TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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プロローグ 約束 第二話「白紙の設計図」

 

横須賀基地の朝は早い。

 

夜明け前から整備兵たちが格納庫を行き交い、油圧ポンプの作動音が基地に響き始める。

 

昨日まで雨が降り続いていた空は澄み渡り、濡れた滑走路が朝日を反射していた。

 

それでも、第七格納庫だけは静まり返っていた。

 

昨夜運び込まれた吹雪は、まだ分解されることなくその場に残されている。

 

整備兵たちは近づこうとしなかった。

 

命令があったわけではない。

 

誰もが、あの機体にはまだ触れてはいけない気がしていた。

 

その頃、基地の一角にある開発棟では、一人の男が机に向かっていた。

 

図面の山。

 

計算式で埋め尽くされたノート。

 

コーヒーは冷めきり、灰皿には吸い殻が一本だけ置かれている。

 

男は鉛筆を走らせては消し、また線を引く。

 

やがて手を止めると、小さく息を吐いた。

 

机の上の設計図には、戦術機の骨格だけが描かれていた。

 

装甲も、兵装も、推進器もない。

 

あるのは、人が乗る空間だけだった。

 

「主任。」

 

扉をノックする音が響く。

 

男は返事をする前に図面へ紙を重ねた。

 

「入れ。」

 

若い技術員が顔をのぞかせる。

 

「会議の時間です。」

 

「もうそんな時間か。」

 

男は腕時計を見て苦笑した。

 

徹夜だった。

 

椅子から立ち上がると、肩が小さく鳴る。

 

廊下へ出ると、基地はいつもの朝を取り戻していた。

 

整備兵が走る。

 

輸送車が通る。

 

遠くでは戦術機の試験運転が始まっている。

 

昨日までと同じ景色。

 

違うのは、自分だけだった。

 

会議室には十人ほどの技術者が集まっていた。

 

壁には次期戦術機開発計画の資料が貼られている。

 

「では始めます。」

 

司会の声とともに、映写機が動き出した。

 

画面には帝国軍の次期主力戦術機構想が映し出される。

 

「現行機の運動性能を十五パーセント向上。」

 

「稼働率を改善。」

 

「整備時間を短縮。」

 

「近接戦闘能力を――」

 

男は資料を眺めながら、窓の外へ目を向けた。

 

滑走路では、一機の吹雪が試験飛行へ向かっている。

 

静かに空へ舞い上がる姿は、美しかった。

 

しかし、その美しさは長く続かない。

 

やがて戦場へ送られ、傷つき、あるいは帰らない。

 

その現実を、男は何度も見てきた。

 

「武田主任。」

 

名前を呼ばれ、視線を戻す。

 

「何かご意見は。」

 

会議室の全員がこちらを見ていた。

 

武田はしばらく黙っていた。

 

昨日、格納庫で聞いた言葉が頭から離れない。

 

――衛士が、生きて帰れる戦術機を作ってくれ。

 

武田は資料を閉じた。

 

「質問があります。」

 

会議室が静まる。

 

「今回の評価項目ですが。」

 

資料を一枚めくる。

 

「撃破数。」

 

「機動性能。」

 

「継戦能力。」

 

「整備性。」

 

一枚、また一枚。

 

「どこにも、生還率という言葉がありません。」

 

誰かが眉をひそめた。

 

年配の技術者が腕を組む。

 

「生還率は継戦能力に含まれる。」

 

武田は首を横に振った。

 

「違います。」

 

「継戦能力は機体の話です。」

 

「私が言っているのは、衛士です。」

 

静かな声だった。

 

だからこそ、部屋によく響いた。

 

「機体が残っても、衛士が帰らなければ意味がない。」

 

「私はそう思います。」

 

会議室に沈黙が落ちる。

 

誰もすぐには反論しなかった。

 

その時だった。

 

部屋の後方で、誰かが静かに手を挙げた。

 

会議に似つかわしくない、見慣れない白衣。

 

黒髪を後ろで束ねた若い女性だった。

 

「一つ、よろしいでしょうか。」

 

流暢な日本語だった。

 

しかし、その発音にはわずかな異国の響きが残っている。

 

武田はその女性を見た。

 

女性もまた、真っ直ぐ武田を見ていた。

 

二人はまだ、互いの名前を知らない。

 

だが、その一瞬だけは、同じものを見つめているようだった。

 

会議室の窓から、柔らかな朝日が差し込んだ。

 

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