ようこそ、朝露に千歳を願う教室へ   作:じぇみに先生

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22話

8月7日。過酷だった無人島特別試験が、ついに終わりを迎えた。

 

指定された集合場所の海岸へ移動しながら、私はただ淡々と足を前へ動かしていた。連日のサバイバル生活と擬態しっぱなしの精神状態で、疲労はピークに達しており、思考はほとんど無心に近い。

 

(……結局、あの火事のあとに綾小路くんが裏でどう盤面をひっくり返したのか、今は考える気力すらないや。細かいことは、後で彼に聞けばいい)

 

思考を放棄し、重い足取りで砂浜へ出た瞬間、クラスメイトたちから小さなどよめきが起こった。

 

「え……嘘だろ……!? なんであいつがここに……!?」

 

視線の先、集合場所に佇んでいたのは――四日目にクラスごと全員リタイアしたはずの、龍園くんだった。不敵な笑みを浮かべ、船を背景に余裕の態度で立っている。Dクラスの誰もが彼の存在に驚愕し、警戒の眼差しを向けた。

 

だが、そのざわめきを切り裂くように、Aクラス担任の真嶋先生の重厚な声が響きわたる。

 

「これより、無人島特別試験の最終結果を発表する」

 

静まり返る砂浜。全員が固唾をのんで見守る中、読み上げられた順位は予想だにしないものだった。

 

「――第一位、Dクラス。獲得ポイント、225ポイント」

 

一瞬の静寂の後、Dクラスのエリアが爆発的な歓喜に包まれた。

 

「うおおおお!! やったぜ!ざまあみろ!!」

「嘘でしょ!? 本当に1位なの!?」

 

抱き合って喜ぶ男子たちや、涙を流して手を取り合う女子たち。

だが、狂喜乱舞する声がひとしきり響いた後、クラスのあちこちから首をかしげるような不審の声が上がり始めた。

 

「……でも、おかしくないか? 俺たち、拠点の設営とかで結構ポイント使ってたよな?」

「そうだよ、いくら節約したって二百ポイント以上残るわけが……」

「他クラスのリーダーを言い当てたってこと……? 誰が?」

 

勝因が分からないまま広がる戸惑い。混乱が大きくなりかける直前、平田くんがパンッと手を叩き、爽やかな声を張った。

 

「みんな、詳しい説明は船内に戻ってからするよ。まずは指示通り、船に乗ろう」

 

「そうだな! 早く鈴音に報告しようぜ!」

 

平田くんの誘導に従い、クラスメイトたちは嬉しさと疑問が混ざり合った興奮冷めやらぬ様子のまま、大型船のタラップへと歩みを進めていく。

 

私も彼らの後ろに続き、船へと足をかけた。

 

ふと、背後からの視線を感じて一度だけ振り返る。

 

そこにいたのは――自信満々に勝利を確信していたはずの顔を歪め、信じられないものを見るかのように目を大きく見開いた、龍園くんの姿だった。

 

 

 

 

 

「やあ諸君。1週間の無人島生活はどうだったかな?」

 

船のデッキへ上がると、ドリンク片手に高円寺くんが私たちを迎え入れた。

 

「高円寺てめぇ!」

「落ち着きたまえよ池ボーイ。私は体調不良で寝込んでいたんだ」

 

その体はツヤツヤテカテカしており、この1週間で肌を焼いたことがわかる。説得力の欠片もない……。

 

少し遅れて堀北さんがやってくる。

 

「す、鈴音。もう体調はいいのかよ」

 

須藤くんが気にかける。そういえば須藤くんいつの間に、堀北さんを名前呼びしているのだろう。

 

「そこそこね。まだ万全とは言えないわ。……ところで須藤くん。勝手に私を鈴音と呼ばないで。いいわね?」

 

「う……わ、わかった」

 

どうやら勝手に呼んでいたらしい。

 

それから、平田くんから今回の試験のあらましが語られる。

 

まず、軽井沢さんが堀北さんに詫びを入れる。下着の件も火事の件もすべて伊吹さんの仕業だったということ。

火事の件は、ごめん伊吹さん……。

 

そして、堀北さんがAクラスとCクラスのリーダーを見抜いたこと。その件は堀北さんも身に覚えがないようだが、みんなはそれを謙遜と受け取った。

 

