TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第一部 蒼き日々 第一章 入学 第9話 消灯ラッパ

夕暮れが校舎を赤く染めていた。

 

武道場での稽古を終えた新入生たちは、汗だくのまま寮へ戻っていく。

 

迅は肩に木刀袋を担ぎ、ゆっくりと歩いていた。

 

「腕、上がるか。」

 

隣を歩く朝倉が情けない声を上げる。

 

「上がらん……。」

 

そう言いながら右腕を持ち上げようとするが、肩の高さまで来たところで止まってしまう。

 

「ほら見ろ。」

 

「これ以上は無理だ。」

 

「大げさだろ。」

 

迅が笑う。

 

「じゃあ、お前やってみろ。」

 

朝倉が木刀袋を差し出す。

 

迅は受け取ろうとして、顔をしかめた。

 

「……重い。」

 

「だろ?」

 

「俺だけじゃないんだ。」

 

二人が笑っていると、少し前を歩いていた真壁が振り返った。

 

「静かにしろ。」

 

「寮が近い。」

 

「はいはい。」

 

朝倉は苦笑しながら声を落とした。

 

真壁は無口だったが、誰かを突き放すような冷たさはなかった。

 

必要なことだけを口にする。

 

そんな性格なのだと、迅も少しずつ分かってきていた。

 

寮へ戻ると、廊下には石鹸の匂いが漂っていた。

 

風呂場からは笑い声が聞こえてくる。

 

「十分後、夕食。」

 

館内放送が流れた。

 

迅は部屋へ戻る。

 

扉を開けると、九条はすでに制服から部屋着へ着替え、机へ向かっていた。

 

「もう着替えたのか。」

 

「ああ。」

 

九条は教本を閉じる。

 

「武田。」

 

「何だ。」

 

「右手。」

 

迅は自分の右手を見る。

 

木刀を握っていた手のひらが赤くなり、小さな水ぶくれができていた。

 

「ああ。」

 

「初めてだからな。」

 

九条は自分の手を見せる。

 

同じ場所に、同じような水ぶくれがあった。

 

「お前もか。」

 

「当然だ。」

 

九条は少し笑う。

 

「教官も最初からああだったわけじゃない。」

 

その言葉に、迅は少し驚いた。

 

板垣教官が木刀を振る姿は、あまりにも自然だった。

 

最初からできていたように思えていた。

 

「誰だって最初は初心者だ。」

 

九条はそう言うと、引き出しから小さな軟膏を取り出した。

 

「使うか。」

 

「いいのか。」

 

「実家で持たされた。」

 

迅は受け取る。

 

「ありがとう。」

 

「礼はいい。」

 

九条は照れ隠しのように窓の外を見た。

 

「どうせ、明日も同じ場所にできる。」

 

迅は思わず笑った。

 

「違いない。」

 

夕食を終えると、自由時間になった。

 

談話室には一年生が集まり、それぞれ今日の出来事を話している。

 

朝倉は神谷を見つけると、大きく手を振った。

 

「おーい、整備科!」

 

「朝倉!」

 

神谷も笑顔で駆け寄ってくる。

 

「衛士科どうだった?」

 

「腕が終わった。」

 

朝倉が肩を落とす。

 

神谷は大笑いした。

 

「こっちは指が終わった。」

 

両手を見せる。

 

指先には小さな擦り傷がいくつもできていた。

 

「工具で挟んだ。」

 

「教官に『手袋を信用するな。自分の手を信用しろ』って言われた。」

 

迅は苦笑する。

 

「板垣教官なら、『木刀を信用するな。自分を磨け』って言いそうだな。」

 

「言いそう!」

 

神谷が声を上げて笑う。

 

その時だった。

 

「消灯十分前。」

 

館内放送が流れる。

 

談話室の空気が少し変わる。

 

「あっという間だったな。」

 

神谷が立ち上がる。

 

「また明日。」

 

「ああ。」

 

整備科の寮は別棟だった。

 

神谷は手を振ると、小走りで廊下を曲がっていく。

 

迅はその背中を見送った。

 

夜。

 

部屋の明かりが消えた。

 

窓の外では虫の声が聞こえる。

 

迅は天井を見つめたまま、小さく息を吐いた。

 

入学式。

 

板垣教官。

 

九条。

 

朝倉。

 

真壁。

 

結城。

 

神谷。

 

たった一日。

 

それなのに、ずいぶん長い一日だった。

 

「起きているか。」

 

暗闇の中で九条が言った。

 

「ああ。」

 

「どうだった。」

 

迅は少し考える。

 

答えはすぐに出た。

 

「思ってたより厳しい。」

 

「同感だ。」

 

少し間が空く。

 

「でも。」

 

迅は天井を見たまま続けた。

 

「悪くない。」

 

九条は静かに笑った。

 

「それも同感だ。」

 

その時、遠くでラッパが鳴った。

 

消灯を告げる最後の音だった。

 

迅はゆっくりと目を閉じる。

 

明日は、どんな一日になるのだろう。

 

そんなことを考えているうちに、疲れ切った体は静かに眠りへ落ちていった。

 

春の夜は、穏やかに更けていく。

 

武田迅たちの「蒼き日々」は、まだ始まったばかりだった。

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