ペイガンのおっさん、大聖堂の聖騎士になる。 作:PureFighter00
「不味いですか」
「全てが悪いわけではないが、修正すべき点はある」
晩餐会後、騎士団メンバーを含むシャルル7世派プロジェクトチームが招集された。まぁ、うっかり口を滑らせた俺の発言の辻褄合わせだ。
現在のシャルル7世の政治方針は、ブルゴーニュ派を島国側から離間させ、島国とブルゴーニュ公の連合を弱体化させる──である。その意味ではシャルルマーニュ大帝の兵士であった俺の祖先というのは中々の鬼札だ。なんせブルゴーニュ派は島国に負けず劣らず騎士道物語好きで、特にローランの歌が大好物。その点俺──Jテラは中々良いブランドだ。
が──
「ローランが同じキリスト教徒に倒された、戦場も大して大きく無かった……これはあちらの自尊心傷つけますね……」
「教会側も無視できん。サラセンと戦ったから扱いやすかったのに、それをバスク人とバラされてもな……」若き王(老け顔)も困り果てている。
「あの……実際はどの様な……」ジョセフが恐る恐る尋ねるが、王は一瞥して黙らせた。しかし王都のオリヴィエは気にせずに言う。
「まぁ、テラ卿の話が事実に近いのかもしれません。だが、この私『王都のオリヴィエ』の手に掛かればどうと言う事はありません──皆様は当然福音書はご存じですよね」
実はよく解らないが俺は場の雰囲気に合わせて首を縦に振った。
「福音書は記載人物により微妙に内容が異なりますね? しかし今の神学ではそれ自体は問題とされておりません。実際には法皇庁が認めた福音書がそれだけであり、実は福音書は様々なバリエーションがあるのです。まぁ、認められていない福音書は異端な訳ですが」王都のオリさんは指で神経質そうに前髪をクルクル弄びつつ話を続ける。
「テラ卿、場所的にも人々の見た感じもバスク人に見えた、とします。彼らがキリスト教信者であったかは証明出来ますか?」
「いや、そんな──俺が見た訳じゃ無いし──」
「では、バスク人風に見えたがイスラムの教えを信仰していたかもしれませんね?」
「ほぅ?」王は口の端を引き上げて悪い顔をした「続けよ、オリヴィエ卿」
「きっと彼らはサラセン人の先兵か、バスク人の衣装を着たサラセン人なのでしょう。見間違えたのかもしれませんし、誤って伝わったのかもしれない。言ってしまえば『違った証言があるなら本筋に寄せれば良い』違いますか?」
「お前、何故法衣貴族を目指さなかった? 中々優秀ではないか?」王は意地悪そうに語りかける。まるで今からでも構わんぞと言わんばかりに。
「三男で継ぐ領地もありませんしね。それに──」
「それに?」
「それじゃオリヴィエにならんでしょう」自称王都のオリヴィエはここぞとばかりに髪を掻き上げ思いっきりキメ顔をした。
◆
「実はな……フィリップ3世とは粗方話はついている。ただ奴も配下のコントロールに苦慮しており、互いに落とし所を探しているところだ」
「えっ!」「なっ?」
「配下のが言うことを聞かないのは我々だけではない。多分島国側も一枚岩ではあるまいよ。我が方にジャンヌがいる様に、あちらにもリニー伯やらベッドフォード公がいる。フィリップの奴もジャンヌが怖くて仕方ないらしい。強力なカリスマは我々国王には恐ろしく見えるものだ」
「ま……まぁ、我々側にもジャンヌ卿信奉者増えてますしね……」ミシェルがさりげなくフォローしているが、確かに麾下の貴族の半数がジャンヌになびきかけているのはよくない兆候だ。
「耳からの報告では、余が直接指示出せる兵数100人に満たないと言うのに、ジャンヌには200近い手勢がいると言う。それが伝播するのが恐ろしいから、早く和解したいが配下が邪魔をする。今の局面はこの様になっておる」
「すると……問題は騎士道バカですか?」
「ほう? どうしてそう考えた? オリヴィエ卿よ?」
「正直、今の戦局は貴族だけは捕虜になっても身代金さえ払えば身柄は安泰で、騎士道の真似事した身代金商売の様なものです。経済的理由と自尊心が満たされるから戦争は続く」
「そう、なので余は大砲を使い『貴族でも死ぬ』戦争にシフトして人民を無駄に殺すこの遊びに終止符を打ちたい」
「あの……それでは俺は何をしたら……」大砲使うなら俺の剣術要らなくない?
「大砲で殺すと騎士道がなんだとうるさいからな。恨まれる役割で申し訳ない……いや本当に神に誓って申し訳ないと思っておるんだが……身代金交渉が不能である様に、敵側騎士や貴族を鏖殺してくれ」
「は?」
「ん? 分かりにくかったか? 自分たちは殺されないと誤解している連中に、戦争に赴けば死ぬこともあると教育せよと言っておるのだ、余が」
「いや、ちょっとその……俺めっちゃ恨まれません」
「そりゃ、恨まれるだろうな?」
「狙われません?」
「狙われるだろうな」
「身代金は……」
「基本的には支払う気は無い。だからもうお前らは身代金取れないぞと示すためにも」
「まぁ、ローランもサラセン人相手に莫大な身代金支払って生き延びるなんて真似したら、こめかみから脳汁吹き出して激怒するでしょうなぁ」オリヴィエ卿は勝手に納得しているが……ミシェル、おい!
「我が騎士団は身代金払って貰えない規則ですよ?」
「それでもやりたいし、なんせ王様直属だしな、ガストン?」
「うん……おらも正直島国にやられるの、やだ」
「それぐらいやらねば戦争を賭け事と考えるアホは駆逐できん。貴族は死なずに民は死ぬ? そんなバカなことがあるか。貴族が麦育てるか? 野菜を植えるか? 農業こそ国の基、食わせることが王の役目だ。ただでさえ黒死病で民が死んでるのに更にギャンブルで民を死なせる貴族は駆逐すべきだろう。これは神の御心にも合う。その神罰代行者が大聖堂の騎士と言う訳だ!」
「恐れながらシャルル7世陛下、『神罰代行者』は法王が激怒しますからナシでお願い致します。あ、テラ卿? 大丈夫ですよ、あちらは身代金取ろうとしてますから戦場では殺しに来ませんよ。捕虜になったら逃げ出すか奪還したらいい。我々は身代金支払いは無理ですが、団の兄弟見殺しにする程薄情ではありませんから」
「私が捕まっても待ってますからね、テラ師範!」
なんだその可愛いお願い! いや助けに行くけどさ!
「おらも助けに行くから、持ちつ持たれつでお願いだよテラさん!」
シャルル7世陛下はうんうんと満足そうに俺たちを眺めている。
◆
軍議に参加したミシェル団長を見送った後、俺は自分の馬を下賜する為に王都のオリさんと城の馬房に来ていた。
「騎馬戦闘はまだ無理でしょうから、とりあえず気性が大人しく脚の速い馬を選択しましょう。テラ卿の場合戦闘より落馬の方が危ない」
「やっぱり馬乗らなきゃダメか?」
「都合のいい話がありまして。島国の今の王朝二代目に獅子の心を持つ王がおりました。リチャード1世卿ですな。卿は落馬してもそのまま
「……なんだそのヴァンダル極まってるバケモンは。それ実話か?」流石に俺も呆れた。王族がそれやったら周りは……
「まぁそりゃ騎士連中は真っ青でしょうな。それが故に大勝して周りは騎士の誉だと称賛する。それが魂に刻まれて正当化されたから割と島国兵は突撃バカになりやすいんです」
流石に俺も渋面に成らざるを得ない。
「……で、迂闊に飛び込んできた猪みたいな連中を大砲でドカン。基本的にはこうですな。だから島国側もこちらの大砲を早く潰したく、騎馬で攻めたり迂回して忍び寄る。そこで我々の騎士団がそれらを迎撃する──この馬は如何ですか?」
「如何と言われても俺は馬の良し悪しは分からんよ」
「ウィ。じゃあこれで」王都のオリさんは簡単に決めてしまった! そして真剣な目で俺を見る。
「最悪、使い潰す羽目になるかもしれません。まだ愛情込めて入れ込まない様にお願いします。しかし粗末には扱わないで下さい。軍馬はメチャクチャ高額です。そして、いつかは卿の佩剣の様に使いこなして守ってあげてください。馬は人の言葉を喋れませんが、人の言葉を聞いていますし声ならぬ声で話しています」
王都のオリさんはいつに無く真剣に俺に語りかける。馬術家にとっての馬は俺みたいな剣術家の剣なのだな。
「分かった。この数日で守るものが随分増えたな……」
「ははっ! いい事です。甲斐性って奴ですよ。ミシェル団長を筆頭に我々や馬や王、人民や大聖堂や名誉! 男の本懐ここにあり! それを窮屈と考えずに引き受けて全力を尽くすのが人生ってもんです。農夫から王族まで、みんな重荷を背負っています。皆で担いでいきましょう!」
「あぁ、頼むぜ兄弟!」
「喜んで、これでテラ卿も我らの団の兄弟です!」
そういやまだ王都のオリヴィエの本名知らんが、兄貴風吹かせるだけありこいつはタフだ。副長を自認するだけは、ある。
◆
我々はシャルル7世の部隊に随伴し、先導・索敵役として馬を走らせている。まぁ、俺はおっかなびっくりで速度は出せないが(しかしちゃんと馬らしい速度は出せる様になりつつあると言っても過言ではないんじゃないかなと言えなくもない)
目指すはコンピエーニュ。我々大陸側農業大国勢力下だが「攻められる危険性」があるらしい。なんでそうなるのかはよく分からん。俺の専門外だ。軍略家がそうじゃないかと予測する程度には尤もらしい話なんだろう。俺は味方の軍略家がバカでないことを祈るしかない。何でも優れた奴なんていないんだ。
◆
翌日。今日はミシェル団長と見回り任務に出ている。現在総数200程度で移動しているが、流石に200とは言え軍隊の移動は目立つ。そして200程度では街を包囲する島国兵に対しては正面から挑むにしては少な過ぎる。
「──と、思うんだが?」
「勿論です。だからこちらは嫌がらせに徹します」涼しい顔でミシェルは軽く答えた。
「あちらはコンピエーニュの街を支配したい。こちらはそうさせたくはない。そして我が軍には今軍資金が足りない。なので正面から戦わずに敵が攻撃する背後を突いたり、掻き回して攻略を遅延させる──相手の首を取ったり負かす必要は無いんです。相手が疲弊して撤退してくれたら儲けもの……中々こんな闘い方は貴族の皆様引き受けてくれませんから……」
「最悪、島国に占領されても良いと?」
「1番良いのは撃退ですけどね。中々上手くはいかないと思います」
つまり、安くはやらせん。そう言う話だ。基本的には防御側優勢だから持ち堪える事に専念したら良いのかな?
