HXH世界を旅する少年王子のお話   作:azuazu000

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イルミ初登場回です。
四次試験が始まり、眠気を抱えたまま標的を探すアズリル。
そしてレオリオと二人きりで、蛇が巣食う洞窟に閉じ込められてしまいます。


四次試験① まどろみの島

 猛烈に、眠い。

 

 アズリルは、人生で感じたことのないほどの深い睡魔に襲われていた。

 

 次の試験場へ向かう船のなか、少年は船縁にもたれ、項垂れるように海を見つめている。これから始まるのは、受験者同士が互いの番号札を奪い合う、狩りのような試験らしい。先ほどくじ引きが行われ、全員が自分の標的となる番号を決められたばかりだった。

 

 手の中にある番号札を見下ろした。

 

 一〇三。

 

 それが誰の番号なのか、まったく見当がつかなかった。

 

「……誰だろう」

 

 ぽつりと呟いてみたものの、考える気力はすぐに途切れた。もう、次の試験について真面目に思案する余裕など残っておらず、波の音が耳に入るたび、意識が泥のように溶けて、深い底へ沈んでいくようだった。

 

 三次試験のあと、三日近く眠っていたはずなのに、それでもまだ、身体の奥から眠気が湧いてくる。普通に考えればおかしいのだろうが、アズリルはそれを、ただの疲労だと片付けた。

 

 あれだけの試験を越えたのだから、無理もない。

 

 自分の実力は、自分でもよく分かっているつもりだった。だからこそ、ここまで残れていることが不思議で、思っていたよりずっと無理をしていたのかもしれないと、ぼんやり考える。

 

 ふと、以前にも似たようなことがあった気がした。

 

 けれど、その記憶を辿る前に、背後から声がした。

 

「よう、アズリル」

 

 振り返ると、レオリオが立っていた。

 

「レオリオ」

 

 名前を呼んだところで、アズリルは立っているのも限界になり、そのままずるずると船縁に背中を滑らせて、甲板に座り込んだ。

 

 レオリオは目を丸くした。

 

「お前、ずいぶんしんどそうだな」

「まあね……」

 

 レオリオは心配そうに隣へ腰を下ろす。

 

「聞いたぞ。三次試験、ヒソカと組まされたんだってな」

「うん」

「相当ひでえ目に遭ったろ。生きててよかったよ、本当に」

「ああ……」

 

 アズリルはどこか上の空で頷き、困ったように頬をかいた。

 

「変な人だけど……悪い人……ではなかったよ」

 

 レオリオの口元が引きつった。

 

「おま……マジで言ってんのかよ!」

 

 アズリルは、はは、とかすかに笑ったが、その声に力はなく、笑ったことで、かろうじて張り詰めていたものがふっと緩んでしまった。

 

 言葉が途切れる。

 

 波の音だけが、やけに近く聞こえた。

 

 視界がゆっくり滲んでいく。

 

「アズリル?」

 

 レオリオの声が遠くなる。返事をしようとしたが、言葉になる前に意識が落ちた。

 

「……おい?」

 

 レオリオはすぐに手首を取り、指先で脈を探ると、それから額に触れ、呼吸の浅さや顔色を確かめた。

 

 だが、異常というほどのものはなかった。

 

 体調を崩したというより、単純に限界まで張り詰めていた疲れが出たのだろう。糸が切れたみたいに、アズリルの身体から力が抜けていた。

 

「……寝た、のか」

 

 安堵とも呆れともつかない息を吐いた。

 

 本当に、限界だったのだろう。

 

 すぐ隣で、静かな寝息が聞こえる。船の揺れに合わせて、アズリルの肩が小さく上下しているのを見て、レオリオはそれ以上そちらを見ないように、頬を赤くして前を向いた。

 

 船はそのまま、次の試験場へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 四次試験の会場は、広い島だった。

 

 受験者たちは順番に島へ降ろされ、それぞれ別々の方向へ散っていく。一番最初に船を降りたアズリルも、ふらつきながら森の奥へ進んでいた。

 

 アズリルは標的の番号をもう一度確認した。

 

 一〇三番。

 

 誰の番号なのかは分からない。けれど、探さなければならない。

 

 木々の間を進みながら、アズリルは周囲の気配に耳を澄ませた。島の中は静かで、遠くから鳥の鳴く声が聞こえ、風に揺れる葉がかすかに音を立てている。

 

 それでも、アズリルの頭はまだぼんやりしていた。

 

 これではいけない。標的を探すどころか、誰かからプレートを奪うことさえ難しそうだった。

 

 少しだけ休もう。

 

