TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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第一部 蒼き日々 第三章 白き武御雷 第25話 立つということ

《訓練プログラム開始》

 

電子音とともに、コックピット内の計器が一斉に点灯した。

 

迅の目の前に映し出されたのは、広い演習場だった。

 

いや、映像ではない。

 

まるで自分が本当に武御雷の胸の中に座っているような感覚だった。

 

「すげぇ……。」

 

思わず声が漏れる。

 

「私語は慎め。」

 

板垣の声が通信回線を通して響いた。

 

「はい。」

 

迅は慌てて口を閉じる。

 

周囲を見る余裕はない。

 

だが、同じシミュレーターへ搭乗している同期たちも、きっと同じ景色を見ているのだろう。

 

板垣の声が続く。

 

「本日の課目は一つ。」

 

少し間を置く。

 

「立て。」

 

教室に静寂が流れた。

 

朝倉が通信越しに小さく漏らす。

 

「……それだけ?」

 

「それだけだ。」

 

板垣は淡々と答えた。

 

「歩く必要はない。」

 

「走る必要もない。」

 

「ただ立て。」

 

迅は操縦桿を握る。

 

ゆっくりと右足へ力を入れる。

 

モニターの中で武御雷が動き始めた。

 

だが次の瞬間。

 

機体が大きく左へ傾く。

 

「うわっ!」

 

慌てて操作を戻す。

 

しかし間に合わない。

 

《姿勢制御喪失》

 

白い武御雷は鈍い音を立てて地面へ倒れ込んだ。

 

「くそっ……。」

 

迅は息を吐く。

 

想像以上に難しい。

 

「朝倉。」

 

板垣が呼ぶ。

 

「はい!」

 

「勢いで立つな。」

 

「はい!」

 

朝倉の武御雷も、豪快に後ろへひっくり返っていた。

 

教室に小さな笑いが起こる。

 

「笑うな。」

 

板垣の一言で静かになる。

 

「結城。」

 

「はい!」

 

結城は慎重だった。

 

ゆっくり。

 

ゆっくり。

 

武御雷が立ち上がる。

 

三秒。

 

四秒。

 

「やった……!」

 

その瞬間だった。

 

機体が前へ傾く。

 

《姿勢制御喪失》

 

「あっ!」

 

転倒。

 

結城は悔しそうに唇を噛んだ。

 

真壁は無駄な動きを一切しない。

 

静かに操縦桿を動かす。

 

機体が立つ。

 

五秒。

 

六秒。

 

だが右足が流れ、静かに倒れた。

 

「惜しい。」

 

板垣が短く言う。

 

真壁は小さく頷いた。

 

「はい。」

 

九条の番になる。

 

呼吸一つ乱さず操縦桿を握る。

 

武御雷はゆっくりと立ち上がった。

 

まっすぐ。

 

美しく。

 

七秒。

 

八秒。

 

迅は思わず見入る。

 

(すごい……。)

 

しかし。

 

九秒目。

 

ほんのわずかに重心がずれた。

 

《姿勢制御喪失》

 

武御雷は静かに倒れた。

 

九条は目を閉じる。

 

「未熟でした。」

 

板垣は何も言わない。

 

続いて第一班。

 

一ノ瀬の武御雷が立ち上がる。

 

揺れが少ない。

 

十秒。

 

十一秒。

 

十二秒。

 

朝倉が小さく声を漏らす。

 

「やっぱりすげぇ……。」

 

一歩。

 

踏み出そうとした、その瞬間。

 

板垣の声が飛ぶ。

 

「歩くな。」

 

一ノ瀬はすぐに操作を止める。

 

しかし重心は戻らない。

 

武御雷は静かに横へ倒れた。

 

「申し訳ありません。」

 

「課目は歩行ではない。」

 

「はい。」

 

それだけだった。

 

迅は深く息を吸う。

 

(次は俺だ。)

 

操縦桿を握る。

 

焦るな。

 

ゆっくり。

 

九条の動きを思い出す。

 

武御雷が動く。

 

だが。

 

違う。

 

迅は操縦桿から力を抜いた。

 

機体は立ち上がる前に停止する。

 

「武田。」

 

板垣の声が響く。

 

「なぜ止めた。」

 

迅は正直に答えた。

 

「このまま立たせても……倒れると思いました。」

 

沈黙。

 

板垣はしばらく迅を見つめていた。

 

やがて静かに言う。

 

「その判断は正しい。」

 

迅は顔を上げる。

 

「無理に立たせるな。」

 

「立てると思った時だけ立て。」

 

「はい。」

 

その一言で、迅の肩から力が抜けた。

 

訓練終了のブザーが鳴る。

 

誰一人として歩けなかった。

 

いや。

 

誰一人として、「立てた」と胸を張れる者はいなかった。

 

学生たちがコックピットを降りる。

 

悔しさが顔に浮かぶ。

 

板垣は全員を見渡した。

 

「安心しろ。」

 

学生たちが顔を上げる。

 

「今日、立てた者はいない。」

 

少し間を置く。

 

「立つということは、生きるということだ。」

 

「衛士にとって、それほど難しい。」

 

迅はもう一度、シミュレーターを振り返った。

 

昨日見上げた白い武御雷。

 

その姿は変わらない。

 

変わったのは、自分だった。

 

憧れだけでは、あの機体は動かない。

 

衛士になるということは、自分が思っていたより、ずっと険しい道なのだと初めて知った。

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