TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
翌朝。
まだ日の出から間もない時刻。
訓練生たちは木造の武道場へ集められていた。
床板は朝の冷気を残し、裸足で立つと足の裏がじんと冷える。
迅は道場の広さに思わず息をのんだ。
正面には帝国旗と斯衛軍旗。
その下に、一本一本手入れの行き届いた木刀が整然と並べられている。
誰一人として私語はない。
静かだった。
静かだからこそ、衣擦れの音や息づかいまで聞こえてくる。
板垣が道場へ入る。
全員が自然と姿勢を正した。
「礼。」
一斉に頭が下がる。
「木刀を取れ。」
迅は木刀を両手で持ち上げた。
思っていたより重い。
木でできているだけなのに、その重みが腕へ伝わってくる。
「構え。」
見よう見まねで正眼に構える。
「武田。」
「はい。」
「肩。」
迅は慌てて肩の力を抜いた。
「違う。」
板垣が後ろへ回る。
指先で肩を軽く叩く。
「そこではない。」
板垣は木刀の柄尻をそっと押した。
「握り過ぎだ。」
迅は少しだけ力を抜く。
それだけで木刀が軽くなった。
「もう一度。」
迅はゆっくり振り下ろす。
ヒュッ。
昨日までとは違う音がした。
板垣は何も言わず、次の訓練生のところへ歩いていく。
「面。」
全員が振る。
「面。」
もう一度。
「面。」
木刀が空気を裂く音だけが道場へ響く。
百回。
二百回。
額から汗が落ちる。
腕が重い。
握力も少しずつなくなっていく。
「そこまで。」
木刀を下ろした瞬間、朝倉が小さく息を吐いた。
「腕が……。」
「まだ始まったばかりだ。」
真壁が言う。
「分かってるけどさ。」
朝倉は苦笑した。
迅も木刀を握り直す。
手のひらが少し赤くなっていた。
その様子を見ていた板垣が、道場の中央へ立つ。
一本の木刀を床へ置いた。
「誰か。」
教室が静まる。
「前へ。」
九条が進み出る。
板垣は床の木刀を指差した。
「持て。」
九条は木刀を拾う。
「重いか。」
「……いいえ。」
「そうか。」
板垣は今度は迅を見る。
「武田。」
「はい。」
「持て。」
迅も受け取る。
「どうだ。」
迅は少し考えてから答えた。
「重いです。」
板垣は静かに頷いた。
「そうだ。」
教室中が少し驚く。
「木刀は重い。」
「だから振れる。」
板垣はゆっくり歩きながら続けた。
「軽い物なら、誰でも振れる。」
「重いから意味がある。」
その言葉に、迅は木刀を見つめた。
「衛士も同じだ。」
板垣の声は変わらず静かだった。
「守るものがある者ほど強い。」
「その代わり、背負うものも重くなる。」
誰も動かない。
誰も口を開かない。
「今日、お前たちが持っているのは木刀だ。」
「二年後、お前たちが持つのは長刀になる。」
「そして、その先には。」
板垣はそこで言葉を切った。
誰も続きを尋ねない。
尋ねる必要がなかった。
戦場。
その二文字が、全員の頭に浮かんでいた。
「だから今は。」
板垣は木刀を手に取る。
「重さに慣れろ。」
「腕ではない。」
「心で持て。」
そう言って木刀を元の場所へ戻した。
「稽古を再開する。」
「構え。」
迅はもう一度木刀を握る。
さっきと同じ重さのはずだった。
けれど、不思議と先ほどより軽く感じた。
理由は分からない。
ただ一つ分かったことがある。
この学校では、木刀の振り方だけを教えているわけではない。
その一本に込める意味を教えているのだ。
「面!」
号令が響く。
迅は大きく踏み込み、木刀を振り下ろした。
乾いた音が、静かな道場いっぱいに響き渡った。