坊ちゃんがハーレム主人公かもしれない   作:酉柄レイム

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第1話 坊ちゃんがハーレム主人公かもしれない

 東京都六本木にあるお屋敷。お抱えの執事もメイドもいる日本では珍しいくらいの大豪邸。現代では仕事でAIが使われるのも当たり前になっているのに、どこか時代錯誤に思えるそこで働く一メイドの私は、ある悩みを抱えていた。

 

 坊ちゃんが、ハーレム主人公かもしれない。

 

 坊ちゃん。高校二年生で、ちゃんと見た目を整えればカッコいいはずの、家がお金持ちなこと以外はいたって普通の男の子。最初に出会ったのは坊ちゃんが小学六年生の頃。こんなお屋敷に住んでいるんだからものすごくわがままなんだろうな、という私が『坊ちゃん』という存在に抱いていたパブリックイメージを打ち砕いた張本人。

 

 その坊ちゃんが、ハーレム主人公かもしれない。

 

 ハーレム主人公。ざっくり言えば、複数の異性から好意を寄せられる者のこと。AIもそう言っていたし、坊ちゃんがいたって平凡であることから間違いない。ハーレム主人公は平凡だと相場が決まっている。

 

 ではなぜ坊ちゃんがハーレム主人公だと思ったか。

 

 坊ちゃんに何かあってはいけないからと、学校への送迎はメイド、もしくは執事がつく。つくと言ってもご学友との交友を邪魔するわけにはいかないから、姿を隠して、何かあった時にすぐ助けに入れるような位置を保って坊ちゃんを見守る。そして、大体は下っ端である私が送迎を任される。こういうのは何かあったらいけないからこそ偉い人が行くべきだと思う。

 

 仕事への愚痴は置いておいて、その送迎の中で坊ちゃんがハーレム主人公である所以を度々目撃しているのだ。

 

 学校へ向かうにつれ、周りにいる女性の数が増えていく。世話焼きな同級生に生意気な後輩におっとりとした先輩に……数をあげればキリがない。嘘。キリがないことはないけど、坊ちゃんに好意を寄せる女性がたくさんいる事実が坊ちゃんがハーレム主人公であることを証明するのであって、女性の属性は関係ない。

 

 というわけで、坊ちゃんがハーレム主人公かもしれないという悩みを抱えているわけで。

 

「一体どうしましょう……」

「なにが?」

 

 私が今いるのは、お屋敷の掃除をサボって裏庭の隅に作った秘密基地(なお、お屋敷の全員にバレていることがつい最近わかった)。そんな私の「一体どうしましょう……」に「なにが?」と返事したのは、私と同じく下っ端の……執事さん。名前が思い出せなかったわけじゃない。

 そう、私は坊ちゃんがハーレム主人公かもしれないという悩みを一人で抱えきれず、執事さんに相談しようとここにきたのだ。だからよく考えたらサボっているわけじゃない。

 

 執事さんは何度執事長に言われてもやめないタバコを吸って、煙で輪っかを作っている。なにが? とか聞いておきながら全然興味がなさそうだ。

 

「坊ちゃんがハーレム主人公かもしれないんです」

「え? え? なんて?」

「ラッスンゴレライみたいに聞き返さないでください」

 

 私が意味の分からない概念を説明することになったらどう責任取るんだ。

 

 執事さんはさっきまで全然興味がなさそうだったのに、今は私を見て怪訝な表情。まるで私がおかしなことを言ったみたいじゃないか。同じく下っ端だから、執事さんも坊ちゃんがハーレム主人公かもしれないっていうことはわかっているクセに。

 

「ワリィ、聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

「坊ちゃんがハーレム主人公かもしれないんです」

「熱は……ねぇな」

「気軽に触れるな、虫けら」

「言いすぎだろ」

「すみません、今から言いすぎます」

「しかもこれ以上? 普通言い過ぎたことを謝って終わりだろ」

 

