聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~   作:kuratn

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31. 押し付けは、騙した人へ

 出がけの店先は、いつかの査問会の朝と、同じ顔ぶれだった。

 

 おばあちゃんが飴玉を三つ、私のポケットへねじ込み、マルタさんが箒を担いで同行を主張し、常連さん総出で止められている。ネリちゃんは白い花を二輪くれた。一輪は私に、一輪はセラフィナ様の胸元に。白い衣装に白い花は、少し埋もれる。埋もれたけれど、あの子はずっと、指先でその在り処を確かめていた。

 

 再宣誓の儀は、香の煙と聖歌で始まった。

 

 千の蝋燭に火が入り、ステンドグラスの七色が、石の床に長い模様を落としている。前に来たときは、この光の下で裁かれる側だった。人間、二度目の出頭は肝が据わる。諸侯席、神官席、そして例によって遠慮のない下町の傍聴席。監査院の一団は「奉賛金使途確認」の木札を提げて壁際に並び、私は開示請求人の木札を提げて、祭壇の見える位置に立った。武装は手帳と朱肉と控えの紙、以上である。

 

 祭壇の前へ、白い衣装のセラフィナ様が進み出る。ゲオルクの口上は、朗々として、荘重で、たぶん美しかった。新式の祈りの尊さ、聖女の御身への慈しみ、我が代にて正した証――美しい口上ほど、義務の在り処を言わないものである。やがて新式の宣誓の書が恭しく開かれ、金の軸のペンが差し出された。

 

 セラフィナ様は、ペンを取らなかった。

 

 代わりに袖から、自分の書いた紙を出して、開く。紙の鳴る小さな音が、静まり返った大聖堂では、号砲みたいに響いた。

 

「わたくし、辞退いたします」

 

 声は、高い天井へ、澄んで通った。祝詞で鍛えられた声である。神殿がこの子に与えた唯一の財産が、今日もまた、神殿へ向けられていた。理由は三つ。選定は五歳、同意は不在、そして――進路は菓子職人。三つ目で傍聴席がどっと沸き、神官席が凍りつく。紙を持つ指は震えている。声は、震えていない。あの子は震える場所を、今日も正しく選んでいた。

 

「痴れたことを」

 

 ゲオルクの声から、慈愛が一枚剥がれた。

 

「宣誓は済んでおる。聖女の役目は、すでにそなたが受領したものなり」

 

「その受領について、検収結果を申し上げます」

 

 私は進み出て、写しの束を掲げた。香の煙の向こうで、乾いた帳簿の目が、初めて私をまっすぐに見る。

 

(ひとつ)、当代の巻の次記載者欄には、十二年前の日付で本人の名が記されています。宣誓のはるか前です。(ふたつ)、宣誓式の式次第に、浄化の受領の文言はありません。(みっつ)、署名の際、本人は『ただの儀礼』との説明を受けています。――説明なさった方のお名前は、この場では伏せておきましょうか?」

 

 どよめきが広がった――。

 

「読み上げられなかった義務は、承知できません。承知のない受領は、受領ではありません。よってこの役目は、儀礼の顔をした押し付けです。委任状に基づき――お返しします」

 

 私は宣誓の書に、手を置いた。

 

「セラフィナ様に載せられた聖女の役目、その受領の効力一式。――これは、受け取りません」

 

 ぽん。

 

 朱の差戻印が、これまででいちばん大きく灯った。荷札がひるがえり、光の粒の群れが祭壇を越え、ステンドグラスの七色を潜って色を変えながら、白と金の法衣へ――あの額の、金の円盤の上へ、静かに降り積もっていく。傍聴席のどこかで「渡り鳥だ」と囁く声がした。荷札の宛名は、書かせた手。十二年前に五つの子の手を握って名前を書かせ、数年前に儀礼だと偽って署名させた、その人である。

 

 返ったのは、役目そのものではない。五歳の記名も、儀礼と偽られた宣誓も、受領の効力の一切が白紙に戻り、役目を押し付けたという事実だけが、荷札どおり決裁者の頭上へ帰ったのである。聖女の役目は、これで受領者を失った。誰の肩にも、載っていない。四十年ぶりの――宛先待ちである。

 

「……宛先どおり、というわけか」

 

 低い呟きは、たぶん私にしか届いていない。次の瞬間、老人は両腕を広げ、朗々と宣言した。

 

「見よ、神は儂に試練を与えたもうた! だが案ずるな、祈りは既に正されておる! ならば直ちに、新式の宣誓を――」

 

「その『新式』について、検収がまだです」

 

 私は手帳の間から、写しを二部、抜き出した。新旧、ふたつの式次第である。

 

「一字ずつ、照合しました。相違は三箇所。題名。祈りの姿勢。そして――今度は『浄化の受領』の一文が、書き足されていることです。残りは一字一句、旧式と同文でした。誰も傷つかない祈りと伺いましたが、傷つかないのなら、なぜ受領の一筆が要るのでしょう?」

 

「新式の制定手続きも確認したい。認可の決裁印は、どこにある」

 

 静かに続いたのは、レナート様である。黒手袋が、写しの束を掲げた。

 

「け、決済印など要らぬはずだ!」

 

 老人は喚いたが――。

 

「奉賛金を受け取りながら、手順を経ないのではつじつまが合いませんが?」

 

 大聖堂が、ざわりと揺れた。査問官が顔を見合わせ、監査院が奉賛金の凍結を口にし、諸侯席は沈黙という形で答えを出す。再宣誓の儀は中止。新式の祈りは、検収不合格のうえ監査院預かり。宣誓も選定も、制度の見直しまで一切保留。聖女の座は――四十年ぶりに、空席になった。

 

 帰り道、セラフィナ様は、往来の真ん中で泣いた。声を上げて、子供みたいに、けれど歩幅だけはちゃんと灯火亭へ向いたまま。今度の涙は、着手金には数えないでおく。

 

 その晩、北の詰所から早馬の文が届いた。『瘴気ノ流入、増加。結界、当面ハ維持スルモ――』。

 

 空席の代金は、もう請求され始めている――。

 

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