予想外の泥臭い戦術に呆気に取られたようだが、すぐにその実用性を理解したらしい。騎士たちの目に宿っていた恐怖が、明確な「狩猟の闘志」へと書き換わっていく。

「ただし、だ」俺は地図の上を指でトントンと叩く。

「相手のボス、クルトーって大狼は恐ろしく知恵が回る。これだけお膳立てされた罠だ、奴なら何かおかしいと見抜くかもしれない。おそらく、最初は様子見として斥候を二、三匹先行させてくるはずだ」

「斥候を……では、本隊が出てくるまでその斥候は無視しますか?」

「いや、見つけ次第全力でブチ殺す。本隊が罠を察知して逃げるのは織り込み済みだ。まずは確実に斥候の息の根を止め、奴らの戦力を削ぎつつ、こちらの連携を体に叩き込む。まずはそこからだ」

 人間はか弱き子羊なんかじゃない。道具と、罠と、悪知恵の限りを尽くしてこの大地の頂点に君臨した、地上で最も陰湿で恐ろしい『捕食者』なのだから。

 

──大地の頂点ってなんだ?(てつがく)

 

 

 今、俺はミシェルだ。

──いや、王都の女性騎士団長ミシェルの事じゃない。

王都近くの村から子羊を売りに来た田舎者。今の俺はそういう設定で、偽名としてミシェルを名乗っている。

別におかしな話じゃない。今の時代のミシェルは男性名だからだ。むしろ女性なのにミシェルを名乗っている王都騎士団長の方が珍しい。

 

 

【中世ヨーロッパ警察的指導】

 1430年頃の大陸側農業大国では Michel は普通に男性名。大天使ミカエル由来で、モン・サン・ミシェルも「聖ミカエル山」の意味である。女性名としてのミシェル(Michelle)が出て来るのは作中時間よりかなり後の話になる。

 

 

 で、俺は今ガストン連れて夕暮れ時の王都城塞東側の城壁外に形成されたスラムの中を歩いている。大体貧民はどこの町でも入城料が支払えなかったりケチったりして城壁外側に勝手に掘立て小屋を作り、スラムにする。そして……勝手に入城料の不要な(或いは僅かにスラムの顔役に小銭渡して)入り口を作る。俺はこれを探しに来た。

 ガストンは荒縄で繋いだ子羊2匹を引いている。壊滅的に縁起が下手なので「ミシェル」以外喋るなと言いつけてある。大柄な体躯と少ない語彙で田舎のうすのろトンマに見えるが、従士にはなれているのでそこまで馬鹿ではないのだが……とりあえずこいつは俺の甥という設定だ。

「何してんだ、おっさん」

「へぇ、ちょっと今年の春生まれた仔羊を売りに来たんですが、こいつがうすのろなもんで……」

 俺はガストンを指差す。イメージはピッタリだがガストンは「ミシェルぅ……」と不満を表明している。ははぁんと当たりを付けたスラムの男はこう切り出す。

「日が暮れたからな。入るなら明日か。寝床を探しに来たんだろうが、わりぃが出てってくれ。そんな美味そうな子羊がいたら狼に襲われちまう。巻き添えはごめんだ」

「え? 狼?」

「知らんのか? 今王都は狼に包囲されたも同然よ。何なら俺が子羊買い取ってやる。それなら空き家で一晩過ごしてもいい。案内するぜ」

「待ってくれ。ここに子羊がいるとヤバいのに買い取る? あんた別口知ってるんじゃないか? あるんだろ? 安い別口が」

 図星だったようで、顔役は忌々しそうに俺を睨む。「ち、可愛くねぇなぁ。でも中の宿は高いぜ?」

「雨も降りそうに無いし、街の片隅で野営よ。壁の内側なら安心なんだろ?」

「壁の内側にも狼が出たって噂だぜ」男は悪い顔で微笑む「まぁ、城外よりはマシだろうがな」「ミシェルぅ……」

 ガストン、ここはミシェル要らなくない?

「頼むよ。金は払うし売れたらお礼もする。こいつの姉がこの春結婚するんだ。恥はかかせたくない……金要るんだよ」

 顔役は勿体つけて空を睨む。夕闇と夜空のグラデーション。

「分かった。その代わりウチをこれからもよろしく頼む。高く売れるといいな……」

 顔役は僅かに微笑んだ。良い人だろ、俺アピールタイムだ。高く売れるのは知ってる。俺たちこの仔羊をマルシェで仕入れたんだから。めっちゃ高かったわ!

「ミシェル……」

「まぁ、高値で売れるだろうよ。狼のせいで今子羊は高値だからな。クソっ、柄にもなく故郷の兄妹思い出しちまった……」

 

 曲がりくねったスラムの道のどん詰まりにそれはあった。密輸の戸板。廃屋の隣のゴミの山に見せかけいるが、ゴミ山の一部を除けると大人が中腰で通り抜けられる穴がある。反対側がこの顔役の家か小屋なのだろう。

「普段は小僧が壁の向こう側に常駐してるんだかな、残念ながら小僧は天国じゃなく狼の胃の中に消えた。悪りぃが戸締りだけは自分でやってからこっち戻って来てくれ。預かり賃として……」顔役が右手を開いて5と表示。え?シリング?単位は?

「5ソ(シリング)だな。帰って来たら1ソ返してやるよ」

「ちょっとだけ割安だな。2ソ返しじゃダメかい?」

「おいおい、マジかよ。それぐらい持って来てんだろ、路銀ぐらいあるだろ?」

「高く売れる保証がない。親父からも現物優先、金が入る前提で動くなって言われてる」

「ミシェルぅ」

 ガストンが手のひらに1シリングを乗せて差し出す。思わぬアドリブに俺も焦る。

「ガストン、お前……」

「──分かった。話通しといてやる。マルシェで西の奥にある肉屋に行け。ピエールに指示されたって言えば買い叩かない。あと小僧、銀貨引っ込めろ。俺もガキから金巻き上げる様なこたーしたくねぇ」

 

 マルシェに向かう道すがら、ガストンが周りを見回してから話しかけて来る。

「……ねぇ、テラさん」

「何よ?」

「これ、脱税……」

「お、そうだな?」

「悪い事だよ……」

「税収が我が国に入るなら、それは正しい。でも今は入城税は島国の財布に入るからな。よって俺らは一向に構わん」

「あ、そうか!」

「何なら今だけピエールに稼がせてやってもいい。王都奪還したら密輸やめて貰おう。或いは奴を仲介させる事で安価な仕入れができる様にするか……あいつ、島国に損させた功労者だし」

 

 肉屋の親父に「ピエールの旦那」の名前を出したら大笑いされた。

「あの掻っ払いのガキが、俺に頼むとは随分出世したもんだ! 地位が人を作るだーよく言ったもんだな!」

 肉屋は気前よく仔羊2頭を買い取ってくれた。ほぼマルシェで仕入れた金額と同じじゃん!