 私のおでこにヤニ臭い手で触れてきたから思わず汚い言葉が出てしまった。まだ出てきそうだったところをぐっと飲み込む。メイド長からも「あなたからは品性の欠片も感じられません」っていつも言われてるし、意識して正していかなければ。でも品性の欠片も感じないって、そういうことを人に言う人の方が品性がないと思う。

 

 メイド長への愚痴は置いておこう。

 

「で、なんだってそんなバカみたいなこと言い出したんだ」

「執事さんも知っているでしょう。坊ちゃんがいかに女性を侍らせているか」

「人聞きワリィこと言うんじゃねぇよ。別に、ワリィことじゃねぇだろ? むしろ跡継ぎに心配がなくていいじゃねぇか」

「はぁ、これだから私以外は……」

「これだから男はって言え。自己至上主義すぎだろ」

「あと坊ちゃん以外」

「ついでで従者ぶるやつは従者じゃねぇだろ」

 

 複数の女性に好意を寄せられている状況が悪いことじゃない? 悪いことではない。悪いことではないが、いいことばかりでもない。プラスマイナスゼロ、むしろマイナス寄りというのが私の見解だ。

 男の人からすればいいことなのかもしれない。ただそれは、複数の女性に好意を寄せられていることのデメリットから目を背けて、メリットばかりに目を向ける思考停止甚だしい愚かな思考だ。

 

「複数の女性に好意を寄せられるデメリットを考えてください」

「坊ちゃんは不誠実じゃねぇから、やっぱ問題ねぇと思うけどなぁ。自分でちゃんと答え見つけて、けじめつけんだろ」

「そうできない可能性があるのならそれはデメリットになり得ます。もし女性のうち誰か一人でも我慢できず、凶行に走ったら? その可能性を否定できますか」

「否定はできねぇな。でもそういうときのために俺たちがいんだろ」

「起きないに越したことはないでしょう。坊ちゃんの安全を守るというのは、何かが起きたときに守るのではなく、何も起きないように動くべきなんです」

 

 なにより坊ちゃんはまだ子ども。確かに平凡でありながら精神性は旦那様に似て素晴らしく、執事さんのように心配ないというのもわからなくはない。ただ、坊ちゃん含め坊ちゃんに関わるご学友はまだ子どもで、道を間違える可能性なんていくらでもある。恋愛が関わっているならより間違える可能性は高くなる。恋愛は理屈じゃなく衝動で動くもの。いくら坊ちゃんが素晴らしい精神性であっても気を付けるに越したことはない。

 

 私の心配に、執事さんは「まぁ、それ言われちゃ弱いな」と言ってタバコの火を消して、また一本取り出して火をつけた。そういえばタバコの臭いが服につくと確実にサボっていたことがバレるからやめてほしい……まぁ手遅れか。じゃあいいか。

 

「というわけで、どうすれば坊ちゃんをハーレム主人公でなくならせることができると思いますか?」

「手っ取り早いのは誰かと付き合っちまうことだとは思うが……坊ちゃんに早く決めろって言うのは余計なお世話だろうしなぁ」

「色々言いましたが、恋愛は当人同士の問題ですからね。痴情のもつれを未然に防ぐにはそれが一番だとは思っていますが……」

 

 まさか「坊ちゃんがこのままだとハーレム主人公になって大変危ないので、早く誰かと付き合ってください」と言うわけにもいかない。坊ちゃんに嫌われたくないし。立場的にはメイドと坊ちゃんだけど、小さい頃から坊ちゃんを知っている私から見れば、坊ちゃんはかわいい弟のようなものだ。嫌われたらショックで仕事を頑張る自信がある。そんなことがあってはならない。

 

「それか、女の子の誰かを全力でサポートするとかか?」

「それも余計なお世話でしょう。坊ちゃんのお相手は、坊ちゃん自身の意思で見つけなければ」

「めんどくせぇなお前。なんで変なとこ人格者なんだよ」

「我ながら誇らしいですね……」

「褒めてねぇ……わけでもねぇな。お前のそういうところは美点だよ」

「……わ、私を口説こうったってそうはいきませんよ」

「お前、ハーレムの一員の素質あるよ。チョロすぎる」

 

