TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第一部 蒼き日々 第一章 入学 第3話 最初の点呼

板垣信方は出席簿を閉じた。

 

それだけで、教室の空気が変わった。

 

さっきまで椅子の軋む音や小さな咳払いがあったのに、今は誰も動かない。

 

迅は机の上で軽く拳を握った。

 

窓の外では桜が舞っている。

 

その静けさが、余計に教室の緊張を際立たせていた。

 

板垣は教壇からゆっくりと教室を見渡した。

 

「武田。」

 

「はい。」

 

迅は反射的に返事をした。

 

「立て。」

 

椅子を引く音が、やけに大きく響いた。

 

迅は立ち上がる。

 

教室中の視線が集まった。

 

「入校理由。」

 

いきなりだった。

 

考えてきた言葉などない。

 

迅は一瞬だけ詰まった。

 

強くなりたい。

 

衛士になりたい。

 

誰かを守りたい。

 

いくつもの言葉が浮かんでは消える。

 

結局、口から出たのは一番短い言葉だった。

 

「……衛士に、なりたいからです。」

 

板垣は何も言わない。

 

怒られるのかと思った。

 

だが、板垣はただ短く告げた。

 

「座れ。」

 

「はい。」

 

迅は腰を下ろす。

 

隣の九条は前を向いたままだった。

 

表情は変わらない。

 

板垣は次の名前を呼ぶ。

 

「九条。」

 

「はい。」

 

九条は迷いなく立った。

 

「入校理由。」

 

「帝国と国民を守る衛士となるためです。」

 

声はまっすぐだった。

 

教室の誰かが小さく息を呑む。

 

板垣はほんの少しだけ目を細めた。

 

「座れ。」

 

「はい。」

 

九条が座る。

 

迅は横目で見る。

 

自分とは違う。

 

そう思った。

 

言葉に迷いがない。

 

姿勢にも乱れがない。

 

まるで最初から、この場所に立つために準備してきたようだった。

 

「朝倉。」

 

「はい!」

 

勢いのいい返事が教室に響く。

 

板垣の眉がわずかに動いた。

 

「入校理由。」

 

朝倉は胸を張った。

 

「強くなって、うまい飯を腹いっぱい食うためです!」

 

教室が凍った。

 

言った本人も、次の瞬間には顔を引きつらせる。

 

「あっ、違います!」

 

「いや、飯も大事なんですけど!」

 

誰かが吹き出した。

 

すぐに別の誰かも笑う。

 

迅もこらえきれず、肩が震えた。

 

板垣は朝倉を見ていた。

 

怒るのかと思った。

 

だが板垣は、静かに言った。

 

「腹が減っては戦えん。」

 

朝倉の顔がぱっと明るくなる。

 

「はい!」

 

「だが、食堂の飯だけを目的に来た者は帰れ。」

 

「……はい。」

 

教室に小さな笑いが広がった。

 

板垣はそれ以上何も言わず、次の名前を呼んだ。

 

点呼は続く。

 

真面目な理由。

 

立派な理由。

 

少し頼りない理由。

 

声が震える者もいた。

 

それでも板垣は、誰にも長く説教しなかった。

 

ただ聞く。

 

ただ見ている。

 

その方が、かえって怖かった。

 

最後の一人が座ると、板垣は出席簿を閉じた。

 

「理由は何でもいい。」

 

意外な言葉だった。

 

教室の視線が教壇へ集まる。

 

「最初の理由など、二年で変わる。」

 

板垣はチョークを取り、黒板に一本の線を引いた。

 

「だが、ここに残る理由は自分で見つけろ。」

 

誰も声を出さない。

 

「今日からお前たちは同じ教室で学ぶ。」

 

「隣の者の名を覚えろ。」

 

「顔を覚えろ。」

 

「癖を覚えろ。」

 

板垣は黒板に向いたまま続けた。

 

「戦場で名前を呼べない相手は、助けられん。」

 

迅は隣を見た。

 

九条もこちらを見ていた。

 

一瞬だけ目が合う。

 

九条は小さく頷いた。

 

迅も頷き返す。

 

それだけだった。

 

だが、さっきまでより少しだけ、隣にいる少年が近く感じられた。

 

「本日はここまで。」

 

板垣は出席簿を持つ。

 

「十分後、校内案内を行う。」

 

「遅れた者は走らせる。」

 

そう言って教室を出ていった。

 

扉が閉まる。

 

その瞬間、教室中から一斉に息が漏れた。

 

「怖ぇ……。」

 

朝倉が机に突っ伏す。

 

「俺、初日で終わったかと思った。」

 

迅は笑った。

 

「飯の話をするからだろ。」

 

「大事だろ、飯は。」

 

「大事だが、最初に言うことじゃない。」

 

九条が静かに言う。

 

朝倉は顔を上げた。

 

「九条、お前すごいな。」

 

「何がだ。」

 

「答えが完璧だった。」

 

九条は少しだけ考えた。

 

「用意していた。」

 

「用意してたのかよ!」

 

朝倉が声を上げる。

 

教室にまた笑いが起こった。

 

九条は不思議そうに首を傾げる。

 

「聞かれる可能性はあると思った。」

 

迅は思わず笑った。

 

「真面目だな。」

 

「悪いことか。」

 

「いや。」

 

迅は窓の外を見る。

 

桜がまだ舞っている。

 

朝の緊張は、少しだけ薄れていた。

 

これから二年間。

 

きっと何度も怒られる。

 

何度も走らされる。

 

何度も分からなくなる。

 

それでも、今は少しだけ楽しみだった。

 

この教室で。

 

この仲間たちと。

 

どんな日々が始まるのかを。

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