HXH世界を旅する少年王子のお話   作:azuazu000

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ジンの初登場回です。

そして、レオンハルトの異質な愛の重さが少しずつ暴かれていきます。


ジンと新たな試練編
ジジイの頼みごと


 ククルーマウンテンを後にし、アズリルはガレスたちとともに、ある街へ移動していた。

 

 数日前、ようやくネテロから連絡が入った。どうやら、アズリルの『引受人』とやらがやっと決まったらしい。

 

 この『引受人』が課す試練を乗り越えて初めて、ネテロに認められ、正式にハンターライセンスを受け取ることができる──それが、彼に突きつけられた条件だった。

 

 だが、その肝心の人物について、アズリルたちはほとんど何も聞かされていなかった。

 

 知らされていたのは、ただ一つ。

 

『指定された街のどこかで、指定された日時に待っていろ』

 

 それだけだった。

 

「……なかなか来ませんねえ」

 

 商店街の片隅で、マルクが腕時計を覗き込みながら眉をひそめた。

 

「こんなところで待ってて、見つけられるんですかね」

 

 街の詳しい居場所を指定されていない。それに自分たちの顔も知らないはずだ。

 マルクの言葉は、その場に漂うもっともな疑問を代弁していた。

 

「街の中心地だ。ここで見つけられないというなら、他にどこで待てというのだ」

 

 ガレスは深く気に留める風もなく、雑踏へ視線を向けたまま応じた。

 

 通りには人の流れが絶えず、焼き菓子の甘い香りや、香辛料を炒める匂いが混ざり合っている。ゾルディック家の重苦しい空気とはまるで違う、雑多で明るい場所だった。

 

 マルクの表情は、いまいち晴れない。

 

「我々が待つのはともかく、アズリル様を待たせるとは。なんと無礼な──」

「いいよ」

 

 アズリルは、露店の並ぶ通りを眺めながら言った。

 

「その間、街を見て回れたわけなんだし、僕は楽しんでるよ」

「ですが」

「どんな人なんだろうね〜、優しい人だといいなぁ」

 

 そう言って、アズリルはふわりと笑った。

 

 その直後、何かを見つけたようにぱっと顔を上げる。

 

「あ!」

 

 通りの向こうで、焼き立てのクレープとアイスを売る店が客を集めていた。甘い香りに釣られたのか、アズリルの目がきらきらと輝く。

 

「ちょっと買ってくる!」

「お、お待ちを──」

 

 マルクが制止するより早く、アズリルは小走りに店の方へ向かっていった。

 

 ガレスもマルクも、アズリルの姿を視界に収めたまま立っていた。多少離れたとしても、あの柔らかな髪色と立ち姿を見失うことはない。

 

「ハンター試験を乗り越えたとはいえ、アズリル様はまだまだ目が離せませんねえ」

 

 マルクが苦笑まじりにそう言った、次の瞬間。

 

「馬鹿者」

 

 低く、腹の底に響くような声が落ちた。

 マルクは、背筋に氷を差し込まれたようにぴしりと固まる。

 

「は、はい?」

「その名で呼ぶな」

「……え」

「そう呼んでいいのは、レオンハルト殿下だけだ。我々が軽々しく口にしてよい名ではないと言っている」

 

 アズリル。

 それは、本来の名ではない。

 アズレイという名を持つ幼い弟に、レオンハルトがいつからか呼びはじめた、特別な呼び名だった。

 旅に出る前まで、その名で彼を呼び続けていたのは、ただ一人、レオンハルトだけだった。

 

 マルクは数秒ほど瞬きをしたあと、何か思い出したように口を開いた。

 

「でも、ノクト殿は──」

「あれを基準にするな。あいつは例外中の例外だ」

 

 ガレスは即答した。

 

「ノクトのことだ。おそらく何も考えていないか、無意識だろう。気安く『アズリル様』などと呼んでいるのがレオンハルト殿下に知れたら、間違いなく半殺しに遭うだろうな」

 

「な、名前を呼んだだけで半殺し……!?」

 

 大真面目なトーンで告げられた内容に、マルクは声を潜めて戦慄する。そんな部下を、ガレスは冷ややかな目で見下ろした。

 

