聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~   作:kuratn

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25. その帳簿、開示してください

 祝勝会の翌日の閉店後、レナート様は宣言どおり、分厚い様式集を抱えてやってきた。店にはまだ、宴の名残の揚げ油と麦酒の匂いがうっすら残っている。その中に監査院の様式集という取り合わせが、妙に可笑しかった。

 

「監査院様式集、第三巻。開示請求は様式十七号」

 

「お借りします。……付箋まで貼ってあるのですが?」

 

「予習だ」

 

 卓の上に、二人分のペンと、一冊の様式集。竈の残り火が爆ぜて、ペン先の音がそれに混ざる。この並びも、ずいぶん見慣れた眺めになった。様式十七号は、いい書式である。求める文書、求める理由、根拠、疎明資料。空欄が過不足なく並んでいて、埋める者の頭を勝手に整理してくれる。良い書式というのは、それだけで半分味方である。

 

 請求の相手は、聖光教会文書庫。求める文書は『浄化受領記録 全七冊』。問題は、根拠である。神殿の書庫は、本来なら王国の監査の外なのだ。

 

「王国は毎年、浄化の名目で神殿に奉賛金を出している。公金だ。公金の流れる先に、監査は届く――王国会計法第二条」

 

「その理屈の、裏付けが要りますね」

 

「ある」

 

 レナート様が卓に置いたのは、例の、財務局から押収した帳簿の写しだった。ヴォルツの横領を照らしたあの几帳面な帳簿は、めくればまだ、いくらでも別の物を照らすらしい。黒手袋の指が、支出の一行を叩く。

 

『浄化受領記録 装丁替ヘ 金貨二枚』

 

 十二年前の日付である。ほかにも『同記録 写本作製』『同記録 保管箱新調』。存在しないはずの帳簿の装丁を、神殿は公金で替え続けてきたことになる。

 

「帳簿が、帳簿の存在を照らしましたね」

 

「几帳面な悪事は、掘り返すときも几帳面に出る」

 

 これなら、セラフィナ様の写しを表に出さずに済む。あの子はまだ「静養中の聖女」でいてくれた方がいい。内部の資料に手が届く人間は限られている。出せば、指を折って数えられてしまう。私は様式十七号の「疎明資料」の欄に、押収帳簿の該当頁を几帳面に書き写した。

 

 書き上げた請求書は三部。一部は神殿へ、一部は監査院へ、一部は控え。書類仕事の作法は、世界が変わっても変わらない。

 

「ところで、これは差し入れだ」

 

 帰り際、レナート様が包みを卓に置いた。市場の焼き菓子である。几帳面に、領収書が同封されていた。

 

「有償の差し入れ……経費区分に、困ります」

 

「困れ。貸し借りは、帳簿に載せると軽くなる」

 

 レナート様は嬉しそうにニヤッと笑った。

 

 この人は時々、私の台帳の言葉で口説いてくる。効くから、たちが悪い。その晩、台帳の貸方に『焼き菓子一包』と書き、借方に何と書くべきか、しばらくペンが止まった。……『検討中』としておく。台帳に嘘は書けない主義である。

 

       ◇

 

 翌日、神殿文書庫の受付は、たらい回しの見本市だった。

 

「開示の受付は聖務局にて」「聖務局は改編中につき財務局へ」「財務局は査問中につき文書庫へ」

 

 三つの窓口は、広い神殿の東と西と地下にある。磨き込まれた回廊は香の匂いがして、歩くたび、靴音が高い天井に吸われていく。中庭の鳩だけが、私と同じ道を三度往復した。二周目の途中で、三つ目の窓口が昼休憩に入る。一刻、待つ。私は人様の昼休憩に文句を言わない主義である。うちの昼休憩を守るためにも、ここは譲れない一線だ。三周目に入る頃には、受付の若い神官のほうが先に音を上げ、気まずそうに目を泳がせた。あなたのせいではありません。お勤めご苦労さまです。私は窓口ごとに受付印を求め、控えに三つの印を几帳面に並べる。たらい回しも、印を集めれば「三つの局が受理を確認した」という立派な記録になる。逃げた足跡は、逃げた証拠である。

 

 五日後、回答が来た。厚い紙、乳白色の封蝋。

 

『照会ノ文書ハ、当庫ニ存在セズ』

 

 そして、ご丁寧に、もう一枚。

 

『文書探索手数料 金貨十枚也 宛名:返品屋リカ様』

 

 存在しない文書を探した手数料を、請求してきた。存在しないのに、探せたらしい。あの組織の書式だけは、本当に、ぶれない。読み上げて聞かせると、マルタさんは腹を抱え、おばあちゃんは「その手数料、あたしの若さを探すのにも使えるかね」と真顔で言った。

 

「根拠規定のない手数料は、受け取りません」

 

 ぽん。請求書は朱の差戻印を浮かべ、決裁印の主――文書庫長ヘルツなる人物の机へ、お帰りになった。

 

 残った回答書は、監査院への申立書に綴じる。公金で装丁を替えた記録のある文書を「存在せず」と回答した――これで虚偽回答の疑いが立ち、監査院の立入の要件が揃う。存在の証明は向こうの帳簿にやらせ、虚偽の証明は向こうの回答書にやらせた。私は、書式を埋めただけである。

 

「立入は、三日後だ」

 

 その晩、神殿は、いつになく遅くまで窓に灯りをともしていた。あれは祈りの灯りではない。書き物仕事の灯りである。九年間、月末の残業をしてきた私には、灯りの色で分かる。数えると、窓は十一。……向こうも向こうで、総出の月末らしい――。

 

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