 そう思いながら足を進めていると、いつの間にか、目の前の木にもたれかかる影があった。

 

 ヒソカだった。

 

「や♥」

 

 アズリルは足を止める。

 

 前なら、そこで身構えていたかもしれない。けれど三次試験であれだけ一緒にいたせいか、今は不思議と、怖さより先に安心感のようなものがあった。

 

「……ヒソカ」

 

 アズリルはそのまま、ヒソカの近くにある木の根元へ向かい、何のためらいもなく腰を下ろした。

 

「……何してるの? ♣」

「ちょっとだけ休ませて」

「……じゃあ、その間にプレートもらっておこうかな♦︎」

「後にして」

 

 アズリルは、ヒソカの言葉を途中で切るように言った。眠気のせいか、その物言いはいつもよりまっすぐだった。

 

 ヒソカは一瞬、虚を突かれたように目を留め、それから喉の奥で楽しそうに笑う。

 

「くくくく……君は本当に面白いね♥」

 

 ヒソカの笑みが、ふと横へ流れた。

 

 木々の奥から、別の足音が近づいてくる。

 

 現れた男の顔には、無数の針が刺さっていた。表情らしい表情はなく、人形のような、ゾンビのような、どこか生き物には見えない男だった。

 

 アズリルは重いまぶたを上げた。

 

 男はアズリルを見るなり、迷いなく言った。

 

「やあ、アズレイ」

 

 その名を聞いた瞬間、眠気で滲んでいた意識が一気に澄んだ。

 

 男はそこでふと思い出したように言う。

 

「……違う。今はアズリルか」

 

 アズリルは目を見開いたまま、目の前の男を見つめた。思い出そうにも、こんな奇妙な姿の知り合いがいるはずがない。

 

「……誰?」

 

 男は答えず、自分の顔に刺さっていた針へ手を伸ばした。

 

 一本、また一本と針が抜かれるたびに、歪んでいた顔の輪郭が少しずつ変わっていく。頬の線が戻り、目元が変わり、黒い長髪がさらりと落ちると、やがてその面影は、アズリルの知るものになった。

 

「……イルミ!」

 

 アズリルはほとんど反射のように立ち上がり、ふらつきながら駆け寄ると、イルミの服を掴んで、しがみつくように抱きついた。

 

 眠気と疲労で、頭の働きが鈍っていたのだろう。見慣れた顔を見た途端、普段なら絶対にしないようなことを、アズリルは無自覚にしてしまっていた。

 

 イルミは真顔のまま、アズリルの肩を掴んで、すっと引き剥がした。

 

「だいぶ参ってるね」

「うん……すごく眠い」

 

 アズリルはへらりと笑った。

 

「知り合いだったんだ♦」

 

 ヒソカは口元に笑みを浮かべていたが、目だけがかすかに冷めている。

 

「まあ、ちょっとね」

 

 イルミは詳しく語らなかった。

 

 遅れて、アズリルの中に疑問が浮かぶ。キルアの兄が、なぜこんな姿で、ハンター試験に参加しているのか。

 

「イルミは、どうしてここに?」

「キルアが心配だから」

 

 即答だった。

 

 アズリルは瞬きする。

 

 兄が弟を心配している。そう言われると、妙に納得してしまった。自分の兄上も、同じようなことをしそうだと思ったからだ。

 

「……そっか」

「だから、誰にも言わないでくれる?」

「うん……でも、キルアの邪魔はしちゃだめだよ?」

「もちろん」

 

 横で、ヒソカが喉の奥で微かに笑った気がしたが、アズリルはそれ以上考えなかった。

 

 

 

 次に何を話せばいいのか分からず、アズリルはその場に立ち尽くす。

 

 イルミは、たまに仕事で城へ立ち寄ることがあった。そのたびに、兄と話している姿を何度か見たことがある。けれど、なぜかアズリルが近づくのを城の者たちはあまりよく思わず、従者の目を盗んでこっそり兄たちのいる部屋へ遊びに行っても、兄はすぐに仕事の話をやめてしまうのだった。

 

 だから、そもそもイルミが何の仕事を頼まれていたのかすら知らない。

 

 アズリルにとってこの男は、兄上と一緒に弟自慢をしている、気の合う友人。その程度の認識でしかなかった。

 

 そう気づくと、急に会話の続きが見つからなくなる。

 

 アズリルは気まずくなり、ふと思い出したように手元の札を見た。

 

「そうだ。この番号を探してるんだ。誰か知らない?」

 

 そう言って、標的の番号を見せる。

 

 一〇三。

 

