聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~   作:kuratn

14 / 14
14. 三十七枚、まとめてお返しします

 朝九時の鐘が鳴り終わらないうちから、店の前は黒山の人だかりだった。

 

 屋根の上に子どもが三人、長椅子の特等席におばあちゃん、店の脇にはなぜか屋台まで出ている。揚げたての芋の匂いと、朝の冷たい空気と、ざわめき。おばあちゃんは見物人に飴玉を売っていた。商魂は、この下町の風土病らしい。

 

 私は卓の上に、三十七枚の布告を扇形に並べた。見世物ではないと言い続けて、そろそろ諦めてもいる。

 

「委任状、三十七名分。確認しました。――では」

 

 朝の空気を、ひとつ吸う。宣言は、一度でいい。

 

「これは、受け取りません」

 

 ぽん、ぽん、ぽんぽんぽん。

 

 朱印が次々に灯り、三十七枚の荷札が一斉にひるがえった。光の粒の群れが朝日を浴びて、屋根を越え、鐘楼をかすめ、神殿の方角へ飛んでいく。ちょっとした渡り鳥である。歓声と拍手と、なぜか誰かの笛の音。祭りになってしまった。

 

       ◇

 

 同じ頃、聖光教会財務局――――。

 

 局長ヴォルツの執務机に、朱印の布告が三十七枚、音もなく積み上がった。

 

「な……なんだ、これは」

 

 折悪しく――財務局にとっては、であるが――その朝の財務局は、王室監査院の立入検査の真っ最中だったのである。銀灰色の髪の監査卿が、積み上がった布告を一枚つまみ、局長に向き直る。

 

「『奉納の割当』。徴収の根拠となる法令は」

 

「こ、これは税ではない! 信徒の、自発的なお志で――」

 

「期限と罰則が付く『自発的な志』などなかろう! 王国法では、これを税外徴収と呼ぶ。……ついでだ。帳簿を見せてもらおう」

 

 この「ついで」が、命取りだった。検められた帳簿からは、『雑費』名目の支出が局長の別邸の改築費に化けていく流れが、三年分、実に几帳面に出てきたのである。

 

「横領の疑い、概算で金貨四百枚。根拠は三つ。雑費の突出、別邸の改築記録、そして――この几帳面な字だ」

 

 悪事まで几帳面なのが、いかにも役人だと思う。財務局長ヴォルツ、職務停止、査問行き。帳簿は監査院に押収された――この几帳面な帳簿が、のちに別の悪事を照らすことになるのだが、それはもう少し先の話。

 

       ◇

 

 夕方の下町は、お祭り騒ぎになった。

 

 奉納割当の撤回が、昼のうちに布告されたのだ。屋台のおじさんは揚げ物を振る舞い、マルタさんは樽を転がし、おばあちゃんは今度は飴玉を配って歩く。夕焼けの市場筋に、麦酒と揚げ油と、気の早い歌声が満ちていく。

 

「聖女さまの一斉返品、見たかい!」「渡り鳥みたいだったねえ!」

 

「返品屋です」

 

 訂正の声は、乾杯の音にかき消された。まあ、いい。理不尽が三十七枚返っただけで、街はこんなに嬉しそうにする。この街の人たちは、返らなかった理不尽の数を、よく知っているのだ。

 

 夕焼けの中で、おかみさんが涙を拭っている。奉納の一割は、彼女の店にとって半年分の利益だったのだと、あとで聞いた。祭りは、勝った祝いではない。取り返した安堵が、こういう形で溢れるのだ。私は麦酒の輪には入らず、いつもの隅の席で台帳を付ける。三十七件、完了。数字にすると軽いが、この軽さの下に三十七の暮らしがある。それを忘れないために、私は数字で書く。

 

 人混みの外れ、焼き菓子の屋台に、黒衣の人影が並んでいた。相変わらず、彼の周りだけ音が薄い。

 

「……祭りか」

 

「返品祭りだそうです。今日は揚げ菓子もあるみたいですよ」

 