「ほら、こっち来て座れ。何なら泊まって行け。あいつ、元気にしてたか? 話を聞かせてくれよ。今ワイン温めて持って来るから寛いでくれ」

 肉屋の親父は上機嫌で色々な話をしてくれた。1418年の黒死病の話のこと。ピエールはそれで天涯孤独になり、ブルゴーニュ派の顔役に搾取されまくっていた事。その前顔役も黒死病で死に、その隙を突いてピエールが裏社会の顔に上り詰めた事──

「大方、君の姿を見て昔自分が親方に搾取されてた事思い出したんだろうな。アイツもようやく慈悲ってモンを覚えたか。マリア様に乾杯だ!」

「ミシェル……」

「生きるってーのは大変なモンですなぁ。そして生きているから変わる事が出来る。いやー、いい話を聞けました!」

「頑張って生きていこうな、せっかくここまで生き延びたんだから!」

 生き延びて来た。王都でこの言葉は重い。俺も後に知る事になるが、ブルゴーニュ派の手引きで王都が陥落した際、王太子支持派のアルマニャック派は虐殺されたという。

 なんかこの人口軽くない? なんか、こー大丈夫かなと不安な顔をしていたら肉屋の親父に握手を求められた。

「ピエールの鼻は昔からよく効く。それに俺は肉屋だぜ? 肉のつき方には詳しくてね」

 

 

 騎士団臨時本部に帰って来た俺は、ざっくりみんなに概略説明した。

「密輸ルートが襲われた、か」

「まぁ、小屋のカギ頑丈にして補強したら城内侵入ルートは塞げるな。或いはドアは開放してその外で槍衾を作るか……」

「あンのー……スラム側で槍衾はダメなんですかねぇ?」ガストンが控えめに提案したが、即座にジョセフに反論された。

「騎士団は城内警備が任務だよガストン、城壁の外は王都じゃない。騎士団としては城内警備をするべきだろう」

「でもさ、ジョセフ──スラムの人は、お隣さんなんだよ。お隣さん大切にしろって、神様も言ってるじゃん」

「へー、そうなんだ?」俺は相槌を打つ「都会の神さんもいいこと言うなぁ」

「ウィ、汝の隣人を愛せよですね。ムッシュ」

 なんかキザな奴が1人いるが、そういや俺こいつの名前知らん……拍車付けてるから騎士か。前髪弄りと名付けよう。なんかいつも前髪くるくるいじってるし。

 

 

【中世ヨーロッパ警察的指導】

 騎士は乗馬する関係でブーツの踵や鎧の踵に拍車という物を取り付けている。馬に指示出す為の器具だ。最近のファンタジー作品では完璧に無視されている要素だが、あの宇宙の騎士すら拍車は付けているから気をつけよう。

 

 

「メ・セニョール。こう考えてはどうでしょう? 我々はスラムを守るのではなく、城内を守る為にスラムに行く。結果的には同じですけどね、理屈はあった方がいい。私もガストンくんの考え方は好きですよ」

 俺は素直に驚嘆した。「お前、上手くまとめたな! 屁理屈だけど!」

「ムッシュウ、理屈も屁理屈も変わりませんよ、筋さえ通せばいいんです。まぁ私、この騎士団の副長みたいなもんですから」

 団長であるミシェルはジト目で呟く「副長置くほど大きな組織じゃないんですが」

 うん、まぁ騎士爵8名従士16名。従士は通いで第二寄宿舎住みもいるが、そりゃ臨時隊舎が狭すぎるからだしなぁ。警察組織、軍事組織としては大きくない。

 

 

「よーし、副長隊は城壁内側担当な、ミシェル隊は城壁外側出るぞー」

「了解!」「鎧着ると狭いなぁ……」「ガストン早く出て……」

「──なっ……なんだぁ?」

「よぉ、ピエールの旦那。この間は世話になった。鍵返すから銀貨一枚返して」

「ミ……ミシェル?」

「あ、騙して悪りぃ。実は俺ら騎士隊のもんでして……まーまー、そんな焦るなよ、仲良くやろうぜ、旦那!」

「私が隊長のミシェルです。この度は私のテラ師匠がお世話になりまして」深々と頭を下げるミシェル。なんか、こー……ウチの旦那がみたいなニュアンス入ってない?

「密輸は本来脱税行為で厳罰ですが、我々的には島国野郎に税金渡さないのは愛国的行為と判断しますのでご安心を。その代わりと申しては申し訳ないんですが、狼退治にちょっとスラムのこの辺お借りしたいのでお力添え頂けませんでしょうかー?」ミシェルの圧が凄いんですけど?

 ミシェルはそう言って、懐から一枚の折り畳まれた羊皮紙の書類をすっと取り出した。広げてピエールの目の前に突きつける。そこには、流麗な宮廷文字と、生々しい直筆の署名が記されていた。

「これでも私共、シャルル7世陛下直属の騎士団ですの。……お分かりいただけますわね?」

 おい待て。ミシェルさんや、今、語尾が「ですの」ってツンとしたお嬢様っぽくならなかった? それに『陛下直属』ってなんだ。お前ら、そんなやべー組織の尖兵だったの!?