 イルミはそれを一瞥した。

 

「ああ」

 

 そして、片手に持っていたものを無造作に前へ出した。

 

 アズリルは、それが何か理解するまでに一拍かかった。

 

 髪を掴まれた、人間の生首だった。

 

「こいつだね」

「────っ!?」

 

 アズリルは反射的に飛び退いた。頭の奥に残っていた眠気が、一瞬で吹き飛ぶ。

 

 顔を引きつらせながら、アズリルはどうにか声を出した。

 

「……プ、プレートは?」

「持ってなかった」

 

 イルミは平然と答える。

 

「でも、居場所は吐かせた。ここからあっちの方角にある洞窟らしい」

 

 イルミは森の奥を指さした。

 

「あの男の拠点だったみたいだね。君に譲るよ。オレの番号じゃなかったし」

 

 アズリルは固まっていたが、しばらくして息を吐いた。標的本人が死んでいる以上、これでいいのだろうかという思いはあったが、少なくともプレートの場所は分かった。

 

「……ありがとう」

 

 アズリルは静かに礼を言った。

 

 それから、ちらりとヒソカを見る。ヒソカは何も言わず、ただこちらを観察していた。

 

 アズリルはヒソカの視線を気にしながらイルミに歩み寄り、声を落とす。

 

「まさかだとは思うけど……兄上は来てないよね?」

「まさか」

 

 その返事に、アズリルはほっと息を吐いた。

 

 けれど、次の瞬間、イルミの手元が視界に入る。

 

 まだ、持ったままだった。

 

 ぞくり、と背筋が冷えた。

 

 あの優しい兄上と気が合う友人が、今、何でもないことのように生首を持っている。その事実を、まだうまく受け止めきれなかった。

 

「じゃ、じゃあ……僕はもう行くね」

 

 アズリルはぎこちなくそう言って、イルミが指さした方角へ歩き出す。イルミは何も言わず、その背中を見送った。

 

 

 

 

 アズリルが森の奥へ消えていくまで、二人はしばらくその背中を見ていた。

 

 先に口を開いたのは、ヒソカだった。

 

「……あの子、いったい何者なんだい? ♦」

 

 口元に笑みを浮かべたまま、尋ねる。

 

「ただの依頼人の家族だよ」

「へぇ」

 

 ヒソカの目が細くなる。

 

「訳ありなんだ。詳しく教えてよ♣」

「無理だね」

 

 イルミは淡々と答えた。

 

「依頼人の情報は話せない」

「残念♥」

 

 ヒソカはそう言いながらも、余計に興味を引かれたようにアズリルが消えた方角を見ている。イルミはその横顔を一瞥した。

 

「……気に入ってるみたいだね」

「うん。面白い子だよ♣」

 

 ヒソカはあっさり認めた。

 

「忠告しておくけど、あの子はやめておきな」

 

 ヒソカの笑みが深くなる。

 

「何? 君のお気に入り?」

「違う」

 

 即答だった。

 

「でも、あの子に過剰なくらい執着している人がいる。手を出せば、ただ殺されるだけじゃ済まないと思うよ……オレが見ても、行き過ぎていると思う」

 

 ヒソカは珍しく、毒気を抜かれたような反応をした。

 

「……マジ?」

 

 それから、その事実を噛み締めるように、ゆっくりと声が低く沈む。

 

「へぇ……♥」

 

 背筋を撫でるような愉悦が、その目に浮かんだ。

 

「それは、面白い♦」

「……どうなっても知らないよ」

 

 

 

 

 

 アズリルは森の中を歩いていた。

 

 先ほどの緊張が解け、再びふわふわとした倦怠感に襲われている。気を抜けば、木の根に足を取られそうだった。

 

 今、他の受験者に会ったら終わりだろうな。

 

 そんなことを、どこか他人事のように思う。

 

 それでも、イルミに教えられた方角へ進んでいくと、やがて木々の間にぽっかりと開いた洞窟が見えた。

 

 アズリルは足を止め、入口を見上げる。奥からは、ひんやりとした空気が流れてきていた。

 

 普通なら、もっと警戒するべきだったのかもしれない。けれど今のアズリルは、とにかく急いでいた。

 

 プレートを取って、休もう。

 

 アズリルは特に深く考えず、中へ足を踏み入れた。

 

 その姿を、離れた場所から二つの影が見ていた。

 

 一人は、木の陰に身を隠すように立つレオリオだった。

 

 

 

 

 

 

 アズリルが洞窟の奥へ進むにつれ、外の光は少しずつ遠くなっていった。

 