 誠に遺憾。手で熱くなった顔を冷ますように仰ぎながら表明する。私は面食いだから顔がいい執事さんに褒められるだけで恥ずかしくなってしまうだけで、別にチョロくはない。私ほど貞操観念がしっかりしているメイドはいないだろう。若くて綺麗だし。

 それにしても、どうしよう。執事さんは非人道的な方法しか思いつかず、私を口説いてくる始末。まさかここまで役立たずだとは思っていなかった。今も暇になったのか私の頭にお庭でむしり取った花を乗せてるし。何? お前には花が似合うってことですか?

 

「頭がお花畑なお前には、ちょっと量が足りねぇな」

 

 違った。遠回しにバカにしてただけだった。

 

「まるで好きな子にいじわるをする男児ですね。まったく、私は真剣に坊ちゃんの将来を案じているというのに……」

「しょうがねぇだろ。好きなんだから」

「え……」

「ほら、チョロい」

 

 思いきり金玉を蹴り上げてやった。苦しみながら死ね!!

 

 

 

 

 

 同日。私と執事さんは旦那様に呼び出しを受けた。

 

「もしかして、執事さんの金玉を蹴り上げたからでしょうか……」

「死んだ母親と話させてくれてありがとな」

「母上はなんと仰っていました?」

「お前のことを褒めてたよ。濡れた雑巾にそっくりだってな」

「金玉を増やしてあげましょうか?」

「減らされるより怖ェよ。やめてくれ」

 

 執事さんを一睨みして、ノックをする。すぐに返ってきた「入っていいよ」という旦那様の声を聞いて、「失礼いたします」と言ってから扉を開けた。

 

「ごめんね、急に呼び出して」

「いえ。ちょうど暇をしていたので」

「メイド長から君に与えた仕事が終わっていないと報告があったけど」

「私に与えられた仕事は、私にとって児戯に等しい。そういう意味で暇と表現いたしました」

「そうか。それならちょうどいいかもね。二人まとめて」

「おい、お前のせいで俺の仕事まで増えそうじゃねぇか」

「どうせいつもしていないのですから別にいいでしょう」

「俺はお前と違って与えられた仕事はちゃんと終わらせてんだよ。適度に抜いてるだけだ」

「いいかな?」

 

 にっこり。笑いながら言う旦那様に背筋を伸ばす。旦那様の前なのにいつものノリで話してしまった。旦那様はその程度で目くじらを立てるお方ではないが、だからと言って失礼を働いていいわけではない。メイド長からも「あなたからは品性の欠片も感じませんが、最低限の常識はあるようですね」と褒めてもらえたんだ。最低限の常識は守らなければ。

 旦那様はにっこりとした表情を崩さず、私と執事さんを一瞥した後。

 

「実は、息子の学校生活が心配でね。権力で学校に君たちをねじ込もうと思っているんだ」

「確かに。私もまだ女子高生で通りますもんね」

「あんまり面白いこと言うなよ。旦那様の前で爆笑しちまったらどうする」

「何が面白かったんですか?」

「国語は苦手みたいだな」

「あなたは道徳が苦手なようで」

「お前もだろ」

「そうだね」

 

 ん? 今旦那様が私に道徳がないことを肯定しなかったか?

 

「さて、女子高生で通るなんていう妄言はさておいて」

 

 ん? 今旦那様が私の発言を妄言と切り捨てなかったか?

 

「君たちには、教師として息子の学校に潜り込んでもらいたい」

「……なるほど。坊ちゃんがハーレム主人公かもしれないから、ということですね」

「え? え? なんて?」

「ラッスンゴレライみたいに聞き返さないでください」

 

 こうして。

 

 私と執事さんは、坊ちゃんがハーレム主人公かもしれないからどうにかするべく、学校に潜入することになった。

 

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