 

 

【中世ヨーロッパ警察的指導】

 少し時代的には早いのだがシャルル7世が国費で軍隊維持して、すぐ略奪したりする傭兵団切る方向に舵を切ったのは史実通り。ミシェル達の騎士団はそのテストケースであり、シャルル7世のポケットマネーで運用されている。

 

 

 ピエールの顔が見る見る真っ青になっていく。

 そりゃそうだ。国費で動く正規の軍隊としてはまだ法制化もされておらず、実態は陛下がなけなしのポケットマネーを叩いて実験的に囲っている『王の私兵団』のようなものだが、だからこそタチが悪い。予算がついてないから給金は驚くほど安いが、その分、王の直筆サインという『政治的威力』だけはガチの本物なのだ。

(ちなみに、そんな金欠組織がなぜ破綻していないかと言えば、さっきの『前髪弄り』のような実家が太いキザ野郎を騎士採用することで、別口の財布をキッチリ確保しているという、実にちゃっかりした親切設計だったりする。実際運用経費(特に軍馬の維持費用)は殆ど前髪弄りの実家筋から提供されているらしい)

 

 そしてミシェルのこの宣言は、単なる脅迫じゃなかった。

 ピエールが島国相手の密輸で儲けつつも、根っこでは「反ブルゴーニュ・島国野郎派」であると確信しているからこその、高度な懐柔策だ。「お前のやってることは脱税(犯罪)じゃなくて、敵を利さないための愛国的行為だ」という大義名分を王直属の口から与えられれば、裏社会の人間としては乗る以外の選択肢がなくなる。だがしかし、それは王の帰還後は密輸商売は辞めなきゃならないという事であるし、何か合法的な利権を用意するという含意があるのだろう。

 ただの地方領主の騎士なら「賄賂」や「スラムのルール」で煙に巻けるかもしれないが、バックにいるのは王その人と、その大義。

 おい待てミシェル、笑顔の圧が凄いし、交渉術がプロすぎて師匠ちょっと引いてるんですけど?

 

「帰って、来れるのか……この王都に……」

「そのお年ならご存じですよね? どうやって王都が陥落したかを。同じことを倍返ししてやるってお怒りですわ。だから──」ミシェルはピエールの手を優しく握りしめた。

「王は王都の民を見捨ててはおりません。狼禍も早く解決するようにと密命を頂いておりますし、アルマニャック派の活躍を望んでおられます。どうか、私たちの言葉と行動を皆様の心にお留置きください──陛下は城なし王(ル・ロワ・ド・ブルージュ)の侮辱に心底お怒りであらせられます」

 

 

 夜半、俺たちは陣を張る。騎士8人の内2名は名目上城内夜警のフリして従士4人連れて歩く。残り6名はスラムに潜み、従士6名と狼退治だ。従士6人が暇になってるが、これは──

 

「なんで騎士団なのに剣すら人数分無いんだよ!」

「剣は騎士叙勲時に支給されるからですね。高いですし」ジョセフは腕組みしながら答えた。

「槍すら3本しか無い!」

「あら、ありますよテラ師匠。ランスなら8本」ミシェルは『槍』なら11本あると言い張っている。

「馬上槍じゃねーか!」

「ウィ、ムッシュゥ。騎士なので。騎士とは馬上で戦うものじゃないですか」まーえーがーみーっ!

 つまり、鎧はあるが武器が無い。

「テラ師匠の道場だって本物2振りしかなかったじゃ無いですか」

「ウチは道場で騎士団じゃねぇ!」

「シルブプレ? 我々も現時点ではシャルル7世陛下の私兵団みたいなものですよ」

「王様だろお前らの雇用主!」

「ウィ。多分財政的余裕は私の実家の方が……」

 

 

【中世ヨーロッパ警察の説明】

 シャルル7世陛下の名誉とメンタルケアの為に申し添えるが、決して王家の収入が少ないわけでは無い。王都は占領されてるが全ての都市が敵側に渡った訳でも無いし……ただ、収入多くても支出がもっと多いのだ。割と財政的には支出が少なく財源だきゃー多い子爵の方が余裕がある……

 

 

「去年のパリ奪回失敗が痛かったですね」

「軍事費尽きて攻略軍解散しましたしねぇ」

「田舎っぺ大将まで怪我したし」

「しみったれた話はやめろ。使える武器探して並べろ!」

 

ピッチフォーク×2(軍馬の寝床均し用)

フットマンズフレイル×3

クォータースタッフ×2

訓練用木剣×8

騎士用のロングソード×8

ランス×8

長槍×3

恐らく長槍だったが折れて短槍になったやつ×1

錆びたメイス×1

血塗られたウォーハンマー×1

 

「……」俺は、無口になった。

「割とあったね」

「ノン、王の騎士団がピッチフォークは……」

「だから……リーチが欲しいんだリーチが! フットマンズフレイルや長槍はいいが、メイスとか狼に齧られんぞ! とりあえずメンツもあるから城内警備は騎士は剣、従士はクォータースタッフとメイス、ウォーハンマー持ってけ!」

「サビサビのメイスはかっこわ「磨け! よく磨け! どうせ夜警だからよく見えん!」

「スラム隊はどうします?」

「どうせ夜のスラムなんて誰も見てねぇ。槍とピッチフォーク、くじ引き外れた奴はフットマンズフレイルな」

「あら? 見た目ならピッチフォーク外してフットマンズフレイルの方が……殺傷力優先ですか、テラ師匠?」

「狼とか獣の類は結構打撃に耐える。上手く鼻先にでも当てられたら怯むが……」

 こいつの攻撃は怖くないって狼が知ったら、攻撃集中するからなぁ。案外ピッチフォークは怖いもんだ。格好は悪いが襲われにくくはなるだろう。

 

「俺とガストンが子羊連れて狼誘引するから、スラム隊は近隣の掘立て小屋で待機。合図したら包囲するが、槍やピッチフォークを構えた従士は基本的に狼に武器向けるだけにしろ」

「何でだ? テラさん。武器せっかく集めたのに」ガストンがガタイに似合わず可愛く首を傾げる。

「ミシェル、理由は?」

「はい、不慣れな武器は中々当てられないからです。主目的は包囲ですし、攻撃しなければ当たりませんが……()()()()()()()()()()()()

「ジョセフ、騎士はどう動くべきか判るか?」

「え? ──狼叩く?」

「攻撃は俺とミシェルでやりたいが、今回はミシェルは見張りを担当してもらう。狼の主力……テリーだかアンディだか来たらそっちを牽制だ。決して後ろ取られない様にしろ。特に野犬や狼は背後に回って脚を狙ってくる。倒されたら噛み殺されると思え。倒されたらカバーして速やかに起こせ」

「──攻撃は誰が?」前髪を弄りながら前髪弄りが尋ねるが……

「俺だけでいい。大方予想付くが、お前ら実戦経験無いだろ? 狭いところで下手に武器振り回すと同士討ちになるぞ。動きが噛み合わないと狼の攻撃避けた所に槍を突き込む奴が出る」