「ノクトの命までは責任を持てんが、お前は俺の管轄内だ。呼び名一つで殺されでもしたら、こちらの管理責任を問われる。たまったもんじゃない」

「は、はぁ……それはどうもお世話様で」

 

 マルクが引き気味に言うと、ガレスは「やれやれ」とばかりに深く息を吐いた。

 

「アズレイ様のこととなると、レオンハルト殿下は少々……いや、かなり平静を失われる。ノクトは昔から何度やらかして、殿下に血祭りに上げられてきたことか」

 

 思い出しただけで、ガレスはぞっとして口を噤んだ。

 

「ノクト殿って、そんなに昔からレオンハルト殿下と?」

 

「……おまえと同じ近衛養成院の出だ。だが、あやつだけは早くに殿下の訓練相手として引き抜かれてな。あの頃から、風変わりな少年だった」

 

「あの感じ、昔からなんですね」

 

 ガレスの目が遠くなる。

 

「幼い頃から、アレは人間の枠に収まっちゃいなかった。肉体も、精神もだ。忠義などという綺麗な言葉で片づけるには、あまりに歪んでいる。己の身を消耗品としか思わぬ狂信者だよ」

 

 そこで一度、言葉を切った。

 脳裏をよぎった光景を振り払うように、ほんのわずかに目を伏せる。

 

「だが、その歪みと頑丈さがあるからこそ、レオンハルト殿下と渡り合えているのだろうな。普通の者なら、とうの昔に壊れている」

 

「つまりノクト殿は、レオンハルト殿下専用の、丈夫な玩具みたいなものなんですね」

 

 マルクは気の抜けた調子でとんでもない不敬を口にする。

 

 ガレスは、肩透かしを食らったように部下の顔を見返した。

 額に青筋を浮かべかけたが、かろうじてそれを腹の底に飲み込んだ。

 

 ノクトのことばかり変人扱いしている場合ではない。

 

 この男も、放っておけば相当まずい方向へ育つ。

 

 ガレスは深く息を吐いた。

 

 ──教育し直す必要があるな。

 

 

 

 その時、アズリルが店の方から戻ってくるのが見えた。両腕に紙袋を抱え、片手にはアイスクリームを危なっかしく持っている。

 

 マルクは慌てて姿勢を正した。

 

「で、ですが、どこで誰が聞いているかわかりませんし、本名で呼ぶわけにはいきません。なら、一体なんと呼べば……」

「そのくらい、自分の動かない頭で考えろ」

 

 そんなやり取りをしている間に、アズリルが戻ってきた。

 

「お待たせ。みんなの分も買ってきたよ」

「ありがとうございます! ええと……わ、若様」

 

 アズリルが不思議そうに首を傾げる。

 

「あ、いえ、ありがとうございます!」

 

 無理やり押し切るように、マルクは差し出されたクレープを受け取った。

 

 ガレスは黙って項垂れた。

 

「ガレスにはこっち。甘すぎないってお店の人が言ってた」

「ありがたく頂戴いたします」

 

 ガレスは厳粛な面持ちでアイスを受け取った。

 だが、一口舐めた瞬間、その顔がわずかに引きつる。

 

 隣でマルクは、クレープを実に幸せそうに頬張っていた。

「うま、やば、……これ、すごく美味しいですね」

「でしょ」

 

 アズリルはクレープを二つ、両手に一つずつ持っていた。嬉しそうに見比べてから、片方へかじりつく。

 

 口元にクリームをつけたまま無邪気に笑うその姿に、ガレスはつい目元を緩めた。

 

 その時だった。

 

 ふと、アズリルの瞳が鋭く色を変える。

 

「そういえば、ハンター試験中にこっそり人を送り込んでたんだってね」

 

 ガレスの動きが止まった。

 

 アズリルはにこりと笑っている。

 けれど、その目だけは少しも笑っていなかった。

 

「……誰からお聞きに?」

「ネテロ会長」

「あの御方は……」

 

 ガレスは苦々しげに眉を寄せた。

 対照的に、マルクは笑いながらおどけたように肩をすくめる。

 

「あー、私もそれには驚きましたよ。ガレス隊長も何も言ってくれませんし。まったく、つれないんですから」

 

 ガレスは横目でマルクを睨んだ。

 ──お前がそういう男だから言わなかったのだ。

 

 あまりに気の抜けた調子に、アズリルも少しだけ肩の力が抜けた。

 

