紀伊型戦艦現存IF 作:戦艦オワタ
グラ・バルカス帝国、帝都ルグア。
帝国海軍省の地下に置かれた対外情報分析室では、壁一面を覆う巨大な地図の上に、各国の艦隊配置を示す色付きの札が並べられていた。
帝国本土。
占領地。
ムー大陸。
神聖ミリシアル帝国。
そして、東方海域に突然出現した島国、日本。
日本列島の沿岸には、これまでに確認された護衛艦、潜水艦、補助艦艇を示す小さな札が置かれていた。
いずれも帝国の軍艦とは大きく姿が異なる。
艦砲は少なく、船体は細長く、甲板には用途不明の箱型構造物や巨大な平面板が並んでいる。
日本側はそれらを強力な軍艦だと説明していたが、帝国の情報将校たちの多くは、なお懐疑的だった。
砲の少ない軍艦が、砲の多い軍艦より強い。
その理屈を、帝国海軍の常識に照らして理解することは難しかった。
まして日本は、自らを平和国家と称していた。
国民の多くは徴兵経験を持たず、政府は戦争を忌避し、軍隊すら「自衛隊」という婉曲な名称で呼んでいる。
当初、帝国情報部が日本海軍に下した評価は単純だった。
技術的に優れた分野はある。
だが規模は小さく、攻勢能力に乏しい。
本土周辺の防衛に特化した、政治的制約の強い地方海軍。
その評価を揺るがしたのが、二枚の写真だった。
日本西部の軍港を撮影した写真には、既知の護衛艦とは明らかに異なる巨大艦が写っていた。
幅の広い船体。
厚い装甲を思わせる低い乾舷。
そして艦首から艦尾にかけて並ぶ、三基の三連装主砲塔。
写真が分析卓に置かれた時、室内の空気が変わった。
「戦艦だ」
誰かが言った。
異論は出なかった。
艦型には古さがある。
しかし、その姿は帝国海軍の将校たちにとって、あまりに理解しやすかった。
砲塔。
艦橋。
装甲。
太い砲身。
用途の分からない護衛艦とは違う。
これは、敵の主力艦を砲撃し、敵弾に耐え、戦列の中心に立つための艦だった。
写真の余白には、日本側の公開資料から得られた艦名が記されていた。
大型護衛艦《紀伊》。
分析室の主任将校は、その文字を指先で叩いた。
「大型護衛艦?」
「日本側の正式分類では、そのようになっております」
「戦艦ではないのか」
「日本は戦艦を保有していない、と公称しております」
室内の数人が苦笑した。
四十一センチ級と推定される主砲を九門備えた艦を、護衛艦と呼ぶ。
日本特有の政治的な言葉遊びだと考えれば、説明はついた。
問題は、その後だった。
紀伊の艦歴に関する資料が届いたのである。
建造時期は、現在から九十年以上前。
一度退役し、二十年近くにわたり一般公開されていた。
艦内には展示室が設けられ、民間人が自由に甲板へ上がり、主砲を背景に写真を撮ることさえできたという。
分析室では、最初、この情報は誤訳ではないかと疑われた。
「戦艦を、民衆の見世物にしていたというのか」
「日本側の映像記録にも、多数の一般人が乗艦している様子が確認されます」
「主砲は?」
「残されております」
「機関は?」
「一部は保存され、定期的な整備を受けていた模様です」
「では予備艦だったのではないか」
「日本側は記念艦であったと説明しています」
主任将校はしばらく黙った後、写真を裏返した。
「ならば老朽艦だ。博物館から引きずり出しただけの、象徴的な艦だろう」
その判断は、情報部内で広く受け入れられた。
日本は深刻な海軍力不足に陥り、ついに退役戦艦まで再動員した。
紀伊の復活は、日本の強さではなく、弱さを示す証拠。
そのような見方さえあった。
帝国の対外宣伝局も、この情報を好意的に受け止めた。
平和主義に堕した日本は、もはや新たな戦艦を建造する能力も意思もなく、九十年前の老朽艦へ頼らざるを得ない。
そう宣伝すれば、帝国海軍の優位を国内外に示すことができる。
だが、海軍情報部は宣伝機関ではなかった。
その後も届き続ける情報を、無視することはできなかった。
最初に疑問を抱いたのは、造船技術班だった。
紀伊の全長、全幅、推定排水量、主砲口径、装甲配置。
それらを帝国の既存戦艦と比較した一覧表が作成された。
結果は明白だった。
紀伊は、グレードアトラスターには及ばない。
しかし、それ以外の帝国戦艦と比較すれば、決して時代遅れとは言えなかった。
四十一センチ砲九門。
大型戦艦に相応しい装甲。
二十五ノットを超えると推定される速力。
帝国海軍の主力を構成する多くの戦艦に対し、砲力でも防御力でも優位に立ち得る。
九十年前の艦でありながら、である。
分析会議の席で、若い技術少佐が資料を読み上げた。
「主砲口径は、帝国の旧式戦艦を上回ります。通常型戦艦と比較した場合も、砲弾重量において優位です」
