ようこそ、朝露に千歳を願う教室へ   作:じぇみに先生

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17話

砂浜でDクラスが揉めている間に、他のクラスはすでにそれぞれの目的地に向かって動き始めていた。その様子を目にしたDクラスの生徒たちの中に、一気に焦りの色が広がる。

 

 

「ねえみて、AクラスとBクラス。ひょっとして、話がまとまったんじゃない?」

「あーくそ。悠長にトイレの話なんてやってる場合じゃねぇ!――俺はキャンプ地とスポットを探しに行く」

 

収拾がつかない空気に痺れを切らしたのか、須藤くんたちは話し合いを放り出し、勝手に拠点探しへと走り出してしまった。

残された私たちは仕方なく重い荷物を抱え、彼らの後を追うように森の中へと足を踏み入れることになった。

 

蒸し暑い木々の中をしばらく歩き、人目が避けられる木陰で平田くんの指示により一度全員立ち止まる。

 

「みんな、まずはここで一息つこう。それと……さっきのトイレの件だけど、幸村くんと話して理解してもらったよ。20ポイントを使って仮設トイレを設置しよう」

 

平田くんの丁寧な説得により、男子側の代表格になっていた幸村くんも渋々ながら納得を示してくれたようだった。これでひとまず、女子たちの衛生面に対する不安は最悪の事態を免れたことになる。

 

「よし、次は拠点をどこにするかだね。僕たちの方からも、何名か周囲の探索に向かってほしいんだけど……」

 

平田くんが探索の参加者を募るが、長時間の移動とサバイバル環境への困惑からか、手を挙げる者はほとんどいなかった。気まずい沈黙が流れかけたその時――。

 

「私、行くよ! みんなが使う場所だもん、しっかり見ておきたいな」

 

櫛田さんがパッと明るい笑顔で挙手した。

すると、それまで疲れ切った顔をしていた男子たちが手のひらを返したように勢いよく群がり始める。

 

「俺も行く! 櫛田ちゃん一人じゃ危ないしな!」

「俺も俺も!」

 

あっという間に男子たちが群がり、その少し遅れて、なぜか綾小路くんもひっそりと挙手していた。

 

「ありがとね、みんな。……これで11人かな。あと1人参加してくれたら、3人組の4チームが作れるんだけど」

 

平田くんが周囲を見渡す。

綾小路くんが隣にいた堀北さんに「お前もどうだ?」と声をかけたが、「私は遠慮するわ」と即座に一蹴されていた。

 

(あと一人、か……)

 

どうしようかと一瞬迷い、「じゃあ私が」と小さく手を挙げかけた――まさにその瞬間。

 

「……あ、あの……」

 

すぐそばで、佐倉さんが控えめに、けれど一生懸命に手を挙げていた。見事にタイミングが被ってしまう。

 

「「ど……どうぞ」」

 

お互いに譲り合おうとして、声が重なった。

 

「「す、すみません」」

「なに、コントやってるのよ」

 

呆れ顔の堀北さんから容赦ないツッコミが入る。

顔を真っ赤にした佐倉さんは、なんだか猛烈なパッションと緊張の混ざった眼差しで「つ、露草さん……どうぞ! 私より露草さんが行ったほうが……!」と必死に譲ろうとしてくる。その勢いに押し切られる形になり、結局私が最後の1人として参加することになった。

 

こうして3人組のチームを作ることになったのだが、私と綾小路くんが同じ組になり、残るもう1人はといえば――。

 

「ふははは! 大自然の脈動が、私にエネルギーを授けている。実に爽快な冒険になること間違いなしだ。そうだろう? パラソルガール?」

 

自身の胸筋を誇らしげに誇示しながらやってきたのは、高円寺六助くんだった。

私、綾小路くん、そして高円寺くんという、なんとも奇妙な3人組が結成されたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ああ、美しい。大自然の中に悠然と佇む私は、美しすぎる……! 究極の美!」

 

森を進み始めて早々、高円寺くんは朗々とした声で自賛を始めた。まるで一人で大仕掛けのミュージカルを見せられている気分になる。

しかし、歌うような言動とは裏腹に、彼の歩くスピードはやけに早い。鬱蒼とした枝葉をものともせず、周囲の地形を観察する素振りすら見せずに、ずんずんと奥へ奥へ進んでいく。

