聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~   作:kuratn

38 / 44
38. 残りの荷物は、設計者へ

 翌朝の官報は、数字で埋まった。

 

 返品成立、千九百八十四件。差出人死亡等により保留、四百三十三件。宛先側の委任が届かず継続受付、五百九十七件。北の古層、推定でその数倍。空は青く、北の低みにだけ、細い灰色の芯が残っている。青が広いほど、あの一筋は、よく見えた。

 

 店は、定時に開けた。並んだのは依頼人ではなく、礼を言いに来た人たちである。差し入れが山になった。……困る。善意は、帳尻が合わない。ぜんぶ台帳に記帳したら、借方が渋滞した。

 

 神殿の掲示板には、新しい貼り紙が出たという。『聖女急募。無給。無休。名誉ハ厚遇ス』。日が暮れても、誰も並ばなかったらしい。おばあちゃんが飴玉を転がしながら言う。

 

「あたしが応募してやろうかね。定年は死、なんだろ? あたしゃ即日で満了だよ」

 

 笑いごとで済んでいるうちは、まだいい。昼、広場に説法台が立った。白と金の法衣が、ゆっくりと壇に上る。荘重な声は、広場の端まで、油のように滑らかに届いた。

 

「見よ、北の空に残る翳りを。人の手続きは、あそこで尽きた。祈りなき精算の、限界である。翳りは育ち、やがてまた靄となろう。そのとき、誰が受けるのか。――ゆえに、聖女は必要なのだ」

 

 広場は、静かだった。笑う者はいない。恐怖というものは、いつも正論の顔をして立つ。あの芯が育つなら、誰かが受けねばならぬ。その誰かが自分でないなら、人は、俯いて頷いてしまう。俯いた顔の並ぶ広場で、額の金の円盤だけが、高いところで光っていた。

 

 人垣の端で、鍛冶屋のご主人と目が合う。

 

「返品屋さんよ。宿題の期日は、来たのかい?」

 

「――来ました」

 

 私は人垣を分けて、説法台の前に進み出た。九年間で、いちばん聴衆の多い月末報告である。

 

「残余の内訳を、ご報告します。差出人死亡、二百六十一。時効、九十七。特定不能、七十五。北の古層は、これに準じます。宛先の見つからない五百九十七件は、受付を続けます。そして――受け皿は、作りません」

 

「ならば、どうするというのじゃ?」

 

「規定を読み上げます。返品の宛先は、差出人。差出人不在の場合は、その書式の――発行元です」

 

 ざわめきが、さざ波のように広がっていく。

 

「瘴気は、聖女に受領させる前提で設計された、制度の余りです。召喚も、特典も、浄化も、書式の設計者は同じお方です。受取人がおらず、差出人もいない荷物は、設計者にお返しする。規定ですので」

 

「……何を、言うか」

 

「神様に、お出でいただきます。召喚の儀という窓口が、あると伺いました。――出頭の、お願いです」

 

 広場が、割れた。冒涜じゃ、と誰かが叫び、面白えじゃないか、と誰かが笑う。説法台の上で、老人の額の紋章が、鈍く光った。乾いた帳簿の目の奥に、初めて、別の色がある。あれは――査察の入る前の、経理課長の目である。

 

 老人は、それ以上何も言わなかった。反論せず、静かに壇を降りていく。反論しない敵がいちばん怖いことを、私はあの査問会で覚えている。

 

 いずれ宛先のない荷物に押し潰されようぞ、と言った人がいる。押し潰される前に、発行元へ返す。ただ、それだけの話である。

 

       ◇

 

 夜の店は、作戦会議になった。

 

「祝詞なら、あたし、誰にも負けないの」

 

 セラフィナ様が、粉のついた手で胸を張る。神殿があの子に残した唯一の財産は、この夜のためにあったのかもしれない。書記さんは、召喚の式次第の写本の在り処を知っていた。文書庫の奥、『大神官預カリ』の隣の棚だという。ヴェルン様は「残余の配達は、俺の職分だ」とだけ言った。副業が、板についてきている。王宮からは、その晩のうちに文が来た。『立会、希望。発注書ハ書ク』。仕事を覚えたての人は、頼もしい。

 

 問題は、式場である。召喚の陣は、大聖堂の広間に敷かれている。あの晩、私が落ちてきた場所だ。……つまり窓口は、あの方のお膝元にあるのである。

 

「前例がない」

 

 レナート様が白湯を置き、自分でそのあとを続けた。

 

「……が、前例は、最初の一件が作る。君に習った」

 

 白湯の湯気が、二筋、静かに立っている。この並びの理由は、今夜も考えないことにしておく。

 

「では、書式を作ります。建国以来、誰も書いたことのない書式を」

 

 台帳の新しい頁に、件名を書く。『召喚契約ノ検収、及ビ残余一式ノ返品』。宛名の欄で、ペンが一拍だけ止まった。書き慣れない敬称である。

 

 『設計者様』。

 

 神様への出頭要請――受付を、開始します――。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。