「で、噂のジャンヌ殿はどの様に?」
「軍備は増強中ですが、流石に勝手に兵は動かさないでしょうし、動かすとしてもジル・ド・レ元帥と足並み合わせるんじゃないですか?」
うん、普通はそう考えるだろう。でも普通ではない場合……例えばそれが神の御心である場合には?
遠くから馬が駆け寄る。騎兵だろうか?
「何者か!」
「シャルル7世陛下直轄、ミシェル騎士団である。コンピエーニュへ移動中だ」
言って良いのかと内心慌てたが、数百とは言え軍を動かすには準備が要る。知ってから動かし迎撃するにはこちらの動きを読んで布陣しなければならない。
「ほぅ? 間に合うかな?」島国騎兵は嘲る様に答えた。
「──既に展開中だと?」
「それは明かせないな。貴殿らの道中が安全である様祈念する」
「戦わなくて良かったのか?」
「そうなる事もありますけどね、私闘では名誉にならず、こちらが2人だから不利を悟ったのでしょう。攻めてくるとしたら明日かも」
「案外長閑だな。見つけ次第ぶっ殺しに来るのかと思ってた」
「どちらも敵の規模分かりませんからね。いきなり軍事衝突になる様な事は普通しません」
普通は。良い言葉だ。皆が普通で正気ならこの世は天国と言っていい。
「明日以降はちょっと隊列長くして、騎兵は鎧着用した方がいいかもな」
「こちらを大部隊に見せかける? ですか? テラ師匠」
「ああ、獣もそうする。どうせ遠くから見るだけだろうし」
「もし、噛み付いてきたら?」
「そりゃぁ……1発鼻づらぶん殴ってキャンと言わせるだけだ。向こうももし軍動かしてるなら守備兵は最低限だろ」
ミシェルはちょっとだけむくれた。
「動物に喩えて分析するのは感心してるんですけど、人間のレディに対しては動物ではなく人間として見てくださいね。もう、これ団長権限で命令していいですか?」
うん、まぁ、善処します。
◆
200人の騎士がメインの一団とは言え、実際の騎馬兵力は50名前後だ。こう考えると「騎士団とは……」と変な顔をする町民も多いが、そもそも軍馬や騎士は揃えるのにめちゃくちゃ金が掛かる。なので騎士1に対して従士2の編成はかなり豪華な編成だ。
そして古来より兵隊とは飯を食いひたすら歩く職業である。つまり大量の糧食を輸送している──正直襲って売り払えば金になるし、荷物を焼き払えば相手の軍事行動を制限できる。ならば敵がこちらを襲わない理由はあまり無い。
「夜警を増員します。テラ師範は馬車周辺を、オリさんは馬群周りをお願いします。その他は歩哨を。シフト増やして密にお願いします」
ミシェルが晩飯時に指示を出す。街から遠く離れた野営地周辺は夜になれば大変暗い。もしも夜襲を仕掛けるなら騎兵ではなく歩兵中心になる筈だ。俺ならそうするし相手もそうする。大戦力ではなくごく少数での行動になるだろう。
そして……やはり敵はやって来た。来るには来たが、我々の野営地には来なかった。野盗に偽装した島国兵は夜陰に紛れてこちらに迫り──狼に夜襲されたのである。突如月夜に響き渡る人の絶叫。月夜はロボやクルトーの眷属の支配する時間だ。
野盗に扮したのが運の尽き。静音性を重視した軽装が故に、狼たちは容赦無く襲撃者達の首筋や足首を噛み砕いている。
「テリー、か?」
松明を手に騒がしい辺りへ注意深く歩を進める。ボス狼の顔には見覚えがあった。王都大聖堂で俺と対峙したクルトーの子、テリーだろう。奴は俺をまっすぐ見つめて誇らしげに胸を張る。割と人間の認知の問題なんだが……他者を襲おうと考えている場合、自分が襲撃されるとは考えないものなんだ。襲撃者は自分が襲撃される可能性を忘れていた。
「テリー、逃した奴はいるか?」
テリーはまっすぐ俺を見つめる。多分全員処理したって事だろう。
「どうする? ミシェル?」
「私たちは何も見なかったし、何も知らなかった。野盗がただ狼に襲われただけ……で良いような。別に我々がテリーに頼んだ訳でもありませんし」
「確かにな。テリー達からしたら単なる猟に過ぎないんだろうし。5〜6人か。どうする? 埋葬してやるか?」
「明日朝にテリー達の
「まぁ、獲物横取りも悪いか。テリー、食事の邪魔して悪かったな。続けてくれ。後、俺たちは襲わないでくれよ?」
巨狼は低く大きな声で遠吠えを響かせた。彼なりの凱歌なのだろう。
「そう言えば……ピエールさんからブルゴーニュ派の馬車ばかり襲われてるって話を聞いたような?」ミシェルは野営地に戻ると妙な事を言い出した。
「奴らに島国人と俺らの見分け付くのかね?」
「ピエールさん、商売繁盛して馬車の乗り手や作業員にスラムの安い人材使ったらしいんですけど……襲われないらしいんですよ、ピエールさんの馬車」
「……王都のスラムの悪臭が染み付いた人間は襲わない? そんなバカな」
「あり得なくは無いでしょうけど、ちょっと信じがたいですね。もし匂いがキーならテラ師範のシャツとか狼避けになるかも。まぁクルトーちゃんの血族以外には効かないんでしょうが」
「そういやテリーはクルトーの群れから離れたみたいだな。自分の一党を率いてた」
「他の群れ支配して王都周辺から離れたのかしら?」
「王都餌場に出来なくなったからな。あり得る話ではある」
狼はテリトリーを持つ生き物だ。王都が俺、ジャン・テラのテリトリーであると認識した奴らがテリトリーを移動して、元々そこをテリトリーにしていた群狼の新しいボスになっている可能性は否定できない。
◆
翌朝、ガストン達従士を連れて哀れな亡骸を埋葬しに行く。遺体はかなり損壊されており、ギリギリ人間とわかる程度の残骸になっていた。
「うわっ……」
従士達が閉口する。確かにグロくはあるが慣れてもらわねば困る。戦場で大砲をモロに喰らえば遺体のグロさはこの比じゃない。
「浅くでいいぞ。時間はあまり無い。手早く埋葬して死者の魂の安寧を願ったら出発だ」
「ねぇ、テラさん……転がってる槍とか小剣、貰っちゃダメかな?」
「ん? 死人に武器は必要ないし、狼も要らないみたいだから有効活用するのは構わないんじゃないか?」
「遺体の皆様に感謝して頂くとするか」
「案外高いんだよね。お、このダガーかなりいいな!」
穴を掘り、従士達は遺体を底に安置しながら遺品を漁った。そしてありがたいありがたいと心からの哀悼を込めて浅く埋葬し、死者の魂の安寧を祈る。明日は我が身だ。戦場に向かう以上明日自分たちが穴の底で眠りにつく事もあるかもしれない。願わくば、眠りにつくなら母国の母なる大地で眠りたい。異国で死んで土に還るってのはどんな気持ちなんだろう──それだけは少し気になったが、嫌なら島国に帰れば良いだけの事。侵略した結果なんだから諦めてもらおう。
◆
昼過ぎ、行軍の後方から3騎の騎兵がやって来た。
「待たれよ! 先ほど我が方の歩兵を埋葬したのは貴殿らか!」
隊に緊張が走る。
「私はシャルル・ド・リニー。リニー伯ジャン2世に仕える騎士であり、丁寧な埋葬に礼を申し上げる為に参上した。こちらの指揮官はどちらか!」
うっそつけお前、適当な理由でこっちの戦力規模見に来ただけだろ。ミシェル団長は自ら索敵出てるしどうしようと考えていたら、また王都のオリヴィエ殿が副長(自称)としてしゃしゃり出た。