「……そんな……」ジョセフがブルっと震えた。

「戦場酔いって、聞いたことあるか? 慣れてないと良くこうなるが──真面目に訓練してまだ戦場に慣れて無いと、覚えてた事は忘れるし──闇雲に武器振り回したり敵に闇雲な攻撃しはじめる奴が必ず出る。今ここで話した事の半分も覚えていられたら上等だし、迂闊に攻撃せず冷静に構えていられたら大したもんだ」

 

──残念ながら、8割忘れてた(涙)

「ミシェル! ミシェル! ミッシェルぅ!」

「いいから羊抱えてろガストン!」

 他者の殺意に晒された経験が少ないんだろう。ガストンは半狂乱だしジョセフはガタガタ震えて固まってる。おかしいなぁ。陣形組むまでは動けてたんだが、囲んで狼が腹括ったらビビり散らかし始めた。まぁ、アレだ。上手くいきすぎると人は不安になるし、しくじりまくると絶望する。ヒトの心は難しい。

「心配するな、下手に攻撃すんなよ……」

 囲んでいるのに俺が囲まれてる様な気がする。狼が4頭。従士達6名が味方とは限らない。1番手前の狼を突いてからオーバーハウで地面に叩きつける。残る狼達が飛びかかろうとすると勝手にへなちょこ槍が突き出されてタイミングを壊す。そしてタイミング崩されるだろうなぁと予期した俺が狼の顎を蹴り上げ流れる様にオーバーハウ。頑丈くんは違わず狼の首を刎ねる。

 大体、こういうもんだ。恐怖に慣れず命を奪うことが初めてだと身体は中々上手く動かない。流石に騎士達はビビリこそしないが動きは硬い。前髪を弄らない前髪弄りはご自慢の剣を構えちゃいるが切先がフラフラ揺れている。意識してやってるなら大したもんだが、力一杯剣を握りしめてるあたり……こいつも戦場酔いだなぁ。

「テラ師匠、来ます!」

 そこ行くとミシェルは流石だ。少なくとも呑まれてはいない。その両脇の騎士も。そして愛しの従士達はミシェルの声に気を取られて視線を手前の狼から外し……狼はその隙を逃さない。そしてその動きを読んでいた俺は流れる様に2匹を叩き切る。まるで俺がめちゃくちゃ強いみたいだが、ただ単に場慣れしてるだけだ。慣れてしまえばジョセフ辺りは普通に狼ぐらいあしらえる。実力とは()()()()()()なのだ。

「従士! トドメを刺せ!」

 もう抵抗の余力さえない狼にさえ槍やピッチフォークは当たらなかったりする。今はそれでいい。殺す感覚に慣れろ。キャンとかギャンと鳴く命を刈り取れ。

 ゆっくりとミシェルの前に立つ。大型の狼が3頭。これが主力か。

「ミシェル、行けるな? 左を牽制」

「……はい、テラ師匠」ミシェルの動きには固さがない。流石。

 

 その時、スラムの外から遠吠えが響き、大型の狼3頭は踵を返した。

「ミシェル、隊をまとめとけ。落ち着かせろ」

「師匠は?」

「クルトーとやらに挨拶してくる」

「わぁぁぁあ! ミッシェルぅ!」

「……何やってんだガストン?」

 ガストンが子羊頭上に掲げて立ち去る狼に走り寄り、一頭が睨むと今度は反対側に走り出す。ガストンのケツに一頭が駆け寄り噛み付く。「アィタァぁぁあ!」

「そこまでだ」

 走り寄った俺が剣を構えて殺気を放つと狼は飛び退き2匹を追った。その先に名前の通り尻尾が千切れた威厳漂うボス狼。言われている程ではないが、確かにデカい。

 

 

 クルトー。王無き王都唯一の王。

 狼王、クルトー。

 

 

 

「もう来ないとは思うが、警戒は怠るなよ。負傷者は……ガストンだけだよな?」

「ミシェルぅ……」

 泣くなガストン。聖ミカエルはキチンとお前を守ってくれたじゃないか。

「……あんなに聖ミカエルを頼ってたなんて、私知らなかった……団長失格だわ……」

「ガストン、あんなに動けるなんて凄いよ。僕も次は聖ミカエル様に祈ろう……」

「ミシェル……ミシェル」

「ミシェル、(ちょっと考えて)いや、団長。こっちの指揮頼む。ジョセフと……そこの、ガストン運ぶから手を貸せ」

「そこのって……」

「へぇ」

 

 肩を貸して密輸者の門を潜ると、ガストンは辺りを見回して俺にこう告げた。

「──テラさん、もうミシェルやめてもいい?」

「へ?」

「だって……」ガストンは尻をさすりながらこう言った「スラムじゃミシェル以外喋るなって……」

 もういいってば(苦笑)

「ケツ痛い……もうダメ、俺狼憑きになるんだ……」

 

 

 騎士団本部(デカいが民家)に到着してガストンの手当てを頼むといきなり鉄コテを火に炙り出した。ガストンはベッドにうつ伏せに寝て尻を出す。

「え? 何?」

「傷口焼くんですが?」

「どうして?」

「止血」

 …………は?

「お湯沸かせて。てか治療は俺やるわ」

 

 

【中世ヨーロッパ警察の小部屋】

 良い子のみんなは傷の手当ては小説のやり方しないで病院行って標準医療受けような! 約束だぞ!(特に野生動物による咬傷の場合は狂犬病の可能性あるから救急車呼んでいいぞ)

 さて、この時代の治療というのは都会の治療の方がヤバい。まず獣の涎とか毒だと思われてたので、カッピングなどで毒を吸い出す。まぁ炙ったカップを押し当てて押し付ける感じだ。

 更に傷口を大きく切開してそこに赤くなるまで熱した鉄のコテ(**コウテリー)**を押し当てて傷口を焼いて止血する。傷口閉じると毒や悪い体液が閉じ込められると考えられており、縫合はしない。

 この後ハーブや万能薬塗るのだが、万能薬の中には何故か宝石の粉末などが混ぜ込まれていて(いわゆるパワーストーン的な効果があると信じられていた)、宝石だから薬代が腰抜かすほど高額になる。

 治る気はするかな? 本官としてはむしろ悪化するしこれは拷問なのではと訝しむ次第なのだが。

 

 

