TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
――パァァァァン。
寮中にラッパの音が響いた。
迅は布団の中で眉をひそめる。
夢の続きだと思った。
だが、間を置かず二度目のラッパが鳴る。
「総員起床。総員起床。」
館内放送が静かに流れた。
迅はゆっくりと目を開ける。
窓の外はまだ薄暗い。
時計を見ると、針は午前五時を指していた。
「……早すぎる。」
思わず漏れた声に、向かいから返事が返ってくる。
「毎日だ。」
九条だった。
もう制服に着替え始めている。
迅は驚いて体を起こした。
「いつ起きた?」
「今だ。」
「絶対うそだ。」
「本当だ。」
九条は淡々とネクタイを締める。
動きに迷いがない。
迅は自分の制服へ手を伸ばした。
シャツの前後を間違え、慌てて着直す。
九条が小さくため息をついた。
「武田。」
「ん?」
「ボタン。」
見ると、一つ掛け違えている。
「あ……。」
慌てて外そうとすると、九条が短く言った。
「落ち着け。」
迅は深呼吸を一つする。
言われた通りゆっくり掛け直すと、今度はきれいに揃った。
「ありがとう。」
「焦ると、余計に時間が掛かる。」
その時だった。
廊下から規則正しい足音が聞こえてきた。
コツ。
コツ。
コツ。
一部屋ずつ近づいてくる。
九条が腕時計を見る。
「起床点検だ。」
「聞いてないぞ。」
「言われてない。」
「え?」
「この学校は、全部説明してくれない。」
迅は思わず苦笑した。
「厳しいな。」
「だから覚える。」
九条はそう言うと、布団の角を整えた。
迅も慌てて真似をする。
しかし、どうやっても四角くならない。
「こんなもんか……。」
「違う。」
九条は無言で布団を持ち上げ、角を折り込んだ。
それだけで形が整う。
「すごいな。」
「家で毎日やっていた。」
「うちは母さんがやってた。」
「今日からは自分だ。」
迅は頷いた。
その時、部屋の扉が二度ノックされた。
コン、コン。
「失礼する。」
静かな声とともに扉が開く。
入ってきたのは板垣だった。
教室で見る時と同じ表情。
いや、それ以上に隙がない。
板垣は部屋を一度見回した。
布団。
机。
制服。
靴。
視線が一つひとつを確認していく。
迅は息を止めた。
やがて板垣は迅の机の前で止まる。
机の上には、昨日使った教本が一冊だけ置かれていた。
「武田。」
「はい。」
「読み終えたか。」
「……いいえ。」
「なら、しまえ。」
迅は一瞬意味が分からなかった。
慌てて教本を棚へ戻す。
板垣は静かに言った。
「読む物だけ出す。」
「使わぬ物は片付ける。」
「机の上は、頭の中と同じだ。」
「物が多ければ、考えも散る。」
「はい。」
板垣はそれ以上何も言わず、今度は九条の机へ目を向ける。
何もない。
小さく頷くと、そのまま部屋を出て行った。
扉が閉まる。
迅はようやく息を吐いた。
「朝からあれか……。」
「毎日だ。」
九条は表情を変えずに答える。
「慣れる。」
迅は苦笑するしかなかった。
「俺、卒業できるかな。」
九条は少しだけ考え、
「今日の起床には間に合った。」
と言った。
「それで十分だ。」
迅は笑う。
「基準が低いな。」
「最初は、それでいい。」
廊下から集合を知らせるラッパが鳴る。
迅は帽子を手に取った。
まだ眠気は残っている。
それでも昨日とは違った。
この学校の朝が、少しだけ分かり始めていた。