TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
午後最後の授業は、校内清掃だった。
「第三班。」
板垣が名簿を見ながら言う。
「校庭南側。」
「はい。」
九条が返事をする。
「第三班、移動する。」
班長としての最初の指示だった。
迅たちは竹ぼうきと塵取りを受け取り、校庭の南側へ向かう。
春風が吹くたび、桜の花びらが舞い落ちる。
掃いても掃いても、また舞ってくる。
「終わらないな。」
朝倉が苦笑した。
「桜と勝負しても勝てない。」
真壁が淡々と返す。
「確かに。」
結城も笑う。
「でも、きれいだから嫌じゃない。」
五人は自然と役割を分け始めた。
朝倉は大きな枝を拾う。
結城は花壇の周りを丁寧に掃く。
真壁は側溝に詰まった落ち葉を取り除く。
迅は集めた花びらを塵取りへ入れ、九条は全体を見ながら足りない場所へ声を掛けていた。
「結城、無理に手を伸ばすな。」
「届かない場所は後でやる。」
「はい。」
「朝倉。」
「そのままだと風で散る。」
「あっ。」
朝倉が慌てて落ち葉を押さえる。
「悪い。」
「気にするな。」
九条は責める口調ではなかった。
必要なことだけを伝える。
その指示は分かりやすく、自然と全員が動けた。
迅は竹ぼうきを動かしながら思う。
(やっぱり班長に向いてるな。)
その時だった。
カラン、と音がした。
結城の塵取りが側溝へ落ちた。
「あ……。」
深さは一メートルほど。
手を伸ばしても届かない。
結城が困ったように覗き込む。
「どうしよう。」
迅は何も言わず、近くにあった長い竹ぼうきを手に取った。
柄を差し込み、塵取りを引っ掛ける。
しかし、うまく持ち上がらない。
「武田。」
九条が近付いてくる。
「そのまま。」
真壁も黙って竹ぼうきを一本持ってきた。
「支える。」
朝倉は近くの木箱を運ぶ。
「これに乗れ。」
結城は慌てて塵取りを受け取った。
「取れた!」
五人が顔を見合わせる。
ほんの数十秒の出来事だった。
誰も「手伝おう」とは言っていない。
自然に体が動いていた。
「第三班。」
板垣の声がした。
いつの間にか後ろに立っている。
五人は一斉に姿勢を正した。
「はい。」
板垣は側溝を見る。
落ち葉はきれいに取り除かれ、塵取りも元に戻っていた。
「今、誰が指示を出した。」
九条が一歩前へ出る。
「誰も出していません。」
「自然に動きました。」
板垣は迅を見る。
「武田。」
「はい。」
「なぜ手伝った。」
迅は少し困ったように笑う。
「……困っていたので。」
「それだけか。」
「はい。」
板垣は数秒、迅を見つめていた。
やがて静かに頷く。
「そういう時は。」
全員が耳を傾ける。
「考えるより先に体が動く人間が、一人くらいいてもいい。」
朝倉が少し驚いた顔をする。
真壁も珍しく目を上げた。
板垣は続けた。
「だが。」
「四人とも動いた。」
「それが班だ。」
それだけ言うと、また歩き始める。
迅はその背中を見送った。
褒められたのだろうか。
よく分からない。
けれど胸の奥が少しだけ温かかった。
清掃を終え、道具を返却すると、夕日が校舎を赤く染めていた。
「疲れたー!」
朝倉が大きく伸びをする。
「掃除って、こんなに疲れるんだな。」
「お前が動き回り過ぎなんだ。」
真壁が笑う。
「笑った!」
朝倉が目を丸くした。
「今、笑っただろ!」
「……気のせいだ。」
「いや、絶対笑った!」
結城まで吹き出す。
迅もつられて笑った。
少し前まで名前も知らなかった五人が、こうして笑い合っている。
九条はその様子を少し離れた場所から見ていた。
(不思議だ。)
班をまとめるのは自分の役目だと思っていた。
だが、人の輪の中心にいるのは武田だ。
武田は何か特別なことをするわけではない。
誰かが困れば手を貸し、誰かが笑えば一緒に笑う。
ただ、それだけだ。
(……こういう人間が。)
九条は夕焼けの校庭を見つめる。
(戦場では、一番強いのかもしれない。)
その考えを、まだ誰にも話すことはなかった。