TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ―   作:自己読み

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プロローグ 約束 第四話「建御名方計画」

設計室には、鉛筆が紙を走る音だけが響いていた。

 

武田は製図台の前に立ち、真っ白な図面へ一本の線を引く。

 

ゆっくりと。

 

迷いなく。

 

林雪華は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。

 

技術者は、線を見れば分かる。

 

描いている人間が迷っているのか。

 

それとも、すでに完成形を頭の中に持っているのか。

 

武田の線には、ためらいがなかった。

 

「随分と思い切った骨格ですね。」

 

武田は鉛筆を止めない。

 

「従来機では無理があります。」

 

「ええ。」

 

林は図面へ近づく。

 

「肩関節の可動域が広すぎます。」

 

「整備性は悪くなりますよ。」

 

「悪くなります。」

 

「量産にも向きません。」

 

「向きません。」

 

武田は即答した。

 

林は思わず笑う。

 

「そこまで分かっていて、なぜ?」

 

武田はようやく顔を上げた。

 

「仲間を助けに行くためです。」

 

林は首を傾げる。

 

武田は壁に掛かった一枚の写真を指差した。

 

そこには訓練中の衛士たちが写っていた。

 

「戦場では、予定どおりに動けません。」

 

「味方が倒れる。」

 

「隊形が崩れる。」

 

「救援に向かう。」

 

「その一瞬で、人は死にます。」

 

武田は写真から目を離さない。

 

「私は、その一瞬を縮めたい。」

 

林は静かに腕を組んだ。

 

「つまり。」

 

「味方を助けるための運動性能。」

 

「そうです。」

 

「敵を倒すためではなく?」

 

「もちろん敵も倒します。」

 

武田は少しだけ笑う。

 

「でも、それは結果です。」

 

「目的ではありません。」

 

設計室に沈黙が流れる。

 

林は図面へ視線を落とした。

 

今まで見てきた設計思想とは違う。

 

戦術機とは、敵を倒す兵器。

 

それが世界の常識だった。

 

だが目の前の男は違う。

 

この男は最初から、

 

"帰ること"

 

だけを考えている。

 

「……変わっていますね。」

 

武田は苦笑した。

 

「よく言われます。」

 

「褒めています。」

 

林はそう言って、机の反対側へ回った。

 

「なら、私も一本。」

 

武田は鉛筆を差し出した。

 

林は受け取ると、武田が描いた骨格へ新たな線を重ねる。

 

「ここです。」

 

「腰部フレーム。」

 

「これでは荷重が集中します。」

 

武田が図面を覗き込む。

 

「なら?」

 

「逃がしましょう。」

 

林は滑らかに補強構造を書き加えた。

 

「ここを三分割にすれば応力を分散できます。」

 

武田はしばらく図面を見つめる。

 

やがて、小さく笑った。

 

「なるほど。」

 

「その発想はありませんでした。」

 

林も笑う。

 

「私は、壊れない機械を作るのが仕事です。」

 

「あなたは、人を帰す機械を作る。」

 

「なら。」

 

「二人で作ればいい。」

 

武田は黙って頷いた。

 

その時だった。

 

設計室の電話が鳴る。

 

武田が受話器を取る。

 

「……はい。」

 

短い会話だった。

 

受話器を置くと、武田は窓の外を見る。

 

「決まったそうです。」

 

「何がですか?」

 

林が尋ねる。

 

武田は振り返った。

 

「次期主力戦術機選定計画。」

 

「正式名称はまだありません。」

 

「ですが、我々にも一機だけ試作の機会が与えられます。」

 

林の表情が引き締まる。

 

「競争ですね。」

 

「ええ。」

 

武田は静かに頷いた。

 

「相手は、帝国軍が総力を挙げて開発している新型です。」

 

「勝てると思いますか。」

 

その問いに、武田はすぐには答えなかった。

 

しばらく図面を見つめ、鉛筆を握り直す。

 

「勝つために作るつもりはありません。」

 

林は少しだけ驚いた顔をした。

 

武田は真っ白な図面の右上へ、小さく文字を書き込む。

 

TYPE-X99

 

林はその文字を見つめる。

 

「X……?」

 

「試作機です。」

 

武田は答えた。

 

「まだ完成していない。」

 

「だからX。」

 

林は頷く。

 

「では。」

 

「この機体の名前は?」

 

武田は鉛筆を止めた。

 

その問いには、まだ答えなかった。

 

窓の外では、夕日が滑走路を赤く染め始めていた。

 

名前はまだない。

 

だが、一枚の白紙だった設計図には、確かに未来への輪郭が描かれ始めていた。

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