TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
「そこ、手を止めるな。」
整備実習棟に教官の声が響く。
神谷隼人は返事をすると、手元のボルトを慎重に締め込んだ。
「締め過ぎるな。」
「はい。」
「緩過ぎるな。」
「はい!」
「返事だけは一人前だな。」
周りから小さな笑いが漏れる。
神谷も苦笑いしながら頭をかいた。
「すみません。」
目の前に置かれているのは、戦術機の膝関節を模した訓練用ユニットだった。
本物ではない。
それでも重量は人一人では持ち上がらないほどある。
教官はレンチを手に取った。
「いいか。」
「整備は壊れたものを直す仕事ではない。」
教官はボルトを軽く叩く。
「壊さない仕事だ。」
神谷は思わず頷いた。
その言葉は、入学式の日にも聞いた。
それでも実際に工具を握るようになってから聞くと、重みが違って感じられる。
「次。」
教官が声を掛ける。
「神谷。」
「はい。」
「交換時間、計れ。」
「了解。」
神谷はストップウォッチを構えた。
「開始!」
班員たちが一斉に作業へ入る。
工具がぶつかる音。
金属の擦れる音。
短い指示。
誰も無駄な言葉を話さない。
神谷は秒針だけを見つめていた。
「終了!」
「二分四十八秒。」
教官は静かに頷いた。
「昨日より十五秒短い。」
整備科の学生たちが小さく笑う。
派手な拍手はない。
だが、それだけで十分嬉しかった。
昼休み。
神谷は食堂へ向かう途中、校庭を横切った。
演習場では衛士科が訓練をしている。
「第三班、集合!」
板垣の声が風に乗って聞こえてきた。
神谷は思わず足を止める。
武田たちが駆け足で集まっていく。
朝倉は何かを話しながら笑っている。
真壁は呆れたような顔をしていた。
結城は慌てて隊列へ戻る。
九条が全員を見渡し、小さく頷く。
「……いい班になってきたな。」
神谷は独り言のようにつぶやいた。
「知り合いか?」
隣にいた整備科の学生が聞く。
「うん。」
神谷は笑った。
「衛士科の同期。」
「仲がいいんだな。」
「まあな。」
少し考えてから続ける。
「でも、負けられない。」
「ん?」
「向こうは向こうで頑張ってる。」
神谷は工具袋を軽く叩いた。
「だったら俺も、一人前の整備士にならないと。」
その言葉に、整備科の学生は笑った。
「変わってるな、お前。」
「よく言われる。」
神谷も笑う。
放課後。
工具を片付けていると、教官が神谷を呼び止めた。
「神谷。」
「はい。」
教官は一枚の布を差し出した。
油で黒く汚れたウエスだった。
「これを洗っておけ。」
「はい。」
神谷は受け取る。
「教官。」
「何だ。」
「新品を使えば早いんじゃないですか。」
教官は少しだけ笑った。
「新品はいくらでも作れる。」
「だが、物を大切にする整備士は簡単には育たん。」
神谷は黙ってウエスを見つめた。
少し擦り切れている。
それでも、まだ使える。
「物を粗末にする者は、いずれ機体も粗末に扱う。」
「覚えておけ。」
「……はい。」
神谷は深く頭を下げた。
夕日が整備実習棟の窓から差し込む。
その光の中で神谷は黙々とウエスを洗い始めた。
武田たちが戦う日が来る。
その時、自分は最良の機体を送り出せる整備士でありたい。
冷たい水に手を浸しながら、神谷は静かにそう誓っていた。