聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~   作:kuratn

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20. 魔女ということに、なっているらしい

 赤い花は、緊急を意味する。

 

 セラフィナ様との取り決めの合図である。白は異常なし、赤は緊急。花が私の帳簿よりも先に危険の匂いを運んできた。ネリちゃんは花を挿すとすぐに駆け去ってしまい、代わりに、花の根元には、小さく折りたたんだ紙が一枚、そっと差し込まれている。朝露に濡れないよう、蝋紙で包んであるのが、あの子の母親譲りの丁寧さだった。走り去る小さな背中が、路地の角で一度だけ振り返り、すぐに見えなくなる。

 

 几帳面な、けれど少し震えた字で、こうあった。『大神官様が動きます。あなたを、魔女にするつもりです。どうか、気をつけて』。

 

 その日の午後には、もう、下町じゅうに一枚のビラが撒かれていた。安っぽい紙に、不釣り合いなほど荘重な言葉が刷ってある。拾い上げると、刷りたての安いインクが、指先にうっすら黒く移った。

 

『告グ――返品屋ヲ名乗ル女、魔王ト通ジ、王都ニ災イヲ招ク魔女ナリ。屋台前にて黒衣ヲ纏ッタ魔王と通ジテイタ証拠、追ッテ公ニス』

 

 屋台で黒衣という言葉に、私には、はっきりと心当たりがあった。

 

 いつぞやの、返品祭りの夜。焼き菓子の屋台で、ふと隣り合った黒衣の男。「昔、これが好きだった人がいる」と、ぽつりと言い残して、雑踏へ溶けていった、あの人。あのとき路地の角で、神官服の影が一つ、こちらを見ながら、熱心に何かを帳面へ書きつけていた――。

 

 見張られていたのは、どうやら、私のほうだったらしい。焼き菓子を挟んだ、たった二言三言の会話が切り取られ、味付けされ、「魔王との内通」という一皿の料理に化ける。黒衣の男が本当に魔王だったかどうかすら怪しいものだ。検証しようもないのだから、でっち上げ放題だ。

 

 あの黒衣の人は、真新しい銅貨で焼き菓子を買っていた。「昔、これが好きだった人がいる」――過去形の、あの声。祭りの喧騒の中で、そこだけ雪の夜みたいに静かだった、あの声。あの人が何者で、何を抱えて雑踏を歩いているのか、私はまだ、何ひとつ知らない。知らないのに、私と彼を結ぶ線だけが、勝手に一枚のビラになって、王都を舞っている。

 

 もっとも、そのビラは、下町にはまるで効かなかった。

 

「魔女だぁ? うちのリカちゃんが魔女なら、この世の役人は、揃いも揃って大魔王だよ」

 

 マルタさんが盛大に鼻で笑い、おばあちゃんはビラを一枚残らず拾い集めて、竈の焚きつけにしてしまう。花売りのおかみさんは、何も言わず、うちの軒先に花を一束置いていった。下町の信用は、あの三十七枚の委任状で、時間をかけて買ったものである。ビラ一枚で焦げるほど、安い買い物ではなかった。

 

 けれど――王都は、下町ほどには義理堅くない。

 

 午後の市場では、知らない誰かの視線が、首筋に貼りつくのを感じた。振り向けば、視線はもう散っている。「棚卸しの奇跡」で好意的だった世論も、「魔女」というたった一語で、いともたやすく、都合よく塗り替えられていく。聖女は本当に要るのか――そんな厄介な問いも、魔女を一人、広場で吊るしてしまえば、きれいさっぱり消えてなくなる。誰かが、それを狙っている。そして、その狙っている誰かの、白と金の法衣の顔を、私はもう、知っている。アイツしかいないではないか。

 

 夕刻、レナート様が、定例でもない日に、足早にやってきた。

 

「査問会だ。三日後、大聖堂で開くという。……罠だな、これは」

 

「査問会……? そうですか、ふぅ……。証拠は、たぶん一つも、本物ではありません」

 

「証人として、立つこともできる。監査卿の名は、多少の重しにはなるはずだ」

 

 黒手袋の手が、めずらしく、卓の上でギュッと握られていた。行灯の火が、その拳の輪郭を橙色に縁取っている。この無表情な人なりの、精いっぱいの気遣いの形である。

 

「お気持ちだけ、受領書を切っておきます。――でも、大丈夫です。向こうが"裁判"で来るのなら、こちらは"検収"で受けるだけですから」

 

 その言葉のあとを追うように、聖務局の使いが、うやうやしく一通の書状を届けにきた。厚い紙、重い封蝋。脂っぽい乳白色の、すっかり見慣れてしまった、あの蝋である。

 

『聖光教会査問会ハ、魔女ノ嫌疑ニ付キ、返品屋リカノ出頭ヲ命ズ。三日後、大聖堂ニ於テ、之ヲ査問ス』

 

「査問……、本当にやるんですか?」

 

 使いの神官は、勝ち誇るふうでもなく、どこか、気の毒そうに目を伏せている。命じられて紙を運んできただけの人に、罪はない。

 

 ふぅと大きなため息が湧いて出る。

 

「承りました。きちんと、出頭いたします」

 

 私は書状に受領印を押し、控えを一部取り、それから、一言だけ静かに付け足す。

 

「ただし当日は、そちらのご用意なさる証拠を、一つ残らず"検収"させていただきます。――不良品は、その場でお返ししますので」

 

 夜、店じまいのあとの卓で、手帳の論点欄に書いた。『一、証拠の質。二、証人の質。三、決裁の在り処』。書いてしまえば、魔女裁判も、ただの検収案件である。行灯を消すと、窓の外の月が、思いのほか明るかった。

 

 勝負は三日後、大聖堂――――。

 

 向こうが「魔女裁判」という書式で来るのなら、こちらは「検収」という書式で、受けて立つまでのこと。

 

 ――理不尽の棚卸しは、まだ、始まったばかりである。

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