聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~ 作:kuratn
調べは、二日で揃った。
一つ。署名の日付とされる日、ネリちゃんのお母さんは市場で花を売っていたのである。八百屋のおかみさんが「あぁ、その日なら雨でね、うちの軒先を貸したんだ」と証言してくれた。下町の目は、今日も王宮の間諜より優秀である。
二つ。その日は一日中の土砂降りなのに、証文の紙には雨ジミひとつない。外で交わされたはずの契約書が、である。
三つ。『ミラ・フェン』の達筆は、跳ねと払いに写経の癖があった。手帳に挟んでおいた、呪いの札の写しと突き合わせる。「ミ」の起筆、「ン」の払い。……同じ手である。神殿の下級神官ピム。あなた、蕁麻疹が治ったと思ったら、今度は内職ですか。
偽造の筋はこうだ。ドッセルは回収できない古い借金を、署名を偽造して「保証人」に付け替える。公認風の蝋印は、資金元の神殿財務局から横流し。書き手は小遣い稼ぎの下級神官。相手は字の書けない未亡人——反論できないと踏んだのだろう。
反論は、できる。書式さえ、揃えれば。
「つまり、これは契約ではありません。契約の形をした、押し付けです」
長屋の一間で、お母さんの「
「では、いきます」
証文の写しに、指を置く。偽造の証明が揃った瞬間から、荷札はくっきりと浮かんでいた。宛先——ドッセル。押し付けの決裁者は、書いた神官ではなく、書かせた金貸しである。私のスキルは、そのあたりを間違えない。
「これは、受け取りません」
ぽん。【差戻】。長屋の窓から、キラキラと美しい光の微粒子が飛んでいく。ネリちゃんが「は、花火だ……」と呟いた。
作業完了書を畳んで、お母さんに手渡す。
「終わりました。もう、誰も来ません」
お母さんは紙を胸に当てて、長いこと頭を下げていた。字の書けない人にとって、紙はずっと怖いものだったのだと思う。今日からは、味方であってほしい。
◇
その日の午後、金貸しドッセルの店で――。
店主の机の上に、朱印の押された証文が音もなく現れた。連帯保証の欄の名が、書き換わっている。『ドッセル』と。
「な……なんだこれは!?」
折悪しく、店には憲兵が来ていた。雨の日の契約書の件で、公証記録の照会に来たのである。憲兵は差戻印の証文と、開きっぱなしの帳簿——ピムへの依頼内容まで几帳面に書き込まれた元帳——を見比べて、ゆっくりと店主に向き直った。
「ドッセル殿。公証書面捏造は重罪だぞ?」
「い、いや、こ、これは……」
「話は詰め所で聞かせてもらおう」
金貸しは、自分の偽造した借金を自分で背負い、憲兵の詰所へ引かれていった。詰所での言い訳は「私は代筆しただけだ」だったという。——本人無関係なことを勝手に代筆などありえない。
ただ――帳簿の資金元の欄に『神殿財務局』の四文字が見えたことは——まだ、誰も騒いでいない。
なお、この一件から、王都の金貸し業界に妙な戒めが広まることになる。曰く——「朱い判子の付いた紙に気を付けろ」。
◇
数日後の市場では、ネリちゃんが母親の花売り台の隣で、声を張り上げていた。
「へんぴんやさんは、ほんもののせいじょさまだよー!」
だから、返品屋です。営業妨害……ではないのが、悔しいところである。その日の整理券は、昼前に配り終えた。
◇
「利子は、お花で結構です」
出世払い台帳に、ネリちゃんのお母さんは震える手で「拇印」を押した。台帳の記載は『花一輪、毎朝』。翌朝から、店の勝手口に小さな花が飾られるようになった。
「あんた、つくづく商売が下手だねえ」と、マルタさん。
「いえ。花のある店は繁盛する、と経営の本に書いてありました」
「読んだことないよ、そんな本」
「私が今、書いています」
商売としては成り立ってない。でも、朝いちばんに花のある店は、悪くない。理不尽を返した朝の花は、なおさらである。
私はキラキラと朝日に輝く一輪の白い花に、思わず笑みが浮かんだ。
――そこへ、行列の頭を飛び越して、王宮の紋章も鮮やかな使者が現れたのである。
「佐伯リカ殿! 王太子殿下より、徴用のご命令である!」
行列がざわめく。おばあちゃんが、すかさず木札を差し出した。
「はいよ、十四番。並びな」
「な……王命であるぞ!?」
「王命でも、並ぶんだよ」
……朝の花の効能が、三秒で消えた。ついでに言えば、使者の面目も同じく三秒である。