「……まあ、それくらい予測してなかった僕も悪いよ。父上が、完全に一人で行かせてくれるわけなかったもんね」

「あー、でもノクト殿を送り出したのは陛下ではなくレオンハルト様ですよ」

 

 マルクは特に深く考えず、ただの事実の訂正として口にした。

 

「……え?」

 

 アズリルの笑顔が、凍りついたように固まる。

 

 マルクはそこでようやく、自分がとんでもない地雷を踏み抜いたことに気づいた。

 

「……あ」

 

「──そうなのか、ガレス?」

 

 向けられた少年の声は、先ほどとは打って変わって低く、重い。

 ガレスは胃の底が冷えるのを覚えながら、重く息を吐いた。

 

「……はい。隠すような真似をして、申し訳ございません」

 

 アズリルはなんとなく、予想はしていたが、信じたくなかった。ノクトが試験に潜り込んでいたこと。あの尋常ではないカモフラージュ具合を目の当たりにすれば、それくらいやってのけるとは分かっていた。

 

 でも、ノクトが潜入していたということは。やはり、あの兄上がわざわざ裏から手を回したということになる。

 父上ならまだしも、兄上がそこまで自分に執着し、過保護に動いている事実に、アズリルは言葉にできない割り切れなさを覚えていた。

 

 外の世界に出て、兄上の底知れない一面を無理やり見せられている気がして、たまらなく嫌だった。自分の知らない『兄上』が、少しずつ暴かれていくみたいで。

 

 アズリルはしばらく不満そうに俯いていたが、すぐに小さく息を吐き、店の方へ視線を向けた。

 

「やっぱりもう一つ買ってくる。さっきのアイスも気になってたんだ」

 

 どう見ても、気分を紛らわせるためのおかわりだった。

 

「……食べすぎでは」

「アイスはまだ食べてないから、大丈夫」

 

 何が大丈夫なのか、ガレスには分からなかった。

 

 だが、アズリルはすでに重い足取りで店の方へ向かっている。

 

 その後ろ姿を見送りながら、マルクがにやにやと口元を緩めた。

 

「あんなに分かりやすく拗ねちゃって、なんか可愛いですね〜」

「……あ?」

「ガレス隊長は知ってたんですか?」

 

 ガレスは嫌な予感がしていた。

 

「何をだ」

 

 マルクはわざわざ声を潜め、ひそひそと耳打ちするように言う。

 

「殿下が、ノクト殿に寄せられているものですよぉ」

「……」

「うぶですよねえ。あれはもう、見ているこっちが──」

 

 ガレスの拳が、マルクの頭に落ちた。

 

 鈍い音がした。

 

「痛っ……! 痛いですよ、ガレス隊長! 何なんですか!」

 

「その話は二度とするな」

 

 ガレスの声は、信じられないほど静かだった。

 

 マルクは文句を言いかけたまま、言葉を止める。

 

 先ほどまでの豪快さも、呆れも、苛立ちもない。

 そこにあったのは、ただ冷えた警告だけだった。

 

「脳から消し去れ。口に出すな。目にも出すな。気配にも乗せるな」

「……そこまでですか」

「ノクトを殺す気か」

 

 その一言だけで、空気が変わった。

 

 マルクは無意識に喉を鳴らす。

 

 ガレスは、商店街の喧騒を見据えたまま低く続けた。

 

「さすがのノクトでも、あれが知られれば、もうただでは済まん。あの男ほどの者を失えば、オルドヴィアにとっても……なかなかの打撃だ」

 

 マルクは珍しく、冷えた顔で考え込んだ。

 

 レオンハルト殿下。

 

 理想の皇太子、そして次代の皇帝。

 誰よりも気高く、誰よりも冷静で、誰よりも末王子を大切にしている人。

 

 けれど今、その「大切にしている」という言葉の奥に、どれほど重く、歪んだものが沈んでいるのかを、ようやく理解し始めていた。

 

 その時だった。

 

 マルクが口をひらく。

 

「……あれ?」

 

 ガレスの視線も、同じ場所へ向いている。

 

 一瞬たりとも、目を離していなかった。

 

 アズリルは、いま確かに店の前にいた。アイスを受け取り、店主に笑いかけていた。その姿は、ほんの瞬きほど前まで、確実にそこにあったはずだった。

 