堀北さんは綾小路くんに詳しく聞こうとするも、みんなが堀北さんを囲み口々に賞賛。身動きが取れないようだ。

 

肝心の綾小路くんは茶柱先生とどこかへ行ってしまった。

 

無事、試験も終えられたし、私も部屋で休ませてもらおう。

 

 

 

 

 

部屋のベッドに横になり、ようやく重い体を休めていた時だった。

 

枕元に置いた携帯電話が、ブッと短い振動を知らせる。画面を開くと、綾小路くんから短く『さっきとは反対側のデッキに来い』とだけメッセージが入っていた。

 

壁の時計に目をやると、部屋に戻ってからまだ三十分しか経っていない。

 

(……せっかく体を休められると思ったのに。少しは人が疲れてるってこと、考慮してくれないのかな)

 

内心で小さく不満を吐き出しながらも、私は重い体を起こして身だしなみを整えた。彼からの呼び出しを無視する選択肢など、今の私にはない。

 

指定された反対側のデッキへ向かうと、そこには人の気配がなく、潮風の音だけが静かに響いていた。

 

船の手すりに寄りかかり、遠くの水平線を眺めていた綾小路くんが、足音に気づいてこちらへ振り返る。

 

「どのぐらい説明が欲しい?」

 

挨拶も前置きもなく、彼は淡々と本題を切り出してきた。まるで、どこまで見抜いているのかを試すような言い草だ。

 

寝ぼけた脳を動かしながら、疑問を探す。思いついたことを聞いてみる。

 

「軽井沢さんの下着はどこに行ったの?」

「そんなことが気になってるのか?池の鞄の中に入っていたのをオレに無理やり押し付けられてな。平田にこっそり渡して返してもらったぞ」

 

その話を聞きながら徐々に脳が覚醒してくる。

 

どうでもいい質問をしてしまった、反省。

 

「すまん。ひょっとしてかなり疲れているのか?また今度にするか?」

 

「ううん、大丈夫。寝ぼけてたけど、目、覚めてきたから。えっと、答え合わせしてもらっていい?」

 

そう言ってから、自分の考えを伝える。

 

火事の後、伊吹さん、堀北さん、綾小路くんの3人が姿を消した。伊吹さんは龍園くんにリーダーカードを渡しに行き、堀北さんはそれを取り返しに後を追い、綾小路くんも二人の後を追った。

 

その後、堀北さんは体調不良でリタイアし、リーダーは綾小路くんに変わった。

 

なので、龍園くんはリーダー当てに失敗。内のクラスはAクラスのリーダー弥彦くんと、Cクラスのリーダー龍園くんを当て1位になった。

 

「50点だな」

 

説明し終えた後、彼に採点され予想外に低い点数に「ええっ」と驚いてしまった。

 

「抜けが多すぎる。まず、どうして俺がCクラスのリーダーが龍園だと分かったと思う?」

「それは……彼が島に残っていたから?」

「それもあるが、伊吹もいたし、姿を現していないだけで他に残っている生徒がいたかもしれない。もちろん、あてずっぽうだったわけじゃない」

「えっと、伊吹さんはリタイアしたのをちゃんと確認した」

 

指を立て、それだ!といった感じで答える。綾小路くんは「そうだ」と答える。

そして、他の生徒の可能性。これは事実確認はできない。となると

 

「龍園くんは他人を信用してないから、彼が残るのは必然だった」

「そうだ。だがもう一つ龍園だと確信できる要因がある」

 

必死に頭を巡らせるが、思いつかず降参。

 

「Cクラスの拠点に偵察に行ったとき、龍園の傍のテーブルの上に無線機が置かれてあった」

 

気づいていなかった。あの時、Cクラスは早々にリタイアし、リーダー当ては伊吹さんに任せるものだとばかり思いこんでいて、龍園くんへの観察が足りていなかった。

 

無線機、というのは伊吹さんと交信するためのもの。彼女の指先が土で汚れていた理由はそれを埋めたから。

 

「なにが埋まっていたのか教えておいてくれてもよかったんじゃ?」

「あまり、甘えたことは言うな。龍園のトランシーバーに気づいていれば、何が埋まっていたのか、想像するのは容易だったはずだ」

 

なんか機嫌が悪い?それとも、厳しくしているのか、普段と違って突き放されている。しかし、それを聞けるわけもなく「はい……」と弱弱しく答えた。

 