「我々はシャルル7世直属騎士団、ミシェル隊である。団長不在故、副団長の王都のオリヴィエがお相手する」
「オリヴィエとは古風な名だな。ともあれ雑兵風情に過度な礼を頂き感謝する!」
随分高慢だな。
「人の噂は止められないものでしてね。皆がそう呼ぶなら仕方がない。また、埋葬は死者に対する最低限の礼ですのでお気になさらず。気付けておればお助けしたものの、まるで野盗の如くおられたのでお助けできませんでした。その点は申し訳ない!」
「大変ご立派なお心掛けだ! 私も卿らが戦場で屍を晒していた時には埋葬する様に心掛けよう!」
なぁ、オリさんや。こいつ今斬り殺して埋葬しちゃダメか? 俺はそんな事を考えながら馬首を返した。自分でも驚くぐらいスムーズに。馬もこのシャルルが気に食わないに違いない。
◆
「ジャンヌ卿が捕縛されたぁ?」
コンピエーニュに先着して郊外に陣地構築していたミシェル騎士団所属騎士がコンピエーニュまであと2日の距離で伝令としてやって来た。彼らがコンピエーニュに到着したその日に田舎っぺ大将は包囲軍に攻撃を仕掛けたらしい。
「そ……そんなに大兵力連れて来たの?」
「いえ……総数としてはブサック男爵、ミシェル騎士団、シャルル7世陛下直轄兵で構成された我が方と大して変わらぬ兵力かと」
「なんでそれで包囲軍に?」
「……神のお告げ、ですかねぇ」
そもそもの話、ジャンヌ卿のコンピエーニュ参戦はシャルル7世側軍事行動として要請されていない。ミシェルも俺も陣容を整えてジル元帥と共に参戦するものだと考えていたし、それに攻めようにもシャルル7世側には戦費が足りないのだ。あっちが単独で作戦行動出来るなら、束ねて大きな兵団として動かした方が……
「やはり……去年から変わってない──」
「去年からこうなのか」
「ええ、成長が見られません」
ミシェルは天を仰いで放心している。少数兵力の逐次投入。俺でも分かるほどの愚策だ。なまじ昨年段階で軍令無視して
「城壁外に撃って出て、島国側の攻勢を受け止めきれずジャンヌ卿は城内撤退を選択しましたが、
「まだ、奪い返すチャンスはあるか……」
俺は「チャンスはある」とは考えているが、成功するとは思っていない。都市攻略狙う部隊の野営地に突っ込んで救出なんて上手くいく方がおかしい。
「それなりに高位の貴族捕縛して人質交換の方が可能性は高いかと」
「身代金はダメですか?」
「オリさん……王命で身代金は支払わないことになってるだろ」
「無関係な貴族が酔狂でやった事にしたらダメですか」
「流石の貴方の実家でも、子爵レベルではかなりキツイ金額ふっかけられるわよ。今では貴族でシャルル7世戴冠の立役者なんだから、ジャンヌ卿」
◆
ある意味では呑気な作戦になる筈だった。出来るだけ被害を出さずに相手を疲弊させて、あわよくばお帰り頂く。そう言う作戦だったのが救国の戦士ジャンヌ救出作戦に変わってしまった。どこにも現場の空気を読まずに余計な事する奴はいるもんだが、それが我が国最大のカリスマともなれば話が変わる。
コンピエーニュから1リュー半(5〜6km)程度の位置に設営された陣地に着くと、ミシェルは関係各方面に指示を出しはじめた。ところで「耳」って、何だ? 俺が首を傾げていると、察したミシェルが解説してくれた。
「まだ正式に発足した訳じゃないんですけど、アルマニャック派の商人を使った情報収集チームです。密輸商人のピエールさんにも参加してもらいました」
「だから『耳』か。じゃあ目や鼻や口もあるのかな?」
「ヒミツ、ですわ」またミシェルのお嬢様言葉が出た。て事は政治的な話なんだろう。
「ちょっと城内に行って中の耳と連絡取って来ます」
「おいおい、無茶言うな! 城壁囲まれてんぞ!」
「案外町娘の格好して情に訴えればチョロいもんなんですよ。王直属の騎士団団長のミシェルが
ミシェルが短剣を抜く。なんか今自分で可愛いって言った?
「更にその女の子が師範の流派のアデプタス=メジャーだなんて誰も思いませんからね」
◆
「ど……どういう事なの! 兄さん!」
「さ、さぁ……オラにもさっぱり……」
俺とミシェルは如何にもどっかの農民の旅装と言った変装をして城門の方にノコノコと歩いて行った。
「何者だ! ここは我ら島国軍が攻略中、中には入れんぞ!」
「そ……そんな……お父さん……」
ミシェルは力無く膝をつき、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。ミシェルお前……演技派だなぁ。突然泣き出した若い女性を見て島国兵は
「何事だ!」
偉そうな島国騎士が来たので、俺は設定通りの話を開始する。
「へぇ、私らは街の肉屋の息子と娘にございます。親父の容態が悪く保って数日と聞きたってもいられず……」
「兄さん! 兄さん! お父さん死んじゃう!」
ミシェルが俺に強く抱きつく。こいつ……役得役得とか思ってるだろ?
「せめて、手を握って見送る事が出来たならと……」
俺は呟きながら城壁の方を見つめたが、ミシェルに感化されたのか俺まで涙が滲んで来た。俺たちの話が段々と島国兵の間に伝わって行く。
「──神様は、残酷だわ。なんでこんなタイミングに戦争が」
「神様の思し召しなら仕方ないよ……さぁ、皆さんのお邪魔をしちゃ悪い。下手したら俺たちまで巻き込まれちまう」
「嫌よ! 母さんみたいに最後を見てあげられ無いのは嫌! せめて少しでも近くでお祈りしたい!」
「馬鹿! 親父に続いて妹のお前まで死んだら、俺は……俺は……っ!」
「分かった。名を申せ」
「たっ……隊長!」
「守備側に伝えろ。危篤の父を送り出すために子らが2人来ていると。慈悲により特別にこの2人が出入りする間はこちらも攻撃はしない。何とか神の御許に旅立つ前に2人と会わせてやりたい」
「ミシェルとジャンヌです……ありがとうございます、騎士様」
「──また、ジャンヌか。この国には娘には必ずジャンヌと名付ける風習でもあるのか?」
ねぇよそんなもん。
◆
「という訳だ! 中に入れてやってくれ!」
「そいつらにもう1人のジャンヌを付けて返せ!」
「無茶を言うな! 身代金を支払えば無事に帰す! 2人だけでも入れてやれ!」
「そう言って攻め込む気だろ!」
「総員! その場から100歩後退! ──これで良いか!」
「あと100歩下がれ!」
「疑り深いにも程があるぞ!」
「城攻めして来た敵を信じる馬鹿があるか!」
なんだかんだで城には潜り込めたが、中には肉屋のおじさんが肉きり包丁片手に待ち構えていた。
「危篤状態のお父さんだよ、ムスコ、ムスメ」
「
「は? そっちのデカいのがミシェルじゃないのかい?」
「ええ、
何が何やら、俺にはさっぱり分からん。
◆
コンピエーニュの城内に入ると、ミシェルはジャンヌ隊の残党を再編して指揮命令系統を再構築し始めた。この残党をがまたジャンヌへの忠誠心が高く……ジャンヌが捕らえられたことをいつまでも女々しく悔やむもんだから手に負えない。あんな娘を犠牲にして生き残った俺たちは意気地なしだなんだともー……少しはオリさんの無敵ポジティブ楽観主義を見習え!
