TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
朝食を終えると、一年生たちは運動着に着替え、校庭へ整列した。
春の朝はまだ肌寒い。
吐く息はうっすらと白く、山から吹き下ろす風が頬を撫でていく。
迅は首を回しながら小さく息を吐いた。
「眠い……。」
「食ったら余計に眠くなった。」
隣で朝倉が大きなあくびをする。
「朝から走るなんて、人間のやることじゃない。」
「じゃあ何がやるんだ。」
真壁が真顔で返す。
「知らん。」
朝倉は肩をすくめた。
「熊とか。」
結城が思わず吹き出す。
「熊もそんなに走らないと思う。」
「それなら安心だ。」
「何がだ。」
そんなやり取りをしていると、板垣が前へ出た。
「本日の課目。」
教官の声で空気が引き締まる。
「五キロ走。」
朝倉が小さく空を見上げた。
「やっぱりか……。」
「私語。」
「はい。」
板垣は説明を続ける。
「順位は気にするな。」
その一言に、何人かが顔を上げた。
「見るのは順位ではない。」
「最後まで走る姿勢だ。」
迅は少し意外だった。
競争だと思っていた。
「始め。」
号令と同時に、全員が走り出した。
最初の一周。
集団はまだ大きく固まっている。
九条は一定の速さで前を走る。
無理に飛ばさない。
乱れもない。
(きれいな走り方だな。)
迅は少し後ろからその背中を見ていた。
朝倉はというと、
「速っ!」
と言いながら前へ飛び出していった。
「あいつ、大丈夫かな。」
結城が心配そうにつぶやく。
「三周目で止まる。」
真壁がぼそりと言った。
「まさか。」
迅は笑った。
しかし。
三周目。
「もう無理だ!」
朝倉は本当に速度を落としていた。
「だから言った。」
真壁が淡々と追い抜いていく。
「予言者か、お前。」
迅も笑いながら朝倉の横へ並ぶ。
「大丈夫か。」
「大丈夫じゃない。」
朝倉は肩で息をしながら答えた。
「足が俺のものじゃない。」
「まだ半分だ。」
「聞きたくない。」
その時だった。
少し前を走っていた九条が振り返る。
「武田。」
「何だ。」
「お前もペースを落とし過ぎるな。」
迅は少し驚いた。
自分のことを見ていたのか。
「朝倉は歩いていない。」
「なら自分で戻せる。」
「……ああ。」
迅は朝倉を見る。
確かに、苦しそうではあるが歩いてはいない。
「先に行け。」
朝倉が笑う。
「俺まで心配されるほど弱くない。」
迅は少し迷った。
「行け。」
今度は九条が言った。
「全員が完走する。」
「それが目的だ。」
迅は頷く。
「分かった。」
少しだけ速度を上げる。
朝倉は後ろから叫んだ。
「昼飯までには追いつく!」
「遅い!」
真壁の声が返ってくる。
笑いが起きた。
苦しいはずなのに、不思議と足が軽くなる。
ゴールすると、迅は両膝に手をついた。
息が切れる。
胸が熱い。
だが、不思議と嫌な疲れではなかった。
「武田。」
九条がタオルを差し出す。
「ありがとう。」
受け取りながら聞く。
「俺、途中で遅かったか。」
「ああ。」
「やっぱり。」
「だが。」
九条は少しだけ笑った。
「お前らしかった。」
迅は首を傾げる。
「困っている奴を見ると、放っておけない。」
「悪い癖か。」
「……いや。」
九条は空を見上げた。
「たぶん。」
「長所だ。」
その言葉に、迅は少し照れくさくなった。
「そんな大したことじゃない。」
「本人はそう思うだろうな。」
九条はそれ以上何も言わず、校庭の向こうへ歩いていった。
迅はその背中を見つめる。
九条は、自分にないものをたくさん持っている。
きっと追いつくには、まだ時間が掛かる。
それでも。
(負けたくはないな。)
迅はタオルで汗を拭きながら、小さく笑った。
春の空は、どこまでも青く晴れ渡っていた。