 

「高円寺くん。どこか目的地があって進んでいるの?」

 

ジャージの裾を気にしながら追いつき、尋ねてみる。

 

「もちろんあるとも。だが、それは地図の上に書かれているようなものではない。私が『ここだ』と感じた場所が目的地さ」

 

「……何を言っているのか、全然わからないよ……」

 

私が思わず開いた口が塞がらないでいると、隣を歩く綾小路くんがそっと寄ってきて、耳元で低く呟いた。

 

「満足に会話が成立する相手じゃない。気にしないほうがいいぞ、露草」

「……そうだね」

 

綾小路くんの冷静なアドバイスに頷き、思考を切り替えることにする。

すると高円寺くんはくるりと振り返り、眩しい笑みを浮かべた。

 

「ところで、凡人の君たちに聞きたいのだが、実に美しいとは思わないかね?」

「あ、うん、すごくいい筋肉だね……」

 

周囲の豊かな自然のことではなく、彼自身の手入れされた肉体のことを言いたいのだということは、ここまでの会話で十分に察せられるようになっていた。私の返答を聞いた高円寺くんは、嬉しそうに目を細める。

 

「ほう! さすがわかっているじゃないか、パラソルガール。君は時々他人の考えがわかっているそぶりがある。実にいい洞察力だと感心しているんだ。もっとも、私の比ではないがね」

 

(……たぶん、褒められたんだよね?)

 

微妙に上から目線ではあるけれど、悪意がないのは確かだ。私は「……ありがとう」と一応お礼を言っておいた。

 

「その洞察力を活かし、ぜひこれからする私の質問に答えてみたまえ」

 

高円寺くんは足を止め、雄大な森を見渡すように両腕を広げた。

 

「君にはこの場所が、どんなふうに見えている?」

 

彼の唐突な問いかけに、私は足を止めた。

 

(この場所……?)

 

今、私たちが立っているこの木々の生い茂る周囲の景色のことだろうか。それとも、この無人島全体のことだろうか。

 

もし前者の「今見えている範囲」の話なら、これといって特別なものは見当たらない。ただの緑豊かな自然だ。

けれど、もし後者の「島全体」の話なのだとすれば――。

 

私は足元に生える草木や、遠くに見える地形の起伏に視線を走らせた。

 

「……用意された島なんだろうなぁ、って」

 

ぽつりと、心の中に浮かんだ違和感を口にする。

 

「一見すると手つかずの原生林に見えるけれど……どこか人が立ち入ることを前提に、計算して手入れがされている気がするの」

 

ホワイトルームという厳重に管理された環境で育ったからこそ感じる、どこか人工的な「配置」の気配。

私のその言葉を聞いた高円寺くんは、ふっと意味深な笑みを深めたのだった。

 

「Excellent! すばらしい、やはり私の見込み通りだ。そこまで見抜ける者は、そう多くない。君には見えているようだね」

 

高円寺くんは満足そうに指を鳴らすと、芝居がかった動作で大袈裟に頷いて見せた。

 

「でも、高円寺くんの目的地まではわからない……」

 

島に人工的な手入れがされている感覚はあっても、彼が一体どこを目指して迷いなく進んでいるのかまでは、私の観察力では到底読み解けない。正直な気持ちを溢すと、彼はふっと優越感に満ちた笑みを深めた。

 

「そこが君の限界ということだ。君は『見えているもの』を正しく観察できる。だが、その先を想像する力が少々足りない」

 

(……想像する力?)