「そうね、今のままでは単なる意気地なしね。いい? 奪われたら奪い返す。それがシャルル7世陛下のご意志よ。あなた方、奪われたままでいいの? まだそこにジャンヌ・ダルクはいるのよ! 多分いつもの様に神に祈っている筈よ!
で、あなた達はどうするの? 教会で神に助けを願うの? ジャンヌならこう言うわ『神のご意志を私たちが遂行するのよ!』ってね!」
おー、あのジャンヌならいいそうだ! 口が上手くなったなぁ、ミシェル!
「ただ、神のご加護だけでは救えない。あなた方も
簡単に説明したら城壁内外からの敵包囲部隊挟撃と、騎兵による敵部隊の誘導しつつ潜入部隊による救出を連動させて実施だ。ただ、敵戦力や動向が分からないと……
「よお、大聖堂の騎士殿。久々だな」
黒いフェルトのキザな羽帽子。元王都密輸商のピエールだ。
「旦那、なんでここに?」
「戦争ってのはモノが大量に動くんでね、商人としちゃあ稼ぎ時なんだよ。更に言うと狼達が商売に協力的でな!」
「ピエールさん! 糧食は?」
「島国騙すのに半分ぐらい売っちまったがね、要求の8割は残せた。あと、吟遊詩人は3名連れて来たぞ」
「ピエールの旦那、狼達が協力的って……?」
「ありがてぇ事に、ウチの馬車は襲わないんだ。あいつら俺が大聖堂の騎士殿とお友達ってわかってんのかね?」
◆
「ざっくりとだが、食料発注量から見て兵士側規模3500〜4000、その他4000ってところだな。備蓄や
「商人いるなら補給は回せそうなもんだが……」別にピエールの旦那だけが商人でもあるまいに。
「そこが狼さんよ! 噂じゃ2割ぐらい隊商が襲われてるらしい。お陰で物資は急騰、狼リスクがほぼ無いウチらは大儲けってワケ」
ピエールの旦那はさも痛快だと膝を叩いてゲタゲタ笑う「一度、ブルゴーニュ臭いからじゃねーですかって茶化したらマジで古着買いに行きやんの!」
「さて、じゃあピエールさん本題よ。私はこの戦場で『口』の実験したいわ」
「吟遊詩人は連れて来たが、そう上手く行くもんかね?」
「なぁ、ミシェル……その口って何だ?」
「吟遊詩人や噂を使った情報操作、ですわ。例えば私たちを親切に中に入れてくれた隊長さんいたじゃないですか? 彼の慈悲深さを歌にして広めたらどうなると思います?」
「うーん? 当人は悪い気はしないんじゃ……」俺は腕組んで考える。
ミシェルは俺とピエールを交互に見比べて言う。
「まぁ、テラ師匠なんかは別ですが、それで褒められると本人は尚更イメージを合わせようと慈悲深くなるんですよ。ピエールさんも成功した商人って見られ始めたらより商人っぽく振る舞い始めたでしょ?」
「え? それじゃ慈悲深いって有名になった奴は……」
「どんどん慈悲深くなるんです。ほら、王都のオリヴィエさんも名乗り出してシャルル7世陛下からもオリヴィエって呼ばれたらオリヴィエっぽく頭使う様になってません? テラ師範だって師範と呼ばれるから師範っぽく振る舞っているんだと思いますよ?」
思い当たる節はある。師範代になりたての頃はよく親父殿に指導者らしくしろって怒られたもんだ。もしかしたらジャンヌもラ・ピュセルなんて呼ばれたもんだからあんな風になったのでは……?
「それで、それがどう今回の戦争に?」
「ピエールさん、なんか適当に理由つけてジャンヌにあって下さいな」
「何でまたそんな事を?」
「ジャンヌの待遇を良くさせたいんですよ。手枷足枷なんかされてたらあちらの隊長さんに『旦那は慈悲深いと聞いておりましたが……』ってチクチク慈悲の話してあげてください。こんな小娘とかいい感じに。上手くしたらジャンヌは勝手に逃げ出します。変なとこであの子能動的なんで」
「なるほどな、慈悲深いって評判を逆手にとって、ジャンヌの拘束を緩めさせるわけか」
「ええ。それと同時に、包囲軍の末端には別の歌を流しますの。『救援軍はすでに目と鼻の先、この城の落城も時間の問題』とね。狼のせいで腹を空かせている兵士たちですもの、精神的な揺さぶりは効果絶大ですわ」
ミシェルは腹黒い笑みを浮かべた。俺はミシェルと未来を誓い合っても良いのかと少し不安になってきた。普通にしていればしっかり者の美人なのになぁ。
「で、だ。その『歌』を広めるのに、俺が連れてきた吟遊詩人と、持ち込んだ食料が役に立つってワケだな?」
ピエールがニヤリと口角を上げた。
「ええ。飢えた兵士たちに、とびきり上等なお酒と極上のキノコ煮込みを振る舞って差し上げるのです。ただの酒宴ではありませんわ。これは敵の警備網を麻痺させるための……そう、『思いやり』の宴ですの」
「キノコ煮込み、か……。ピエールの旦那、毒味は大丈夫なのか?」
「心配ねぇよ、大聖堂の騎士殿。そのキノコはな、酒を飲まなきゃただの山菜なんだよ。酒を飲まねぇ毒味役がいくら食ったところで何一つ異常は出ねぇ。だがな……酒と一緒に腹へ流し込んだ途端、二日酔いの数倍の激痛と吐き気が襲いかかる。そういう代物よ」
ピエールは胸ポケットから怪しげな乾燥キノコを取り出し、親指で弾いてみせた。
「毒味を完璧にパスした安全な食料と酒。それを狼害で疲れ果てた兵士どもに振る舞い、吟遊詩人に『慈悲深き隊長』を称えさせ、同時に『降伏間近』の噂を吹き込む……完璧じゃねぇか」
「ふふ、作戦名は『聖夜の宴』とでも名付けましょうか」
ミシェルが楽しそうに小首を傾げる。
「さて、ピエールさん。宴の準備をお願いできますか?」
「へいよ、任せときな。島国の連中に、忘れられない素晴らしい宴をお届けしてやるさ」
黒いフェルトの羽帽子を深くかぶり直し、ピエールは闇の中に消えていった。
こうして、コンピエーニュの城壁の外、敵陣の只中で──恐ろしくも滑稽な「情報戦とキノコと酒」の宴が幕を開けようとしていた。
【中世ヨーロッパ警察科捜研】
悪用されてはたまらんので具体名は出せないが、ある種のキノコとアルコールの同時摂取は大変危険である。単体で食えば普通に食えるのだが、アルコールと同時摂取でえらい事になる。野草やよく分からないキノコを食う時には慎重にな! あと、当時の倫理観としても毒物利用はかなり卑怯なんで、この手の作戦賛美するのは普通にド外道な点を申し添えておきます。
◆
コンピエーニュの城壁の上から、島国軍の陣地を見下ろす。あの辺がジャンヌの捕えられているエリア。今、ピエールの馬車が「慈悲には慈悲でお返しを」と昼飯を城壁外の街に配り始める所だ。もう4日目になる当たり前の日常風景。これが今から地獄に変わる。
それは、割と貧しい農村地帯では良く食されるものだ。春から秋にかけて突如ニョキニョキ生えるキノコ。僅か数日で黒く溶け出したりするが、若いうちにソテーしたりポタージュに入れたら普通に美味い。ただ、それを食った後に酒を飲むと酷く苦しむ羽目になるし、水が悪いこの地では飲料として薄めたワインやエールを飲む……街の人間は知らない筈だ。それがどんな物かすら。
【中世ヨーロッパ警察科捜研】
このキノコは創作ではなく実在する。てか、本官の住む東京駅から北に20km程の住宅地にも良く生えてきて、調べたら奇妙な性質を持っていると記載されていた物だ。悪用を避ける為に名前とか出せないんだよなぁ。
それは、最初ちょっとした二日酔いの様に感じる。飲み過ぎたかなと。今日はちょっと酔ったなと。しかし普段は時間と共に薄れていく悪心がどんどん増大して辛くなる。昔、ミシェルまだ幼い頃に「お父さんの酒癖が悪い」って愚痴っていたので教えた事があるんだが、哀れなお父さんは七転八倒の末に酒を飲まなくなったらしい──いや、それは酒の飲み過ぎのせいでは無いんだが。
「どっ……毒だ! 卑劣なっ!」
惜しい。酒にも配ったポタージュにも毒は入って居ない。まだ酒を呑んでいない兵隊はピンピンしてるし、酒しか飲んでない奴にも異常はない。両方摂取した奴だけが苦しむ。それはその様な物だ。
城門を開けてジャンヌの連れて来た兵を従え島国軍の幕舎群の中を闊歩する。殆どの兵は両方摂取した様で、こちらに襲いかかる者は少ない。また、動ける者はミシェルが率いる騎馬部隊の対応に追われている。
「ひ……卑怯者め……」
「慈悲深き隊長殿に感謝して、我々も慈悲深く振る舞うよ。ジャンヌだけ返して貰う。我々も悪酔いしてゲロ塗れになっている奴らを殺して回るほど落ちぶれちゃいない」
「でもこのパイクは貰っておくよ」
「弓と矢は欲しいかなぁ」
「大砲は……無理か」
「よおっし、任せろ!」
俺は力任せに頑丈くんを大砲に振り下ろすと、流石に切断は出来なかったが鋳鉄の砲身に頑丈くんが食い込んだ。
「傷や穴が開いた大砲は危ないらしいな。気をつけた方がいいぞ」
まるで野盗だが、我々は武器が欲しいわけ……いや、貰えるなら貰うが(悪いか?)本当に奪いたいのは継戦能力なんだ。武器や物資を失った軍隊なんてクソするだけの邪魔者だし。殺して埋めるの面倒だから、自分で歩いて帰って頂きたい。
ジャンヌは猛獣でも入れる様な鉄格子の中に繋がれていた。俺も割とこれは正しい処遇の様に感じる。「おお! 神よ!」と膝をつき十字を切るジャンヌを無視して頑丈くんで檻の南京錠を破壊すると、彼女は兵隊たちと抱擁して無事を喜び合った。
「これぞ神の思し召し! さぁ、皆で島国軍を駆逐しましょう!」
「いや待て、この、哀れに苦しんでる島国兵にとどめ刺すの? それ神様本当に言ってる?!」
流石の俺も驚かざるを得ない。とりあえずジャンヌたけ取り返してあとは普通にコンピエーニュ守備戦で……
「神は我らに力を貸してくださいます!」
「それ言ってお前捕まったって聞いてるぞ!」
「それはその──」ジャンヌは一瞬だけ考えた「──そう、受難です! 神は試練を与えました! そして今、私は受難を克服したのです!」
「テラさん……不味いよ、動ける兵隊が集まって来た……」
不味い、時間をかけ過ぎた! 全員が無力化してるわけじゃないからな!