「何で冷ましたお湯で患部洗うんです?」

「熱い湯を掛けたら火傷するだろ。経験上井戸や川の水で洗わない方がいい」

「吸い出しは? ベノムや悪い体液が……」

「昔俺も狼にガブリと腕噛まれたが、そんなんせずに治ったよ」

「て……テラさん? それ本当に大丈夫?」

「ガストンは焼きごての方が良かったか? それ、悪化する気しかしないんだが」

「正直に言うだども、どっちも嫌ダス」

「祈りましょう」「神に祈りましょう」

 名もなき従士達は十字を切って祈り出した。まぁ、最も安価な(実際無料)治療法ではある。

「祈ってないでガストン暴れない様に押さえとけ。蜂蜜染みるから」

「はっ……蜂蜜ぅ?」

「効くんだよこれが。何故か」

「ハーブや混ぜ物は? 犬の糞ならありますよ、乾燥させたやつ」

「蜂蜜だけでいいみたいだぞ。大方手持ちが無いやつが蜂蜜だけで試したんだろうが、俺も村では蜂蜜だけ塗ってた」とろーり

「ダメだ、僕もうペイガンの怪しい治療で狼憑きまっしぐらだ……」

「俺の治療でミシェル隊長も怪我治ってる。案外効くぞ、俺の治療」

「祈りましょう」「神に祈りましょう」「俺も祈ってやるから。聖ミカエル(ミシェル)様、ガストンをお助けください……」「ミシェル(ミカエル)ぅ」

 

 ジョセフを残してスラム側従士警備員を交代させるべく密輸の扉に再度向かう。

「ミシェル、どうだ?」

「騎士は半分休ませました。従士はどうします? 返しますか?」

「団長の方で決めて。俺は全員帰っても平気だと思うが、油断してもつまらん」

「子羊ちゃんと本部に戻らせます。懐き過ぎちゃって食べにくいですね」

 優しく微笑むミシェルの横顔。まぁ女子供はフワフワモコモコが大好きだ。ガストンも尻を犠牲にして守り抜いた子羊食うの嫌がるだろうな。

 従士達が眠る子羊を優しく撫でている。生き物を殺す力は持たなきゃならんが、守るべきものを慈しむ気持ちも重要だ。

「なぁ、ミシェル? 団のシンボルとかあるのか?」

「いえ、特には」

「子羊を抱えた大天使なんてどうだろう?」

「え? もっと荒々しいのが好みだと思ってました」

「こういうのはな、団の歴史を絡めた方がいい。聖ミカエルの名前を唱えて聖なるマルシェの子羊を守り抜いた事から始まった……まぁまぁ絵になる話だし、都会の神さんは子羊を人に例えるんだろ?」

「教会のお坊様は言いますね、迷える子羊とか……」

「ミシェル、お前の名も残る」

 所詮俺は剣術屋。狼退治が終われば村で子供たちに剣術教える生活に戻る。

「──帰り、ますか?」寂しそうにミシェルが呟く。

「王様からは人材募集しろって言われてて……」

「ミシェル」俺は向き直ってミシェルの肩に手を置いて真剣に語りかける「俺より先に武器をなんとかしろ。それに俺は騎士団には入れないんだ──」

 ミシェルは顔を歪めて「なんでですか……ペイガン(いなかもの)だから?」

 俺は黙って首を振る。「だって俺──馬乗れないもの」

「──は?」一瞬、ミシェルの目に怒気が宿った。

 

 

(以下は差し出し人不明のまま、シャルルに届けられた暗号書簡である)

 

Très hault et très redoubté sire, nostre bon roy Charles, comment vous portez-vous en ces jours ?

Hier au vespre, entre les cimes des

saulvaiges sapins, je vy une estoile clere et seule qui luysait.

L'estoile me regardoit, doulce et bénigne,

tout ainsi que vostre grâce le fait souvent.

Et à l'estoile je parlai en secret, comme feroit une humble servante à son seigneur.

 

 

「本気かミシェル」

「本気ですよテラ師匠。大丈夫、師匠体動かす才能あるから……」

 買い被ってもらっては困る。俺が剣術上手いのは小さい頃から叩き込まれたからで、別に才能なんてものはない。

「早く跨って、私が後ろに……」

ひひんひん(無理だよ主)

「なんか馬が嫌がってない?」

ぶひぶひひひん(この時点でフル装備主並みなんですが)

「おいおい危ないって!」

「行けるっ! 根性っ!」

ぶっひー(過積載)

 ミシェルの軍馬に振り落とされた俺とミシェル。上手く身体を入れ替えてミシェルの上に覆い被さる展開だけは防いだが、地面に叩きつけられ上にミシェルが乗った物だから痛い痛い! 

「大丈夫かミシェル?」

「えっ! えっえっえ!」

 抱き抱えられているのに気付いたミシェルは周りを素早く見渡し、コトンと頭を俺の胸に押し付け固まった。

「あの……ミシェル?」

「ちょっと予定外だけどこれはこれで良し。タンデムは無理があったわ……」

 ミシェルの馬は、身体に併せてか軍馬としては少し小ぶりだ。それでも戦場ではフル装備にランスを担いだ騎士を乗せるのだが、騎士は馬に慣れている。馬に慣れていないおっさん乗せるとバランスが悪いのか凄く嫌がる。少なくともミシェルの軍馬は。仕方なしにミシェルにくつわを引いてもらい馬の背に乗ってはみたが、狼との馬上戦闘なんて一朝一夕で出来てたまるか。

「ボンジュール! 何をしてるのですかテラ師匠? お馬の稽古とは優雅なものですなぁ……」心底呆れて前髪弄り。自称副長は大きな鹿毛の軍馬に跨り颯爽と登場した、前髪弄りの癖に。

「2日でテラ師範には馬術をマスターして貰います。師範は才能があるから努力と根性でいけます!」小さくガッツポーズのミシェルに対して自称副長の前髪弄りは冷たく答える。

「マドモワゼル、私が貴方に手解きしてランスの扱いがそれなりになるまで6ヶ月、貴方は才能の塊みたいな化け物ですが、それでも6ヶ月掛かるんですよ。神の恩寵があったとしても2日は無理。テラ殿はセントールじゃないんですから……」

「やらずに後悔するなんてダメ。努力、愛情、勝利なんだから!」

「ノン、馬術だけは団で1番と名高い私がトレーニングしますよ。可能な限り速やかに2人で遠乗りぐらいは出来るようにしますから、私がテラ殿に教授する間、団長は書類仕事と根回しお願いします」

「……分かりました、昼過ぎに見に来るからそれまでに……」

Écoutez(聞いてください)**、**何を焦っ……(察し)