 だが今、そこに少年の姿はない。まるで、最初から誰もいなかったかのように、ぽっかりと空間だけが取り残されている。

 

「……!」

 

 ガレスの表情から、すべての色が消えた。

 

 次の瞬間、先ほどまで柔らかく緩んでいた空気が、一瞬で切り替わる。

 

 ガレスは低く命じた。

 

「お前は東側を見ろ。人混みに紛れた可能性を潰せ」

「御意」

 

 マルクの声から、先ほどまでの軽さが綺麗に消え去る。

 

 ガレスの気配が膨れ上がり、音もなく『円』が展開されていく。

 

 商店街のざわめきの中に、見えない刃のような緊張が走る。

 

 

 

 

 ──……✶……──

 

 

「ん……」

 

 アズリルは、ゆっくりと目を開けた。

 

 最初に見えたのは、自分の手だった。

 

 指先には、さっき買ったばかりのアイスが握られている。

 

 確か、自分は店先でおかわりのアイスを受け取って、店主に礼を言った。

 それから、ガレスたちの方へ戻ろうとして振り返って──。

 

「……?」

 

 そこから先の記憶がない。

 

 アズリルはぼんやりと瞬きをして、ゆっくり顔を上げた。

 

 そして、息を呑む。

 

 目の前に広がっていたのは、商店街ではなかった。

 

 どこまでも続く青い海。

 その上にたなびく白い雲。

 

 いや。

 

 その雲が、自分の目線よりも下にある。

 

「……え」

 

 激しい突風が全身を打ち据え、強烈な浮遊感が脳を揺らした。

 

 手の中のアイスが、ぼとりと落ちた。白い塊は枝葉の隙間へ吸い込まれるように落ちていき、すぐに見えなくなる。その先に地面は見えなかった。

 

 アズリルは、とんでもなく巨大な木の上にいた。

 

「ひっ」

 

 アズリルはあまりの高さによろめき、背中を大きい幹にくっつけた。

 

「な……なに、これ……」

 

 その時だった。

 

 背後から、声がした。

 

「よお」

 

「っ!?」

 

 アズリルは肩を跳ねさせ、足が竦みそうになるのを必死に堪えながら、慌てて振り返る。

 

 そこに、見知らぬ男がいた。

 

 男は太い枝の上に片膝を立て、まるで地面にでもいるような気楽さで座っていた。好き勝手跳ねた黒髪も、剃り残しの無精髭も、旅慣れてくたびれた服装も、どこかいい加減でだらしない。

 

 そしてその片手には、さっきまでアズリルがいた商店街の、あの店のクレープが握られていた。

 

 男はそれを平然と頬張りながら、眠たげな目でアズリルを見ていた。

 

「……もしかして」

 

 アズリルはごくりと喉を鳴らした。確たる確証はなかったが、本能的な直感がそう告げていた。

 

「ネテロ会長の言っていた、引受人……?」

 

 男はクレープを飲み込んでから、短く言った。

 

「ジンだ、よろしく」

 

 風が、木の葉を大きく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 [newpage]

 

 ──間違っただろうか。

 

 ジンは、目の前の少年を見て、わずかに眉をひそめた。

 

 とんでもなく高い木の上で、幹にしがみつき、涙目になってこちらを見ている。状況を理解できていないのか、怯えと混乱で完全に固まっていた。

 

「……」

 

 ジンは深く息を吐いた。

 

 あの街で落ち合うことになっていた、オルドヴィアの王子とその護衛たち。

 

 ジンはわざと具体的な場所を選ばず、相手の人相も聞かなかった。

 

 先入観なしに見てみたかった、というのもある。

 だが、それ以上に、単純にその方が面白そうだった。

 

 ネテロがあそこまで持ち上げた王子を、自分の目で見つけてみたかったのだ。

 

 とはいえ、見つけること自体は難しくなかった。

 

 いや、正確には、護衛の方が目立ちすぎた。

 

 人混みの中にいても、立ち方、視線の配り方、周囲への警戒の仕方が明らかに違う。商店街の雑踏に紛れていても、鍛えられた者の気配は隠しきれない。

 

 ──しまったな。

 

 ジンは今さらながら、そう思った。

 

 護衛とは別行動にしろ、と指定しておけばよかった。

 