「ジャンヌ連れて早く撤収しろ! ここは俺が……」
って言ったんですよ、俺。
うん、騎士らしいでしょ?
でもね、鎧も着てないジャンヌがね。
パイク奪って突っ込むんですよ。集まってきた比較的元気な島国兵の方に。
「
釣られてこちらの歩兵までついて行くの。やめて欲しいの。
ジョセフもガストンもびっくりして固まりましたよ。だって段々集まる兵隊増えて来てるんですよ?
なんて言いますかね、ああ「こんなんだから」捕まるんだなって思いました。一言で言うと度し難い。
「正義は我にあり!」
言いにくいんだけどさ、ジャンヌさん? それ言って負けるとこっちに正義なくなっちゃうと言うか、我が方に正義が無いのが立証されてしまいまして、その……キノコとお酒作戦は……あー……
もう、いいかなぁ。
ただでさえ捕縛されてて身体弱ってるのに、元からそんなに強く無いジャンヌが長柄のパイク抱えて突っ込んで、10人ぐらいの兵隊諸共フルボッコ。相手数倍いて卑怯だ何だと怒りまくってますからね。これは俺が悪かった。檻に入れたまま運ぶべきだった。野に放っちゃダメな奴だこれ!
◆
「どうすんだよ、大聖堂の騎士殿よ? 2度目は無いし、俺もうあっちに顔出せんぞ」
ピエールに詰問される俺をミシェルや
ブサック男爵が擁護する。半ばジャンヌに呆れながら。
「いや、仕方ない。アレならやる」
「そしてあの娘は止まりません」
「先に言ってくれりゃ首輪ぐらい用意したのに……」ピエールは儲け減らしてまで協力したのにこの様でめちゃくちゃ不機嫌だし、不機嫌になる気持ちは痛いほど良くわかる。
「檻に入れとくの、敵ながら正しい判断だったな……」
「根本的な話として、助ける価値あるのかね? 見捨てた方が良くないか?」
「ピエールさん名推理!」
「ただ、バケモンみたいな親衛隊隊長がな……」ブサック男爵の顔が曇る。
「誰だそいつ? 頭イカれてんのか?」
「イカれてるのが元帥なんだ……」
「レ元帥か──レ元帥かぁ……」
知っているのかピエール(棒)
【中世ヨーロッパ皇宮警察】
ジル・ド・レはこの時点で25歳の男爵でフランス元帥である。実は調べるまで金持ちっぷりから公爵ぐらいかなと考えていたがよーくよく調べたら男爵だった。父方(ラヴァル家)と母方(クオン家)の膨大な領地を独り占めで相続した上に、フランス有数の資産家だった妻(カトリーヌ)の領地まで手にしており、我が家のGemini曰く「超・メガ盛り男爵」
本作「王都のオリヴィエ」卿も子爵とは思えぬごんぶと実家をお持ちだが、これがエスカレーションしたのがレ男爵だ。
◆
「すまんーっ! 本当に悪かったーっ!」
もうすぐ6月の青空の下、何でか知らんが(すっとぼけ)めっちゃ怒ってるコンピエーニュ包囲軍の前で、何でか謝罪する羽目になった訳である。キノコとアルコールのロンドが終わるまでたっぷり1週間不戦を貫いた。こちらからは攻めずにひたすら彼らの快癒を祈りもした。敵なのに。だってあと味悪いんだもん。あんな猪娘の田舎っぺ大将救う為とは言え本当に悪いことをした。マジですまん。
「卑怯者ーっ!」「恥を知れーっ!」
「わかったわかった。謝意を表す為にも徒歩で来てるんだ。なんなら騎士らしく一騎打ちしてもいい。こっちは徒歩で構わない。どうぞ名乗りを上げてランス持参でお越しください」
「やらいでか! 我が名はシャルル・ド・リニー! リニー伯ジャン2世の縁者にして憤怒の騎士! 聞くも穢らわしいが名乗る名があれば聞いてやろう!」
「すいません申し訳ないです、Jテラと申します。自分には過ぎた名ですが
「知るかボケ! 死ねぃ!」
「あっ……ちょっ……」
言っておくが、俺は鎧すら着ていない。しかし身体が勝手に怒ってた騎士のランスを跳ね上げ、返す剣で馬の前足を2本とも両断してしまう。もんどり打って転ぶ馬の首を「すまんすまん」と心で詫びながら頑丈くんで両断。リニー伯が何ちゃらは首から着地して転がりピクリともしない。
一瞬の静寂。そして大砲でもぶっ放したかの如き怒声。
「馬を殺したぞあいつ!」「騎士の風上にも……「聞けぃっ!」
静かになるまで暫しの時を要した。
「重大なお知らせです。当方及び背後に控えるミシェル騎士団は今後、身代金交渉に応じません。我々も殺されぬ様に死に物狂いで戦いますし、我々は基本的には捕虜を取りません」
団員が騎馬を先頭に俺の背後に整列する。従士達は勇ましく立ちながらも脚を震わせて怯えてはいるが、目だけは真っ直ぐブルゴーニュ派側を見据えている。
「大体、身代金目的の私掠じゃないか。我々は銀貨稼ぎに戦争をしている訳ではない。我々の目的は国土回復である。お前らの支払う身代金など母国の土地とは比較にもならん。という事で、我々の前に立つものは悉く我が国の土になって貰うし、我々も母国の土に還るつもりである。身代金ゲームは他でやれ。ここではやらせん」
ここで俺は終わり。代わりに出てきたミシェルにバトンを渡す。
「これはシャルル7世陛下の王命である!──」
引いて馬上からブルゴーニュ・イングランド派の様子を見ると慌ててるのがよく見える。相手側歩兵達には動揺は見られない。まぁそりゃそうだ、身代金払えるのは金持ちだけ。歩兵は野に散るのが定めだ。彼らには関係ないもんな。但し騎馬兵は別だ。奴らには多少なりとも蓄えがある。そもそも軍馬は高額だし維持費もバカにならない。鎧だって服と同じくオーダーメイド。巷では騎士1人で歩兵20名分の価値があるなんて言われているが、コストはそれより高い。
我々はその高額高機能兵を壊して回ると宣言した。陸続きのブルゴーニュ派は兎も角、海を渡って来るなら島国軍にはかなり手痛い損失になるだろう。
「──我々とシャルル7世陛下は本気である。我がミシェル騎士団には貴族など誰1人として居ない。我々は陛下の私兵である!」
うんまぁ、それはそう。我々には治めるべき土地も守るべき領民も居ない。守るべきは団の兄弟とシャルル7世陛下の御威光だけだ。
「ま……魔女はどうする気だ!」
司令官? が震える声でこちらに尋ねる。うん、まぁ身代金は払わないんだわ。だからこの間みたいに無理矢理脱会しようとした訳でな?
