TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
翌朝。
武道場には静かな空気が流れていた。
学生たちは木刀を持ち、横一列に並ぶ。
昨日と同じ場所。
昨日と同じ時間。
しかし誰一人として私語はなかった。
富田がゆっくりと歩み出る。
「木刀を構えろ。」
全員が正眼に構える。
武田は昨日教わった姿勢を思い出しながら木刀を握る。
肩の力を抜く。
肘を締める。
視線は正面。
だが、わずか数十秒で腕が重くなってきた。
朝倉が小さく顔をしかめる。
真壁は歯を食いしばりながら姿勢を保つ。
結城の額には汗が浮かび始めていた。
富田は学生たちの前をゆっくり歩く。
誰にも声を掛けない。
ただ見ているだけ。
武田の前で立ち止まる。
「肩に力が入っている。」
「……はい。」
「敵を斬る前に、自分が疲れる。」
短い言葉だった。
武田はゆっくり息を吐き、肩の力を抜く。
今度は九条の前へ。
「形は良い。」
九条の表情が少しだけ和らぐ。
しかし。
「だが。」
「形だけだ。」
「……はい。」
一ノ瀬の前でも同じだった。
「無駄がない。」
少し間を置く。
「だが。」
「剣が生きていない。」
一ノ瀬も静かに頭を下げた。
教官たちから「良い」と言われ続けてきた二人でさえ、富田は簡単には認めない。
朝倉は小さくつぶやく。
「厳しいな……。」
その声は富田にも届いていた。
富田は学生たちの正面へ戻る。
「見ろ。」
そう言って木刀を構えた。
静かな正眼。
誰もが息を止める。
次の瞬間。
ヒュン――
ただ一振り。
それだけだった。
速くもない。
力強くもない。
しかし。
武田は思わず息を呑んだ。
(見えなかった。)
木刀はいつの間にか振り下ろされ、富田はすでに構えへ戻っていた。
武道場は静まり返る。
誰も声を出せない。
朝倉でさえ口を開けたままだ。
富田は木刀を静かに下ろした。
「速く振ろうとするな。」
「強く振ろうとするな。」
学生たちは耳を傾ける。
「刀は。」
少し間を置く。
「振るものではない。」
武田は昨日と同じ言葉だと思った。
だが、富田は続ける。
「刀は。」
「通すものだ。」
意味が分からない。
武田だけではない。
朝倉も。
結城も。
真壁も。
九条でさえ、わずかに眉を動かした。
富田は説明しなかった。
「考えろ。」
それだけ言うと木刀を納める。
武田はその言葉に、どこか聞き覚えを感じた。
「考えろ。」
板垣教官も、よく口にする言葉だった。
教え方は違う。
だが、答えを与えないところは同じだった。
授業の終わり。
朝倉が木刀を肩へ担ぎながら武田へ言う。
「結局、『通す』って何なんだ?」
武田は苦笑した。
「分からない。」
真壁が短く答える。
「だから考えるんだ。」
九条も静かに頷いた。
「きっと、それが今日の課題なんだろう。」
武道場を出る五人の背中を、富田は黙って見送っていた。
学生たちはまだ知らない。
今日聞いた『刀は通すものだ』という言葉が、いつか本当の戦場で、自分たちの命を救う教えになることを。