「だが、九十年前の艦だ」
「艦齢と砲弾の重量は関係ありません」
室内に小さなざわめきが起きた。
技術少佐は言葉を続けた。
「もちろん機関、通信、測距設備は老朽化しているはずです。しかし日本側は再就役に際し、艦橋構造物と電子装備を更新しています」
次の写真が机上へ置かれた。
記念艦時代の紀伊。
再就役後の紀伊。
両者を並べれば違いは明らかだった。
マストの形状は変わり、艦橋周辺には新しい機器が追加されている。
対空兵装と思われる小型砲も更新され、後部甲板には帝国側の知らない設備が増設されていた。
「つまり日本人は、古い船体をそのまま使っているのではありません。装甲と主砲塔を残し、それ以外を更新している」
「機関はどうだ」
「詳細不明です。ただし自力航行を確認。公試中と思われる写真から、少なくとも二十ノット以上を発揮した可能性があります」
「九十年前の船がか」
「九十年間放置されていたわけではありません。継続的な改修と保存を受けています」
会議室の一角で、誰かが資料をめくる音がした。
老朽艦。
その呼び方が、急に不正確に思えてきた。
確かに船体は古い。
だが帝国の基準で見れば、その主砲も装甲も、なお一線級である。
しかも日本は、その古い船体へ新しい装備を組み込む能力を持っている。
紀伊が旧式艦であることと、紀伊が弱いことは、同じ意味ではなかった。
評価の修正を決定づけたのは、射撃試験に関する断片的な報告だった。
日本国内の協力者から、紀伊が沖合で主砲射撃を実施したとの情報が寄せられた。
発射は三斉射。
砲塔三基、計九門が作動。
機械的故障は確認されず。
着弾位置は遠距離であったため正確な評価は困難だったが、観測者によれば散布界は予想以上に小さかった。
情報部は当初、その報告を誇張と判断した。
しかし別経路から入手された映像には、紀伊の九門が実際に火を噴く様子が記録されていた。
旧式の砲塔ではない。
少なくとも、実戦使用可能な状態に復元されている。
主任将校は、改訂された評価書を読みながら眉間を押さえた。
「九十年前の戦艦が、帝国主力戦艦の過半より強力」
誰も答えなかった。
「しかも日本では、それを二十年近く博物館にしていた」
「そのようです」
「日本人は、自国の一線級戦艦を博物館へ送ったのか」
「日本側の基準では、一線級ではなかった可能性があります」
その言葉で、室内の視線が一斉に発言者へ向いた。
若い分析官だった。
彼は少し緊張しながらも、机上の資料を示した。
「紀伊型が退役した理由は、単純な老朽化ではないのではないでしょうか」
「続けろ」
「日本は紀伊型を必要としなくなった。そう考える方が自然です」
「なぜ必要としなくなった」
「後継艦が存在したためです」
会議室が静まり返った。
それまで誰も口にしなかった仮説だった。
紀伊型より新しい戦艦。
紀伊型より強力な戦艦。
あるいは、紀伊型に代わる別種の主力艦。
若い分析官は壁の日本列島地図へ目を向けた。
「日本側の公開資料では、紀伊型以外の戦艦は存在しないとされています。しかし、日本は軍艦の分類を独自の名称で公表しています」
「護衛艦、か」
「はい。戦艦を大型護衛艦、空母状の艦をヘリコプター搭載護衛艦と称しています。公表資料だけで艦種を判断することには危険があります」
「では、現役の護衛艦の中に戦艦がいると?」
「それは考えにくいでしょう。船体規模も砲力も異なります」
「ならば、どこにいる」
分析官は一瞬ためらった。
「未確認施設に保管されている可能性があります」
数人が呆れたように息を吐いた。
「地下に戦艦がいるとでも言うのか」
「そこまでは申し上げておりません。ただし、日本は島国です。海岸線は極めて長く、多数の湾、島、半島、山地を有しています。すべての沿岸を我々が確認したわけではありません」
主任将校が地図へ目を向けた。
日本列島は南北に長く、複雑な海岸線を持っていた。
ムーや帝国本土の平坦な軍港とは異なり、山が海まで迫っている地域も多い。
湾口の狭い天然の泊地。
島々に囲まれた内海。
外洋から見通せない入り江。
大型艦を隠す場所が絶対にないとは、言い切れなかった。
別の分析官が慎重に口を開いた。
「仮に後継戦艦が存在したとして、なぜ一度も確認されていない」
「予備役艦隊だからではないでしょうか」
「予備役?」
「平時には乗員を置かず、船体だけを保存する。必要になれば人員を招集し、再就役させる。紀伊型がまさにその実例です」
「紀伊型は博物館だった」
「博物館という形で保存されていたからこそ、艦体と機関が維持されたとも考えられます」