「知らぬ。我々ミシェル騎士団は陛下の『手』である。委細は陛下に尋ねてみよ。恐らくは諸兄の予想通りであろう」
ミシェルの凛とした声。
「この地を立ち去るなら我々は気にしない。意気地なしと罵りもしない。お前たちはいつもの博打をしに来ただけで、我々はその博打に乗らないと宣言した。帰るのも当然だ。卿らにも守るべき土地や治めるべき人民があるなら、それを優先するべきだ。我々は相手が貴族だろうと民衆だろうと区別はしない! 敵は敵だ。それ以上でもそれ以下でもない!」
まぁ、その通り。ミシェルに代わり王都のオリヴィエ──最近は「王都の」が省略されて本当にオリヴィエと呼ばれる事が増えた「自称副長」が前に出る。
「我々からの口上はこの通りである。明日以降は我々もこの通りに行動する。疑問や要請があるならこのオリヴィエに申し出よ! 今日の日が沈むまでは申し出や協議に応じよう!」
さぁ、言っちまった以上もう引き返せない。明日からは殺し合いだ。
【中世ヨーロッパ軍警】
それまでは王の名の下に諸侯から軍を集めて隊を編成した形を、シャルル7世は直属兵を指揮する国家常備兵に改めたのは史実であるが、本物語の様に戴冠翌年から運用開始してはいない。大体15年くらいこの辺の施策は前倒しはしているが、中世様式を改めて近代王権集中国家に再編し始めたのは概ね事実である。
というか、創作世界の王様が中世だって言うのに近代の中央集権国家をやりすぎなのである。それはほぼ英仏100年戦争後にルネッサンス始まった後だぞ。
幕舎に入ってきたピエールの旦那が肩を竦めながらミシェルに尋ねる。
「で、吟遊詩人の皆様には嫌戦歌を歌わせればいいのかね? なんか俺のところにまで嘆願書来てるぞ。交渉を仲介出来ないかとか……」
「私を説得する自信がおありなら」
ミシェルとオリヴィエは忙しげにお手紙への返答を認めている。
「まぁ、あちらの島全部差し出すなら考えるかもだけど、島は一つしかありませんし……早いもの勝ちになりますね」
「我々の王都じゃ交換してくれないのか」
俺はちょっと茶化してみた。ミシェルは眩く輝くほどの微笑みでこう答える。
「せっかく準備しましたから、ちゃんと奪い取りたくはありますね。テラ師範がプレゼントしてくれる未来を期待しますわ」
◆
元々、膠着しやすい戦場だった。むかーしからの戦訓では都市攻略には防衛側の3倍の兵力が必要と言われている。ジャンヌの手勢だけでは厳しかったが、元々の守備隊とブシェミ男爵兵含むミシェル騎士団の兵力があればなんとか持ち堪える事は出来たし、ジャンヌの手勢が加われば割と防衛自体には余力もあった。
まぁ、
まず、敵側騎兵戦力がかなり減った。20騎程度が戦線を離脱したらしい。一般的には騎兵1騎は歩兵20人に相当すると換算される。つまり戦力としては400人分の減少に等しい。後は医療体制の違いが如実に出た。なんせ島国兵も我らが王都と同じく、瀉血や焼きごて祭りで負傷兵の戦線復帰が大変難しい。ミシェル騎士団では俺が持ち込んだ薬草や軟膏を使ったペイガン式治癒術を採用しており回復が早いのだ(尚、コンピエーニュのキリスト教教会も熱心に祈祷しており、少しは神様の慈悲があったかもしれない)
更に効いたのが緩やかな飢餓と士気の低下だ。大変栄光な事に敵側がミシェル騎士団を過剰に恐れてくれている。一時期ピエールの隊商により持ち直した食料供給も、あの一件以降途絶してしまい……餓死するほどではないが末端の兵士はいつも腹を空かせている。その兵士が前線を支えるのだが、騎士団20数騎で突撃を仕掛ければ士気の落ちた兵士は簡単に逃げ出してしまう。そして戦場では恐怖が伝染する。そして恐怖が絶望に変化するのに然程時間は必要では無い。
「
ミシェルの号令に従い、10騎程度の騎士が敵に向かい騎馬突撃を敢行する。その総重量を考えて欲しい。騎兵突撃を人間の肉の壁で押し留めるなんて土台無理な話だ。歩兵は我先にと逃げ出す。その逃げ惑う兵を軍馬は押し倒し、踏み潰し、弾き飛ばしていく。この騎兵が生み出した混乱の渦にジョセフやガストン達が雪崩れ込み長柄の武器を振り回す。特にガストンのハルバードは微塵も当たっちゃいないのだが、当たれば大ごとなんで皆避ける。そう、それでいい。
「ミシェルぅ!」
突いて突いて振り下ろすってのは何だったのか。まるで農夫が大鎌で麦を刈るかの様にハルバードを振り回し……あ、肘から先斬られた奴が出た。血を見たガストンが半狂乱でハルバードを振り回す。なんだこの
案外昔から……俺の祖先の昔からこんなもんであるらしい。かく言う俺も騎兵槍を構えちゃいるが振り回す自信は無いし、馬群に紛れて馬を走らせているだけだ。オリヴィエの凶暴だが頼りになる軍馬だけは前脚で敵を蹴り、時折偶然近くにいた敵歩兵を蹴り飛ばしているが……何だあれ、オリヴィエ以上に敵倒してない?
意外に器用に動いているのがジョセフだ。ハルバードを巧みに振り回して敵を牽制しながら「1人ではなく従士複数人で」敵を倒している。別に1人で戦う訳でもなし、数的有利を局所的に作り出して戦うのはスマートだ。それでいて周りをよく見て指示を出す。やるじゃないか!
と、この様に統制が取れなくなり陣形が崩壊したら勝負は決したも同じだ。こうなると伝令や号令も兵隊の耳には届かない。統制が取れない兵など刈られるだけの存在だ。俺は自分の馬をオリヴィエに任せて下馬すると、我が方でほぼ唯一統制が取れなくなったガストンを迎えに行く。危な過ぎて誰も奴に近付け無いのだ。
「おい、ガスト「ミシェルぅ!」
俺の時だけハルバード振り下ろしは中々に殺意が高い。やめろよ殺す気か。深く大地に食い込んだハルバードの斧頭の背を足で踏み付けてガストンに告げる。
「再突撃準備だ。下がれ。また皆んなに置いていかれるぞ」
「テラさんテラさんテラさんっ!」
「あー、はいはい」
正面から迫る敵騎兵のランスを頑丈くんでパーリングして、すれ違いざまに思いっきり右腕付け根を頑丈くんで叩く。流石に切断とまではいかないが鎧は変な形にひしゃげて騎士は落馬。
「ガストン!」
「ミシェルぅ!」
ガストンは落馬した騎士をハルバードで滅多打ちにする。最初は左腕で防御しようとしていた騎士も、なりふり構わず農夫が畑を耕す様なガストンの振り下ろしを受け──大地に
親父殿の教えでは、戦争ではこんな風になる事はあまり無い筈なんだが……恐怖の風に吹かれたブルゴーニュ側は怯え切っていた。普通はもうちょい逃げ遅れた兵を追い回して、俺とガストンは刈られる側に回る筈なんだが……ブシェミ男爵の騎馬隊が控えているからか動きはない。俺たちは守備側ではなかったか?