 その方が、よほど探しがいがあっただろう。

 

 問題は、肝心の王子の方だった。

 

 護衛のそばにいる以上、この少年で間違いないのだろう。

 それは分かる。

 

 分かるのだが。

 

「……騙されたか」

 

 ジンは、木の幹にしがみつく少年を眺めながら、ぼそりと呟いた。

 

 ネテロが言うほどのものには、到底見えない。

 

 あのたぬきジジイめ。

 

 そう思った瞬間、数週間前の通信が脳裏をよぎった。

 

 

 ──……✶……──

 

「よお。久しぶり」

 

 酒場の隅で借りた電話に向かって、ジンは気のない声を投げた。

 

 受話器の向こうから、聞き慣れた老人の声が返ってくる。

 

『やっと繋がったわい。まったく、手間をかけさせおって』

 

「わざわざ人を使って俺を探し出すとは、珍しいな。何かあったのか」

 

 ジンはちらりと酒場の入口へ目をやった。

 

 そこには、屈強な男たちが数人立っている。

 逃がす気はない、とでも言いたげに、こちらを見張っていた。

 

『ちょいと頼みたいことがあっての』

 

「頼み事? 断る、こっちは立て込んでいるんだ」

 

 返事は早かった。

 

 受話器の向こうで、ネテロがほっほと笑う。

 

『まだ何も言っとらんが』

 

「言わなくても分かる。あんたが俺に頼むことなんて、面倒に決まってる」

 

『まあ、話だけでも聞け。ある人物の世話を頼みたいんじゃが──』

 

「切るぞ」

 

『まあ待て』

 

「……」

 

 ジンは深くため息をついた。

 

 借り物の電話を耳に当てたまま、騒がしい酒場の中へ目をやる。酔客の笑い声、グラスのぶつかる音、店主の怒鳴り声。そのすべてを聞き流しながら、ジンは片手の酒を一口だけ啜った。

 

 その時だった。

 

 ネテロの発した言葉に、ジンの目が見開かれる。

 周囲の喧騒が、一瞬で遠ざかった。

 

「……は?」

 

 受話器を握る手に力がこもった。

 

「……正気か」

 

『どうじゃ、少しは引き受ける気になったかの』

 

 ジンは低く舌打ちした。

 

「そんなタチの悪い揺さぶりをかけてまで、俺を引っ張り出そうってのか。らしくねえな。何を企んでる」

 

『企みなどないわい。ただ、おぬしほど適任の者がおらんと思っただけじゃ』

 

「ふざけんな」

 

『引き受けてくれるな?』

 

「……あんなこと言われちゃ、断れねえだろ。クソジジイ」

 

『ほっほ。話が早くて助かるわい』

 

 そこからしばらく、ジンは片手でグラスを弄びながら、老人の話を聞いていた。

 

 だがその間、一度も酒に口をつけることはなかった。

 

 ようやく話が終わると、ジンは受話器を置いた。

 

 そしてそのまま、カウンターに額を押しつけるように突っ伏す。

 

「はああああ……なんで俺なんだよ」

 

 要するに、ネテロは皇帝からの頼みを無下にできなかったのだ。

 そして、本来なら落とすつもりでいた少年に、自分でも興味を持ってしまった。

 だが、自分で面倒を見る気はない。

 

 だから俺に押しつけた。

 

 後半、ネテロは珍しく饒舌だった。

 

 その少年がどれほど優秀か。

 どれほど将来有望か。

 ハンターとして、どれほど面白い素質を持っているか。

 

 畳みかけるように褒めちぎられれば、さすがのジンも多少は興味を引かれる。

 

 そもそも、あのカードを切られた時点で、へそを曲げてバックれる道はほとんど潰されていた。

 そのうえで、ネテロはわざわざ俺が食いつくような餌までぶら下げてきたのだ。

 

 結局、ジンは渋々引き受けることにした。

 

 引き受けたのだが──。

 

 ──……✶……──

 

 

 ジンはちらりと、目の前の少年を見る。

 

 枝が風に揺れるたび、びくりと肩を跳ねさせる。

 目には涙をいっぱいに溜め、声にならない声で何かを訴えるように、こちらを見上げていた。

 

「……」

 

 ジンは深くため息をついた。

 

 やっぱり騙された。

 

 

 

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