 

心の中でその言葉を反芻する私に、高円寺くんは肩をすくめて背を向けた。

 

「景色は読めても、描き手の美学までは読めないか。残念だよ、パラソルガール」

 

彼はそれだけ言い残すと、再び興味を失ったかのように颯爽と足を進め始めた。鬱蒼とした木々の隙間を、まるで自分の庭でも歩くかのように一切の躊躇なく突き進んでいく。

 

遠ざかる背中を見送りながら佇んでいると、私の隣に綾小路くんが静かに歩み寄ってきた。

 

「高円寺は正解を求めていたわけじゃない。自分と同じ結論に至れるかを見ていたようだな」

「……私には至れなかった」

 

自分の観察力の浅さを痛感して少し落胆する私に、綾小路くんは淡々とした低音で言葉を続けた。

 

「だが、おかげでオレには高円寺の行動が読めた。オレはあいつの目的の場所がわかっている。だが、この島に手入れがされていることまでは気付いていなかった」

「えっ、目的の場所、わかるの?」

 

思わず振り向いて尋ねると、綾小路くんは表情を変えないまま、遠くを見つめるように視線を上げた。

 

「ああ。先ほど船の上で島の周囲を見たとき、目星をつけていた場所がある。オレがその場所までと想定した通りの道を高円寺も進んでいるから、同じ場所を目指していることに違いない」

 

船のデッキで無人島を周回していた、あの短い時間。

あの一瞬で綾小路くんも高円寺くんも、この広大な島の地形と要所を正確に把握し、同じ拠点候補を割り出していたのだ。

 

二人の異常なほどの洞察力と処理能力の高さに、私は思わず息を呑んだ。

 

船の上で流れた、あの奇妙なアナウンスを聞いて、絶対に何かがあるのだろうと勘ぐってはいた。けれど、それが「船で島を一周させることで、生徒たちに事前に地形を把握させるための配慮」だったとまでは、私の頭は到底追いついていなかった。

 

あの一瞬で島の地形を頭に叩き込み、最適なルートと拠点を導き出していた二人。それに比べて、私はただ漠然と景色を眺めていただけだ。

 

「……私が脱落した理由が、わからされた気がする」

 

ぽつりと、自嘲気味な呟きが唇から零れ落ちた。

ホワイトルームという極限の環境で、目の前にいる彼のような本物の「天才」たちについていけず、脱落していったあの日の記憶。超えられない圧倒的な壁の存在を、改めて突きつけられた気がした。

 

「そう落ち込むな。言ったろ? オレはこの島の手入れにまでは気付かなかったって。この程度でお前が劣等感を感じる必要はない」

 

隣を歩く綾小路くんが、前を見据えたまま淡々とした低音で言葉をかけてくれる。彼なりに私を気遣ってくれているのだということは、痛いほど伝わってきた。

 

けれど――長年にわたって心に深く染みついた思考というのは、そう簡単には拭い去れるものではない。

「落ちこぼれ」として刻まれた記憶と、自分の中に根深く残る劣等感は、彼からの優しいフォローをもってしても、冷たい(おり)のように胸の底に残り続けていた。

 

「……うん。ありがとう」

 

彼に心配をかけないよう、必死に小さく頷いて見せたけれど、握りしめたジャージの裾には、少しだけ力が入っていた。

 

 

 

 

 

 

高円寺くんの後を追い、蒸し暑い森の中を歩き続けること十数分。

斜面を少し登ったところで、山の一部にぽっかりと大穴が空いた大きな洞窟が行き手に現れた。

 

「ついたな」

 

隣を歩いていた綾小路くんが、短くそう呟いた。

その言葉で、ここが高円寺くんの目指していた目的地なのだと察する。

 

近づいて洞窟の入口を観察してみると、壁面や天井にはしっかりと補強用の支柱が組み込まれていた。一見すると自然の造形に見えるけれど、これもやはり、学校側の手によってあらかじめ手が加えられた場所なのだと感じさせられる。

 

(本当に、露骨なまでに人の手が入っている……)

 

そう思いながら洞窟を眺めていた、その時だった。

奥の暗がりから、ふっと人の気配と靴底が土を蹴る音が聞こえてきた。

 

誰かがこちらへ向かって歩いてくる。

そう直感した瞬間、隣にいた綾小路くんに腕を引かれ、私たちは咄嗟に近くの太い木幹と茂みの陰へと身を潜めた。

 

ちなみに、私たちが洞窟に気を取られていたわずかな隙に、当の高円寺くんはどこかへ姿を消してしまっていた。自由すぎる行動に呆れる余裕すらなく、私は息を殺して洞窟の入口を見つめる。

