聖女の仕事が無給で無休だったので【返品】しました ~召喚特典は世界救済ではなく、理不尽を送り主に叩き返す返品スキルでした~   作:kuratn

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9. 偽造は、書いた人へ

 調べは、二日で揃った。

 

 一つ。署名の日付とされる日、ネリちゃんのお母さんは市場で花を売っていたのである。八百屋のおかみさんが「あぁ、その日なら雨でね、うちの軒先を貸したんだ」と証言してくれた。下町の目は、今日も王宮の間諜より優秀である。

 

 二つ。その日は一日中の土砂降りなのに、証文の紙には雨ジミひとつない。外で交わされたはずの契約書が、である。

 

 三つ。『ミラ・フェン』の達筆は、跳ねと払いに写経の癖があった。手帳に挟んでおいた、呪いの札の写しと突き合わせる。「ミ」の起筆、「ン」の払い。……同じ手である。神殿の下級神官ピム。あなた、蕁麻疹が治ったと思ったら、今度は内職ですか。

 

 偽造の筋はこうだ。ドッセルは回収できない古い借金を、署名を偽造して「保証人」に付け替える。公認風の蝋印は、資金元の神殿財務局から横流し。書き手は小遣い稼ぎの下級神官。相手は字の書けない未亡人——反論できないと踏んだのだろう。

 

 反論は、できる。書式さえ、揃えれば。

 

「つまり、これは契約ではありません。契約の形をした、押し付けです」

 

 長屋の一間で、お母さんの「拇印(ぼいん)」を委任状にいただいた。受け取らないという意思は、拇印(ぼいん)で十分である。ネリちゃんが、母親の手をぎゅっと握っていた。

 

「では、いきます」

 

 証文の写しに、指を置く。偽造の証明が揃った瞬間から、荷札はくっきりと浮かんでいた。宛先——ドッセル。押し付けの決裁者は、書いた神官ではなく、書かせた金貸しである。私のスキルは、そのあたりを間違えない。

 

「これは、受け取りません」

 

 ぽん。【差戻】。長屋の窓から、キラキラと美しい光の微粒子が飛んでいく。ネリちゃんが「は、花火だ……」と呟いた。

 

 作業完了書を畳んで、お母さんに手渡す。

 

「終わりました。もう、誰も来ません」

 

 お母さんは紙を胸に当てて、長いこと頭を下げていた。字の書けない人にとって、紙はずっと怖いものだったのだと思う。今日からは、味方であってほしい。

 

       ◇

 

 その日の午後、金貸しドッセルの店で――。

 

 店主の机の上に、朱印の押された証文が音もなく現れた。連帯保証の欄の名が、書き換わっている。『ドッセル』と。

 

「な……なんだこれは!?」

 

 折悪しく、店には憲兵が来ていた。雨の日の契約書の件で、公証記録の照会に来たのである。憲兵は差戻印の証文と、開きっぱなしの帳簿——ピムへの依頼内容まで几帳面に書き込まれた元帳——を見比べて、ゆっくりと店主に向き直った。

 

「ドッセル殿。公証書面捏造は重罪だぞ?」

 

「い、いや、こ、これは……」

 

「話は詰め所で聞かせてもらおう」

 

 金貸しは、自分の偽造した借金を自分で背負い、憲兵の詰所へ引かれていった。詰所での言い訳は「私は代筆しただけだ」だったという。——本人無関係なことを勝手に代筆などありえない。

 

 ただ――帳簿の資金元の欄に『神殿財務局』の四文字が見えたことは——まだ、誰も騒いでいない。

 

 なお、この一件から、王都の金貸し業界に妙な戒めが広まることになる。曰く——「朱い判子の付いた紙に気を付けろ」。

 

       ◇

 

 数日後の市場では、ネリちゃんが母親の花売り台の隣で、声を張り上げていた。

 

「へんぴんやさんは、ほんもののせいじょさまだよー!」

 

 だから、返品屋です。営業妨害……ではないのが、悔しいところである。その日の整理券は、昼前に配り終えた。

 

       ◇

 

「利子は、お花で結構です」

 

 出世払い台帳に、ネリちゃんのお母さんは震える手で「拇印」を押した。台帳の記載は『花一輪、毎朝』。翌朝から、店の勝手口に小さな花が飾られるようになった。

 

「あんた、つくづく商売が下手だねえ」と、マルタさん。

 

「いえ。花のある店は繁盛する、と経営の本に書いてありました」

 

「読んだことないよ、そんな本」

 

「私が今、書いています」

 

 商売としては成り立ってない。でも、朝いちばんに花のある店は、悪くない。理不尽を返した朝の花は、なおさらである。

 

 私はキラキラと朝日に輝く一輪の白い花に、思わず笑みが浮かんだ。

 

 ――そこへ、行列の頭を飛び越して、王宮の紋章も鮮やかな使者が現れたのである。

 

「佐伯リカ殿! 王太子殿下より、徴用のご命令である!」

 

 行列がざわめく。おばあちゃんが、すかさず木札を差し出した。

 

「はいよ、十四番。並びな」

 

「な……王命であるぞ!?」

 

「王命でも、並ぶんだよ」

 

 ……朝の花の効能が、三秒で消えた。ついでに言えば、使者の面目も同じく三秒である。

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