「えっと、それが50点減点?」

「いいや、まだある。Aクラスについてだ」

 

Aクラス?リーダーは弥彦くんだと見抜き、そっちへの警戒は解いたはずだが……。

 

「そもそも、伊吹はどうしてリーダーカードを盗んだんだ?」

 

言われてみればそうだ。龍園くんに報告するだけなら、カードを確認するだけでいい。なのに、盗んだ理由……。

あっ。

 

「AとCはつながっていた?」

 

物的証拠がなければ、相手は信用してくれない。故に名前の書かれたリーダーカードを直接見せる必要がある。

 

C拠点へ偵察に行った際、堀北さんと龍園くんの会話を聞いて、妙な違和感があった。

龍園くんはポイントを全て使ったように言っていたが、300ポイントを一気に使い切ったようには見えなかった。ざっと見た感じ、半分ほどのポイント使用だったんじゃないだろうか。

 

じゃあ残りの半分は?AかBに贈与したと考えられる。Bを排除した理由は、……今はAクラスについての話をしているからそうだと絞っただけで、試験中での判断材料は無い。

 

「あっ、いや、Bクラスの可能性も一応あるのか」

「お前はBクラスへは行かなかったからな。あっちにはCクラスの金田がいた」

 

龍園くんが言っていた、もう一人の男子。

 

彼がいたことでBとCのつながりはないと判断できる。

 

「それも教えてくれなかったのは、私が聞かなかったから?」

 

綾小路くんは「そうだ」と答える。だとしたら相当な意地悪だ。問題が何か教えてすらもらえずテストに挑むようなもの。

 

「……それでも、50点はもらえたし」

 

自分を慰めるようにそう呟いた。そんな状況でも、目の前の男からそれだけもらえたなら上等だろう。なにせ、あの部屋の怪物から半分の評価はもらえたのだから。

 

しかし、私の想像とは違うことを彼は言う。

 

「言っておくがここまでは10点減点ぐらいだからな」

 

「ま、まだ何かあるの……?」

 

もう勘弁願いたいところなのだが。

 

「一番大事な前提をお前は忘れている」

 

「一番大事な前提……?」

 

「お前の中に『リーダーを変える』という発想はあったか?」

 

淡々とした彼の問いに、喉が詰まった。そんな発想、あるわけがない。最終日に堀北さんがリタイアし、そこでようやく思い至った作戦なのだから。

 

「お前はこの試験中、一切マニュアルを確認しなかった。あれには細かなルールや物品の値段設定が明記されていた。一度でも目にしていたなら、Cクラスの異常なポイント消費のからくりにも、リーダー変更というカードの切り方にも自力で思い至れたはずだ」

 

「それは……空論じゃない? たとえ読んでたとしても、普通はそこまで――」

 

「空論ではない。マニュアルを確認しないということは、最初から勝ちに行く意思がなく、勝負を捨てているのと同義だ。前提となる情報を取りにいこうとすらしない奴に、盤面を支配することなどできるはずがない。……正直、ゼロ点にしてもいいくらいだ」

 

感情の篭っていない冷徹な正論で徹底的に叩き潰され、私の胸の奥に冷たい穴が穿たれていく。

 

(……ああ、そうだったね。私はどうせ不良品で、愚かで、あの部屋から脱落して当然の役立たずな女なんだ……)

 

自虐と卑屈な感情で心がドロドロに濁っていく。

 

あの部屋を放り出されてすぐの、自尊心も自己肯定感も皆無だった『あの頃』の自分が、濁った底からずるりと浮かび上がってくる。カウンセリングを受けて少しはマシになったと思っていたけれど、そんなのはただの錯覚だったのだ。私は何も変わっていない。ずっと、あの惨めで不完全なあの頃のまま――。

 

足元が崩れ落ちていくような恐怖に耐えかね、私は震える声で言葉を絞り出した。

 

「……私は、退学ですか……」

 

「飛躍しすぎだ。むしろこの結果は想定通りだ」

 

拍子抜けするほど淡々とした綾小路くんの返答に、私は思わず目を見開く。

 

「えっ? あっ……そう……なの?」

 

想定通り。それはつまり、最初から私にまともな成果など期待していなかったということだ。引きつった笑みを浮かべる私の前で、彼は感情の読めない瞳を向けたまま言葉を続ける。

 

「オレが一番重要視していたのは、お前がこの試験に対しどのような態度で臨むかだ」

 