「拍子抜けだな」歩いて帰る俺たちに強そうな騎士が語りかける。
「恫喝が効き過ぎましたね、ブシェミ男爵」
「ジャンヌみたいのも困りもんだが……初夜に怯える処女みたいになられても困るもんだ。ガストンくんみたいに恐怖しながらも身体が動く方がまだ……」
「弱兵はお嫌いですか?」
「いやいや、大好物だよ」ブシェミ男爵はヘルメットのバイザーを下げて下知する。
「ガストンくんすら共同戦果とはいえ騎士倒したぞ! 分かってんな、我が精鋭よ!」
「「うーす!」」
「
「ねぇ、テラさん? 何で敵はこっち包囲とかしないの?」
「んなことしたら野戦陣地や城兵側主力をこっち側のコンピエーニュ守備軍に攻撃されちゃうだろ。まぁ、多分アチラも俺たちの相手したくないだろうし」
◆
「ジャンヌの身代金をお支払い頂きたい」
「却下だ」
シノンで何度か繰り返された交渉である。コンピエーニュでジャンヌが捕らえられたと言う報は何故か迅速に大陸農業大国側に伝わり、世人からジャンヌ・ダルク親衛隊隊長として知られるジル・ド・レフランス元帥の耳に入った。寝耳に水だった。なんとなればジル元帥はシャルル7世陛下から直々に「ジャンヌはすぐ前線出て危ないから、お前が守れ」と軍命を受けていたのである。まぁ、確かにジャンヌが命令系統無視してコンピエーニュに行くとは考えないし、ジル元帥の手落ちと非難するのは難しい。ジャンヌと共に戦った経験がある軍人なら皆知る話だ。あの扱い辛さを知るのはミシェルやブシェミ男爵だけではない。
だが、命令なのである。王命なのである。ジャンヌの──ある意味では
コンピエーニュ包囲側のブルゴーニュ派からは身代金要求の書状が何度も届いたが、シャルル7世は無視をした。当時の慣例的には味方の捕虜は王が自ら身代金を支払う事もあった。だが、王令無く勝手に出陣して勝手に捕まったのでは話が違う。また、別にシャルル7世はコンピエーニュを無視した訳ではなく、ブシェミ男爵とミシェル騎士団、そして温存していた近衛までコンピエーニュ防衛に差し向けている。ある意味ではキチンと軍議に出て、ジル元帥がジャンヌのストッパーとして機能していたら避けられた話である。なんなら今頃コンピエーニュは解放されていたかもしれない。早期に構築した耳のネットワークは予想外の効果を発揮している。もう
「だがジャンヌは神の声に従い──」
「神に従いたくば、修道会にでも行くべきであるな。余の配下なら余に従うべきであるな?」
「ラ・ピュセルは民の窮状を見かねて──」
「それを座視してはおらぬし、ミシェルやブシェミを派遣したであろう? 何故お前はジャンヌを奴らと帯同させる様にしなかったのだ?」
「では俺がジャンヌの身代金を──」
「ならぬ。軍令に従わぬ者を助ける謂れは無い。仮に今後ブルゴーニュ派に通じた諸侯が態と敵に捕縛されたら全てお前が身代金を支払うのか?」
「ジャンヌは敵と内通してなど居ない! 神に従うだけだ!」
「ならば神にでも救済を頼むが良い。余としてはお勧め致しかねるがな」
「ではどうしたら!」
「ミシェル卿を参考にせよ。余はミシェルにも卿と同じ命令をした。ミシェルはジャンヌを強奪しようとしたらしい。あの王都のオリヴィエの入れ知恵かも知らんな。余は強奪も捕虜交換も禁止はしておらん」
シャルル7世は堪えきれずにクククと笑い出した。
「確かに余の失策だ、強奪を禁止しなかったのは余の失策である! 間違いを犯さぬ様に卿には──」
元帥は既にシャルル7世に背を向け駆け出していた。やれやれ、また命令を出し損なったか。フィリップに話を通しておかねばならなくなったな。
【中世ヨーロッパ警察 国家公安委員会】
1430年5月のブルゴーニュ派によるコンピエーニュ侵攻は、アルマニャック派(シャルル7世側)とブルゴーニュ派の双方の事情による休戦期間の隙間を狙った作戦である。作中ではブルゴーニュ派内部の対アルマニャック強硬派が暴発した事例になっていて、ブルゴーニュ派のフィリップ善公も対アルマニャック強硬派排除に利用しようと考えている。
多くのファンタジー的西洋王政好きが考えるほど、中世ヨーロッパの王権は強くない。寧ろ読者諸兄が考える「強い王様」が出て来るのはシャルル7世以降の世界であり、絶対王政とか中央集権制が確立した後の話だ。デュマの三銃士とかは本話(1430年、15世紀初頭)から大体200年後の17世紀の話である。
◆
「おい! ミシェル騎士団の財源調査はどうなった!」
「基本はシャルル7世陛下からの支出ですが、リヨン周辺の要所を支配する子爵家からの資金ルートがある模様です。『王都のオリヴィエ』を僭称する騎士がキーマンかと。後まだ調査中ですが薄汚い王都の交易商人が怪しいとも」
「接種せよ。ミシェル騎士団の本性を知りたい。本人にも俺の名代として誰かを差し向けよ。理由は何でも良い。ジャンヌ奪還の意思だけ聞いて来い! 領内の軍備はどうか!」
「集結は促しておりますが、全力でとなると周辺領主から懸念が……」
「無視せよ。領内北東部に進軍準備を急がせよ! ブルゴーニュ派への浸透工作は!」
「え? いや……善処します!」
「遅い! 首を刈り落とすぞ!」
あんたブルゴーニュ派なんぞ縊り殺してやるとか言ってたやん……と近習は脳内で反駁したが、顔には出さなかった。これがこの領主の下で長生きする秘訣だ。急に方針が変わったと言う事は、ラ・ピュセルに何かあったなと察するべきだし、その方向性で対処すべきと言う経験則だけは積み上げている近習だった。
「ラ・ロシュ卿、イヴォン、支度しろ!」
中年騎士、ラ・ロシュ卿は頭を抱えた。このパターンはまた頭痛の毎日が続くパターンだ。どこかで薬を調達せねばな……と暗い未来を予想した。
若き侍従、イヴォンは神を恨んだ。なんでブルクじゃなくて僕なんだ! この前日曜礼拝出なかったのはジル元帥が無茶言うからで僕は無罪ですと。ケチらず免罪符買えば良かった!
◆
「随分減ったな」
「負け戦だからな。そりゃもう哀れなもんよ」
夕暮れ時、コンピエーニュ城壁からピエールの旦那と包囲側野営地を眺める。野営地は往時の2/3程度まで規模を減らしており、こぢんまりとした印象を受ける。
「兵隊が500ぐらい、周りの非戦闘員が1000人ぐらいかな? まだまだ油断は出来ないが明らかに諦めのムードが漂ってるらしい」
「そんな中で晩飯か。不味い飯になりそうだな」
「気持ちの問題だけじゃねぇ。補給も滞りがちでうっすいスープで凌いでるって話だ。吟遊詩人の皆様の言うことにゃ」
「夏前に、終わるかね?」
「さぁな、騎士の皆様の意地と根性次第だろ。意地で死ねる人間の考える事は分からん」
「商人の気持ちは?」
「はっきり言って、赤字。コンピエーニュを攻略して新たな利権にありつけると思ったから付いてきたのにミシェル騎士団が身代金って追加報酬無しって言い出したもんだから商売上がったりだ。なんて事してくれてんだよ、大聖堂の騎士殿よ」
「そりゃあおあいにくさまだ。シャルル7世陛下に言ってくれ」
「──王は、強くなるな」
「ああ、王は今までとは比較にならないぐらい強くなる」
俺たちは西に沈む夕日を見た。燃える様に赤く染まる空をゆっくりと深い青の色が押し潰していく。もうすぐ次の日が始まるのだ。
【中世ヨーロッパ警察補註】
クリスマス・イブなどにも残る風習だが、古代からヨーロッパでは日暮れと共に1日が終わり、新しい1日が始まる。だからクリスマスは今でいう前日の日暮れから始まり(これがクリスマス・イブ)、当日12月25日の夕暮れに終わるのである。
夜も更けてからミシェル騎士団の幕舎に戻ると、ミシェル達が軍議を開いていた。
「どうしたんだ? オリヴィエまで難しい顔して」
「ムッシュ、明日から包囲軍の撤退が始まります……」
「朗報じゃ無いか。俺たちもようやく帰れるな!」
「ジャンヌよ、テラ師匠──返さないって」
「──あのさ、返されても勝手にブルゴーニュ派に突撃するじゃん。停戦合意したならアレは檻に入れといた方が──」
「もちろん提案したわ。荷物になるだろうから引き取りましょうかって。停戦合意遵守の為に2週間は檻に入れときますと。実際軍規違反だし……」
「ウィ、『価値があるから返さない』だそうです」
俺は変な顔をした。身代金交換禁止なのだから金出す奴は居ないはずなんだが……
「誰か軍規破って身代金支払ったのか? やりそうな奴なら心当たりがあるが」
「奇遇ね、私もやりそうな人知ってるわ」
ブシェミ男爵が音頭を取る。
「──せーの」「「「「ジル元帥」」」」
綺麗にハモった。
「だよなぁ」
「なんかアホみたいな金額らしいし」
「出されるとブルゴーニュ派の戦費になっちゃうんだよ。何してくれてんだあのアホ」
「まぁ、ジル元帥の偏愛具合は酷いですからね。正に愛は盲目」