 

やがて、洞窟の中から二人の男子生徒が現れた。

その顔を見つめ、私はすぐにピンとくる。顔と名前を一致させて記憶していたAクラスの葛城くんと、戸塚弥彦くんだ。

 

「この大きさの洞窟があればテントは2つで十分ですね、葛城さん。それにしても運がよかったです。こんなに早くスポットを押さえられるなんて」

 

小躍りしそうな様子で話しかけているのは弥彦くんだった。

対する厳格な佇まいの丸刈りの生徒――葛城くんは、渋い顔で眉間にしわを寄せた。

 

「運? 弥彦、お前は今まで何を見ていた。ここに洞窟があることは上陸前から目星が付いていたぞ。――それと言動には気をつけろ。どこでだれが聞き耳を立てているか分からないんだ。俺にはリーダーとしての監督責任がある。些細なミスもしないように心がけろ」

 

そう諌めながら、葛城くんは手元に持っていたカードを少し高めに掲げて見せた。

おそらくあれが、リーダーのみに与えられるという『キーカード』だろう。

 

「は、はいっ! でも、これで結果を残せば『坂柳』も黙るしかありませんね!」

 

弥彦くんがどこか得意気に口にしたその名前に、私は胸の奥で小さく反応した。

 

(坂柳……)

 

確かAクラスには二つの派閥があり、激しい内部争いをしているという噂を聞いたことがある。

その派閥のトップの一人が目の前にいる葛城くんで、もう一人が「坂柳」と呼ばれる生徒なのだろう。

 

その瞬間、私の頭の中に以前の記憶がフラッシュバックした。

一学期、ケヤキモールですれ違ったAクラスの集団。その中心で、男女数名の生徒を引き連れ、白い肌と銀髪を揺らしながら優雅に杖をついて歩いていた少女の姿――。

 

(ひょっとして、あの時生徒たちを引き連れていた女の子が……坂柳さんなのかな)

 

車椅子や杖を使う生徒の情報を探っていた時期があったからこそ、あの少女の印象は強く残っていた。

 

そんな私の思考を余所に、二人組みは警戒するように周囲を見回しながら、そのまま森の奥へと立ち去っていった。

 

……静寂が戻っても、私たちはすぐには動かない。

二人の気配が完全に消えてから、念のために二分ほどじっと静観した。綾小路くんがそっと陰から頭を出して安全を確認し、立ち上がる。

 

「……行ったな」

「うん、行こう」

 

二人で足音を殺して洞窟の中に入り、誰もいないことを確かめる。

洞窟の壁面、少し奥まった場所にひっそりと埋め込まれた小さな液晶モニター。そこにはくっきりと【Aクラス】の文字が点灯していた。

 

(……やっぱり、すでに占拠された後だったんだ)

 

誰もいないこと、そしてこのスポットがすでにAクラスによって占拠されていることを確認した私たちは、長居は無用とばかりに洞窟を離れ、平田くんたちが待つ拠点候補地へと戻ることにした。

 

木漏れ日が差し込む帰り道を歩きながら、私は先ほどの二人のやり取りを頭の中で反芻する。

 

「……リーダーはおそらく、弥彦?くんの方だよね」

「だろうな。葛城という男は会話から用心深そうな男である印象を受けた。そんな男があんなに堂々とカードを持っていたのは不自然だな」

 

私の問いかけに、綾小路くんは淡々と自身の考察を重ねていく。

 

「弥彦くんが何も考えずスポット占有しちゃった、とか?」

「そして、誰かに見られる可能性を考慮して、葛城がカードを受け取り、手に持って出てきたといったところだろうな」

 

辻褄がぴったりと合う。

用心深い葛城くんが、わざわざ目立つようにカードを持ち歩いていた理由。それは、自分をリーダーだと偽装するためか、あるいはドジを踏んだ弥彦くんからカードを一時回収したからだ。

 

「Aクラスの内部事情も合わさって、なんだか複雑だね……」

 

ぽつりと漏らした私の言葉に、綾小路くんは深く追及することなく、ただ静かに前を見据えて歩き続けた。

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