その静かな言葉の裏にある「もし敵対行動をとったり、怠慢な態度を見せたりすれば、容赦なく切り捨てていた」という暗黙の脅迫を察し、背筋に冷たい汗が伝う。恐ろしい男だ。私が少しでも足を踏み外していれば、容赦なく潰されていたのだから。

 

「結果的にお前は、オレに良い情報をもたらしてくれた。それが50点」

 

「え……?」

 

思いがけない言葉に耳を疑う。何か彼に貢献できるようなことをしただろうか。

 

「高円寺の質問に、この島に手が入っていることを見抜いていた。オレは見抜いていなかった。そして、伊吹の信頼を得て、ウソを見破ったこと。そのおかげでオレは六日目、行動を起こすことが出来た」

 

彼の手元で転がされていたと思っていたけれど、知らず知らずのうちに彼の想定以上の手札として機能していたらしい。

 

(……でも、結局は私の出来不出来なんてどうでもよくて、ただ『使える駒』かどうかを試されていただけなんだよね)

 

どこか冷めた諦観が胸を満たす。けれど同時に、この底知れない男から、最低限の『手駒としての信頼』だけは勝ち取れたのだという奇妙な安堵が、冷え切った心にじわじわと広がっていった。

 

 

 

【綾小路視点】

 

露草にはある程度の疑問に答え、伝えたいことも伝えられたはずだ。そろそろ解散にするとしよう。流石のオレも、この長期間に及ぶ特別試験には少なからず疲労を感じていた。

 

そう思考を切り替えようとした時、露草が遠慮がちに口を開いた。

 

「あの、綾小路くん。疑問は疑問のままにしておいちゃダメってひどく痛感したので、今聞いておきたいことがあるんだけど……」

 

「なんだ?」

 

「今回の試験。あなたはどうしてそんなに積極的だったの?」

 

オレはすぐには答えず、無言のまま彼女を見つめた。どこまで、そしてどう伝えるべきかと思案したためだ。

 

だが、ほんの数秒のオレの沈黙に対し、露草は目に見えて狼狽し始めた。呼吸が浅くなり、視線が泳ぐ。あの部屋での記憶――ホワイトルームでのトラウマが、彼女の精神を内部から(さいな)んでいるのだろう。これほどまでに精神が不安定な人間が、オレをあの場所へ連れ戻すための刺客であるとは、到底考えられない。

 

「終業式の日、オレが茶柱先生に呼ばれたことは覚えているか?」

 

今は刺客でなくとも、後々あの男やその関係者が露草の出自に気づき、接触してくる可能性は十分に考えられる。釘を刺しておく意味でも、提示できるカードはある。

 

「あ……うん。覚えてる。あの日に、いろいろ暴露させられたんだよね……」

 

言葉を吐き出すにつれ、露草の瞳から光が失われ、どんどん濁っていく。

 

手を打つだけなら簡単だ。このまま恐怖で完全に支配してしまえばいい。そうすれば露草は、忠実で従順な駒としてオレに尽くし続けるだろう。

……だが、それではつまらない。

 

「あ、そっか。茶柱先生は、私達にAクラスに上がってもらいたいんだ。だから、堀北さんに綾小路くんの実力を教えたり、綾小路くんに無理やり実力を出させようとするんだね」

 

オレは見てみたいのだ。あの部屋で精神を壊されたお前が、この高度育成高等学校という異質な環境で、どのように変化し、どんな結末を迎えるのかを。

 

「なんていうか、綾小路くんも大変だね。先生の思惑に巻き込まれちゃうなんて」

 

露草、お前はこの先どれほどボロボロになっても、最後まで自分の足で立っていられるか?

 

「露草、イカロスの翼って知ってるか?」

 

「ん? うん、知ってるけど……あ、ああ……そっか、確か綾小路くんのお父さんって……」

 

1を聞いて10を知る力。露草はそれに関して言えば、実に卓越した観察眼と洞察力を秘めている。その能力は今後も是非、オレの役に立ててもらうとしよう。

 

「わかったよ、綾小路くん――」

 

察した露草は、濁っていた瞳の奥に静かな決意のようなものを宿し、柔らかく微笑んだ。

 

海風に髪を揺らせながら、彼女は静かに、けれど確かにそう告げた。

 

「私が日傘を差すから、あなたはイカロスよりも高く飛んでね」

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