──そういう事か。でも今回は無理です」

 ぶつぶつ言いながら団に戻るミシェルを見ながら、前髪弄りが尋ねてきた。

「ムッシュ──上手く馬に乗れないから騎士団に入れないとか言いましたね?」

「騎士が馬乗れないなんておかしいじゃん」俺は憮然として答える。が、前髪弄りははぁとため息をついて答える。

「──団長も女になると頭回らなくなりますね。剣術指南役でも何でもやりようはあるだろうに……」前髪をくるくる右手で弄りながら自称副長はゆっくりと俺に向き直り、まるで諭すかのように再び語り出す。

Écoutez(聞いてください)、そんなものは取って付けた言い訳ですよ。呼び出す口実が欲しかっただけなのバレバレじゃないですか。分かってあげてくださいよ。いい歳した男なんですから。ミシェル団長、明らかに貴方に惹かれていますし、何が何でも騎士団に引き込む気なのは流石に貴方にも──」

「まさか。そんな──」

「呆れた。本当に呆れた。戦闘能力に特化し過ぎ。そうは見えなかったんですが、テラさん貴方──剣術だけの人生送ってません? 何というか、もうちょっと人生謳歌してくださいよ……」

 田舎には、村にはそんな余裕はない。日々生活を回して生きていくのが精一杯だ。年に8度のクォーターデイ(四季の祭り)クロスクォーターデイ(四季の狭間の祭り)に訪れる巡回牧師や吟遊詩人が語る「外の世界」を一瞬楽しみ、後は淡々と毎日を過ごす。

 前髪弄りは俺を軍馬の上に引き上げ、タンデムでゆっくり軍馬をギャロップさせながら、背中で俺の話を聞く。

「──まぁ、結果的には貴方にとって余計なお世話だとは思いますが、ミシェル団長は許せなかったんでしょう。自分が人生を自分の足で歩けたのに、テラ師匠がそれを出来ないのが悔しかったのかもしれない。団長は皆自分と同じ様に努力と情熱で生きていけると信じている。それを自分だけの美徳にしていれば良かったのですが、他者に要求するのは困りものですね」

「キツいのか? ミシェルは」

D'accord(その通り)、私は団長が師匠を連れて来ると聞いて、どんな努力の鬼が来るのかと戦々恐々としてました。案外理詰めで若者の指導の仕方が上手いので、肩透かしを食らったぐらいですよ」

「ミシェルは例外だが、剣術道場に来る子供はミシェルほど物覚えが良いわけではないからな。剣術師範としてはそんな子にも一定の実力は持たせてやらなきゃいかん」

「──無理にとは言いませんが、その剣術の指導で我が団を指導してはくれませんか? 我々も経験は積めますが、経験が継げません」

「ほぅ……お前まるで騎士団の副長みたいなこと言うな?」経験は積めるが()()()()()()()。中々上手いことを言う。確かに俺も家伝の剣術を継承しつつ、研鑽を積んだ。だから強くなれたのだ。

C'est la vie(それが人生、仕方ありません)、ノブレス・オブリージュですよ。持つものは持たざるものに与えなければならない──たまたま私は豊かな子爵の三男坊で、幼い頃から馬術に親しみ金がある立場に生まれた。ミシェル団長へも立場上諫言出来る立場にある。ならば持つものとして責務を果たさねばならない──少しスピードを上げますよ!」

 前髪弄りは踵の拍車を軽やかに操り速度を上げた。本当に馬術だけは上手い。素人にも分かる……つまり、かなりの達人だ。

 馬上でケツを上下させながら俺は考えてる。確かにミシェルは剣術の達人ではあるが、師範代としての教育をした訳ではない。まさか騎士団長になるとは想定もしてなかったからな。今の立場なら師範代教育しないと……

 待て。これってつまり……ミシェルの為に前髪弄りが俺をリクルートしてる?

「呆れたな。お前本当に騎士団の副長してるじゃん」

D'accord(御名答)**。**お褒めに預かり恐縮です。私もお節介は得意なもので」前髪弄りは振り返り、俺に爽やかな笑顔を向けた。まるで吟遊詩人が歌う騎士の様に。まぁ、この辺が若者からはウザく見えるんだろうな。

「貴方が剣を、私が馬を。共に騎士団を導いて欲しい……これは私の本音でもある。無理にとは言いませんが、考えておいて下さい!」

 

 

「貴様らの様な城なし王のヒヨッコ騎士団に何ができる!」

 シテ島、王都自治政府の執務室に怒号が鳴り響く。ミシェルは何か変ですか? の顔を崩さない。

「王が、領主が獣害を防ぐ為に狼を狩る。何か変でしょうか?」当たり前でしょ、そんな事と言外に含みを持たせてミシェルは微笑む。

「悪い話ではない筈ですよ、狩りで負傷者や死人が出ても島国側には被害は出ない。我々が死傷したら万々歳じゃないですか。ブルゴーニュ派からも駆除嘆願出てません? 我が王は寛大にも駆除を代行しようと申しておるんですよ? 裏切り者とは言え市民が難儀するのは耐え難いと。乗れば良いじゃないですか」

「狼とは言え、クルトーは手強い。我々もたかが獣と侮り若い騎士たちを充てたが、あれは失策だった……」

「勇敢な騎士達に哀悼を捧げます。我らが仇を取りましょう」

「お前らでは無理だ。屍を晒すだけの無謀な挑戦だ」

「では、埋葬の手間を省く為に大聖堂前の広場をお借りしたく……」

「何を考えている……」

ノートルダム(我らが貴婦人)にご覧頂こうかと」

 

 

「段取りは整いました。テラ師範は副長と共にクルトーを牽引して、残る騎士で敵主力を追い立てます。目標はノートルダム大聖堂前広場。シテ島は追い込み後に閉鎖されます。死なないでよみんな!」

「オラたちは……?」

「ガストン達は他の狼が入り込まない様に城門警備。終わったらシテ島まで来て。万が一の場合は()()()をお願い」

 前髪をくるくる指で弄びながら自称副長が嘯く──「まぁまぁ、生きて戻れば英雄、死んでも市民の為に命を賭けた高邁な騎士。悪くない賭けです。王の御名はいずれにせよ輝く──英雄になってお小遣い増やしたい騎士は頑張りましょう。生きて帰ったら従士の諸君にも一杯奢りますよ。この私、()()が!」

