TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

38 / 62
第三章 白き武御雷 第29話 見失うな

 

シミュレーター室には、静かな緊張が漂っていた。

 

板垣は学生たちを見渡し、淡々と告げる。

 

「本日の課目は隊形維持訓練。」

 

演習場の立体映像が映し出される。

 

五機一組。

 

前進、停止、方向転換。

 

昨日と同じ課目だ。

 

そう思った、その時だった。

 

「課目を変更する。」

 

室内の空気が変わる。

 

板垣は名簿へ目を落とした。

 

「武田。」

 

「はい。」

 

「本日の隊長を命ずる。」

 

迅は一瞬、自分の耳を疑った。

 

「……自分が、ですか。」

 

「そうだ。」

 

「返事は。」

 

「は、はい!」

 

朝倉が通信越しに思わず声を上げる。

 

「武田が隊長か!」

 

真壁もわずかに目を見開く。

 

結城は驚きながら迅を見つめた。

 

九条だけは静かに頷く。

 

「武田ならできる。」

 

その一言が、迅の胸の緊張を少しだけ和らげた。

 

「訓練開始。」

 

《プログラム開始》

 

五機の武御雷が演習場へ展開する。

 

迅は深く息を吸った。

 

(落ち着け。)

 

(いつも九条がやっていることを、そのままやればいい。)

 

通信回線を開く。

 

「第三班。」

 

「前進。」

 

「了解。」

 

五機がゆっくりと動き始める。

 

しかし、迅は前方へ意識を向け過ぎていた。

 

隊形を見る余裕がない。

 

「武田。」

 

真壁の声が飛ぶ。

 

「右が開いてる。」

 

「あ……!」

 

迅は慌てて修正を指示する。

 

「朝倉、少し左!」

 

「了解!」

 

朝倉が素早く動く。

 

だが、その分だけ今度は結城との間隔が狭くなった。

 

「止まれ!」

 

指示が一拍遅れる。

 

五機はばらばらの位置で停止した。

 

《隊形乱れ》

 

電子音が室内へ響く。

 

迅の背中を汗が流れた。

 

(駄目だ……。)

 

焦りが胸を締め付ける。

 

「前進!」

 

次の命令を急ぐ。

 

その瞬間だった。

 

朝倉の武御雷が真壁へ近づき過ぎる。

 

「近い!」

 

「分かってる!」

 

真壁が姿勢を修正する。

 

結城も慌てて距離を取る。

 

隊形は完全に崩れた。

 

《訓練終了》

 

静かな電子音が流れる。

 

板垣の声が響いた。

 

「武田。」

 

「はい……。」

 

「隊長任務、終了。」

 

迅は俯いた。

 

「申し訳ありません。」

 

板垣は首を横に振る。

 

「謝罪は不要だ。」

 

「原因を言え。」

 

迅は少し考え、答えた。

 

「前しか見えていませんでした。」

 

「周りを見る余裕がありませんでした。」

 

「そうだ。」

 

板垣は静かに頷く。

 

そして九条へ視線を向けた。

 

「九条。」

 

「はい。」

 

「なぜ武田を助けなかった。」

 

九条は迷いなく答える。

 

「本日の隊長は武田でした。」

 

「隊長の指揮へ介入するべきではないと判断しました。」

 

板垣はゆっくりと首を横へ振った。

 

「違う。」

 

室内が静まり返る。

 

板垣は五人を順番に見渡した。

 

「隊長は一人だ。」

 

少し間を置く。

 

「だから四人が支える。」

 

誰も動かない。

 

「隊長が全てを見る必要はない。」

 

「見えた者が伝えろ。」

 

「気付いた者が動け。」

 

「遅れた命令は補え。」

 

板垣の声は静かだった。

 

しかし、その一言一言が胸へ深く刻まれていく。

 

「隊長を孤立させるな。」

 

迅はゆっくりと顔を上げた。

 

九条も、朝倉も、真壁も、結城も、真っすぐ板垣を見つめている。

 

「五機で動くのではない。」

 

板垣は静かに続けた。

 

「五機で、一機となれ。」

 

その言葉に、誰も返事をしなかった。

 

返事より先に、その意味を理解しようとしていた。

 

「以上。」

 

板垣はそれだけ告げると、教官室へ戻っていった。

 

夕暮れ。

 

寮への帰り道。

 

校舎は夕日に照らされ、長く伸びた五人の影が並んで歩いていた。

 

朝倉が大きく息を吐く。

 

「今日は難しかったな。」

 

「……ああ。」

 

迅は苦笑した。

 

「隊長って、大変なんだな。」

 

少し前を歩く九条へ目を向ける。

 

「九条。」

 

「何だ。」

 

「いつも、こんなこと考えてたのか。」

 

九条は少し考えてから答えた。

 

「今日、初めて分かった。」

 

「何が?」

 

「私は今まで、班長でいることばかり考えていた。」

 

迅は首を傾げる。

 

九条は夕焼けの空を見上げる。

 

「でも今日は。」

 

「班員として隊長を支えることができなかった。」

 

「それが一番の失敗だった。」

 

迅は思わず立ち止まる。

 

「九条。」

 

「ん?」

 

「次は助けてくれ。」

 

九条は一瞬驚き、それから穏やかに笑った。

 

「ああ。」

 

「もちろんだ。」

 

朝倉が笑いながら割って入る。

 

「じゃあ俺は、また余計なことしそうになったら止めてくれ。」

 

「毎回止めることになるぞ。」

 

真壁が真顔で答える。

 

「ひどいな!」

 

結城が吹き出した。

 

五人の笑い声が、夕暮れの校舎へ響く。

 

今日の訓練は失敗だった。

 

だが、その失敗は決して無駄ではなかった。

 

隊長だけでは戦えない。

 

班員だけでも戦えない。

 

見えた者が伝え、気付いた者が動き、互いを支えて初めて、一つの隊となる。

 

五機一組。

 

その言葉の意味を、第三班は今日、ようやく理解し始めた。

 

春の夕風が校庭を吹き抜ける。

 

五人は肩を並べ、歩幅を合わせながら寮への道を歩いていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。