TYPE-X99 建御名方 ― 約束を継ぐ者 ― 作:自己読み
春も終わりを迎えようとしていた。
武御雷による基礎機動訓練が始まって数日。
学生たちは、機体を動かすための基礎を一つずつ身につけ始めていた。
午前はシミュレーターによる操縦訓練。
午後は体力錬成や座学。
そんな毎日が続く中、この日だけは集合場所が違っていた。
朝の点呼を終えた一年生たちは、いつもの演習場ではなく武道場前へ整列している。
建物の前には、見慣れない老人が一人立っていた。
小柄な体格。
真っ直ぐに伸びた背筋。
年季の入った稽古着をまとい、腕を組んで学生たちを静かに見つめている。
「誰だ……?」
朝倉が小さくつぶやく。
結城も首を傾げた。
「新しい教官でしょうか。」
板垣が学生たちの前へ進み出る。
「敬礼。」
学生たちは一斉に敬礼した。
そして板垣もまた、老人へ向かって静かに敬礼する。
その姿に、学生たちは思わず目を見開いた。
(板垣教官が……敬礼した。)
老人は軽く答礼すると、一歩前へ出る。
板垣が静かに口を開いた。
「これまで、お前たちは衛士としての基礎を学んできた。」
「武御雷を動かすための基礎だ。」
学生たちは黙って聞いている。
「しかし、武御雷は機体だけでは戦えない。」
「長刀を振るう者がいて、初めて武御雷となる。」
板垣は老人へ視線を向けた。
「本日より、剣術および長刀訓練を担当する。」
「富田教官だ。」
老人は静かにうなずいた。
「富田だ。」
低く、落ち着いた声だった。
「板垣から、木刀を持つことは教わっただろう。」
迅は第一章の武道場を思い出す。
重い木刀。
何百回も繰り返した素振り。
『木刀は重い。だから振れる。』
板垣の言葉が胸によみがえった。
富田は学生たちをゆっくり見渡す。
「私は、その一本をどう振るうかを教える。」
武道場の空気が静かに張り詰める。
富田は再び口を開いた。
「刀は好きか。」
突然の問いだった。
誰も答えられない。
しばらく沈黙が続く。
すると朝倉が勢いよく手を挙げた。
「はい!」
富田はその姿を見て、ほんの少しだけ笑う。
「そうか。」
朝倉は少し得意げになる。
次の瞬間だった。
「ならば。」
「今日から嫌いになれ。」
空気が止まる。
「……え?」
朝倉だけでなく、全員が顔を見合わせた。
富田は構わず続ける。
「刀が好きだから振るう者は、自分のために振るう。」
「護るために振るう者だけが、最後まで刀を握ることができる。」
迅はその言葉を胸の中で繰り返した。
(護るために振るう……。)
富田は学生たちの表情を確かめるように見渡す。
「今日は刀を振らせん。」
朝倉が目を丸くする。
「えっ?」
「振る資格がない。」
静かな口調だった。
だが、その一言には誰も反論できなかった。
「まず学ぶのは構えだ。」
「構えとは、敵を斬るためではない。」
「己の心を正すためにある。」
武道場の中央には、訓練用木刀が整然と並べられていた。
学生たちは一本ずつ受け取る。
迅が木刀を握る。
同じ木刀のはずなのに、以前より重く感じた。
いや、重さではない。
その一本に込められた意味が、以前より分かるようになったのだ。
朝倉が思わず軽く振ろうとする。
「朝倉。」
富田の声が飛ぶ。
「はい!」
「まだ命じていない。」
朝倉は慌てて木刀を下ろした。
「申し訳ありません!」
富田は怒らない。
ただ一言だけ告げる。
「命令を待て。」
その言葉に、迅は思わず板垣の姿を思い浮かべた。
教え方は違う。
だが、根底に流れるものは同じだった。
富田は木刀を手に取る。
静かに正眼へ構えた。
無駄がない。
力みもない。
ただ立っているだけなのに、誰も目を離せなかった。
「見ろ。」
「これが構えだ。」
学生たちは息をのむ。
そこに派手さはない。
あるのは、長い年月を積み重ねた者だけが持つ静かな迫力だった。
富田はゆっくり木刀を下ろす。
「真似をするな。」
「感じろ。」
「今日の課目は、それだけだ。」
迅は木刀を握り直した。
武御雷を動かすことを学んだ自分たちは、今度は武御雷が振るう刃の意味を学ぶ。
板垣が育てようとしているのは「衛士」。
富田が育てようとしているのは、その衛士が持つべき「武人の心」。
二人の教えは違うようでいて、一つの道へつながっている。
迅は木刀を静かに構えた。
新たな修練が、今、始まろうとしていた。