 一番奥まで辿り着くと、岩陰に人の荷物らしきものが置かれている。アズリルはその前にしゃがみ込んだ。

 

「これ……かな」

 

 手元もおぼつかないまま鞄の中を探っていると、しばらくして、それらしい硬いものに指先が触れた。

 

 番号札だった。

 

 一〇三。

 

 アズリルは小さく息を吐いた。

 

「……あった」

 

 こんなに簡単に終わっていいのだろうか。そう思いながら、アズリルは周囲を見回す。

 

 標的本人はもう死んでいる。標的のプレートも手に入った。自分のプレートも無事なら、無理に外を歩き回る必要もない。試験が終わるまで、ここでしばらく休んでいようか。

 

 アズリルは荷物のそばに腰を下ろし、壁に背を預ける。

 

 ほんのひと息。

 

 だが、次の瞬間にはもう、意識は深く沈んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟の外で、レオリオはじっと入口を見ていた。

 

 アズリルが中へ入ってから、かなり時間が経っている。それなのに、一向に出てこない。

 

「……あいつ」

 

 胸の奥がざわついた。

 

 船の上で見た、いつもとは明らかに違うアズリルの様子が頭をよぎる。大丈夫だろうかと思い始めると、もうじっとしていられなかった。

 

「くそっ」

 

 レオリオは意を決し、中へ駆け込んだ。

 

 奥へ進むと、岩陰に倒れるように横になっているアズリルの姿が見えた。レオリオの眉間に緊張が走る。

 

「アズリル!! おい、大丈夫か!」

 

 駆け寄り、肩を掴む。

 

 アズリルはむにゃむにゃと何かを呟きながら、薄く目を開けた。

 

「……レオリオ?」

「お前、何してんだよ!」

「なんで、ここに……」

「こっちの台詞だ! 怪我は? どこかやられたのか?」

 

 レオリオは慌ててアズリルの身体や顔色を確認する。

 

 アズリルは眠たげに瞬きした。

 

「寝てた」

「寝てた!?」

 

 レオリオは言葉を失ったが、怪我をしていないと分かると、肩から力が抜けた。

 

「……ったく。心配させやがって」

「ごめん」

 

 アズリルは眠そうに笑った。

 

 レオリオは深く息を吐く。

 

「お前、プレートは?」

 

 アズリルは得意げに二枚のプレートを見せた。

 

「取れた。……何もしてないんだけどね」

 

 アズリルは少し気まずそうに付け足す。

 

 レオリオは目を丸くする。

 

「おお……やるじゃねえか」

「レオリオは?」

 

 彼も、自分が獲得したプレートを取り出して見せた。

 

 アズリルは、気だるさを残したまま目元をほころばせた。

 

「やったね」

 

 その無邪気な言い方に、レオリオはつられるように笑った。

 

「おう」

 

 けれど、すぐに表情を引き締める。

 

「でも、こんなところで寝てたら狙い撃ちにされるぞ。逃げ場もねえしな」

 

 言われてみれば、その通りだった。

 

 アズリルは力なく頷いた。

 

「うん……そうだね」

「手伝ってやるから、とりあえず外へ出ようぜ。ここで寝直すのはなしだ」

 

 アズリルは壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。まだ足元は頼りないが、それでも出口の方へ歩き出す。

 

 レオリオもそれに続いて立ち上がった。

 

 アズリルが数歩歩いた先で、レオリオの動きが止まる。

 

 頭上の暗がりで、何かが動いた。

 

「アズリル、待て!」

 

 レオリオは咄嗟にアズリルの腕を掴み、強く引いた。

 

「わっ」

 

 アズリルの身体が後ろへ倒れ、そのままレオリオもバランスを崩した。二人はもつれるように倒れ込み、アズリルはレオリオの上に落ちる形になる。

 

「っ……!」

 

 背中を地面に打ったレオリオが呻いた。アズリルの重みを受け止めたせいか、苦しそうに眉間に皺が寄っていたが、それでも彼はすぐに身を起こし、アズリルの様子を確認する。

 

「だ、大丈夫か?」

「う、うん。レオリオこそ、ごめん。大丈夫?」

「俺は平気だ」

 

 アズリルは慌てて身を起こそうとしたが、レオリオの表情が急に強張ったのを見て、動きを止めた。

 

 つられて、その視線の先を追う。

 

 岩の隙間、壁の割れ目、天井の暗がりから、黒く細い影がいくつも這い出していた。

 

 ぬるりとした鱗と、ぎらつく目が、薄闇の中で無数に浮かび上がる。

 

 ──蛇だ。

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