 従士一同がまた始まったとうんざりする中、ジャンは揶揄(からか)う。

「こりゃあ大任だな。見捨てる選択肢が無くなっちまった。何としても()()をお守りせねば……ジョセフ、酒場にエール2樽ぐらい注文しとけ! とにかくお前ら死にたがるな、そして生きたがるな。死ぬも生きるも兵隊やってりゃ良くある事だ。()()()()()()()()。案外その方が長生きできる」

「そんなもんなんですかねぇ? この間のガストンみたいに聖ミカエルにお祈りしたらダメですか、テラさん」

「特別に良い事教えてやる。我が家に伝わるありがたーい話だ。神には助けて!ではなく私を見てください、全力を出させてくださいって祈るんだそうだ。あと、余り馴れ馴れしく神の名を語ると宴会に招待されるらしいぞ。あの世で」

「ヴァルハラかよ、俺はジーザスやマリア様の方がいいなぁ」「ははっ! 俺はまだ街のエールでいいわ。神様の宴会はもうちょっと後でいい」「じゃあ、行きますか。俺たちの仕事場に」

 雛鳥達は、次々に自ら殻を破り始めた。一度死線を潜れば、鍛えた兵士は武人になる──

 

 

 夕刻。

 良く磨かれた銀色に輝く甲冑とサーコートに身を包んだ8人の騎士と普段着にサーコートを着た俺(サーコートは絶対に着てくれと団員全員から拝み倒された)が王都東門に馬を連ねると、周囲の民家は硬く施錠して2階より上の窓から俺たちを眺めていた。ガストン達従士は城門の開閉機構近くにいる。本日は島国の衛兵は営業を終了したそうで。

 既に東の空は夜の空の色に染まり、西の大地に日が沈もうとしている。折角お()()()して覚悟を決めてきたのだし、今晩も狼が来てくれるといいなぁと──まるで彼との逢瀬を待ち望む娘の様な心持ち。皆も同じだろう。焦らさないで早く来て欲しい。俺は兎も角周りの緊張感が手に取る様に判る。

 そして──来た。王都唯一の王、狼王クルトーの遠吠え──幾つもの民家の窓がパタパタと閉まる。俺は家伝の佩剣「頑丈くん」を抜き、左手で騎士たちを制しながらゆっくりと城門の外で狼王を迎え入れる。王都を散々蹂躙したクルトーにはこちらもそれなりに礼を尽くさにゃいかん。

 威風堂々と歩み寄るクルトーと3頭の共周り。3頭は喉を鳴らして威嚇するがクルトーは俺を注視している。俺はヘソ辺りの高さで水平に頑丈くんを構える。

 当世ロングソード剣術では当たり前になった術理だが、剣先は必ず相手の喉元に向けて、喉元を頂点とした円錐形の外縁にそう様に構える。いわゆるリールという奴だ。相手が変わっても術理は変わらない。俺の身体はきちんと術理に従い型を取る。

 俺から見て左側の狼が姿勢を低くして跳躍の準備をする。俺は動かない。向かって右の狼が俺の隙を狙っているからだ。そしてそれすら囮で本命は上に注意を振り分けた後にこっそり足元を狙う正面。狡猾と言わざるを得ない。分かっているよと少しずつ後退して距離を取ると、あちらも気付いているかとゆっくり歩を進める。そしてクルトーが動いた。3対1では不利と悟ったか。

 クルトーがこちらに駆け出した瞬間、俺が叫ぶ。

「第一陣!」

 副長を含む4騎が狼たちに向かい駆け出す。狼の内前3頭が馬に注意を向ける中、クルトーだけがスタスタとこちらに寄って来る。そちらが先に数推ししようとしたんだ、まさか卑怯とは言わんよな? 副長を除く3騎が先鋒3頭を蹴散らすべくランスを構えて突撃して狼を散開させるとミシェルを含む第二隊が突撃を開始、馬首を返す第一隊から意識を逸らさせる。クルトーは即座に組みしやすい俺を標的に定めて間合いを詰めるが、副長の軍馬がクルトーを前脚で蹴り上げに反応して素早く跳躍。その隙を頑丈くんの切り上げで狙うがクルトーは見事に空中で身を捩りこれを避けた。そしてミシェルが放つランスのひと突きを余裕を持って避けると再び俺の周りをグルグルと間合いを見定めながら歩き出す。

 馬首を返した第一陣が再度狼に突撃すると、馬は大きく回り込み城壁側に再度突撃を繰り返す。次第に狼達が城門の中に押し込まれている中、ミシェルの軍馬がクルトーに体当たりして吹き飛ばした。ミシェルの体重では無理だが、ミシェルと軍馬の重量ならばクルトーには押し負けない。軍馬に乗った騎兵は重歩兵など相手にならない圧力なのだ。

「テラ!」

 俺は無言で副長の手を強く握り締めて軍馬にタンデムし、馬上の……お荷物となった。

 

 

「トレビアン! まるで英雄詩だ!」()()の声が弾んでいる。そういうトコだぞ、お前。

「テラがロランなら今私は正にオリヴィエ! パリのオリヴィエとお呼び頂きたいっ!」軍馬の背で尻をどすんどすん打ちつけてる俺がロランたー世も末だな。後に知る事になるが鎧を付けないと馬上で体を安定させられない。これはひょっとして狼と戦うより辛くありませんか?

 そんな俺の苦難を他所に、パリのオリヴィエ殿は優雅に軍馬を操り、何度かクルトーへの体当たりを成功させていた。確かにこいつ、上手い。()()()()。馬込みの戦闘力なら本当にミシェルに匹敵するかも知らん。

 しかし狼達は騎士の突撃を巧妙にいなしている。何度か軍馬に体当たりを仕掛けられているが余り弱った様子はない。野生動物はしぶといのだ。裂傷などでなければ致命打にはなりにくく、彼らの冬毛が打撃を吸収しているのだろう。そしてランスは相変わらず当たらない。的が小さ過ぎるのだ。

 1時間も過ぎただろうか──俺の尻が限界を迎える前になんとかシテ島、ノートルダム大聖堂前の広場に着いた。すぐ様俺はパリのオリヴィエ殿の軍馬から飛び降りて馬上地獄から抜け出した。ケツが限界に近い。その窮状を見越してクルトーが体当たりを敢行して俺は広場で受け身も取れず背中を(したた)かに打ちつけた。