「愛で窮地に立たされるのは我が国らしい。もう少しでアルプスの南側超えるな」
「騎士としては大正解なんですよね。救国の乙女の為に破産したら、そりゃーもう吟遊詩人が1000年語り継ぐクラスの美談なのは間違いありません」オリヴィエは久しぶりに前髪弄りながら半ばジル元帥を讃えているし、ミシェルも眼を輝かせながら首を縦に振っている。
「でも、ジル元帥にも嫁や子がいるだろう? 心中穏やかじゃねーよ」
「領民に申し訳ねーな。その金で減税して宴会でもした方がいい」
俺とブシェミ男爵は(ありえない話だが)もし自分ならと仮定する。戦争なんだから死ぬ事だって捕まる事だってある。それはそれで割り切らないと戦争は終わらない。まぁ、俺らにはジャンヌ買う金なんて元から無いんだが。
「──もしも、ですが。私が捕まって身代金として『頑丈くん』要求されたら、テラ師匠はどうしますか?」
ミシェルは上目遣いでこちらを見ながら俺に問いかける。何をバカな事を。
「決まってるだろ。頑丈くん片手にミシェルを取り返しに行く。オリヴィエも来るだろ?」
「もちろん! 団員総出で助けに行きますよ! 団長なら救い出した直後に再突撃しないでしょうし」
「そん時は声掛けてくれ。苦楽を共にした戦友見殺しにするのは性に合わん」
「まぁ、人望よねぇ……ジル元帥もそうなんだろうし、ちょっと妬けるなぁ……」
「何言ってんだミシェル。俺たちは金ではなく命賭けるって言ってるんだぞ。まぁ金で片付けるはある意味スマートだがロマンが足りないだろ? 攫った相手が悪竜や巨人みたいに金を要求しなかったとしても俺たちは引かない」
「おー、それも吟遊詩人が1000年語り継ぐパターンですね! トレビアン!」
「何かと交換は分かりやすいがね、俺も先ずは『両方取る』を考えるかな」
そこに暗い顔したピエールの旦那が幕舎に入って来た。全員の顔を見渡すと重い口を開く。
「悪い知らせだ。ジャンヌ買うのはどうもジル元帥じゃないらしい。島国側らしいぞ」
全員がキョトンとした顔をする。
「ジャンヌを、どうして?」
「探らせてる。俺も訳わからん」
「島国が──」オリヴィエが珍しく凄く難しい顔をして悩む。パリ大卒のインテリらしいたまに見せる横顔だ。まぁ、考えるのは奴に任せよう。
「結果としてブルゴーニュ派に金が流れるのは問題だが、ブルゴーニュ派と島国側の離反が成立したらそれは問題ではない。島国派が何狙っているかだなぁ」
「ブシェミ男爵、つまりは資金提供による離反防止という線は考えられませんか?」
「あり得なくはない。ただ、金額が大き過ぎる……つまりそれに見合う事を狙っている筈だ」
「島国派が狙っているのは我が国支配で、だから故にシャルル7世陛下の王権否定……」
「またいつもの『異端だ』作戦じゃねーの?」
オリヴィエがはっと顔を上げる。
「それだ! シャルル7世陛下に対して魔女の力を借りた異端って線で正当性否定だ! なら……ピエールさん! パリ大の動向を探ってください! 島国側がパリ大の反アルマニャック派に接触してる筈です!」
「異端審問なんて教皇やら教会絡んで面倒だろうに……」
「やってしまえばどうとでもなるの精神ですよ。学内にもシャルル7世否定派は居ますからね、コーションとか」
何が始まったのかは分からないが、とりあえずオリヴィエが心配する様な計画があるのは分かった俺だった。
◆
コンピエーニュ包囲軍撤退開始から2日目の昼過ぎ、ジル元帥が僅かな手勢だけ引き連れてコンピエーニュに現れた。
「ジャンヌ! ジャンヌ卿は何処だ! ブシェミ貴様隠し立てすると踏み潰すぞ!」
「待て、ジル男爵。俺たちは一回は助け出したんだ。だがジャンヌがいつも通り陣に帰らず……」
「そんな事は分かっている! 何故それを止めなんだ!」
ブシェミ男爵を助ける様にミシェルが口を挟む。
「恐れながら、ジル元帥。ジャンヌの護衛は陛下自ら元帥に命じられた筈ですが、何を今更ノコノコと……」
「ジャンヌに詳しい貴殿ですら予測付かないジャンヌを私らが制御できる訳ないでしょ? だからジャンヌは自分の背中に縛り付けておけとあれほど……」
「救い出された捕虜がパイク握ってブルゴーニュ派に襲いかかるとか、普通はありませんよね?」
流石に俺も口を挟まざるを得ない。
「淑女を護るのは騎士の誉れだろう!」
「淑女は『島国兵は皆殺しじゃあ!』とか言わないです」
「鎧も着けずに突撃もしないと思います」
「少しは戦場の基本ぐらい教えてあげて下さいよ、ジル男爵。貴方我が軍の最高司令官じゃないですか」
ジャンヌは神の声に従う。つまり実質的には神様止めなきゃジャンヌは止まらない。そんなん……それこそ聖母マリア様にでも息子さんに言って貰うしかない。
「黙れぃ! この匹夫どもが! こうなったら俺1人でもジャンヌを救い出す! ジャンヌはどこだ!」
「あ、停戦合意したからダメです」
「昨日ブシェミ男爵が調印したからダメです」
「確認中ですが、島国側がジャンヌの身柄を購入したそうです」
「何でだ!」
「さぁ、島国ですからまた異端審問じゃないですか?」
「またそれか。あいつら何したいんだ?」
【中世ヨーロッパ警察解説】
読者諸兄は魔女裁判=火炙りと誤解しているだろうが、異端認定されても初回は「反省して良きキリスト教徒になりまーす」と回答したら別に火炙りとか無いのである。もしそんな「異端だから死ね」をやっていたらアルプス以北なんてバルバロイの異端だらけなんだからキリスト教化や布教なんぞ出来ないのだ。だからちゃんと信仰しますと
「神学問答でジャンヌを異端にしたいんでは?」
「そんなもん、シャルルが王太子時代にポワティエでやったわ。そんな簡単に異端認定できるならラ・ピュセルなんて呼ばれる訳がない」
「異端判定しても、巡礼とか罰金で終わるもんなぁ……」
【中世ヨーロッパ警察解説】
まぁ、読者諸兄もなんぼなんでもジャンヌ・ダルクが異端審問されて魔女として火刑になった事ぐらい知っていると思うが、なんで火刑になったかまではご存知ないと思う。そして当時の教会法などを知っていた場合は、そもそも敬虔なキリスト教徒で後に聖人として列聖されるジャンヌを異端審問する意味が不明なのだ。良きキリスト教徒になれって言われたらジャンヌは「は? 私敬虔なキリスト教徒ですが……」と悩みつつハイって言うだろうし。そして実際、シャルル7世も王太子時代にジャンヌをキリスト教神学的に調べてキリスト教教会側からお墨付き貰っている。
「ジル元帥閣下、とりあえず落ち着いて話を聞きましょう。今生きているなら生かさねばならない理由がある筈です」
ジル男爵について来た中年騎士ロシュ卿が口を挟む。
「ジャンヌの命が危ないだろうが!」
「殺したいだけなら殺してると思うのです。生かしている以上は生かしておかねばならぬ理由があるのでしょう」
「ウィ、恐らくはシャルル7世陛下の正当性などを貶めたいのではないかと愚考しますが、どんな手を使うのかが不明です。ランスで戴冠した以上それは無理筋の様な気もするのですが……」
「ランスの戴冠を『無効』と言い張りたいがために、神学裁判で難癖をつける……そこまでは解かる。だが、ポワティエをパスしたジャンヌをどうやって罪に落とすつもりなんだ?」
ロシュ卿が腕を組み、不審そうに首をひねる。
「さあな。だが島国どもが莫大な金を積んで買い取った以上、生ぬるい罰金刑で済ませる気でないことだけは確かだ」
「お!」俺は閃いた。
「身代金ではなく保釈金なら支払い許されるんじゃないか?」
「1万でも2万でも払ってやる。それで済むなら安いもんだ」
◆
さて、幕舎でオリヴィエの語る話はこうだ。そもそもこの数十年に渡る戦争の根源は我が国の王配アキテーヌ公が王と離婚して島国の王と再婚したところから始まる。これにより島国の王は島国では王でありながら大陸側では王に臣従する諸侯の1人となった。このねじれを解消する為に島国側が大陸側でも王になろうとしたのがきっかけであると。オリヴィエの話は続く。
「──しかしシャルル7世陛下はランスで戴冠式を行い我が国の正当な王位に就かれた。これが気に食わない訳ですよ、島国側は」
「気に食わなくても、なぁ?」
「そこはジル元帥の仰る通り。しかし教会や貴族の間では王権は神から与えられたものという考えがありますので、王位に就く際魔女の力を借りたというのは問題にされやすい。だからジャンヌ卿の異端審問になるのかと考えます」
「どうやって?」
前髪を弄りながら困った風にオリヴィエは応える。
「そうなんですよ。異端の力を借りたと言っても『だから?』って言えてしまうんですよね。なんなら島国側だってアーサー王がケルトやドルイドの異端の力を借りてる訳ですし」
「なんだそのドルイドとかって?」
「ウィ、言ってしまえば魔女ですなぁ。魔法を使うらしいですよ」