室内の空気が変わった。
まだ多くは懐疑的だった。
だが、完全に荒唐無稽とも言えなかった。
紀伊は事実として存在する。
九十年以上前の艦である。
退役後も解体されず、保存されていた。
そして有事に復活した。
ならば、同様の艦がほかにも存在する可能性は、本当にゼロなのか。
情報部内に、二つの派閥が生まれ始めた。
一方は、紀伊型の再就役を日本海軍の窮状と見る派閥だった。
現役戦艦がないから、博物館船へ頼った。
日本の戦艦戦力は紀伊と尾張の二隻のみ。
それ以上を想定するのは、敵を過大評価するだけだという立場である。
もう一方は、紀伊型を氷山の一角と見る派閥だった。
日本は公開されている海上自衛隊とは別に、退役艦、予備艦、建造途中艦、秘匿艦を保有している可能性がある。
紀伊型が旧式化して博物館へ送られたのなら、それを置き換えた後継艦が存在するはずだ。
日本が後継艦を持たないという説明は、帝国の海軍常識からすれば不自然だった。
この派閥は、後に「予備役艦隊派」と呼ばれるようになる。
もっとも、この時点ではまだ少数派だった。
彼らの主張には、決定的な証拠がなかった。
確認された戦艦は紀伊と尾張だけ。
未確認戦艦の写真も、目撃証言も、建造記録もない。
それでも彼らは、情報の欠落そのものを問題視した。
日本の民間造船能力。
沿岸に分散する大型ドック。
多数の商船員。
退役自衛官。
複雑な海岸線。
山岳部に掘られた膨大なトンネル。
そして、紀伊型を九十年以上維持してきた保存制度。
断片をつなげれば、少なくとも再調査の価値はあった。
数日後、対日海軍力評価会議が再び開かれた。
主任将校は、新たな命令書を机へ置いた。
「紀伊型についての従来評価を撤回する」
室内の将校たちが姿勢を正した。
「同級は老朽艦ではあるが、帝国海軍の尺度では依然として一線級戦艦に相当する」
それは、情報部にとって重い認定だった。
九十年前の日本戦艦が、帝国の現役主力艦と同等以上。
その事実は、日本の過去の造船能力だけでなく、現在の潜在戦力にも疑問を投げかける。
主任将校は命令書を読み上げた。
「日本海軍戦力について、以下を重点項目として再調査する」
壁際の書記官が記録を始める。
「一、紀伊型以外の保存戦艦および大型艦の有無」
「二、一般公開施設、記念艦、旧軍港、廃止造船所の再軍事利用可能性」
「三、日本国内の大型乾ドック、覆蓋施設、地下設備および閉鎖湾の調査」
「四、退役軍人、予備役、民間船員を含む潜在艦隊要員の推定」
「五、紀伊型を退役へ追いやった後継兵器または後継艦種の特定」
「六、日本側公表艦艇数と、造船・修理能力との整合性確認」
最後の項目で、主任将校は一度言葉を切った。
「七、対日作戦計画において、未確認の戦艦および航空母艦が出現する可能性を暫定的に加味する」
会議室に低いざわめきが広がった。
未確認艦を作戦計画へ含める。
それは、仮説が正式な警戒対象へ格上げされたことを意味していた。
若い分析官が尋ねた。
「想定規模はいかほどでしょうか」
主任将校は壁の日本列島を見つめた。
「まだ分からん」
「では、何隻を基準に――」
「それを調べるのが我々の仕事だ」
彼は日本西部に置かれた《紀伊》の札を見た。
その横には、姉妹艦《尾張》を示す札がある。
たった二隻。
だが、その二隻は日本海軍に対する帝国の理解を根底から崩し始めていた。
九十年以上前に建造された艦が、帝国から見れば今なお一線級。
しかも日本は、その艦を長年、軍港ではなく博物館へ置いていた。
ならば日本にとって、戦艦とは何なのか。
紀伊型を旧式と判断した日本人は、その先に何を造ったのか。
主任将校は、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「博物館にこれがある国の、倉庫には何がある」
その日から、帝国情報部は日本列島をもう一度調べ始めた。
軍港だけではない。
民間造船所。
廃止された工場。
無人の湾。
山間部のトンネル。
海岸沿いの古いコンクリート施設。
地図上では用途の分からない水路。
すでに埋め立てられたとされる旧海軍施設。
当初の調査では価値なしと捨てられた写真までもが、再び分析卓へ戻された。
その中に、後に帝国情報部を大きく揺るがす一枚があった。
内陸部に残された、異様に幅の広い運河跡。
巨大な長方形の窪地。
破壊されたコンクリート壁。
そして、鈴鹿海軍工廠という名。
その時点では、まだ誰も知らなかった。
そこが、紀伊と尾張を世界から隠した場所だったことを。