聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~   作:kuratn

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11. 決裁印がありません

 返品申立書、控えを含めて三部。監査院の受理印、あり。委任状、不要(宛名が私なので)。

 

 準備の整った朝、店先には常連の皆さんが妙に集まっていた。おばあちゃんが長椅子の特等席で、荷運びさんたちが立ち見で、なぜか屋台のおじさんまで店を放って来ている。

 

「今日だろ、例の。王太子サマへの返品」

 

「見世物ではないのですが……」

 

「聖女さまの朝の儀式だよ」とおばあちゃん。

 

 違います。

 

 衆人環視の中、私は大きくため息をつくと、命令書を掲げて宣言した。

 

「これは、受け取りません」

 

 命令書の上に朱印がぽんと灯り、荷札がひるがえって、シュワワワァと王宮の方角へ光の微粒子の群れが流れ――――消えていく。

 

「おぉぉぉ!」「うわぁ……」「ひゃぁ!」

 

 歓声が上がり――なぜか拍手が起きた。だから、見世物ではないのですが。

 

       ◇

 

 同じ頃、王宮の東翼で――。

 

 謁見を控えた宰相が胃を押さえ、侍従が青ざめて廊下を走る。玉座の間の空気は、朝から鉛の色をしていた。

 

 王太子アルディスの執務机に、二通の書類が同時に着弾したのは、その直前のことである。

 

 一通は、朱印の押された徴用命令書。宛名の欄が『アルディス様』に書き換わっている。もう一通は、王室監査院からの照会状。『権限なき徴用命令の発出について、決裁経緯の説明を求む』。

 

「な……なぜだ。なぜ余の命令が、余に届く」

 

 騒ぎは半刻で国王の耳に届いた。謁見の間に呼び出された王太子は、国璽なき命令書を前に、父王の長い長い沈黙を浴びることになる。

 

「アルディス。聖女の代役が失敗続きで、焦る気持ちは分かる。だが」

 

「……はい」

 

「名誉は、通貨ではない」

 

「はい……」

 

 国王は命令書を三度読み、三度ため息をつき、それから息子を見る。長い沈黙ののち、王はもうひとつだけ聞いた。なぜ返品屋を徴用しようとしたのか、と。王太子は、絞り出すように答えたという。

 

「……瘴気は来るのに、聖女の儀は失敗続きで。あの店の周りだけ、靄が晴れていて。……何か、できることをしたかったのです。父上」

 

「ならば、手順を学べ。善意は、手順に載せて初めて政になる」

 

 王太子、十日間の謹慎。命令書は正式に無効となり、王宮の掲示板には『徴用には国璽と副署を要する』という、当たり前すぎるお触れが張り出された。

 

 なお、謹慎中の王太子が「発注書の書き方」の教本を取り寄せたことを、知る者はまだ少ない。ちなみにその教本、監査院の売店で売っている一冊である。著者欄には『王室監査院・書式研究会』とある。……どこかの監査卿様、あなたの部署の仕事ですね。

 

       ◇

 

 夕方の店は、号外で沸いていた。

 

「王太子サマ、謹慎だってよ!」

 

「返品屋の女将が、王宮に勝ったんだと」

 

 勝ち負けではないのですが。

 

 訂正はしたが、店内は勝手に祝賀ムードである。荷運びさんたちが麦酒を頼み、おばあちゃんが飴玉を配り、屋台のおじさんが「今夜は揚げ物をおまけだ」と気炎を上げる。マルタさんだけが冷静に、追加の麦酒樽を転がしてきた。商魂である。

 

 理不尽が一つ返っただけで、下町はこんなに嬉しそうにする。……この街の人たちは、返されなかった理不尽を、たくさん知っているのだ。

 

「で、聖女さま。次は何を返すんだい」

 

「返品予定は、未定です」

 

「はいはい、聖女さま」

 

 おばあちゃんの中で、私の職業は、もう固定らしい。

 

 その喧騒の隅に、レナート様が現れた。定例外である。

 

「監査院で、話題になっている。『返品屋の申立書は、書式の見本にせよ』と」

 

「それは光栄です。書式は、裏切らないので」

 

「……君の店は、王国の会計より帳尻が合う」

 

 彼の最大級の賛辞である気がしたので、私は試作の焼き菓子を皿に載せて出した。監査卿様が身構える。

 

「茶は出さない主義では」

 

「お茶は経費になるので出しません。でも、これは試作品です。試作品は経費に計上済みなのでお気になさらず、どうぞ……」

 

「……理屈が通っているのが、腹立たしいな」

 

 レナート様は焼き菓子をひとつ食べ、「甘すぎない」と言った。彼の辞書では、たぶん褒め言葉である。台帳の隅に、また赤いメモが挟まっていた。『焼き加減、概ね適正』。……それは、検分の対象外ではないですか。

 

 閉店後、四枚目の赤メモは、他の三枚と同じ場所に仕舞った。仕舞いながら口元が緩んでいたのは、竈の残り火のせいである。

 

 ――閉店間際、のれんの隙間から、上品な外套のお嬢さんがおずおずと顔を覗かせた。

 

 おや……? 透き通るような若い肌にちょっと嫉妬してしまう。

 

「あの……ここが、『返品屋』さん、ですか?」

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