「そうか。いい祭りだ」

 

 彼は袋いっぱいの焼き菓子を提げ、支払いには真新しい銅貨を出した。今の銅貨である。少しだけ、自慢げに見えたのは気のせいだろうか。

 

「……昔、これが好きだった人がいる」

 

 ぽつりとそう言い残して、黒衣は雑踏へ溶けていった。――路地の角で、神官服の影がひとつ、その後ろ姿を熱心に帳面へ書き留めていたことに、この時の私は気づいていない。

 

 祝いの喧騒が引いた、閉店後――――。

 

 こつ、こつ、と木槌の音が響いた。市政庁の制服を着た役人が二人、うちの前に立て札を打ち付けている。箒を構えたマルタさんを、私は手で制した。

 

「打たせてあげてください。役人さんはただ言われて作業しているだけなので」

 

「悪いが……これが仕事、なので」

 

 役人さんは目を伏せて、最後の一打を打った。

 

『王都営業許可令第九条ニ拠リ、無許可営業ノ廉ヲ以テ、当店ニ閉店ヲ命ズ』

 

 ……営業、許可令?

 

 木槌の音の余韻が、祭りの余韻を打ち消していた――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転生少女が工房を開いたら、有力者たちのたまり場になった(作者:魔術工房)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

 転生者のアリエルは才能に恵まれていたものの、出世に興味がなかった。▼ 学生時代の研究は一部の人間にやたらと評価されていたが、それをひけらかすと嫉妬されて面倒だと考えるのがアリエルだ。▼ あまり人の来ない田舎の故郷で工房を構えることに決めるのは、自然なことだった。▼ しかしどういうわけか、アリエルの工房には常に学生時代に知り合った有力者が各地から集まってくる…


総合評価:4626/評価:8.55/短編:3話/更新日時:2026年05月29日(金) 12:10 小説情報

コミュ障な吸血鬼の真祖として異世界生活(作者:隷属)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

カスタム性の高い無双系ゲーム「創世無双」で知らないステージをクリックすると突然異世界転生。▼ゲームキャラとして作った吸血鬼の真祖のコミュ障気味の女の子になってしまう。▼無双系ノリで行く吸血鬼少女のTS異世界生活。


総合評価:550/評価:8/連載:7話/更新日時:2026年07月06日(月) 18:30 小説情報

【連載版】TS異世界リフォーム工務店 〜勇者がぶっ壊した魔族屋敷、格安再生して高く売れ!〜(作者:劇団おこめ座)(オリジナルファンタジー/コメディ)

 廃屋。▼ それは、人の営みが消えたあとの抜け殻。▼ 勇者や冒険者が壊し、魔物が荒らし、誰も戻らなくなった建物は、この世界にいくらでもある。▼ 勇者パーティを追放されたエルフの土魔法使いリファは、ある日ふと思いついた。▼ ……これ、ただ同然で買って、直して売れば、普通に儲かるんじゃね?▼ 土魔法なら材料費はほぼゼロ。▼ 勇者たちが壊した屋敷をマッチポンプ式に…


総合評価:1809/評価:8.64/連載:22話/更新日時:2026年07月07日(火) 19:00 小説情報

胡散臭いTS美少女占い師は今日も路地裏で笑う(作者:高丸)(オリジナル現代/日常)

転生したら怪異が存在する世界にいた主人公が趣味で占い師をする話▼【挿絵表示】▼


総合評価:5257/評価:8.28/連載:9話/更新日時:2026年07月01日(水) 22:07 小説情報

TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ(作者:匿名希望)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

TSエルフ「暇潰しに前世での推し達の等身大ドール作ります」周り「禁術で人間を人形にするヤバい奴だ……」「過去に縛られた可哀想な子……」▼概ねこんな感じのお話。推し活をしているだけのTSエルフに転生した主人公が、周囲の人達に勘違いさせたり、曇らせたりします。▼


総合評価:2010/評価:8.31/連載:10話/更新日時:2026年07月03日(金) 12:10 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>