聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~   作:kuratn

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21. 証拠は一点ずつ、検収します

 査問会の朝は、憎らしいほどよく晴れた。

 

 空は高く、東の靄さえ今日は薄い。処刑台日和ではなく、どう見ても洗濯日和である。私は前掛けを外し、いつもの黒いワンピースの襟を正した。腕カバーは、置いていく。今日の仕事は、書き物ではなく検分なので。

 

 開店日でもないのに、店の前には人だかりができている。おばあちゃんは長椅子から手招きして、飴玉を三つ、私のポケットへねじ込んだ。

 

「お守りだよ。口が渇いたら舐めな」

 

「査問中の飲食は、たぶん規定違反です」

 

「あんたのその『規定』も、たまには休ませておやりよ」

 

 マルタさんは箒を担いで同行を主張し、常連さん総出で止められている。「箒は武器じゃないよ、掃除道具だよ!」という理屈は、最後まで誰にも通らない。ネリちゃんは白い花を一輪、私の胸元に挿してくれた。今朝の合図も、白。……異常しかない朝ではあるけれど、気持ちの問題である。歩き出すと、胸元で花がかすかに匂った。武装は、以上である。鞄にはいつもの手帳、筆記具、朱肉、控えの紙。出頭状の控えも忘れない。書類仕事の戦支度は、九年前から何も変わらない。変わらないものを数えると、人は存外、落ち着くものである。

 

 ――大聖堂は、香の匂いがした。

 

 見上げるほど高い天井、ステンドグラスの七色、居並ぶ神官たち。覚えのある眺めである。何しろ私は、この広間に「召喚」された身なのだ。香の煙が、七色の光の柱の中を、ゆっくりと昇っていく。あの夜、この手の神々しさをどこかうさん臭く思って、心は動かなかった。それは正解だったのだ。

 

 ここはまさに敵の本丸、私を滅ぼさんとする悪の巣窟だ。

 

 勝負に負ければ火あぶり――――。

 

 さすがの私もキュッと口を結ぶ。

 

 私の側には傍聴席がある。詰めかけた下町の面々が、遠慮のないざわめきで、聖堂の荘厳を三割ほど目減りさせてくれていることには感謝しかない。その隅に、銀灰色の髪がひとつ。目が合うと、彼はほんのわずかに顎を引いた。それだけで指先の冷えが少し引いたのだから、現金なものである。

 

 正面の壇には、査問官が三人。中央の恰幅のいい壮年が、聖務局長ラング様というらしい。そしてその斜め上、一段高い席に、白と金の法衣が座している。額の金の円盤が、ステンドグラスの光をぬらりと弾いた。神の御印は、今日も剥がれていないようで何よりである。当のご本人は目を伏せ、指を組み、彫像のように動かない。動かないものがいちばん怖いというのは、九年の宮仕えならぬ社畜生活で覚えた真理だ。

 

「これより、魔女の嫌疑につき査問を行う。返品屋を名乗る女、リカ。そなたには魔王との内通の疑いがかけられて――」

 

「本日は査問と伺いましたので」

 

 私は鞄から手帳と朱肉を取り出し、卓の上にきちんと並べる。月末のたびに繰り返してきた、いつもの支度である。手が勝手に動いてくれるというのは、こういう時、本当にありがたい。

 

「まず、証拠のお納めからお願いします。一点ずつ、検収いたします」

 

「け……検収、だと?」

 

「納められた品を検めて、受け入れの可否を決める手続きです。不良品は、その場でお返しします」

 

 傍聴席のどこかで、噴き出す音が聞こえた。ラングの眉が険しくなる。それでも、これは衆目を集めた公開の査問である。魔女を裁く側が、手続きを嫌がる姿だけは見せられないらしい。渋々、という音が聞こえそうな顎の動きで、彼は係の神官を促した。

 

 一点目、例のビラ。差出人の記名なし、刷り元の記載なし。

 

「これは証拠ではなく、怪文書です。検収不合格」

 

 二点目、匿名の証言記録の束。署名なし、日付なし。読み上げられた中身は「見た気がする」「そんな噂だ」の合唱である。

 

「言った人のいない言葉は、検収できません。不合格」

 

 傍聴席のざわめきが、少しずつ質を変えていく。理屈の通る音は、案外、人を黙らせる。

 

 三点目で、ラングは勝ち誇った顔になり、一通の書状を高く掲げた。

 

「魔王より、そなたの店に宛てた密書である! 裏路地にて回収された、動かぬ証拠だ!」

 

 係の神官が、恭しく卓に置く。流れるような、見事な達筆だった。文面いわく『取引ノ夜、金貨ハ約定ノ通リ』。紙は上等。そして封蝋は――脂っぽい、乳白色。

 

 検収するまでもない。それでも手順は、踏む。私は書状を持ち上げ、封蝋を皆さんに見えるよう高く掲げた。

 

「広場の掲示板のお触れと、同じ蝋です。神殿の官給品ですね。――魔王というのは、神殿の備品で封をなさるのですか?」

 

 大聖堂が、一拍置いて、どっと沸いた。傍聴席の下町勢は膝を叩き、査問官の一人は咳払いでごまかし、記録係の書記さんに至っては、なぜか蝋のように白くなっている。……ああ、なるほど。この達筆、あなたですか。九年鍛えた筆跡照合の目は、証言台より正直である。

 

「物証は以上ですか? でしたら本品も、検収不合格です」

 

「ぐ……こ、これしきのこと! 証人がおる! 動かぬ、目撃の証人がな!」

 

 ラングの合図で、脇の扉が開いた。

 

 入ってきたのは、生っちろい顔の下級神官である。どこかで見た顔だと思えば――蕁麻疹と内職の、あのピムだった。彼は私と目を合わせないまま証言台に立ち、震える手を聖典に載せ、宣誓する。聖典に触れた指の先だけが、白い。宣誓の声は、紙より薄い。

 

 そして、上ずった声で、はっきりと言った。

 

「わ、私は見ました。五日前の夜半、店の裏手で――あの女が魔王と、金貨の袋を受け渡すのを、この目で!」

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