 すぐにパリのオリヴィエ殿とミシェルがカバーに入り、俺は半ば無意識の内に立ち上がった。が──馬上地獄の後遺症もあり、各部が酷く痛む。しかし弱音を吐いている場合ではない。俺は首から下げた小袋から親父殿に渡された小さな秘薬を口にした。

──不味い。

 めっちゃ不味い。森の湿って朽ちかけた葉と泥と枝の味がする。その不快な味が口腔内に満ちると、心臓がドクンと跳ねた。ふっふっふーと浅い息、深い息。ドクドクと流れる血流を意識しながら呪文を唱える。

 

Souffle(スーフロ), vent(ヴァン) ! Appelle(アペロ) la() tempeste(タンペスト) ! Tempeste(タンペスト), tempeste(タンペスト), tempeste(タンペスト) !」

 

 親父殿が語っていた通りだ。視界が暗くなり、それと共に感覚は鋭く、痛覚は鈍くなる。右手に握る頑丈くんが軽くなり、ゾワゾワと総毛立つ。周りが騒がしいが気にならない。何か──他人事の様に聞こえる。

 ルー・ガルーの術。トランスにより身体の鎖を解き放ちつつも血肉に染みた術理は自然と発揮される──当流奥伝その1。()()()()()()()──それが人間獣化(ルー・ガルー)の術だ。

 

 

 軍馬たちが暴れ始める。

「テリブル! テラの様子がおかしい!」

「いや、普通にいつも通り剣は構えてるな? なんだこれ?」

「しまった! 狼達が!」

「はやっ!」

 ジャン・テラの身体はいつもより速く突きからのオーバーハウを放つ。間一髪クルトーの精鋭は身体をくねらせて浅く身体を切り裂かれるに留めたが、ギャンと明らかに深手を負ったリアクションをする。すかさず足元を別の狼が狙うが、ジャン・テラの身体は狼の顎を蹴り上げ突きをかわそうとした狼の尻尾を左手で掴むと地面に思いっきり叩きつけた。またギャンという悲痛な叫びが広場に響き渡る。

 残る狼が大きく飛んでジャン・テラの注意を引く。クルトーは素早く足元に駆け寄り背後からジャン・テラのアキレス腱を狙うが──左脚を素早く後ろに蹴り上げてクルトーの鼻先を踵で蹴り上げ、身体を翻すと力一杯のオーバーハウで飛びかかってきた狼を両断した。狼はギャンとも言わず絶命する。仲間の稼いだ隙は無駄にせんとクルトーはジャン・テラの左手に噛み付く事に成功したが、ジャン・テラは意にも介さずクルトーの下顎を怪力で握り締めて頑丈くんを冷徹に突き出す。クルトーは半狂乱で首を振り、ジャン・テラの左手の傷口を抉り脱出したが、頑丈くんはクルトーの左肩を薙いだ。クルトーがキャンと悲鳴を上げる。

 その短い尾は垂れ下がり、赦しを乞う罪人の様に縮こまっている。狼王はジャン・テラに恭順の意を示した。

 

 

「今だ、殲滅するぞ」という騎士の声にジャン・テラが振り返る。クルトーに背を向けて頑丈くんを高々と掲げ、右手一本で素早く振り抜き、雄牛の構えで牽制する。まるでクルトーを庇う様に。

「ガァっ!」

「へ?」

「コラって怒られた?」

 遠くて少し聞き取りずらかったからか、団員はジャン・テラの咆哮を叱責と勘違いした。ジャンの意識が覚醒し始めてて口腔内の嫌な味が薄れて行く。術が解けかけている──尻と背中の痛みが、左手はまるで心臓の様に拍動するかの如く脈打ち、肩や腕に激痛が走る。

 ジャン・テラは(うずくま)るクルトーに向き直ると、剣を支えに跪いた。身体がもう限界に近いのだ。ジャンの意識が覚醒しかかったその時、ジャンはクルトーの先に篝火に照らされたノートルダム大聖堂が見えた。美しい寺院の壁に聖母マリア像が優美に立ち、まるで大地母神の様に慈愛を示している。

「ジャン!」

(あ、バカ。ミシェル! 今俺の名を呼んだら……)ジャンの意識が完全に覚醒して痛覚遮断が完全に()()()。ガクンと項垂れ痛みに耐えるしかない。その姿は多分我らが貴婦人(ノートルダム)にクルトーへの慈悲とぬねよへの取りなしを求める敬虔なキリスト教徒に見えたに違いない──ミシェルが後ろから俺を抱きしめるが、鉄の鎧を強く背中に押し付けるの辞めて。マジで痛いから。更に強く抱きしめられた。拷問か。

 

 

「何故ケダモノを打ち取らん! 臆したか城無し王の走狗どもめ!」

 篝火に赤く染まる大聖堂から罵声が飛ぶ。狼が騒がなくなってから声を上げるとは……誰だこいつ?

「ウォーリック伯です。任せて、ジャン」

 耳元でミシェルが囁く。あと名を呼ぶな、ゾクゾクする。ミシェルは優雅に立ち上がるとキッとウォーリックだかウォーリーだかに凛とした声で応える。

「これはウォーリック伯爵。お姿を暫く見なかったので狼を恐れて泳いで帰ったものと考えておりましたわ」

「ぬかせ小娘、お前の国は女が男装するのが流行りなのか。大体なんだ、その薄汚れたおっさんは!」

 明らかな侮蔑にクルトーが立ち上がった。彼の精兵2匹も尻尾を立て、のそり、のそりと歩み出て俺の前に立つ。

「見よ! 王都の民よ! 狼とて助命されれば恩に感じる。王都を救った我々に対して島国側からは嘲笑が飛んだぞ! こんな男に教育される王統はさぞかし恩知らずに育つであろうな!」

「狼を従えた魔女め! ジャンヌといいお前といい、この国は魔女の巣窟か!」

「──ミシェル、あいつ呼んで来い」

「──我が師匠は口舌の輩は好かんと仰せだ。素っ首叩き切るから降りてこいと申されておられる」

 俺は残る力を振り絞って頑丈くんを石畳に突き刺して支えとし、なんとか立ち上がった。

「石が!」

「そんなバカな!」

 降りてこいや服だけ高そうなおっさんよ。喋るのも怠い。お前は死ね。()()()()()()()()()

 

 

 クルトーの遠吠えに城外からの無数の遠吠えが呼応する。俺はこの狼の群れの新しい王になったのだ。

 

 

 

 

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